仕事が終わって、迎えに行き家路につく途中、いつの間にかコスモスがあの子の背を抜いて育って、白やピンクの花を咲かせて、彼岸花(曼珠沙華)もみることができ、良い香りがすると思えばキンモクセイも咲き、甘い匂いに包まれながら帰るのでした。

晩に家内とウォーキングに出ても7時過ぎにはもう真っ暗です。随分肌寒く感じる気候になり、身体を温めるためにいつもより速度を上げて歩くことになり、そのうちその冷たさにも慣れ、秋の夜の中を歩き続けるのです。

そろそろお月見の用意をしないと、おぼえているときは皆で団子を作って、ススキを飾り、最後に美味しくお団子をいただき、笑顔になれます。周りの田畑もほとんど稲刈りも終わり、太鼓などが夜遠くから聞こえ、祭りの雰囲気を伝えてくれます。

今年も気が付けば10月、本当にいろいろあり、ここまでなんとかこれたことはさいわいです。

さまざまなことに感謝したいです。

できるだけ普通に過ごし、楽しむときは楽しみ、やるべき時にはしっかり行い、一つずつ、一日ずつ、少しずつ進んでいきたいと願います。

私に悪いところは沢山あります。せめて今までに痛い思いをしたわかっていることくらいは気を付けてのぞんでいきたいです。
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誰に向けての(私が)思う本質

物事がうまくいかないときに

「どうしてなのか」

そう相手に対し問いを発する仕草・態度・言葉が向けられることがある。(他の方のことよりも私が真っ先にそんなことを大きな声でも独り言としても発している)
大抵のこと、これまで自らが行ってきたことを振り返り、自らの言動がその過去の現実にそぐわず、悪いことばかりであれば他人に対し「どうしてこのようになったのか」と問うより、自らにそのように問うしかない。それにはやはり相手ではなく自らが答えるしかない。

どうしても答えが出ないのなら、ありのまま自らがしてきたことを複数の味方ではない方に告げ、ありのまま思ったまま言ってもらえばいい。それが「どうしてなのか」を満足させる答えになるだろう。


何か人間として自らが置かれた場所にとって大切なことより、損得や目 先の利益などを優先させる答えを選んだとき、やはりそれは選んだ方の自己責任となる場合が多い。「仕方ない」とは自らではなく、周囲の方が言われれば責任も軽くなるだろう。

「どうして(こんなことに・こんなはずでは・・・)」

努力して、世間一般の道理を犯すことなく、自らの言動の責任は自らがとるという、あたりまえのことを行っていれば、周囲からかける言葉も存在している。優しい方助けてくれる方もいるだろう。
そうでなければ、そうでなければ今までのことは自らが全て責任をとるしかない。

誰にでも訪れるあたりまえのことを避け続け逃げ続け誰かにおわせて逃れていれば、そのうちひょっこり自らに遭遇する。

「やあ、こんにちは、私の言動」

それを消したいと願うか、笑い話にできるか、目を背け続けるか、他人のせいにして逃げ続けるか、自らで責任をとるのか


いずれにしてもその本人による。



本当私は人のことを言えない・・・

変わらず

 とりたてて何も変わっていないようにみえたり思われても、逆もまたしかりで、何もないようでふとした時に、予想もしていない来てほしくないことで、吹き飛ばされそうになったり、倒れてもう起き上がれないのではなど、何も変わっていないのですがそんなことがあることに自らも他者もあり、変わらないのです。

周囲に多大なる影響を与えることなく、予想を超えた事態に対処してほしい。これを一言で「長くなりそうだから普通にして」そう頼まれました。私は不出来な発言をその辺りにこぼしています。「とんでもないことを普通にこなし、普通の行動だけでいくなんて、普通じゃないのにできるわけが・・・」まあ何事もやってみるしかないです。

怒りは忍耐によって無くして、怨みは優しさによって無くし、優しくなければ優しくして、普通でなければ普通にしていくだけです。


ここのところ私にとって、私の普通ということがどんなものかをよく考えさせられます。

聞くにも

 私は時に他人が何を言っているかということが気になることがあります。
どうもそれは私だけではないようで、自分の他人の評価が気になる人も気になるようです。悪いことや嘘をつく人もその悪いことや嘘を出している自分が他人にどういわれているかを気になって、こっそり「壁に耳あり」を多用する方を見かけます。なかなかですよ気になったとしても、「壁に耳あり」というのは意図的に聞きに行く、つまりは世間でそれを「盗み聞き」を率先してするということに判断されます。

その行為が善いとか悪いとかの判断は、その行為を見た方やそんなことをしていたという発言を耳にした方が勝手にしていくことです。ただ常に盗み聞きしたいということを現代の文明機器に依存して盗聴器をしかけると、犯罪となります。

そんなに他人の言うことが気になるのなら、常に努力して自らの見た目ではなく中身を付けて、悪いことや嘘を減らし、善いことを一つでもしていけば、「盗み聞き」なんてする必要がないのですが、人間は弱い生き物で時に流されやすく愚かです。他人のことはともかく私は愚か者の代表格なところがたくさんありますから、気になって聞きたいとよく思い、努力しなければいけないのに努力を怠り、他人の揚げ足をとって鬱憤をはらすようなこともしていたり、善いことを願っているのに、嘘や悪いことをしてしまいます。

他人のことをとやかく言えない私という、ただの私の現状しか浮かび上がってこない、それだけです。


きっとですね

自らがしてしまった悪いこと、嘘など、それが消せる消しゴムがないのに、愚かであるからお酒を飲めば一時的にそれを忘れたかのように錯覚する弱い私は、今日も一杯やっています。

私の愚かさというのは、悪いのですが私の個性、ときに他者に

「あなたって本当にあほなところがあるね」

そういって私のことを笑って許し、認めてくれる人がいるので、私の愚かさはいつまでたってもなくならない、いやときになくしたらだめなのではないか


酔っぱらいは戯言のようにそんなことを頭の中で負け犬の遠吠えのように何度も繰り返されるのです。

落ちる

 書物をみて、時に感動して、それから自分の過去や思うこと願うことこれからに何かを重ね涙を流すことがあります。
昨日は久しぶりに感動する文章に出会い喜ぶというより嬉しくというより、安心するというより、それに出会えた達成感というか、とりあえず驚き感動しました。

それを知人へ伝えるとその方は涙をおとされていました。

ここのところ物騒なことばかりで、家内に迷惑をかけてばかりで、子供たちのことを構ってやれず、けれどそれでも私は今やらなければいけないことへ時間を割かねばならないとしか思いません。

家内の機嫌を損なうでしょう。

大切なことだからと、言い訳をして出かけてきます。

動かざること尊し

 長男が小学生の頃、よく偉人伝シリーズの本を借りてきて、私へ嬉しそうにその本を見せてくれたことをはっきりとおぼえています。彼が私に初めて偉人伝の本を借りてきて言った言葉が

「お父さん、学校で偉人伝シリーズを新しく購入したんだよ、すると皆がどれを借りるかでとりあいになって、変な侍の人が残った本しか借りれなかったんだよ・・・」

そう言って見せてくれた本は、子供が薪を背負いながら本を読む姿ではなく、その方が大人になった大人の侍の姿が描かれた本でした。


二宮尊徳
二宮尊徳(1787~1856年)は7代目團十郎と同じ時代の人である。彼は道徳と経済とを調和させて農業を実践しかつ指導した。相模の人で六〇五ヵ町村を開発復興したが、その中で小田原藩主大久保氏の分家たる宇津氏の領土―野洲、桜町領―の復旧は難事であった。
 彼は現地に着任後、いくつかの事件が発生した時、一八二九年一月四日、突然「公用のため江戸に行く」といい残したまま姿を消し、それから九十日余日たって四月十日に戻った。問題は人の和を欠く点であった。尊徳はそのあいだ三月に成田に現れ、断食参籠した。時の住職照胤は尊徳に遇い「病人でもなく、金銭に困るのでもなく、営利を求めるのでもなく、災難に遇ったとも見えない貴下が、何を祈願して断食修行するのか」とたずねた。かれは事情を説明し、人民を救うためにはこの身を火中に投じてもよい、と断言した。
 そこで照胤は『聖不動経』を教えたところ、尊徳はこれを受持し書写した。その時の和歌が「心あらば成田の山にこもりなん石の上にも岩の上にも」である。そして三七二十一日の断食をおえると、休むまもなく、その日のうちに成田を立って二十里の道を歩いて桜町に帰った。その翌日から休まずに村の巡回を始め、ついに難事業に成功した。
 のちに自室の床の間に不動尊の軸をかけていた。人から問われて、桜町のことを回顧し、次のように答えた―「あの時は人民離散、土地荒蕪、手のつけようもなかったが、成否のいかんを問わず、生涯ここを動かないことに決心した。たとえ事故ができて背に火が燃えつくようなことがあっても、生命をかけて動くまいと誓った。しかるに、不動尊とは『動かざれば尊し』と読める。その名の意味と、猛火に背を焼いても動かぬ像と信じ、この像を掛けて妻子にも示すのである。自分が今日到るは、不動心の堅固一つにあり、よって今日もなおこの像を掛け、その意を示すのである。」
 戦前には「手本は二宮金次郎」とうたわれ、各小学校の校庭にその立像が置かれ、現在もなお全国には彼の信奉者が多い。その尊徳も危機を脱するにあたって成田に断食祈願し、生涯変わらぬ不動尊信者だったのである。



彼は大人の私が違う本で出会った上記のこととは別に、その二宮尊徳の本を読んで感動して、それからそのシリーズを何冊も借りてきて目をキラキラさせて私にそれぞれの本の素晴らしさを教えてくれました。

「よかったね」

私はそう長男に言いながら、それは私自身へ向けられた言葉でもありました。彼が読んで、彼が寝た後に私が読んで、次の日その本について語り合って、彼は本の魅力にとりつかれていきました。まあ若いころのそれは流行り病みたいなもので、すぐに何かほかの流行り病へになっていきます。

いつか、自分の道が見つかったときにそのことが必ず役に立つから、その時は「動かざること尊し」動いていても動いていない、動いていなくても動いている。そのことが大切になることを身に染みる時がくるでしょう。

(今日も、誰かのコメントへの酔っ払いの返信となります)

盟友

 弥勒の語源であるミトラは盟友・善友をあらわし、シャーキャムニ・ブッダの後、仏として現れることを約束された次のブッダの名前がマイトレーヤ・ブッダであり、修行中を弥勒菩薩と呼びます。

弥勒信仰には修行しておられる兜率天に一緒に行きたいと願う信仰と弥勒がブッダとしてこの現世に現れるときに一緒にと願う信仰があります。その違いは私としては大きな問題にも争う必要もないことです。

我々にとっての盟友・善友であり菩薩のような方、真言宗を信じる方はそこに弘法大師(空海)さまをみるのです。ここでも弥勒さまがお大師様かそれとも弥勒様とお大師様が一緒におられるのか、そこも特に争点にする必要のないことです。信じるということと、信じるありかた、自らの信ずるところはひとそれぞれです。

お互いを理解し認めあうことが一番大切なことです。

また、弥勒様だけに固執せず、観音様、お地蔵様、お不動様、阿弥陀様、特定のお経、また深い叡智・強靭な実践力を感じさせる僧侶など、何をどう信じるかも、人間的完成を目指すのであれば何がというのは問題にもなりません。仏か法か僧か経のどれが一番なのかということを争点にする必要がないということにもなります。

現在に生きる真言宗僧侶はそれぞれ真言宗の師僧がいて、その師もまた師僧がいて、行きつけば弘法大師さまへたどりつき、弘法大師さまの師僧もおなじでもっとたどれば、シャーキャムニ・ブッダまでたどりつきます。

未来に生きる人類のために、ブッダはマイトレーヤがブッダにと授記し、仏教を信じるひとはそこに未来へ希望と確信をみるのです。

親切な人・優しい人・恩人・危険なことを知らせてくれる人・ものくるる友・祖父母・両親・友人・知人、生きてふれあう方全てが私にとっての観音様と呼ぶ方もあり、仏と呼ぶ方もあり、そこにさとりありとみるかたもいます。

善いこと・善い人だけでなくその中間とその反対に位置するものにもまた、ひとつの何かがあります。

「それを何とみるか」

いたらぬ私は恨みや怒りとみて、頼まれてもいないのに自らと世界を汚してしまうような行為をしてしまいます。


(酔っぱらい、おもいつきで記してみました。最近あまり調べていないので同じことばかりを繰り返している私をみます。)

彼岸

彼岸ときけば、子供の頃を思い出します。祖父が七人兄弟の長男であったので、彼岸・お盆・正月には祖父の兄弟親戚、父の従妹がまたその子供さんが一緒に仏壇を拝んで挨拶して帰っていたことを思い出します。
もし用事で家族が留守でも田舎だから玄関は空いていて(というか鍵かかってるおぼえがないけれど)、お仏壇におはぎやお供え物がおいてあれば、誰か親戚の方が仏壇をお参りして、ご先祖様へお供え物を置いて行かれたのだとわかりました。父母はその品物によって「どこどこのおばちゃんがきたんだね」なんてことがわかっていたようです。

最近は兄弟も減り、親戚づきあいも私の子供のころより希薄になっています。そのことが悪いことだとは思いません。昔は情報伝達手段もなく、自らが育つ集落内で助け合って、集落の助けより身近な助けは親族・親戚一同となっていたからでしょう。

「お互い様」とはそんな時にピッタリあてはまっていた言葉なのだと考えます。

ただ最近でも困ったときに、親族・血族でなくても見知らぬ人でも助け合うときには、やはりその「お互い様」がありがとうございますや何故助けてくれたのですかの問いに対し、「お互い様だから」とこたえられます。

彼岸の対の言葉は、此岸です。

「此の岸から、彼の岸へ」

これは仏教の浄土系の言葉で例えれば、極楽と現世とあらわしてもよいかと思います。

「お互い様」と困ったときに言い合える仲やその瞬間は極楽です。

悪いことばかり続け、それを他人に擦り付けたり自らがその言動を受け取らなければ、その方もその周囲も現実世界が地獄に思えます。悪いことの特徴に嘘は必要不可欠で、本当に嘘をつけばその嘘を本当にするためにさらに悪いことをしてさらに嘘をつかねばいけないという現象もあります。

よって現実世界が「火宅」と譬えられることもあり、(悪しき)煩悩が燃え盛る状態と呼ばれ、その(悪しき)煩悩が滅した状態を「涅槃(寂静)・ニルヴァーナ」とよばれ、それは一つの覚りともいわれています。

誰かが彼岸の行事の話で言っていました。

「自らを正しくみつめ、自らの悪いことはできるだけ生じさせないように、しあわせや良いことは沢山でてくるように努めましょう」

簡単なことが一番難しいとさらに言われ、けれど皆様にはその簡単なことをお願いしたいと言われていました。

私にとってのお彼岸の思い出は、おばちゃん(祖父の妹)がいつも作って仏壇にお供えしてくれたのを、美味しいといって食べていた思い出や、お賽銭で100円があったらお小遣いがないときにそれをもって遠くの店に買い物に兄といったこと、良い事悪いことそれぞれいろんな思い出がよみがえってきます。

祖父も91でなくなり、祖父の兄弟も後はおばちゃん一人だけになりました。私も気が付けば40と一つ二つ歳を重ね、移ろい変わりゆくものにさまざまなことをみています。
もっぱら私は愚か者と変わらずよく迷う担当代表であります。お酒をいただきさらに迷うことにしてみます。

本当に

 些細なことだと誰かが言っても、それが私にとっても誰かにとっても、存在する場所にとって些細な事に思えなければ、私はむきになって発言するなんてことは多いです。
およそ他人事にすれば、どれだけ大きいことでも些細なこと以下としかならないです。誰かが不遇な目にあいすぎていること、これまでにもそんな方が何人もいれば、私はこれからのことも考えれば些細なことだとは判断しません。

「過去のことはもういいじゃないか」

その発言がお互い様になってお互いの過去の悪いこと善いことをないものにするのなら公平であると考えます。ただ自らの悪いことだけを都合よく忘れさせ、相手の悪いところは認めないなんて話を聞かされても嬉しくならず、理解に苦しむどころではない私です。

最近口にしている「普通に」という意味がはっきりわかりました。

自らの放った言葉と行動の責任を自らでとれる範囲が普通の状態で、自らが責任をとろうとしても好き放題やり放題言いたい放題が過ぎれば、周囲はめちゃくちゃになり、自ら責任が取れない状態までいくことを普通ではないと言っていることがわかりました。
「普通にしたい」
普通ではないからその言葉が出るようになり、周囲に多大な被害が出ていてもその言葉が出ます。ただ本人だけが受け取らず普通にしない・しようとしない・自らの過去と現実をみつめるきがないであれば、普通ではない状態が続きます。

一日も早く普通の状態へ、なんて願う日でした。

何もない日

 仕事の休みは大抵平日で、その休日ががやってきて、いろいろあったことに家内が気を使って、今日はゆっくりするようにと配慮してくれていました。ある程度実際はある程度以上に、ゴロゴロというより布団より出ず、けれど落ち着かないので洗濯物を干して、掃除をして、家の中で片づけやすい場所から手を付け、外に回って少し片づけて、夕食の一品にスープを作り(これがまたちょっと薄味でした)いつの間にか夜になっていました。

静かに過ごす日になるだろうと思っていました、少しだけ心騒がすようなことがありましたが、有難いことに穏やかに過ぎていきました。
あれこれといって、悪くない人を悪く言うことには本当に腹が立つという私をみて、変わらないことを感じ、思い出してやはり腹を立てていました。これからは少し難しくなりそうです。

もうしないだろうといってしているのなら、何もかわっていないということです。近くの人にもっと現実と周囲とこれからをみつめるようにお伝えすることにします。

 お酒を飲みすぎたり、調子にのりすぎたり、物事が上手くいっていると思い込みすぎれば人は饒舌になります。他に代表的なものに何かをごまかす時でさえ饒舌になる人もいます。その他にも良いことで饒舌になる時などありますが、いずれにしても私はよく身を滅ぼすようなことを頼まれてもないのにしやすい傾向にありますので、自らが気を付けなければいけませんなどと考えているそばからお酒を飲んでいればさっき思っていたことは月よりも遠い位置に存在するかのようです。

うっかりしなくても私はぼろが出ます。ぼろとは私の隠しているあるがままともいえ、あるがままの方がそれは楽です。大人になり仕事をしていれば、ぼろのままでは問題が続出するような私は、それなりの品性を借りてこねばいけない始末、本当に阿呆です。

人が楽しめないことを笑ってみたり、人が許せないことを許せる一面もあり、後で考えれば思い返して笑えることもあれば、情けなさに涙しか出ないこともあり、悔いにしかならず、それは時折ひかりをみることもあります。

人の目は光っていないもの光ってみることができる、これは目というより脳というより、受け取るこころが目に映るものや感じたものに光をみるといった方が私にはぴたりときます。

その光は一つではなく、優しさ、こころの美しさ・純粋さ・真摯であること、何物も貫いていく姿勢、あるがままであること、数え切れない種類でしょうが、光は光です。

光をみるというより、光に包まれている私そのものを見るといった感覚が適切で、私はその時自らをみることができず、不思議に思います。

ここからはもっと変な私の世界がはじまっていきます。そこに何かを指さしそこに光を一緒に見たいと願います。理想はおろかな私を指さすとそこに光と真理が相手にうつっていれば、愚かな私の存在も笑って時を過ごせしあわせになれます。
「私は私の愚を守ろう」そんなことを山頭火が言っていたことにあこがれてやまないです。

誰もがあたりまえなのでしょうが特に今日は

 いろんなことがあって、落ち着かない年となっているのは確かです。明日のことも明後日のことも確実なことは何もわからないことばかりなのは、予定・予想という言葉通りで、あたりまえのことなのに、明日のことを考えると不安です。

不安を忘れるかのように、少し遠くまでウォーキングへ行き、帰って少し疲れたことと時が一時間程すぎたことに気が付かされ、とりあえず紛らわすために、お酒を飲もうとしたら家内が何か察したのか
「飲みすぎないように」
「わかりました」
飲みすぎないように注意しようと思います。今年になっていろいろあって、ただ変わらぬことは誰かを信じるしかないということです。それは楽天的な信じるではないです。
たとえハッピーエンドにならなくても、自らが信じた人やものに最後までついていくという安易な考えに身を投じるだけのことです。沈むなら最後まで一緒に、笑うなら一緒に、泣くなら一緒に、恨むときも一緒に、ただ死ぬときは一緒にというのは自らにも相手にも望んではいけないことだし、望むことはないです。それはその時勝手にそれぞれにいつかはわからないけれど訪れるだけでしょう。

安易で愚かな私は、誰かに重荷を背負わせ、信じるという重荷を背負わせ、今宵はそれで眠ることにします。

おでかけ

 昨日の台風も夕方には乗っているバイク(原付)で帰宅時には、吹き飛ばされそうになり、久しぶりに祝日に休日で家族がそろいましたから、家内は皆でお出かけすることを楽しみにしているようでしたから、あまりお金のかからない砂浜と海を見にいくことにしました。

ずっと子供たちはこの三連休家のなかだったので、皆(家族五人)連れ出して、ドリンクだけは先に買って、いくら快晴といっても台風の翌日ですから、人が少ないかと思えば、まだ少し波が高いことを目当てにサーファーの方たちが目につき、確かにいつもより激しい海でいつもと違う砂浜と波が見え、しばらく打ち寄せる高い波のしぶきと海風をこれもまた久しぶりに波打ち際でしばらく立ちその感触を、海というより波と風と砂と青い空がなんとも言えず、いいものだと思ってしまいました。
長男と次男は最初おとなしかったものの、段々とエスカレートしていき、半ズボンの裾が最初濡れただけであったのに、次見たときにはズボンが随分濡れていて、その次には高い波が来るたびに波にぶつかって遊んで、着替えもないのに二人とも波を満喫して、その楽しさにあてられたのか、「けいくん」も波打ち際で低い波を体全体で受け止め楽しんでいました。

着替えのこととか、タオルのこととか、帰りはどうするんだとか、楽しければどうでもいい三人を見て随分笑いました。帰りは車中にあったタオルを巻き付け、裸の子三人を隠しながら家につき、夕方が近づいていました。楽しいこと、よいことだけであれば本当誰もが何も言うことはないです。

 まだ何やらいろいろと続きそうなので、そこに目や意識が向けば、晴れた海とは反対印象で塗りこめられそうな感じがします。

今日もまた

 望んでいないことですが、内も外も台風が吹き荒れる日でした。
私は本当に計算ができず、言わなくていいところで後のことを考えず自らが正しいと信ずることについ気が付くより前に身を投じています。投じた後に私が気付いたとしても、それはやはり投じた後で、後で悔いても過去のことに属することがらになり、終わったことはどうしようもないことです。

愚直に真摯に、一つずつ、欲張らず、素直であってほしいと誰かに願う日となりました。

邪魔になるものは大切なもののために捨てこれから臨んでほしいそう願う日でもありました。

これからそれぞれ関係した方々には、自らの言動の一つ一つの意味を問われることが続くことになります。善いことをした人にはご褒美があって、普通の人には普通のことがあって、善いことの反対をした人には善いことの反対のご褒美がやってくるというだけのことです。

私はいつになったら、計算が上手にできるのか、そう自らに問う日でした。

思い想う(人はそれを思想と呼ぶことがある)

 浄土真宗、親鸞上人つまりは浄土について学ぼうとする傍ら、息詰まりやすい性格の誰かはパンセを息抜きに少しずつ読み進めてることにしています。
自らにとって現状理解できないものを進めるとき、一見関係ない真反対に位置するようなものを関係ないのに関係させて進めることが私には理解できないという自らの愚かさを知らしめる行為として痛い自らの現実と理解できないものを違う理解できないものを並べ、私と一見反対に位置する二つの理解できないものの三者が漠然と浮かび上がれば、そこに何かと愚かな私が浮かび上がり、悲しみ喜び、今までにみようとしてもみえなかったものが見えるような感覚が出現します。

けれどそれはやはり虚構のものです。

その瞬間の私は愚かであるが故に、それが真理であり、真実であり、理想であり、誰もがそう信じてやまないことだと確信しています。時が経ち、私が自らの愚かさを見つめる行為を持続しているのであれば、虚構であり真理であり真実であり、悲しみであり、ただわが身の愚かさということをそこにみることになります。

皮肉な現象です。

私は私の不出来であり・至らなさであり・愚かであり・努力の足らなさであり、私の不足を思い知らされれば知らされるほど、その深淵(どん底)が深ければ深いほど、その反対に位置する極をみています。その高さ・広さ・美しさ・善さ、それは本当にどうしようもない私をみせつけられその高さ高ければ高いほど美しければ美しいほど、広ければ広いほど、全ての時代を貫いているものであれその貫きの圧倒的であればあるほど、それは我が身に帰り、私は狭い井の中の蛙であることを思い知らされています。

それをパスカルは自らの言葉で

「人は考える葦である」

大風でも簡単に折れ、火がつけば簡単に燃える存在であり、儚く脆く、けれどそこに生きて、わずかながらの蒸気でもいとも簡単になくなってしまう存在、けれど考えることができる葦だと言うのです。

「なぜなら、そもそも自然の中における人間というものは、いったい何なのだろう。無限にしては虚無であり、虚無に対してはすべてであり、無とすべての中間である。両極端を理解することから無限に遠く離れており、事物の究極もその原理も彼に対して立ち入りがたい秘密のなかに固く隠されており、彼は自分がそこから引き出されてきた虚無をも、彼がその中へ呑み込まれている無限をも等しく見ることができないのである。」

『パスカル (著)  前田 陽一 (翻訳), 由木 康 (翻訳)中央文庫出版より引用 』


 

 台風も近づいており、他国からは物騒なものが発射され、メディアも一色に染まっている日です。

変わり者の私は、台風も他の事も大変ですが、身近で起きていることに気をとられ、何かと考えざるをえません。
これからすることが何か、それを見失わず、当初に戻り、一つずつ関係者と少しずつでも進んでいかねば、後ろ向きや悪いことにとらわれれば、どうにもならず、負の感情にとらわれてしまえば、問題より負の感情をどこかへやらなければいけない力も相当必要となることがあります。

大したことができなくてもいいです。

初心を忘れなければいいです。

愚直にできることを進めていけばいいです。

おたのみすることは信じてお頼み申さなければ前にはすすめないです。

とんでもないことだけれど、信じ楽しめればそれでいいです。


愚かな私は、最後まで信じるしか他になく、ただ自分ができることはあきらめない。そう思う日です。

感情的

 余裕がないせいか、焦りのせいか、私の中身がないせいといえばそれまでですが、感情的になればその感情に振り回され、しばらく落ち着くのに困った時間が必要な日でもありました。

私だけが私の感情に振り回されるのであれば、被害は最小限といいたいですが、近くにいる人もその感情に振り回されるかその余波を受けるか、いずれにしても困ったものというか、困った私としかなりません。

同じことを言うにしても、落ち着いて冷静に伝えることと、感情がほとばしりすぎて冷静さを失い伝えることでは随分印象も受け取り方もいろんなことが変わってくるでしょうし、感情的なことが全て悪いとは私は思っていません。時に感情的なことだって何より必要不可欠なものであるとも信じています。
でもまあ、私にはもっと冷静さが必要です。品性を損なわず、礼を失わず、嘘を言わず、本当のことを言いすぎず、言葉も長くも短くもなく、なんて理想をかいてみます。

現実は話は無駄にながいこともあり、言葉が少なすぎというかなくなっていたり、軽んじている態度や言葉が出て、気が付いたときにはその報いを私が受けて痛い思いをしています。

本当馬鹿だし愚か者です。

秋の気配ならぬ何かの

 休日でしたが、急用が入ったらしく、そのため休日だけれども充実していました。特にお金が入ってくるとかいうことではないのですが、いつもとかよくだときっと私は嫌になりますがたまには無給奉仕もいいものだと思いました。(たまにはですよ)

ここのところというか昨年末からずっと、さまざまなこと、いろいろありすぎて、その波もまた今まで生きてきた中でも割と高波ばかり続き、波に乗るどころか、溺れそうになり、必死にやり過ごそうとしたり、おさまることを待ってもまだおさまりそうもなく、長くなっています。

これだけの話になると、関わる人の判断が容易となる特異なことが起きています。善か悪かその間か、およそここまで三つに綺麗に素早く分かれるようなことは珍しいとしかいいようがないです。
知らずに判断がなされ、知って判断がなされ、そのことが続けば、その方がどのような方かわかりやすい問題、他にもわかりやすいことが幾つかでてきて、考えさせられます。

「何気ない日常が懐かしく有難い、早く何気ない日常へ戻りたい。」

そんな言葉が思い浮かび、またその回数が増えるような時を過ごしているとも言えます。じっとしていてもよくないので家内と一時間弱ほど健康のためとあれこれ考えすぎないように、ウォーキングへ行ってきました。

平静に保たねばいけないと思わなければいけない。しばらくそんなことの回数が増えそうな気配です。

質問

 私は自分のこと自分の過去のことを都合のよい棚にあげ、子供たちに自分の後悔が多いから、必要以上に願うことがあります。

その代表的なものの一つ

「試験が終わってから、もっと勉強しておけばよかった」

「希望通りの進路に進むことができなくて、もっとああしておけばよかった」

「真面目に人より先に頑張って、自分の道を進んでいる方を見て、同じ時に怠けすぎた過去を悔やむ」

要約しますと世間であまり言っても効き目がなく逆効果である短絡的な私が言い放つ、ちゃんとやることやりなさい、つまりは

「勉強しなさい」

となっています。これが逆効果となることも多く、言われて爆発的に意欲もわきません。よいことを思いつかなければその本人たちへ聞いてみました。まずは次男坊から

私「ねね、お父さんさ、ちょっと質問があるんだけど

あなたは、どんな時に『おれ勉強する』ってなるかな」

次男「(照れながら)そんな時ないよ」

どうやら照れ屋だからあるんでしょうけれど、真実を教えてくれません。仕方ないのでもう一度真摯に問うてみました。

私「本当のところ、あるでしょ。『オレ今めっちゃ勉強したい気分だ』って時、お父さん是非今後は参考にしたいし協力するから、あるでしょ教えて」

次男「(笑いながら)ないよー」

本当日本人らしく慎ましやかで本音を語らないところがある子です。仕方ないので隣にいた「けいくん」小1の三男へ聞いてみました。

私「けいくんはどんな時が、勉強したいなんて思うの」

けいくん「(照れながら)えっとね、むずかしいテストで99点とかとったときは、勉強したいっておもうかな」

私「へーそうなんだ、ちょっと条件揃えるの難しいねえ」

高校の受験が近くなってきた、長男へたずねてみました。

私「あなたはどんな時が、勉強したいなんて思うの、真剣に参考にするので教えてね」

長男「えー、そんな時ないよ」

本当に「けいくん」以外は照れ屋で本当のことを教えてくれません。よって長男へ指令をだしておきました。普通の子や賢そうな子に「どんな時に勉強したいって思う」その答えを複数集めてくるように、きっとお父さんやあなた達の中の誰かにそれは役に立つかもしれないから。

馬鹿なことを言って、現実の問題から私は気分転換をしますが、現実に変えれば考えなければならないことが山積みです。

 ある人をみて、考える生き物である人間であれば、そこに何かを考える。

ある人が嘘を言えば、それが本当のことなのか嘘であるか、そう考える。

真実ではなく嘘(虚言)であれば、考える人はなぜその人は嘘を言わなければいけないのか考える。

この世に生きる人たちが、人間的完成(覚り)へ向かうために自らがどうなってもいいから嘘を言っているのであれば、嘘も方便であって、その方の嘘は嘘とならない。

ただ、皆が善くなるではなく、自らだけが不正に利益を得ようとつまりは嘘をつくといった手段を択ばず、嘘をついているのであれば、何故そんな誰もが採用しないことを採用するのか考えさせられる。そこには明確な原因が精査すれば出てくるだろう。

善い行いばかりしていれば、嘘を言う必要もない。今までしてきた本当のことを言えばいい。皆が信じてくれるだろう。

皆を嘘を言って信じさせ、利益だけを自らが手放したくない。手段は択ばない。周囲は考えさせられる。


嘘には人間的完成(さとり)へその方を向かわせるためについていいことと、誰もが聞いて可愛らしく許せる嘘がある。

一人の社会に生きる人間として、大人として、ついてはいけない嘘は明確に存在している。


自分自身・自らをとりまく現実・自らが行い続けてきた誰にも消すことができない過去から目を背け、さらに嘘を言い続ける方がいる。

何もわかっていない理解できない愚か者ばかりではない、世に生きる人は理解している。


自らの結末は自らどのようにするのかを誰もがみている。