わからないままわからないまま

 揺さぶられることの多いことに、揺られすぎないようにと努めなければいけないと思うことばかり、冷静でいられたかどうか、明日からもまた怒りすぎることなく、感情を昂らせすぎることもなく、一息・ふた息いやもっと息を吸ってそれで言葉を発するのではなく、やっぱり思ってることを全ていう必要もないことを言いすぎないように、いつも試されていることを忘れないようにと感じる日でした。

時が来るまで、その時はいつなのかわからないけれど、「その時っていつ」と尋ねても答えようのない人に尋ねたくなる日でもありました。どうであれ一日が無事過ぎて終わって、そうやって一日一日を乗り切っていけば問題ないことだと言い聞かせ、明日もまた溜まっている用事一つずつとりあえず片付けていきますか。

初期の大乗仏教徒はいまだ整った教団の組織を確定していなかったし、細密な哲学的論究を好まなかった。むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現をもって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。大乗経典は、それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、戯曲的構想をとりながら、その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である。
( 『龍樹』 中村元 著 講談社学術文庫より抜粋)



突拍子もない引用です。今読み進めている本の一つの初めのほうに書かれてあり、大好きな文です。釈尊入滅後も経典が続々とあらわれた理由でもあり、世界(宗教)へと広がっていくことになったことで、事実日本にある仏教のほとんど大乗仏教です。

あまり自分がよくない流れにくると、そこに帰るようになっているのを改めてみて、うーん好きなんだなと再認識します。自己完結ばかりですが元気をもらった気がします。

よくわからない流れで、わからないまま書いて、今日はこれで一日が終わるのです。
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「常にある」又は「永久に変わらない」、我が身が常に有り続けると思えば顛倒が生じ、当然全てのことものが変わることなく有り続けると思いすぎても顛倒が生じ、けれど生きていれば美しいもの愛するものが永遠であればと願う。

最近気が付くようになっただけで、蝶がよく舞うことを見かけ、メダカが時期になれば増え、赤とんぼが時期になれば辺りを飛び交う。
昼にあの子を迎えに行って、数羽の蝶が花にとまり、この光景もまた常ではなく、やがて歌いつづけたキリギリスは冬には踊れず、寒い冬が終われば春へ、桜が咲き散っていく。

時間的・空間的制約を受けるものに常が無いことだけではなく、時間的・空間的制約を受けないものがあるということ。

よくわからないことを考えるとき、身近なことに置き換え考えることにしている。
「人がある」時間的・空間的制約を受け、生まれればいつか死ぬことになる。
ただ「人間が生きる」または「人間が(美しく)いきる」このことは私だけでなく過去の人も現在の人もこれからの人にも、「人がある」「人間らしく生きていく」このことは制約を受けず存在しており、ただ今生きている自らの身体のようにいつでも確かに触れてみることのできる物ではない。

「いつでも確かに有る」か顛倒を超えた先にある「こと・もの」として、あるのでもなくないのでもなく生まれるのでもなく滅するのでもなくといった、凝り固まったものではなく限りないものとして

また蝶が舞うのをみて、あの子が「うちの蝶だよ」と庭から巣立っていった蝶のように教えてくれる言葉を思い出す。違うのだけれど違わない。

人が生きることをみて、人間が生きることと、何が違い何が同じだろうか


常は無く、常が有り、悲しみあって、恨みがあって、苦しみがあって、憎しみもあって、辛さもあって、楽しさがあって、おかしなことがあって、幸せがあって、この上なき覚りもある。

感じることが出来ないのではなく、誰よりもかんじていることをわかりやすく表現しないだけ、そんな意味の無常というものもあるのだろう。

とったらいかん

 時折実家に帰省する父は、誰かが風邪をひいていると

「あー、この間風邪をおい(私)がひいてたのを勝手にとったとやろー、とったらだめばい

しょうがなかね」

先日家内が実家で間違えてもらってきた風邪を私もとってしまいました。

「しょうがなかねー」

近くにいればそう言われそうだな、今日と明日は決まった休日をいただいていましたので、病院へ行こうかどうしようか悩んでいるうちにあっという間に昼になり、末っ子を幼稚園へ迎えに行き大したこと何もしていないのにいつの間にか夜になり、今です。

うーん歳のせいかすぐに治るだろうなんて思い込みほど治ってもおらず悪化もそんなにしていませんが、鼻水が出て咳も出る上に頭も少し重いので明朝「けいくん」を幼稚園へ送ってから病院に行かねばと今はそう決めています。

とりあえず家内も子供達も元気なのが良しとして、身体がいつもより調子が悪ければ我慢とか忍耐とかの限界も途端に普段でも低いのに更に低くなってしまう始末ですから、仕事に差しさわりがないようにしなければね。

自らの言動によっていろいろあることからの反動を無視するのでもなく、逃げるのでもなく、落ち着いて次へつながる私でいなければ、どうもそんな状況がこれからよくありそうな気がします。その時が来てから努力をはじめようとかではなく、今からでも遅いなんて言われるかもしれませんが、その時の為に何かをしておきたいです。

「○○のせいで、いけんかった」

この○○を自分ではなく、ただ他へ向けてそのせいにしすぎて来ましたから、「もうこれ以上バランスがおかしくならないようにしていきたい。」そんな短い言葉で済みます。

とりあえず今日はよく寝ることにします。

 「相手を怒らせてこちらの言うことなどを聞いてくれるはずもないのだから、怒らせるようなことは慎みなさい。」

近くの優しい方が自らにも周囲にも損をするような振る舞いばかりを気付かずにしている私を見て、そう何度か教えてくれ続けています。

実際あまりにも理不尽だと思えば、誰より私が感情的になって怒って発言しています。それが正しいと私ではなく聞いていた人が判断してくれたとしても、激しい感情に伴う言動は発した人へ何らかの形でかえり不利益を被るということが多いです。

何度もそんなことを繰り返す私は、ようやく気が付きます。

「もう怒ることはやめるよ」

けれど周囲に対して理不尽極まりないことをする方がいれば真っ先に怒ってしまい、また懲りていない私が出現しています。何度そんなことをやれば私は懲りるのだろうかとこれからのことを考えて相談していました。

「ちょっと違う。あなたが激しく言っているのは確かだけれど、現実あったままを言っているだけでそれが相手にとって怒ったり言われたくないその人たちの現実だから、しょうがないんじゃない、その人達がしていることそのままだから。」

誰でも私も、痛いところを言う方に対して恨み・怒り・仕返し(理不尽な報復)・財力と権力での圧力など、そうやって返されることが多いです。問題の本質を明らかに声高らかに皆の前に明言すれば、ただでは済まないことがよくあります。

誰もが簡単にわかる悪いことを続ける方に対して褒め続けたり、貴方は特別だからそのまま悪いことを続けていいという人もあまりいないし、偉そうにしたいのに労力は人より少なくしたいとか、くだらない理論に私は付き合いきれなくて怒ってしまいます。
それが身近にいる人より誰より早く怒って言ってしまったりすることにいつも後悔しています。

こちらが言えば言われるということもあたりまえのことです。だからいつも損をしたとしても意地を張って何かを言われる人よりしんどい思いをしてから言う覚悟がないと言えないことです。

本当いろいろあり、色々な人がいて、考え方もそれぞれあることを痛感します。

ただ疲れることや労力を避け、誰かに押し付けて自分だけが利益をという考えを振りかざされると私は腹が立ってしょうがないという日でした。

情けないことに自らが制御できない内からでる激しい感情に振り回される疲れた日でした。




あれほど怒らず感情を出さないと告げていたのに、情けないことです。

 感心させられることがよくあって、それはきっと私に足りないもので憧れるものとそうではないものに出会います。
正確な決断の速さ、これだと(深い)断定できること、またその連続、久しぶりに随分前に読んだはずの師の文章を何度か読み返していました。

余計な解説より、継続と精進によって獲得したことによる断定の連続、その文章はそのようなもので、圧倒されてしまい近くの友人へ

「これくらい(何事においても断定できるだけの努力と根拠を身に有するだけの断定の連続)の文章を書きなよ」

「あなたからどうぞ」

そうにっこり笑ってさらりとかわされました。

くだらないことにとらわれること、愚かさ、怠けっぷり、忘れることなどは恥ずべきことなのに、言い訳として簡単に認めることだけは自慢できないけれど自慢できます。

ただ幾年月が過ぎ、少しずつ少しずつ何かが広がりつつあると時折感じます。

自分を試すより、相手を試してばかりでその答えに驚いたり・落胆したり・感動したり・憧れ・好きになり・愛したり・違うのだけれどもその方の愚かさと我が愚かさが同じものであると勝手に納得します。

悪いことばかりしている方にも優れたところが存在し、また勝手にもったいないなどと考え込むことがあります。

「これだ」

例として「これだ」と言葉を出しました。いつも「これです」でも黙って何かを出したり、一緒に泣いたり、一緒に笑い、黙って頷いたり、変わるものなのですが変わらぬものを即座にと願います。

近くの方はいろいろあって、以前より最近面白いことを言うようになりました。

「あなた(以前より随分)面白くなったね」

「しんどいことや大したことないことやとらわれて情けないことばかり(の私を出してばかり)ではダメでしょう。

面白くないとだめだと思うからです。」


またすぐ何かあれば怒るより、しばらく考え込んでから前ほど怒らなくなるのも増えてきました。人は出会いと別れ・喜びと悲しみ・困難としあわせに深く深く出会えば、変わっていくのだと彼を見ていて思わされます。

あまり動くことがない私です。けれど何かを願います。

人はそれぞれ違う。理解できないことばかり、けれど同じ月を観ることができます。

あの高くまばゆく輝く月を指さし、同じ何かを観れば心が一体となれると信じています。

 昨日の奮闘(日頃の運動不足の祟りですが)で上半身が恐ろしく筋肉痛の日でした。
無事天候に恵まれ職場も忙しかったのに理解あって休日がいただけたことに感謝です。もし雨で延期なら今日が運動会で今日だけは忙しすぎて運動会を諦めるしか無い日でしたから余計に有難いと感じました。

些細なことに腹を立て迷惑をかけることがあります。そんなことを近くの方に相談しました。

「些細なことでないよ、誰だってそれは腹を立てる。まともなことをして悪くなり、まともなことを言ったら言った本人が悪くなる、そんな馬鹿な話は無い。」

現実それを理解してくれる人が少なくても、客観的な誰かがそう言ってくれるだけで私は救われます。
現実ありのままを言って言った人が報われず、やればやるだけ揚げ足をとられ、何もしない人が権力を傘に偉そうに振る舞うことが正しいなんてことに私は付き合いきれないなんて思います。

世知辛い世に生きる人ならば

「長いものには巻かれろ・出る杭はうたれるのだから・損をするような言動を慎しんだほうがいい。」


なんて言われるのでしょう。

よく思います。本当のことを言わなければ考えもせず理解もない。誰かが言わなければ微塵も理解しようとしないことなら誰かがやらなければ、ただその先頭の誰かは正しいことだとしても、もれなく不遇な目に合うことが多いです。

「(自らは何もせず、恩恵や権力や財力をかさに)誰かを悪く(揚げ足を取り続ければ)言えば、悪くいう人たちが善くなるなんて理論はこの世に存在しない。」

絵に描いた餅を夢見る私です。世の中に面白い質問がむけられることがあります。

「貴方、(権力や財力を)もってるの?」

私の答えはいつも同じです。

「いえ、何もないです」

向こうの答えもいつも同じです。」

「こちらは(権力も富も誰よりも多く)持ってんだよ(だからお前は何も言う資格はない)」

その問答に、私はもう付き合わないことにしています。ただ言葉や態度は違うけれどそんな問答をよく見ます。

その人たちにはそれが正義でしょうけれど、私にとっては負け犬の遠吠えですがおかしな人達にしか思えません。





(酔っぱらいは愚痴がすすんでしょうがないです。)

運動会

 次男坊と「けいくん」の運動会の日です。
昨晩外を歩いてみると曇り空で、今日が晴れるのだろうかと思案して、朝になってお日様の光を見て安堵しました。子供達はもっとそう思っていたことでしょう。

家内は昨晩から今日のお弁当を用意していました。実家への帰省の際にお土産で風邪をもらってきてしまって、それから体調はすぐれず、用意しながら心配なのでふれてみると、熱っぽく体温を測ればやはり熱がありました。
「無理せず、休んでよ」
そうはいっても、子供達の運動会の楽しみの一つ「お弁当」を彼らの期待以上用意できる技術がないことを彼女は知っています。
「無理はしないから」
お弁当のついでに今日の晩御飯も一緒にあらかじめ用意していました。
「当日はしんどかったら寝てていいから、仕事も休日明けにはじまるんだし無理はしたらだめだよ」
「わかってる」
彼女が女性なのだと改めて思いました。私ならば簡単に言葉に甘えて安静に休んでいることです。

時折曇り空で心配しましたが雨が降ることなく、台風もなく、運動会は順調に進み、長男は運動はそれほど得意ではありませんが、次男は我が家では珍しく持って生まれた誰より良く動かせる身体があり、運動会は彼にとって本当に晴れの舞台だと思いました。今回リレーのアンカーをまた務めるのかと思っていたら一人前の選手で不思議に思いました。
私は子供達のために何かまた競技にでることにしました。足自慢ではない私としては団体競技で参加することに意義があって盛り上げ担当でと、今回は軽い気持ちで綱引きへエントリー。

「学年対抗綱引き」

以前も参加したことありますがその時は一回戦負けで、予選は一回勝負です。あっさりと負け参加賞だけいただき帰った思い出があります。
今回次男の学年で参加です。できれば勝ちたいなんて欲張っていました。私もあの子の親でたまにはいいところを見せたいなんて思っていました。

一回戦

意外とあっさり勝ちました。

二回戦

これまたいい勝負で、なんと勝ちました。

ここから、勝ち残ったところはそれなりに強いです。運よく決勝へ!


決勝は予選と違い二本先取したチームが優勝

一回目、惜敗・・・

二回目雪辱を晴らし、一勝一敗、この時点で三回続けて戦っていましたので私もへとへとで、周りの保護者を見るとよっぽどのスポーツマン以外、バテバテでした。

三回目が始まり、最後の力を振り絞り始まって優勢、しばらく優勢のまま続いたのですが、若い一年生の保護者にスタミナで負けてしまいました。

毎回運動会のたびにどこかを怪我して、ただ良い思い出を作って帰ってきているなんて思います。次男は本当に長男と違いすぎる運動能力の高さには感心させられました。ただ難点としては長男のようにもっと本を読んでもらいたいところです。
「けいくん」(三男坊)も幼稚園のお友達と一緒に楽しんでいました。あの子は私や長男に似て運動能力は普通の人より少し負けています。あの子にはそれを補うための準備をさせなければなんて思いました。

そんな私の余計な思いとは裏腹に

「けいくん」は笑顔でたのしんでいました。

お日様の光とは違うあの子の笑顔のまぶしさ


うちの子も他の子達も本当にまぶしい光を見て嬉しい日でした。

 知り合いや外向きの関係を普段から持っていないので、電話がかかってくることは何かの営業又は業務連絡か報告・連絡などばかりです。
先輩からお世話になった先輩のご尊父様が亡くなった知らせがありました。また身近であちらは私のことを知らないでしょうけれど身近な方が亡くなられたと近くの方が言っておられました。

「ご冥福をお祈り申し上げます」

生まれることは喜びごとですが、誰かが亡くなれば悲しいことです。いつかは死ぬことだからなんて他人事の話で、亡くなった方と関係が深ければ深いほど、悲しみや喪失感は深く、その方と自らでこころは普段は出来ていて、居なくなったその方の分だけこころがえぐられたように、失ってしまったかのように、自らだけでこころが出来ていると思っていたこころは誰かがそのこころの一部ではなくかなりの部分であった。そんなことを悲しみが薄れてから思うことがあります。

ゴーダマ・ブッダが亡くなろうとしている時に、長年侍者であったアーナンダは偉大で真理そのもであるブッダが生命が尽きかけようとしている時に、どれほど深い悲しみで涙を流されたか、ただ阿羅漢(聖者・アルハト)となった仏弟子はそんなアーナンダに「そんなことだからお前は覚れないのだ」そう言われたといいます。
渡辺照宏先生が長年ブッダの身の回りの世話や真理を聞き続けたアーナンダはブッダを何よりも誰よりも尊い父のように思い、ブッダといえども人間であり死ぬという一つの真理を悲しみが大きすぎて受け取れなかったのであろう。何かの書にそのようなことを書かれていました。

誰だって強靭な実践力・限りない慈しみ・この上なき智慧ある方には、死なずに生きてほしいとことだと思います。その方が亡くなって悲しくないなどあるわけがないことです。愚か者の私は「悲しむことで覚れないのならそんな覚りなどいらない」その場にいればそう激し叫んでいると思います。

ブッダでなくても身近な方で他の方には普通の方だとしても自らにとって大切な方であれば、それは同じことだと思います。

悲しいときには悲しみを、泣きたいときには涙を


ただふと落ち着けば涙しながら笑ってほしいです。


心よりお悔やみ申し上げます。

とりあえず

 近くに自ら疲れることや縁の下の力持ちになるようなことは何一つせず、ただ自らが偉いということを安易な方法でことあるごとに示してくれる方がいます。

その方の安易な手法で偉いという意味が理解できないので、遠回しに何が根拠で一体何をしたいのかそれとなく気づかれないようにちょこちょこと質問してみます。
ただその答えを聞けばますます意味がわからなくなり、その意味が分からない問答を誰かに実はこういうことがあって一体どうなのでしょうかとそれもまたそれとなくお尋ねしても、これまたお尋ねした方が深く悩んでいる光景を何度も何度も見ると、一つの答えが出てきます。

ああ、誰かを理解したいとどれだけ願っても、まったくもって誰にも理解できないけれどその方が生きる道というのはそれぞれにあるのだから、私が願うものと他の方が願うものが全て一緒ではないという当たり前の結論にたどり着き、理解できない上にそれぞれが願うところが違うのだからお互いに理解したくもないということがあるのだと思い知らされることばかりです。

言葉にすれば簡単なことで、私が仏教を学ぼうとしてそれが素晴らしいものだと誰より思ったとしても、他の誰かは他のことを何よりも素晴らしいものだと思うことはあたりまえのことです。私を認めてほしいのならその方を認めなければ、誰も私を認めれるはずもない。そんなシンプルな答えです。

ただ誰かのことを文句を言いたいのなら、その方よりほかの誰より動きそれなりのことを成さなければ、ただの愚痴そのものですから、今日は稀なことですがひたすら動き続けました。けれどそれは単に私がそう思い信じているだけのことで動き続けそれなりのことをしたとしても、「(貴方が)やればやるほど揚げ足のとりようはいくらでもあるから、数をこなせばこなすほどミスが出るから、もっとやったらこちらにとっては現実の仕事ははかどる上にこちらは何もしなくてもミスを数え上げそちらをけなせばこちらが優位に立てるから」なんて理解しようとしない人たちにはそんな絶好の機会をあげるだけのことで、それでもあちらもこちらもそういう不器用な生き方しかできないのだから、結論は双方とも変わらないことになります。

「私にはこういう生き方しかできないから」

ただ後につづく文章が変わるだけのことです。「私は何もせず誰かの揚げ足を取り続け優位に立つ」か「損をしたとしてもそういう方法しかできないからできることを気が付いたことだけでもしなければ」なんて、酔っぱらいは我が身の愚かさから出続ける愚痴と共に都合の良い言い訳をここに今日は記すのです。

何もせず誰かの文句をいうより、皆より動いてやってそれから私は文句を言いたい。そんなことを言いながら腹を立て愚痴を言い動く日でした。

ただ一日身体を動かしていれば、それなりの充実感がある日でした。


それでも感情的な私から出る言葉や配慮の足らぬ振る舞いは、私が忘れたり調子に乗っている時にいずれ返ってくることです。

私一人の限界があってどんな人であろうと協力が無ければ、動かせないことが沢山あるのだから自らが理解できない人とでも笑って協力し合えるような関係を罰当たりスキルを磨かず、出来れば礼と品性と笑顔を失わず協力しあえる関係を築いていかねば。


そんなことを考えさせられる日でした。

彼岸

 台風の後、森に囲まれた職場では枝と葉が一面に散乱し、皆で掃き清めることからスタートでした。

掃除はすればするほど綺麗になっていき、体力と時間を気にしなければ清々しいものです。ただ今日を思い返せば、感情的になり相手の言うことを正しく理解し受け止めることができていないことで相手にも自分にもよくない雰囲気を作ってしまったことを反省していました。

言い過ぎても怒らせるようなことになっても、親しくない間柄であればあまりいいことはなく、ただの面倒くさい瞬間を少し周囲へ、気を付けていきたいです。

明日は秋分の日で家族は私以外休日、秋分の日ということは秋彼岸の中日です。世間ではお墓詣りやお寺の行事などがある場所も多いです。
スーパーなどもクリスマスだけでなくお彼岸用の品が沢山売られていることは確かです。

車を走らせ道路の脇や田畑の畔・野山では彼岸花が咲いています。あの華はちょうど昼と夜の長さが同じくらいに咲くからその名で呼ばれ、今が彼岸なのだと再度気づかせてくれます。


学生の頃後輩が彼岸について話をしていました。

「今彼岸です。彼岸とは此の岸から彼の岸へ到ることを忙しい日々において忘れないように(再認識する)する時期です。」

「此岸」は迷いの世界、「彼岸」とは悟りの世界、「彼岸へ到る」これを「到彼岸」と呼び、かなり語源から遠くなるとはいえ「般若波羅蜜多」をそう訳すこともあります。(一般的には「智慧の完成」と訳されます。)

「迷い苦しみ悩み怒り(を転じ)そのものを悟りとすること」

積極的に身近にもっていけば、「偶然的に表面についた汚れに必要以上にとらわれ汚されず、大切なことを見失わない。」


他人事として言葉にするのはいたって簡単なことです。

きっと私みたいに自分のことをすっかり忘れる人もいるから一年に二回彼岸の時期があって、日々いろいろあるけれど、家族や知人・友人・恩人・先輩・後輩・親戚が生きていること、生まれたものはいつかは必ずいつか死ぬということ。

「誰かが誰かのしあわせを願うこと」

誰かの両者ともに生きていれば「祈願」と呼ばれ、誰かのうちどちらかが亡くなっていれば「供養」と呼ばれ、誰かが自らにとって大切な方であれば呼び方の違いは無いものだと日々痛感します。仏事が吉事だと言われる所以もそれではないかと思います。



(いろいろあったのでたまには懲りずに仏教押しで行くことにします。)

台風

 激しい風と雨、職場から危険なので今日は休日でと有難い連絡が朝あり、家内は通常通り出勤していきました。家の中には男共四人、お弁当や子供達のお昼も用意してあり、書置きがありました。

「洗い物をすること」

「洗濯物を干すこと」

「家の中を片付けて掃除すること」

「勉強や字の練習をすること」

「トイレ掃除をすること」

とりあえず惰眠を正午過ぎまで貪っている間、子供たちは遊びほうけていました。よって家内が用意していた昼食を出し

「終わったら皆で書かれていることを全部協力してやるよ、終わったら遊んでいいよ」

「はーい」

洗い物・掃除機かけ・トイレ掃除・床の雑巾がけ・手の空いた子はそれぞれの課題をとりくみ、(遊びたい一心で)てきぱきとあの子達は用事を終わらせていきました。
もう大きくなったのであの子たちに随分助けられます、父親だから上から偉そうに檄を飛ばし指示をだしていれば、ほとんど問題なくことがすすんでいきます。終われば自由にそのあたりを泳がせてと、私もゆっくりします。

また遊びすぎていれば、休憩がてらあの子達に指示を出し、手伝ってもらいます。今日は次男坊が食べたいといっていたので、長男と二人で焼き鳥の下ごしらえを家族分済ませ、家内が帰って来れば、ラーメンと焼き鳥を準備する予定です。

予定より早く用事が終わったので、外をみれば晴れ間がのぞき、風は強いけれど雨は止んでいました。
「けいくんお散歩いこう」
「えー」
あまり行く気じゃないようでした。
「なら一人で父さん散歩に行ってくるよ」
外で台風の爪痕がどんなものか見ていました。すると玄関からタタタっと「けいくん」がかけてきて
「一緒に行く」
手をつないで風が吹き抜ける、小川や溝が増水している隣を、いつもと違うと驚きながらいろいろ見て回りました。

夕日が綺麗です。

木々が風に揺れ影もまた夕日の中揺れて影を映す窓を見ながら、今ここへ記しています。

いつも近くにいる方が私へ

「あの子達のために(大人の私達は)生きているんじゃない」

そう教えてくれます。散歩していろんなものに興味を示し笑顔で教えてくれる「けいくん」をみて、少しその意味が分かったような気がしました。

いつまでも難しくいかず、シンプルにいきたいです。

一日

 台風の影響か今日もまた雨が降り続き、気軽な外出と洗濯物が外に干せなくて困りました。
子供達と家内が無事に実家から帰宅して、賑やかになった上に荷物などで一気に部屋が荒れ、優しく出迎える予定がきつく指示を出すことへ変わってしまうのは私の悪い所です。部屋の中が落ち着くと次男の誕生日のプレゼントを選びに一緒にでかけました。

今日は祝日ですから、近くの有名な場所はいつもとは随分違い賑やかすぎました。何かを探すのも見つけるのも、ちょっと休憩するにも人ばかりなので、いつものようにゆっくりできないので、早々に退散、帰ってネットを見ながら注文、人混みを満喫したような時間でした。いつの間にかあるもので満足するではなく、「今時選べないなんて」ということに子供達も私も当たり前に思っています。

あの子達のいとこ二人が風邪をひいていたようで、家内と末の息子「けいくん」がそれをもらってしまったようで、悪化しないように気を付けないといけません。

今日もまた何をしたのかよくわからない日で、夜は散髪して髭を剃り、次男のスポーツを送り迎え、その間に食材を買い出しに遅くに一杯やりながら夕食をとろうと思います。

明日は台風の影響で中学・小学は休校と連絡がありました。台風による災難が少ないことを願います。

一人

 雨ばかりの日でした。

溜まっている仕事を早めに片付けようと取り組んでいましたが、指示というか意図を考えるとはかどらない気持ちになり、けれど触らなければ進めなければ、何とかプラスへ変えていこうと取り組む日でもありました。触った分だけ・進めた分だけ減っていることは確かです。

考えず事務的に冷静に処理できる事務を行う技術の足りなさを痛感する日でした。

ここはですね、近くにいる方に気分転換に楽しい話をして、アホみたいなことを言って、その中で時折真剣になって、稀に深きを見つめ、同じことばかり言っている自分に気が付くと恥ずかしくなります。

家内が子供達を実家に連れていきましたので一人の時間を過ごせていますが、子供達がいれば注意したり怒ったり、時間はあっという間に過ぎて自分の時間がなかなかとれないなど愚痴を言ってしまいます。けれどいなければ何やら物足りないです。横に家内がいないというのもしっくりきません。

誰かがいて私がいます。

私は家族に随分依存していると一人になって認識しました。


帰ってきたらいつもより愛情多く(帰ってきてすぐの瞬間だけ)過ごしたいです。

私は飽きっぽく、気分屋なのです。昨晩の真円に近い夜空たかくに浮かぶ月にみとれ思わず声を出してしまいました。
家族も月もいいものです。

輝くものを

 先日読んでいた本の中に

「よい死にかたをする人はどんな方ですか」

末期医療で多くの方の死を見届けてきた方へ質問されていた答えに

「その時その時を笑って楽しんでこられた方でしょう」

そんなことが書かれてありました。幸いなことに私は余命何か月など診断が下されるような病にはかかっていませんし、有り難いことに健康です。
ただ漠然と普段から口癖の様に「泣きながらでも笑っていかないと」そんなことを話でよく言っていることと、違うのだけれども何か同じようなものを感じさせられました。
「怒っても・恨んでも・悔やんでも・泣いても・呪っても、笑っていかないと」そう話すこともあります。まだ眼前に明確な死が宣告されてない私の言葉とそれは違うものです。けれどその時がくれば、涙して笑いたいなんて理想を願っています。

田舎で育ち、都会の方と話をすることがあると、田舎の人たちは何でも自分で器用にこなしていくと実感します。端的な例であれば都会では田畑や山や川で身近に過ごすことも少なく、作物を育てる何かを自作しなければ店がない人にも頼みにくいことで、色んなものを自給自足することが多いのは田舎です。現在都会と田舎の区別は随分緩和されたように思いますが、やはり近くに店がほとんどない地域では皆器用に何でも自分でこなす方が多いです。だからといって生きることが器用かどうかは、都会も田舎の方もそれぞれいろいろあると考えさせられます。

どこでも人間は環境に適応して、それぞれの場に当てはまった形で私のような凡人もいれば、天才はどこにでも少ないでしょうが存在しています。

日々他愛もないことを書き、酔っぱらって一日の終わりを迎え、今日一日終わっていき、明日がきます。

明日はできるだけ溜まっている仕事を片付けたいと酔いながら考えています。明日になって私がそれを忘れていることもよくあります。



寝ようとして寝れず、明日の食材を購入に近くのスーパーへ出かけ、虚空を見上げれば、夜高くに真円に近い月が輝き浮かんでいました。

明るく丸い月をいつまでもあれこそが真理だと示す私でありたい、できればずっと私の不徳・愚かさ・怠惰の報いは私の返るしかないとしても、あの月あれこそが真理だと指さし続けたい、因果(善因善果報・悪因悪果そのどちだとしても)私の報いは私がうけとすいかないけれど、あの夜空にまばゆく輝く月を指し示す私でありたい。

愚かな私の願いです。


かみなり

 仕事が終わり家についてから、遠くの空から音が聞こえ始め暗くなる空に閃光が幾度も聞こえ始め、しばらくそれが続き危険なのでウォーキングの予定を取りやめ、ただ次男のスポーツを自動車で送っていくときにはかなりの稲光があり、少し怖いと感じました。

稲妻、この言葉なんとなくその字を見て「稲の妻」でいなづまなのかと思っていました。広辞苑(第六版)には

いな-ずま【稲妻・雷】(稲の夫つま)の意。稲の結実の時期におおいところから、これによって稲が実るとされた)



元々「夫(つま)」も「妻(つま)」もそれぞれからみた伴侶をあらわす同異義語が夫(おっと)と妻(つま)にきっちり読み方が分かれたとかどこかに書いていました。
現代に生きる私が勘違いしてもしょうがないですよねハイ!(苦しい言い訳を残しておきます)。

それにしてもカミナリ(音)は遠くからでしたが相当長い時間にわたり何度も何度も夜空に閃光が走っていました。あの稲妻が夜空に走った瞬間は、よく稲妻模様と言われるようなものと同じように目にうつりました。いずれにしても書いてあるままこのあたりでは稲の収穫が行われている時期です。

幼稚園の送り迎えの道中にある田にある稲の結実や次第にこうべを垂れるさまをみて、実り多いことには喜びを感じ、それをすかさずスズメ達がついばみに来るのを見て他人事の私は微笑んでしまいます。農家の人からすればいい迷惑ですね。

赤とんぼ特にアキアカネの生態についてヤゴの間はオタマジャクシなどを食べ、まだ暑い時期には高知で赤い色じゃない色で生息し、涼しくなれば平地へ赤い色になってあらわれる。そんなことがラジオから聞こえてきました。
私はてっきりその辺りの小川や溝や池・沼などでヤゴから成長して一気にその辺りに出てくるなんて思っていました。思い込みだけで調べない事ばかりの性格だということにも気が付かされました。

それとは関係なく秋は深まっています。

食欲の秋だけでなく、調べ物や読書の秋にしたいです。

おつきさま

 小学校の側にメダカが沢山泳ぐ学校があり、その上にはトンボが飛び交い、梨と蜜柑の木の上を蝶が舞い、ちょうど「けいくん」を迎えに行く途中に虫達に会うことが出来ました。

私に驚いてトンボ同士がぶつかり擦れあう音、影に驚き逃げるメダカ、ただ蝶だけは見てほしいかのように軽やかに飛び、まだ夏の日差しが残り暑い思いが少しどこかへ消えてくれました。

どうやらうちの「けいくん」は家の近くで見かけるナミアゲハはすべて家の庭にある山椒の木から育っていったナミアゲハだと認識しています。ナミアゲハを見かけて
「けいくん、ほら蝶が飛んでるよ」
「うちのがここまでとんできてるんだね」
ひょっとしたらそうかもしれないし、違うような気もするし、けれど家の山椒で何匹かは蛹になって蝶になったことを覚えているようです。また小学生になって観察する時が来たらもっと詳しく話してみようと思います。
そんなことを考えていたら、二羽の蝶が舞う姿を二人で見かけました。家の前に来ると黒いアゲハが飛んでどこかへ消えていきました。
昼間に飛ぶ蝶は軽やかで飛び方も羽の違いからトンボでもハエのようでもなくひらひらと緩やかに飛んでいく姿が何とも言えません。

光の中で視覚をもって仲間を認識し一緒に舞う


ただ他にも色んな幼虫をみかけるのですが、ちょっと見た目が怖いものが何になるかは興味がわかず調べていないため、一体あの幼虫が何になっているのか、小川の真ん中の草を食べている大きな怖い幼虫が何かとは思いましたが、怖いのであの幼虫は私の中であのまま時が止まったままです。

今日もまたこれから仕事が終わって帰ってきた家内とウォーキングへ行ってくることにします。

歩きながら家内と夜空を見て大切なことを忘れたことを思い出しました。幼稚園で今日おつきさまへのお供えを紙で作ってあった、満月だからススキを例年取りに行っていますが、うっかりしていました。近所のスーパーを覘けばススキが売っていましたので一束購入、だんご粉も買って家内の言う通りに力を込めて丹念にこね・茹で・お供えして皆でお月さまを観ました。

いつもなら家内が黒蜜を作っておいてくれますが、慣れない仕事で二人共それを忘れていましたから、スーパーで大きなアイスを買ってそれをかけだんごを美味しくいただき、家族の秋の夜は深まっていくのです。



私はいつものように、月見で一杯なのです。

 そんなに暗くない曇り空、小雨が降る中今日はゴミの日でしたから出してきました。今日は休日でありましたから「けいくん」を幼稚園へ送って行こうと思っていましたが家内が仕事に行くついでに送って行ってくれました。私は昨晩遅くまで飲んでいましたからまた気が付けばパソコンの前で酔いつぶれて寝てしまい、朝早くにこっそり寝床へ行き寝ていました。つまりは少し寝不足で少しヘロヘロな朝です。
ただ今日は家内に「打ち合わせに行かないけれどあなたにお願いします」そう言われていましたからゴロゴロせず、約束の場所へ出かけてました。

特に用事なんて望んでおらず、ゴロゴロマッタリしたいものです。終わって何やらぼーっと過ごしていればあっという間にお迎えに行かねばいけない時間、私は相変わらず時間を無駄に過ごせる天才だなんて笑えないですが、それでも時は過ぎていきます。用事が無事に終わっただけの日でした。

ただあの子と「けいさん」を一緒にやって、家事を申し訳ない程度にこなし、ようやく3時ごろに朝と昼ご飯を兼ねて食べ、それから布団に潜り込み、家内が返ってくる前にあの子に起こされご飯を炊き、スポーツの送り迎えや家内と食材を買い出しに行きようやくお風呂に入って、今です。

気が付かなくても最近「何か」については何も進んでいません。ウイスキーが好きな私はウイスキーへ逃避することにします。


「ウイスキーがお好きです」

もう少し飲むことにします。(今日は夜更かしやその辺りで酔いつぶれないようにしたいです)

降り続く

 今年は我が家では用事が例年より多く、いつもよりバタバタしています。家内が働き出したこともそれに拍車をかけているので、不慣れな仕事が終わって家内の顔が疲れていることが多いです。
あの子達三人に夕食を出し、二人で気分転換もかねて用事のためにお出かけ、少し落ち着いたようです。帰って末っ子を寝かしつけそれからは日課のウォーキングへ、ただ暗い外へ出れば雨も降り空気がかなり湿っていました。

今日は風が無く傘をさし、話しながら歩くことができ、とりとめもない話やちょっと誰かに聞かれたら困る話、職場での愚痴、これから自らがどうあるべきかなんてことを話していれば、時間も距離も早く進んでいきます。

「あなたと私といろいろありすぎるけれど、仲良すぎるんだから(それだけでも)いいんじゃない。」

いろいろあって悩み・困り・理解できないと嘆き・困ったことをする人の対処に悪戦苦闘する家内へ、何度も告げました。

「これからも何があっても、仲睦まじければそれでいいと思うよ」

あの人へ告げているようで、やはり自分勝手な私は自らへそう言い聞かせているだけのことです。ただ私はそうありたいだけです。


「長男と次男と三男とあの人と私」

身勝手な次男坊として生まれた私は、好き勝手に実家から遠く離れ暮らしています。もう少しあの子達にも時間を割いていこうと思います。



のぞむように

 夕方から台風の影響か強めの風が吹き、雨も少しずつ強くなってきました。
最近家内と日課にしているウォーキングをどうするか次男が習うスポーツの帰りに悩んでいました。家内にたずねれば意外と行く気のようでした。
いつもなら今日会ったことを話しながらあるくのですが、強い風邪で傘をあおられるし、横からの雨を防ぎながらということもあって特に話すこともなく遠くまでも歩けずそれなりに歩いて帰ってくることになりました。

今日は少し時間があったので近くにあった本に目を通していました、建築家の安藤忠雄・養老孟子様の講演が書かれ、感動しました。その他何人もの方が書かれていましたどれも素晴らしいもので、読み進めるほど言葉やその方のなされてきたことに敬意をはらわざるをえませんでした。

日々ここにはいたって平凡な日常を記すことばかりで、そこにどなたもが感動できるようなものが出せないことばかりで、困ったことだなんて思い、今日もまた平凡なことを記すのです。
末っ子と計算問題を一緒にやって、もう一つなにかのドリルを取り組み、それから

「遊んでいいよ」

そうあの子に言えば、笑顔で楽しんでいました。しっかりできたことは褒め、遊ぶ時には思い切り遊んで、守らなければいけないことは守り、悪いことを慎み、善いことを増やしていく。

あの子にとって私が望むことですが、私にそれを向ければ首から上だけの理解はしていますが、それをこころや身体全体で実行しているのかと問われると、お酒がすすみます。

幾度かここへ記す言葉で終わりたいです。

どなたにも不出来なところや不向きがあって、感情の激しさや愚かさがある。ただその不出来や不向きや愚かさや感情の激しさと愚かさにその方の個性が色濃くあらわれ、そこがダメなところでもあり人に愛されるものでもあると。

寛容に私をみて愛してくれと望むのなら、同じだけ望む人にもね・・・・

数と計算

 いつも末っ子の「けいくん」は三人の子供達のなかでも一番小さくまだ幼稚園ですから可愛らしいです。
平仮名とカタカナとアルファベットの練習はさせてきましたが、彼に数の計算というものをほとんどさせてきませんでした。一緒に絵本は読んできましたから、「読み」・「書き」はそれなりにできるようになっています。少し前の方が口癖のように言うことを何かをしながらふと思い出しました。

「読み書きそろばん」

ちょっと数の計算や概念が心配になってきましたので、ここは近くにある大きな書店へ行き、「けいくん」に年齢にあった「けいさん」の知力ドリルを買ってきました。さてやらせてみたはいいものの、数の概念や計算にとまどいちっとも先へ進みません。
しばらくあの子と数を向き合うことにします。怒りっぽい私の性格ですから、怒りすぎないように少しずつ一緒に前に進んでいこうと思います。
出来ないのはやってないのだから、私に似て天才ではないから、継続をもって普通にできるようにと話しました。

あの子が問題ではなく、継続を怠りやすい私が問題です。