器用

 どうも困難なことに出くわすと、今までの威勢が無くなるどころか自分そのものが無くなったかのように、どのようにしていいのかわからなくなる人もいる。

けれどその方は器用な方だと私は考える。何かあるたびに崩れて無くなるが、すぐに再構築して物事に対処できる利点を持っている。何度も崩れては建て直し、崩れては建て直す。これを器用と呼ばずして何と呼ぶべきか。

私に至っては、人に言われても何かあっても必要以上に意地を張り、更なる堅さをみせ、痛い思いをすることばかり「普段は器用でも、肝心な時に不器用な体たらく」を周囲へみせつけてしまう。

ここでも「何がどうなのか」そのような考えや思いや現状にとらわれて身動きがとれなくなるよりできることで動き続けることにする。
とりあえずあれこれ考える前に家内に催促されていた「けいくん」の自由研究を今日中に一緒にまとめあげなければいけない。

仕事が終わり立てていた予定の自由研究を手伝い、最後までやり遂げてもらい、次は次男の自由研究用の写真を現像へ、写真屋さんに行けば閉まっており、しょうがないのでコンビニ(ローソン)へ行くと、なんとコピー機で写真が現像できることを発見、どうりで近くの現像してくれるところが潰れたのは何故かという理由もわかり、24H営業の上に現像代も一枚30円、納得したくないけれど納得できて無事に写真を渡し、仕事も終わり、家庭の用事も終わり、ただいろいろとあることについていけない私をみて、夜空を見上げると美しい三日月が浮かんでおり、生きているからいろいろあると言い聞かせる日でした。


よくわからないことをみてしまい、考えさせられました。

やっぱり予期せぬ時に私は器用ではないようだと痛感しました。
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