攻めず

 少し困るくらいなら悩むことも少なく、それもまた簡単に忘れて次のことへ

「困窮する」例えてこの言葉となるのなら、それは悩むどころか怨みや怒りなども付随して、いくら困窮や怨み怒り悲しみを捨てたと思っても離れない、そんな言葉です。

普通に私はお給料をいただき仕事をしており、その中で一般に使われている意味ならばサラリーマンと呼ばれるものですから、上司の指示に従わなければいけません。ただ仕事で悪いことを行うことは、私もあの子達の親ですから避けなければいけません。もっともそれは誰もが同様です。

こちらに結婚して引っ越してから、それなりの月日が経ち、以前はよく自らの心中にある怨みや後悔、それは他人が私に擦り付けたわけでもなくいつだって自らで作り続ける負の思いなのですが、それによってよく潰れそうになりました。

今は以前よりましになったというか、すぐに一人で夜に泣くか、人前ならば笑って流せるようなことが増えました。結局私は苦しみというものが、その時によってとらえ方や感じ方処理の仕方が違っているのだと思います。それはきっとこれからも違って行くような気がします。

一日一日さらりと問題になる前にいろいろなことは流し、仕事をすすめ、何かをみつめていきたいです。

どうやら私の弱点である、困難から逃げ続けた何年間の技術が最近役に立っています。逃げながら仕事をこなしていけばさしあたって大きな問題が片付くまで、そんなスタンスで臨まなければ正面衝突すれば私が砕けそうな気配です。

お給料をいただいているのだから、全て放棄なんてできません。いただいている分はしっかりこなし、一日一日送っていくことにします。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿