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3月2日

 朝起きて昨日のお肉の脂がかなりまだこたえていました。
家内がお弁当にはパスタを持っていってと出勤する前に教えてくれました。どう考えてみてもあっさりしたものしか入りそうにないので、つまりは食パン一枚だけカバンに入れ、やはり昼になっていても改善していないので、仕事を終えました。
いいお肉をあまり食べない恩恵か、ただの加齢によって脂身がこたえ胸焼けしただけか、両方かもしれませんが、おかげで晩御飯も食べれないほどでした。ただ昨晩お腹に入った脂を流すという口実で、ずいぶん遅くまで一人飲んでいました。気が付いた時にはそのままコタツで寝ていて朝方それに気が付いて起きましたから、そのせいで睡眠不足もありましたので、夕食を家内が作ることは何か簡単なものを食べ、晩まだ7時前でしたが寝ることにしました。
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3月1日

 今日の予定は私はいつものように仕事です。ただ長男の高校最後の行事である卒業式へ家内が参加、コロナ禍により随分人との接触をしないような配慮がなされ、仕事が終わって二人へそれがどのようなものであったかを尋ねました。
長男は部活のキャプテンも務めていましたのでどうやら忙しかったようです。家内はあまり他の子供達の両親の方と話ができなかったと残念そうでした。
今の状況であれば参加できるだけでも有難いといった感じです。これで長男は学校行事が終わったことにより、4月からの進学準備だけとなりました。
今日は皆でお祝いということで参加するいつもの人と家族で、ご馳走を食べることに、といっても私が仕事が終わってから作らなければいけないことになっていましたので、ご馳走を食べるだけではなくて全員分作って出さなければいけない役を引き受けたばっかりに、浮かれて楽しむこともなく、裏方さんの役割です。それもまたたまにはいいものだということにしておきます。
ただ今日は手間をあまりかけないように、家内がいいお肉を買ってきてくれていましたので、柔らかいお肉で大変美味しかったのですが、歳をとった私には脂がとってもこたえました。次からいいお肉にするときは脂身のないフィレにしようということも決定する夜です。
ついうっかり、作ることと給仕することに必死になりすぎてワインを飲みながらいただくという洒落たことすら忘れていました。
次はフィレ肉で赤ワインで乾杯することにします。
いずれにしても、皆でいろんなお祝いをかねて過ごした夜です。

二月末日

 昨日に続きしばらく会えない方とよく話をしました。二人よく笑いました。楽しい時が多ければ仕事もあっという間に終わるものです。
家に帰ってみると家内は試験にまだ取り組んでいました。約束通り夕食の用意にすぐ取り掛かり、とんかつ用のお肉を買ってきてありましたので、トンカツ定食にすることにしました。
最近は食事担当の出番が増えたことにより、仕事が終わってからの夕食の用意も以前に比べれば随分と馴れました。お肉メインの料理となると、子供達が喜んで食べているのが雰囲気で分かります。子供達が食事を終え、家内の試験が終わるまで待って、仲良く一緒に食べました。
お酒を一緒に飲み美味しくいただき、美味しいものを食べ何気ないひとときでした。明日は明日で行事があるのでどうやら私がまた仕事が終わって夕食の用意という流れになりました。
少し意味が分かりませんが、まあ頑張ることにします。

2月27日

 出勤して、それは珍しく大体の職員が揃う日となり、しばらくお別れとなる方と仕事をしながら割と話しました。他愛もないことばかり話し、他愛もないことで笑って、他愛もない挨拶をして、それは普通のひとときです。それが永遠に続けばと思うこともありますけれど、そうはいかないものです。
土曜日ですから家内は仕事のお休みです。家のことというか晩御飯の仕度等の心配をしなくていいので助かります。ただ明日家内は何か大切な試験があるので拘束時間が長いと言っていましたので、仕事が終わっての家事は私が担当する旨を伝え、明日に向けて備えるようにもいいました。
次男は高校の試験が近いので少し勉強をしていました。あくまで少しです。「しっかり勉強しとかないと後悔しますよ」とか「私(父さん)のために勉強しているのではなくて自分の為に努力してくれ」等を何度も言っていますが、私の言葉はどうも伝わりにくいようです。
「進学にしても就職するにしても、早めに自らの為に努力して損はない」
そのことを彼が高校を卒業するまで私はきっと何度も言い続けるでしょう。全く努力をしてこなかった私の若い頃にそっくりにならないようにとまた伝えることにします。

2月26日

 順調な日々を願うことより、普通の日々を願うことが増えています。コロナ禍が一日も落ち着き普通にもそうですし、職場での問題がなくなり普通になればと願い続けてきました。何か大きな問題が一つ片付けば次なる問題を起こす方がおられ、本当にここ何年か頭が痛いことでもあります。
共に働いていた方が復帰され、落ち着くか思い込んでいた矢先に予定は予定通りにならないということを丁寧に教えてくれました。なったものは仕方がありませんので、それもまた普通に戻るようにと願っています。
久しぶりに出勤した方とそのことを少し話して、後はそれぞれ自らの仕事に没頭して、あっという間に一日は終わりました。
本当に全てのものに常が無いということを感じる夜です。

2月25日

 昨日は予定していたことがなくなったと書きました。それを受けてまったりというか随分と最低限の役割しかしなかったことを反省して、今日も休みではあるけれど、家事を最低限ではなく普通にこなすようにと思っていました。
ここは基本に帰り、掃除・洗濯・お昼と晩御飯と明日の朝や昼の家内の手助けになる料理をこしらえること、あれこれ考えましたが、晩御飯のよいメニューが思いつかず、とりあえずお得で買ったお肉を使って、晩も皆が楽しめ明日のお弁当屋や自宅学習している長男のお昼ご飯になるものを、つまりは夜ご飯かける2倍ちょっとをこしらえ、できた主夫アピールをとりあえずしてみました。
かなりまったり過ごす時間を確保しつつ、できた主夫をアピールをすることは、家内は真面目なので私が言うことを信頼してくれる方です。がんばったといえば有難うといい、ここで私が不真面目であることがかなりでてくることでもあります。
信じることというのは素晴らしいことで、騙される方が悪いというのは悪い人の理屈です。相手を信じるということを人間からなくせば、疑心暗鬼だけが横行して、殺伐とした関係にしかならないように思います。
とりあえず普通に行った私はきっとだましてもいないし、嘘も言っていないので、とりあえず恨まれることもないはずです。
いずれにしても、コスパの高い料理を作れたことをお褒めいただいたので、今日はそれでよしとするのです。

2月24日

 本来ならば、この日は長男が合格していなければ大学受験前期試験の為に今日と明日、上司にお願いして連休をとっていました。偶然一回機会多く彼の前に訪れた推薦入試で合格したことにより、前期・中期・後期試験を受けなくてよいことになり、安堵した半面物足りないことも増えたのですが、運よく受かったことを喜び、彼のおかげで空いた予定を入学してからしなければいけない住居探しや諸手続きを一緒に進め、それぞれまったりとした時間を過ごせました。
彼の友人達の中で明日は前期試験、大切な日の前日です。彼も他人ごとではないように時折考え深い表情をしていました。
全く努力や勉強を真剣にしてこなかった学生時代の私は、真摯に自らの将来のことで学問で勝負しようとする彼等の熱意や努力に頭が下がるばかりです。私はいつだって誰かと何かのせいにして目前の学問や努力から逃げ続けて今まで来たように思います。
彼等はまぶしく、それぞれが幸せになってくれればと願います。
私の職場で望まない困難や大問題が降りかかってくるように、彼等にも望むと望まざるとにかかわらず、それぞれに現実が善いと悪いと普通といったことが出現してくることだと思います。
私は大人であり彼の親であるから、自らが愚か者であるけれど時にいやいつも偉そうにまるでできているかのような指示や道を示します。純粋な方ほど私を疑わず、それを信じて努力しようとしたりする光景を見て、そこに私の醜い愚かさと程度をみます。いずれにしても私は私でしかなく、私はもっと先例にならい私の愚かさをつきつめるしかないです。

2月23日

 天皇誕生日、私は仕事でいつもと変わりませんが、家内の職場は祝日は休日の恩恵を受け、子供達もそれぞれお休みで、天皇様に感謝する日です。
子供達も家内も頭の中が天皇一色という話ではないです。ただ祝日が増えることが有難いといったように私には見えるだけです。実際それぞれがどのように天皇誕生日を意識しているかはそれぞれの自由であり、それが周囲に悪影響を及ぼすものでなくよいことなら私は何でもいいです。
考えてみれば、私もそうなのですが家内も子供と同じで祝日や休日を心待ちにしています。生きる人々にとって、全ての人がとは思いませんが、休日が存在することが有難いことだとあらためて思う日です。
まだ我が家というか愚かな私は珍しくおとずれたしあわせに酔いしれる夜です。

2月22日

 ここ二・三日程温かい日が続いています。お陰で花粉もよく飛んでいるのか、目の端あたりがむずがゆく、鼻も少しでて、のどもいつもより違和感があります。三男坊もそんな私の体質を受け継いだのか可哀想に小学生だけれど花粉症の症状に悩まされる時期となっています。
家内が空気清浄機を設置したり、長男が洗濯物は室内に干すようになど、配慮してくれていました。おかげで私も助かります。
いつものように出勤して、午後も過ぎ、今日も何事もなく仕事が終わると勝手に予想していました。前を見るとどうも長年来の友人が職場をたずねて来てくれました。
長男のお祝いにわざわざ時間をかけて来られ「おめでとう」そう言って包を渡されました。慶びを共に分かち合うこと、これも有難いことです。「そのままこれは息子に渡すよ」それからしばらく話をしました。
気がつけば職場の終了時間となって、直接息子に話して渡した方がいいのではないかと告げると「会いに行く」と乗り気の返事でしたのでそれぞれ我が家を目指し、上がって話をしました。
他人であるのに我がことのように喜びお祝いを手渡し、二人で笑っている姿を見て、本当に嬉しいひと時でした。きっといろいろ悪いこともありますが、こんなことだってあるからそれぞれ頑張ってきてよかったと思えるのかもしれません。
いずれにしても友人のおかげで今日は一人かなり酔っぱらう夜となりました。

2月21日

 最近でもいろいろやはりあるのですが、仕事は何度も言うように落ち着いてきました。大きなものであれば社会的に国際的にもコロナ禍が職場にも随分影響しています。内には違う問題を欲してもいないのに出し続ける方がいますので、お陰でここ何年か退屈はしていません。
行事もコロナ禍によって延期や中止となり、あれば重荷に感じることは多いですが、無くなればそれはそれで寂しいものです。
遠方よりたずねて来られた方と久しぶりに話をして、ここ何年かご心配かけたことへのお詫びというか感謝を述べ、近況の祝い事があったことをご報告すると、我がことのように喜んでくれました。
つらいとき、苦しいとき、怨みや怒りにとらわれるとき、他人事とせず自然に理解しようとされる姿勢に私は救われることは多いです。暗鬱たる心に光が差し込むときのように感じます。闇が深ければ深いほど一筋の光がどれほどかを思い知らされることでもあります。
ある人は、実践力が光となり、何気ない優しさが光となり、発する智慧が光となり、どれか一つでもそれは輝き、複合してしまえばまばゆいものとして感じます。
短くいえば、有難い、ただそれだけです。

2月20日

 土曜日

家内とはお互いの休みがバラバラですから、最近諸事情もあって家内の休日に私を手伝ってくれることが増え、つまりは共に過ごす時間が増えたことは有難いです。

週末の家内は仕事がお休みということもあって金曜の夜と土曜の夜はとても嬉しそうで楽しそうです。

まだ子供のお祝いムードがその辺りに漂っているので、それと週末であることを口実にいつもよりお酒が進んで、ふっと飲んでいないと思えば、飲み過ぎて横になってお休みしていました。

本格的に寝られても困りますので、起こして歯をみがいてベッドで寝てくださいと何度も起こしたのですが、酔い過ぎて私の言う事を実行したのはそれから一時間以上経過していました。

普段そんな姿をみせないのでたまには喜びごとだしよいかとも思ってみていました。長男はそれをみて一言「お母さんが泥酔している・・・」

今日はそんなお祝いが続く夜です。

2月19日

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2月18日


 出勤後、親しい方達には近況を伝えれました。

彼のこれまでの努力を知っている方は、納得して本当に喜んでくれました。彼はとりたてて幼き頃より常にできていたかというとそうではありません。

普通より少しだけ良かったくらい、ただ憧れを持っていました。誰かや何かに知性の光をみて憧れていました。

少しずつ努力をするようになり、高校一年が終わる頃に何があったのかは知りませんが、自ら目標を立て日々の生活スタイルを理想へ近づけていくといったことへ変わっていきました。

私は、結果がどうであれ努力しようと続ける日々をみて喜んでいました。少しずつ目標の成績へ近づき、やがてそこに手が何とか届いていました。望む進路へいけるかどうかは、私の親ばか度をのぞけば一割位が合格という冷たい分析をしていました。

第二希望又は第三希望でも最悪は問題ないとも思っていましたが、彼は自らの積み重ねで自らが望む進むべき道を切り開いたことで、職場の彼を幼いころから見続けていた方は本当に喜んでいました。

合格後も浮かれることなく、次のステップへ皆に後れをとるまいと学習する姿をみて、私に似ていないことに安心しました。

できるだけ、彼が新しい場所と世界へスムーズに移行できるようサポートしていこうと思います。

2月17日

 2連休をいただいていたので、朝一番から長男の進学の手続きを進めることができました。じっと座って何もしないまま郵便を待っても仕方ないので、洗濯と洗い物に時間をあて、先生への報告を終え帰宅した長男と一緒にお昼を食べました。

しばらく待っていましたがやはり郵便は来ません。届いたら即座に手続きを進めようと思っていましたが届かないものは仕方ありません。

果報は寝て待てと言いますので、「ちょっと仮眠してきます」と長男へ伝えベッドに入ると気がつかない間に寝ていました。どれ位経ったのか寝ていたのでわかりませんが玄関のチャイムがなりましたので、急いで起きました。どうやら階下で郵便を受け取るやりとりが聞こえました。

見知らぬ配達の方がお祝いの言葉をいただけるということもほほえましい光景の一つでした。

「なんといわれたの」

「おめでとう、先生(どうやらもっと素晴らしくになって、(地元に)帰って来てね」

そのように年配の女性から言われたようです。

しばらくして書類を拝見して、今日中に必要なものが揃わないものもありましたので、私が書留速達で書類を送ろうと思っていましたが、明日は仕事ですので確認をして出すようにと長男へ伝えました。入金と書類受付が終われば無事に入学受付は完了と書かれていました。

晩御飯にから揚げを山盛り作り、楽しく食べようとしていたところ、一つ他の点で申請し忘れたことが分かり、長男と二人後悔していました。覆水盆に返らずや後悔先立たずというけれど、悔やんでいました。

まあ開き直って今とこれからのことを考えていこうと思います。

少し早めにサクラ咲く

 いつものように仕事の都合で平日が休日となります。
長男の行く末にとって大事な発表があることで、本人も昨日も様子が違いました。当人ではないのに家族が仕事と学校へ皆いっているのであれば昼過ぎまで寝ていることばかりですが、今日は皆が出かけてすぐ階下へ行き、発表時刻が夕方とあって、そわそわして何もしないというのも問題ですし、時間を待っても一時間は一時間の速さです。まてばいつもより長く感じます。家事で時間を埋めることにしました。
買い物や掃除、洗濯、珍しく定刻にお昼を食べ、それから少し家の中を片付け、結果がどうであれ皆が美味しくいただけるものをと、普段より早く料理を作ることにしました。晩は酔っぱらって洗い物だけ終われば寝れるようにしていれば皆が幸せになれます。
夕方にきて大体の料理を作り終え、使用した料理器具は洗い終え片付け、後は皆がそろえば夕食を出して食べるだけにしたところで、長男から電話がかかってきました。
「お父さん、合格しました」
気の利いたことを長くいいたいとおもいましたが、短く
「おめでとう。先生へ御礼を伝えて」
確かそのくらい短かったように思います。それから普段お世話になる方二人と電話でお話しして伝え、友人一人にここのところ悪い連絡ばかりしかしていませんでしたので、たまには吉報を知らせようと思い息子が第一志望の大学へ受かったことを伝えました。
本当に喜んでくれました。「よくやったなあ。すごいよ、今度お祝いに行くよ」そう何度も言っていました。
悪い話ばかりの我が家に長男はよくやってくれました。家内も仕事から帰ってきていつもならば職場の人間関係にやられてかえってきますが、長男のことで満面の笑みで帰ってきました。
これから長男が帰って来たら皆でささやかにお祝いをしようと思います。

Appendix

プロフィール

大渓水

Author:大渓水
縁あってたどり着いた方に感謝です。
無名な私が頻繁に出現し(時には周囲を強制に出現もさせ)思うがままに書きつらねる場所となります。
ただ忘れやすい日常において何かを忘れないように願い、記しています。
塵や埃(無名な私)もどこかへ飛ばされ、そこの礎のごく一部となり、または大いなるものの一部へとなるときに喜ぶことは多いです。

(何故か毎日)書き続けており、更新時間は大体20時頃だったはずなのに、持って生まれていないのに、怠け癖を抱えてしまったことにより、遅い時間の更新もよくあるのが現状です。(何かを書くというよりさらに怠けて日記となっています・・・)

時折コメントをいただきます。いただいた方に心から御礼申し上げます。少なからず、いやかなり書くことへの力となっています。

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性別 男性
年齢 気がつけば五十而知天命の天命が何であり気が付いた時があるとしてそれに確信がもてないことばかりです

音楽の趣味は声が高く綺麗、歌の上手い人が好きです。

性格
個人的な偏りが大きすぎるのが最大の特徴
言いすぎて後悔する
すぐ極端になるところがありすぎる(のが難点)
口実をみつけお酒を飲もうとするとか

大した文章ではありませんが、さも自分が書いているかの如きコピペなどの盗用は固く禁止しています。
何かあればご連絡下さい。

真摯に訂正し改めるべききところは即座に改め、反映させていきたいです。問題があるところは気づき次第ご指摘・指導の程お願い申し上げます。
何分できていないところが多いのでよろしくお願いします。

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