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 できればしたくないことは、職場での口論と思っていました。理不尽と思えること、普通には起こらないこと、またあまりにも公平性にかけることなど、幾つかというか全部当てはまることがあれば、ついうっかりとこれまでの経緯や現状と今後の事を考えて行っていること、つまりは自分の意見を言ってしまう日になりました。
相手が一人ではなく複数人いたとしても、誰もが理解する気も話し合う気もなければ、やはり冒頭にかえり、「自分の意見をいうことは今後は差し控えさせていただきます」となります。本当そんな日です。
同じように話をして事実を告げたとしても、受け取らず話し合いにもならず、平行線どころか事実を告げた人が損をしたり悪くなるようならば、口は開かないほうがましです。
しばらくしっかりと取り組みながら、私の口からあまり本当のことは言わないように慎んでいかねばいけません。
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 清掃の次は、植木の剪定業務へ移行することになり、事務職ばかりですから、ここは経費削減のためですので、素人にプロ並みの仕上がりを期待するのはプロの方に失礼です。つまりは趣味の植木剪定レベルを実際行いながら腕前を上げていくしかないです。
まずは人目につかない裏庭の植木を刈り込み過ぎないように行いましたので、今度は人目につく場所の手伝いへ、庭が広いので共同作業で進めましたが、到底一日の内半日しかいけませんでしたが、何日もかかりそうです。気長に進めていくことにします。
帰宅して、「けいくん」の寝冷えによる夏風邪がどうなったかたずねると、すっかり熱も下がってその辺を走っていましたので、あまり無理をしないように、夜はやはり気を付けるように、しっかり食べるように、私が明日仕事に行っている間はお母さんやお兄ちゃんたちのいうことを守るように、うちの子供達はいいつけを守ることが素晴らしいのではなく、返事はいいのでそれだけでよしとします。
照りつける中、作業をしましたので汗をびっしょりとかいたところに、スポーツドリンクをいただき、かなり助かりました。夜は充実したことをいいことに早くからお酒を飲んでゆっくりしていました。まあこれはいつものことに最近はなってしまっています。調子に乗りすぎないように気をつけることを忘れないようにしたいです。

おだんご

 家内が二日前から、すすきと花を活けて飾っていました。それにあわせて昨日お団子用の粉も買ってきており、例年ならば「けいくん」と一緒に、粉に水をいれよくこねて、一緒にまるくして、沸騰したお鍋にいれて、浮き上がってきたらそれをすくってもらい、完成すれば一回御供えしてから、一緒にお月様をみて、戻ってきたら、お団子に黒蜜やアイスなどをかけて、いただきます。
今回は先日から熱を出して学校も休んでいましたので、私が代わりに作り、家内へ「けいくん」が寝てないといけないけれど、一緒にお月様をみてからお団子を食べてとお願いしました。
二人にとって、一年の中のただの一日ですが、行事というのは面倒くさいこともありますが、なにかしらのものを人生にもたらしくれることは確かです。
生憎の曇り空でしたが、雲の切れ目があって一瞬お月様がみえたと二人はいっていました。無精の私は用意して余計な段取りを二人におしつけて、いつものようにお酒を一杯、いつもと違うけれど変わらぬ時が流れていました。

一休み

 仕事はいつものように平日にお休みをいただき、昨晩の寝不足、これはいつものように趣味ネットやお酒に依存しすぎたためです。子供達も全員学校へ行き、家内も仕事に朝から出かけたのをいいことに、夜更かしによる睡眠不足を補うために、つまりはまあ「一休み一休み」たんに惰眠を貪っていただけです。
貪るも勢い余って、起きた時には午後二時を回っていました。流石に何もしていないでは家内も呆れるでしょうし、子供達から惰眠を貪り怠惰に耽る父親というのも威厳をそこないますので、そこから必死に洗い物と洗濯と買い出しと晩御飯の用意を進めました。そのうち、次男と三男が帰宅、三男は友人と一緒に帰って来て、私が休みの日は二人仲良く遊んでいます。
 前回はスコッチエッグ定食に再度挑みましたが、今回は一口カツ定食にしました。トン汁を作ろうとして濃い味にならないよう、調整したつもりが割と薄目のみそ風スープになってしまいました。この時期は野菜の青物が高めですし、あまり売っていないのが少しこまりますが、時期にケチを言ってもしかたないところです。他の野菜で代用しましたが、重複しすぎることに次から気をつけていきたいです。
無事に晩御飯も終わり、何事もないかと思えば、どうも夜にクーラーを勝手に自分で末っ子「けいくん」が掛け過ぎて、寝冷えをしただけでなく、鼻水も出て、熱まで出していました。家内が面倒をみてくれていました。
「沢山食べれるのなら食べて、今日はクーラーをかけずに寝なさい」
そういって寝かせました。使い方によって扇風機もクーラーも快適ではなく最悪になることもあるということを彼に伝えました。

こころ

 ここのところ生い茂る枝葉よりもさらに、その枝葉や幹にまとわりつき繁茂する葛の如きものに眼を向けすぎており、久方ぶりに根本を見直しています。
「さとれるものブッダ(釈迦牟尼世尊・釈尊又はお釈迦さま)」
人間としてこの世に生を受け、人間として覚れるものとなられた方、ブッダの覚れる所以はどこにあるか、ある人はこうも言われている。

「精神性の偉大さのゆえに多くの人々を感化し、その死後も二千五百年の長きにわたってアジアの民族に多くの思惟と修行の機会を与えた」渡辺照宏


精神性の偉大さとは、平易にいえば、「こころ」とも呼ばれ、その「こころ」が美しき時には、偉大・高潔・真摯・愛があるとともに、誰もが自らの中に内包してあることに気がつかされるものでもあり、願ってやまないものでもある。

たとえば、相応部経典、二二、八七、にみえる「跋迦梨(バッカリ)」と題する経のごときも、その一つである。
 それは、ブッダが、ラージャガハ(王舎城)の郊外、例のヴェールヴァナ(竹林)の精舎にいた時のことであったと記されてある。そのころ、同じラージャガハの、ある陶工の家にあって、一人の比丘が病を養っていた。ヴァッカリ(跋迦梨)というのが比丘の名であった。わるいことには、彼の病気はしだいに重くなって、とても回復の見込みはないと思われるにいたった。そこで彼は、看護のものに頼んでいった。
 「わたしは、この通り、病おもく、とても回復はおぼつかない。それで最後の思い出に、世尊のお顔をあおぎ、御足を頂礼(ちょうらい)したいと思う。だがこのからだでは、とてもヴェールヴァナ(竹林)までは無理とおもう。友よ、すまないが、ヴェールヴァナまで行って、〈ここまでお出(い)で下さるまいか〉と、世尊にお願い申してもらえまいか」
 ブッダは、使いの者の申し入れをこころよく承諾して、すぐ陶工の家を訪うた。その姿をみると、ヴァッカリは、起きて病床に座した。
 「ヴァッカリよ、静かにねているがよい。わたしが、いま、そこに行くよ」
彼を床によこたえて、ブッダがその枕もとにすわると、彼は力なくいった。
 「大徳よ、わたしは、もういけません。悪くなる一方です。それで最後の思い出に、お顔を拝し、お足を頂礼させていただきたいと思いまして」
 その時、ブッダが、声を励まして、彼におしえて言ったことばを、経典はこのように記しとどめている。
 「止(や)みなん、ヴァッカリよ、この爛壊(らんえ)の身をみて何かはせん。ヴァッカリよ法を見る者はわたしを見る。わたしを見る者は、法を見る」
 それは、まことに厳しい言葉である。ブッダはここに、おのれを礼拝せんとするものを拒んで、ただ法を見、法をこそ礼拝するがよいと教えている。おそらくは、そこに仏教の本質が、厳として存するのであろう。だが、いまや、わたしにとっては、自己の身軀(しんく)をゆびさして「この爛壊の身をみて、何かはせん」といったブッダの言葉が、また、ふしぎな魅力をもって迫ってくるのである。
『智慧と愛の言葉・阿含経』 著者 増谷文雄


 仏教という言葉も、宗教としての仏教も、難解な理論・述語・経により、その本質としての「こころ」がそこにもここにもあるのに見失ってしまう。
自らの願う
「自らの精神性の偉大さがどういうものであるか」
平易に
「自らのこころがどのようなものか(又はどのようにありたいか)」

ここに増谷先生は

 「大事なことは、この経におけるブッダの説き方は、「学者のごとく」ではなくて、むしろ「人間の教師」といった趣を示していることである。彼は人に応じ問題に応じて語り、人々をして、現実生活の中でこの原理を把握せしめる。それがブッダの説き方であった。そして、そのような原理が、身につき、生活の中に生きるものとなった時、それが、いうところの智慧(パンニャ、般若)にほかならない。またそのようにして把握された原理が、現実の人間関係のうえに実現される時、それがそのまま愛(メッタ、慈悲)にほかならないのである。この経を語るにあたって、題して『智慧と愛のことば』としたのは、そのことのほかではない。
『智慧と愛の言葉・阿含経』 著者 増谷文雄


 悩み、苦しむものの上によりそう、真摯な理解とやさしさが人間にはどれほどのものであるか、優しさによって立ち直る人間にとって、願うべき自らのこころはどのようなものであるべきか
いずれにしても、敬愛する増谷先生はこの著作においてある経を「智慧と愛のことば」と短く訳されている。

現状

  調べものをしていると理想が言葉として書かれていたり、その善い理想が描かれてあればやはりその対となる悪いことも容易に浮かび上がります。例えば優しさを調べようとして慈悲にいたり、慈悲がない状態はどういうものか「無慈悲」といったこともそうです。
天国又は極楽であれば地獄、人間であれば偉大な人間性をもった方であればブッダ、人を飛び越えて神の子とよばれるキリスト、反対は人ではないものであれば鬼か悪魔のようなものです。
いつだって極端にとらわれている私がそこにいます。どちらを選ぶかという問いに対し、罰当たりに思われたくないからか善い極端を選ぶことが多いですが、それは時に偽善ともとれる私もいます。
いつものことですが仏教であればその両極端にとらわれることなく、中ほどの道を採用という答えもよくでてきます。どのような方とも普通に接するのであれば、私の中にある身勝手な決めつけ・偏り・思い込み・覆われ・愚かさは想像以上に自らの弊害となって帰ってくるものです。
忘れるようにお酒を飲んだり趣味に走りますが、冷静になれば自らのことは誰かにとってつけようとしてもつかないことばかりです。
本当に現実から目を背ける日々が続いています。

覆われ

 末っ子以外のお兄ちゃん達は体育祭・文化祭がこの土日で行われました。準備やそれぞれ運動会の練習もまだ残暑の中行われますので彼等は彼等で日々疲れています。といってもゲームとか遊ぶは別体力がかなりあります。
学校が土日行かなければいけなくなると、振替で月曜は学校がお休みとなります。もれなく次男はそうなり、今年受験生の彼にとって残念なことに、私が月曜は休みですから、朝から私の監視下におかれるということになりました。つい先日家内が大きな雷を落としてからは、目立った悪いことはしないように努めています。余程しんどかったのか、もう一度家内に雷を落とされたくないのか、面倒くさいからなのか、はたまた他のどんなことにしても、朝から素直に言うことを聞いて、行動は気をつけていました。
本当は私ひとりならばゴロゴロと惰眠を貪るよていでありましたが、彼がいたことにより朝から普通に起きてまずは洗濯物全てを洗い、布団も干し、家の中を片づけて掃除を済ませ、彼のお昼ご飯を用意してから、それからまったりしていました。いつものように私が休日の時には「けいくん」がお友達を家に呼んで遊びます。もれなく今日は「けいくん」より先に既にお友達が遊びに来て、後からけいくんが帰って一緒に遊ぶという、慣れとは面白いものです。
晩御飯の買い出しへ行き、晩御飯を作って家内と長男を待っていましたが、家内は職場の人間関係の問題に悩まされ、今日も憔悴した顔・空気をまとい帰ってきました。私も負けないほどに問題は抱えていますよなんて言っても、自分がしんどい時に相手のことまで気にかけられないものです。
「とりあえず頑張って作ったから、沢山食べて」
家内にも、頑張って疲れて帰ってきた長男にも同じことを言って
「お風呂も入れるので早めに入って」
解決できる言葉を持たない私は、その二つをオウムのように繰り返すだけでした。
「美味しいものをお腹いっぱい食べて、お風呂に入って綺麗になったらそれはそれだけでも」
その言葉さえ、疲れている人やいろんなことにとらわれ悩まされる人には遠い言葉となってしまうものをみる日でした。

タイミング

 土日は大抵仕事です。今日もいつもと同じように仕事となり、最近は事務室内だけでなくいろいろなところをすることが増えてきました。外掃除から、今度は植木の剪定へ移行しています。
もっともプロではないので、触りすぎないように触らないよりはましで、一応手入れはされているのだな位のものです。
掃除にしても剪定にしても、広範囲になれば手と身体だけではどうにもならなくなりますので、道具を必要最低限用意してもらい進めていきました。終わっていろいろな課題が見えてきました。
ただ大きな剪定バサミをちょんちょんやっていると、それはそれでたまにであれば楽しいものだという日でもありました。ここのところ何日か進めた場所を見返し、今後の課題がいくつかあることにも気づかされ、なかなかいきなりプロ並みにはならないものですが、やっぱりひどいまま放置状態よりはましなものというだけのことです。
世の中には他人の揚げ足をとるだけでなく、権力あるひとへそれをあることないこと告げ口をする方にでくわすこともよくあります。揚げ足をとられるのもかなりめんどいですが、ないことないことを告げ口される現状は一言で形容しがたいことです。
何もやらずに真実や不平不満を言うよりも、ここは何かやりつづけてから言うことにします。

 忙しい夏も終わり、文化祭・体育祭、けいくんであれば運動会、まだ暑いけれど秋色が少しずつ増えています。稲刈り終わった田んぼ、赤とんぼ、夜風も少しずつ涼しくなり、虫の音も心地よくなっています。
久しぶりに子供達を晩御飯に招待してくれて皆で盛り上がりました。その後は少し皆が自由行動しすぎて合流するのに大変でしたが、それぞれが少しずつ大きくなっています。
運転して帰って、いつものように一杯やりながらまったりとしました。ここのところ職場の裏手を派手に掃除を進めており、まだしばらくかかりそうです。気長に続けていこうと思います。
珍しいお誘いが最近ありましたが、全てをお受けすることもできないのでお断りして、さらに一杯すすめていました。毎日二時間ほど汗をかいていつもより疲れますがそれはそれで充実しています。いろんなことがそれぞれにありますがあまりとらわれすぎないようにしていきたいです。

事務仕事ばかりでしたが、諸般の事情で職場内外の清掃にも力を入れることになり、ここのところ外の場合は泥などがついたまま事務所へ戻り対応もできませんから着替えを用意して出勤することにしています。真夏ではなないのでまだ有難いです。それでもやはり九月のお日様の力だってあなどれません。つまりは一時間もしていれば汗だくになります。掃除はわかりやすくていいです。片づけたところから綺麗になって行きますから、何も考えなくても手や身体を使っていれば時間が経過して、動かした分だけ綺麗になってくれます。満足度が目に見えてわかりやすいので単純明快でいいものです。
帰って家事をある程度済ませ、1人お酒を飲みながら今年受験の次男坊へ先日のテストの結果がどうだったかをたずねました。結果は良いとも普通ともいえないですが、正直にみせてくれたことは素晴らしいと言いました。ただ貴方が進学したい学校に行きたいのなら、これくらいはとらなければいけない具体的な点数を伝えました。少しそのことで話はしましたが、怒るとかおしつけるとかそういう話になると余計にやる気がそがれるだろうから、あとは本人を信じて任せて優しくサポートすることにしました。
割と汗をかいて体を綺麗に洗えば、帰ってからもお酒が美味しくなってはいけないのですがなってしまうということもあり、随分酔ってしまいました。
おしつけすぎない・やかましく言わない・他人の話を聞く時間を増やす。相変わらず課題の多い私が今日もそこにいました。
よく寝て明日からもいろいろと力を入れて行こうと思う夜です。

まったり

 有難いことに、最近の休みは用事が入って動くことがありましたが、その分家でまったりゴロゴロとか、出かけているので家事に時間がゆっくりさけないということにもなりました。
久しぶりに夏休みも終わり子供達も全員学校へ行き、家内も仕事へ行っており、静かな家の中で午前中は惰眠を貪っていました。ある程度で起きないと掃除・洗濯・買い出し・食事の用意を誰が見てもそれなりにやっているくらいにはしておかないと、今日一日何をしていたんだという追及になるのは面倒くさいので、あれこれとやらなければいけないことは思いつきましたが、考えているだけで進まない時間が少しありましたが、とりあえず洗い物からはじめ、家の中を片づけて掃除をして、洗濯を進めて、庭の草むしりをしてから、買い出しへ出かけようとしたとき、次男が早めに帰宅しました。
「自分のお金を出すからアイスを買ってきて」そう頼まれたので「(自分のお金を出すのなら)わかった」と言って、野菜を買いにいきましたが地産地消の店に今よい野菜が無く、仕方なくスーパーへ行って、今晩の献立に足らない食材だけ購入して帰りました。
その後「けいくん」が早めに帰ってきて、お友達も遊びに来ました。ある程度その間まったりしていましたが、そろそろ晩御飯を作らなければいけないので、今日はスコッチエッグ定食、つまりはあれですねハンバーグ定食はよく作りましたが、飽きられないように少し手を変えたというだけのことです。
割とゴロゴロまったりしていたのに、何故か早めからだるく眠くなってきたので、今日はもう寝ることにします。

 慣れない出勤形態になったからか、休みの予定だった日が出勤になったせいか、いずれにしても何か気分的に疲れていたからか、明日休んでも問題ないようなので先日の代わりの休みをいただけるよう進言すると、無事に休みをいただきました。
明日が休みになるとわかれば、随分心持も変わってきます。家族には帰宅してもいつもと同じにみえるかもしれませんが、まったりと過ごすことができました。
他人をみても思いますが、10代・20代とは違って40代半ばまでくれば身体にもそれなりの衰えがあり、生きているのだから老化も仕方ないと思いますが、若い頃と比べるのはきっとそれも私が歳をとったという証であり、比べても戻ることもないんだからあきらめてこれからも気長につきあっていくしかないと教えてくれているとみるべきなのでしょう。
朝は善く昼は普通、夕方は相手がいることから思うようにいかないことでした。ただ相手が非を認め素直に最初から謝っておられたので、それ以上感情的にならずにすみました。
よく身近で優しい方が「相手が阿呆なことをして、こちらも同じことをすれば同じ阿呆になる。だから阿呆になったらいかん。」何度も言われていたことです。
相手が善い人であれば良い状態で、相手が普通ならば普通で、相手がが悪ければ相手のせいにしてこちらが感情的になり悪くなっている。
相手によって変わることが多く迷惑をかけてしまう私は、理想としては誰の前に対しても普通の私であることです。本当これがいつまでたってもなかなかできないと思い思わされる日でした。

簡単なのに

 予定は未定、本来ならば今日は仕事がお休みの予定でしたが、突然の仕事が入って仕事となりました。大人ですから仕事は大切ですからそれを優先するのは当然です。ただ家内や私のお休みをあてにしていた子供達からすればちょっとあてがはずれて残念そうでした。この辺りは結婚して子供がいるという有難いことですから我慢してもらうしかないです。
私が雷を落とすのはよくあることですから、それぞれ子供達も慣れていますが、家内が激しい雷を落とすことは本当に何年かに一度位ですから、今回落とされた次男坊はまだその威力が残って以前とは違う真面目な生活態度へ変わっています。怒らなければいけない時に怒らず、あまやかし続ける。それが将来になってどのようになるか、必ずしもそれが全て善くなることへ反映されると私は言いませんが、理不尽ではない正当な雷の落ち方は必要としているなんて思います。
もっと大切なことは、世間で「子供は親の背中をみて育つ」と耳にすることがあります。家内は真面目ですから不器用で真面目なことが全てによく働くわけではありません。結果うまくいかないことがあったとしても、私からすればいけてるほうです。問題はやっぱりいつも私自身へかえります。相変わらずの私です。

一夜明けて

 家内は、台風が温帯低気圧変わるように、唐突に穏やかにはなりませんでしたが、通常へ少しずつ戻っているようでした。変な雷のや大風などが来ても困るので、私はきをつけています。また子供達も彼女と過ごした時間がそれなりの経験となり、それぞれが気を付けているようです。
気を抜いた頃にやられるので油断大敵なんて私は子供達(彼等)に言いません。生贄になって欲しいと思っていませんが、痛い思いをしたほうが記憶に残るし成長もしますという大人の答えだからです。明日は仕事は休日をいただいているので、ゆるやかに時間を過ごしていました。といってもはた目には仕事後は最低限の家事と子供達の宿題とやらなければいけないことを指示を出し、それからいつものように趣味へ没頭、次の日が休日であるときと翌日が仕事であるときでは、こころもちが全然違います。
あまり夜更かしすると体調に悪くあらわれてもこまるので、早めに就寝することにします。

 珍しく職場に家内から電話があったようです。その時忙しくてでれず、かなり後になり気がつき連絡しましたが、少しだけ話を聞いてそれからすぐにしなければいけない仕事がありましたので、仕事があるからと内容を全て聞けませんでした。
少しだけ聞いた内容では、どうも次男が高校受験生であるのに、勉学に励んでいないだけでなく、家内への対応が粗暴・粗野であったから連絡してきたようです。仕事をしながら状況がどうであれ、帰っても荒れてるだろうと思いながら仕事を終え帰宅しました。
当の次男坊が一応勉強をしているようでしたが、今までならすぐに何があったと聞きましたが、私や他の子供達へ飛び火しないように、まずは私自身がしなければいけないこと、明日への段取り、子供達への指示出しをして、少しでも終わらせてないことと、やらなければいけないことを指示を出しながら終えました。
子供達三人、今日は特に次男と三男が家にいて、粗暴な対応を次男に向けられて久しぶりに家内は大嵐となっていたようで、今まで子供達に「私がいない時にはお母さんを助けてあげて」又は「我が家で一番怖いのは母さんだから」そう何度も言い続けてきたその意味も、とんでもなく彼女が怒りださないと身に染みて理解できないことです。
職場でいろいろありますから、これ以上私に飛び火や雷などいりません。よって公平に冷静に対応することにしました。久しぶりに家内が私以外に大声で意見を言っているところをみると、彼女も職場でいろいろな問題があるし、ただ余裕がなく視野が狭い時は限界も低いことが、近くに雷となって落とされると、落とされた側は何度も落とされたくないので、逆鱗に触れないようになり気を付けることになります。これをある意味成長や学習又は実体験での痛い思いとなり、無駄にはならない時もあります。自分が何を言っているかわからない人は、時折激しく痛い思いをするというだけです。
次男は特にそんな激しいところ、自分勝手なところ、孤高なところ、体質などよく私に似ていますので、彼が怒られると私としては複雑になります。そうかといって注意も指導もされず、怒られない子供がどうなるか、そんな検証もしたくないので、私や家内が時には怒ら無ければいけません。
天気は悪くないのに大嵐の日でした。

Appendix

プロフィール

大渓水

Author:大渓水
縁あってたどり着いた方に感謝です。
無名な私が頻繁に出現し(時には周囲を強制に出現もさせ)思うがままに書きつらねる場所となります。
ただ忘れやすい日常において何かを忘れないように願い、記しています。
塵や埃(無名な私)もどこかへ飛ばされ、そこの礎のごく一部となり、または大いなるものの一部へとなるときに喜ぶことは多いです。

(何故か毎日)書き続けており、更新時間は大体20時頃だったはずなのに、持って生まれていないのに、怠け癖を抱えてしまったことにより、遅い時間の更新もよくあるのが現状です。(何かを書くというよりさらに怠けて日記となっています・・・)

時折コメントをいただきます。いただいた方に心から御礼申し上げます。少なからず、いやかなり書くことへの力となっています。

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性別 男性
年齢 気がつけば不惑(も何年か過ぎています)

音楽の趣味は声が高く綺麗、歌の上手い人が好きです。

性格
個人的な偏りが大きすぎるのが最大の特徴
言いすぎて後悔する
すぐ極端になるところがありすぎる(のが難点)
口実をみつけお酒を飲もうとするとか

大した文章ではありませんが、さも自分が書いているかの如きコピペなどの盗用は固く禁止しています。
何かあればご連絡下さい。

真摯に訂正し改めるべききところは即座に改め、反映させていきたいです。問題があるところは気づき次第ご指摘・指導の程お願い申し上げます。
何分できていないところが多いのでよろしくお願いします。

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