外が雨だと、外へ出て何かということのやる気が私はなくなり、今日は動かないことばかり、つまりはごろごろ、平日の休日だと子供達も家内も家にいない時間が多く、家の中は静かで、一人を満喫というかよく寝ました。
何かにとらわれ何をしていいかともならず、思いのほかゆっくりと流れ、明日のために夜もしっかり寝ないと明日にこたえます。

 工事の音、雨の音、子供達のにぎやかな声、家内の存在する音、静かに休憩したいときにすべての音から遠ざかりたいと考えることがあって、賑やかな音に近づきたい考えることもあって、カミナリが聞こえ強い雨脚は強くなり、ことさら私は外に出たくないと思い、休んでいましたと長い言い訳を記します。

自らの続けてきた足跡がその報いとなっているのに、自らの言動を認めず、目をそらし逃げ誰かと何かのせいにすることをやめない。本人よりも近くにいる方達がその言動を見てきたのだから、いくら本人が違うといってもどうしようもないことです。
信じて欲しいなら、どうして他人へ優しく、欲を慎み、良いことをしなかったのか、そんな簡単なことを忘れるではなく、そこからも目を背け続けているようです。

自らの行動も、言ったことも、それを消せる消しゴムはないです。

ここまできて、受け取らなければどうなるのか、私にもよくわからないことばかりです。
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