85番八栗寺

第85番 五剣山 観自在院 八栗寺(ごけんざん かんじざいいん やくりじ)

 ここのお寺変わった名前だと思っていました。自動車遍路ですから徳島県からナビに電話番号を入れ、ナビ通りに出発すると有名な以前家内に香川で有名なうどんでも食べに行こうと行ったら、どこかで85番札所八栗寺の麓にある「山田家」へ家族皆で言ったことを思い出しました。山田家で今回昼食をとるには時間が早すぎたため断念、前の道をどんどん進んでいけば八栗ケーブルへ到着です。

ケーブルの横に歩いていく道が見えました。前回の遍路のとき体調が悪かった長男でしたが、今回は全員げんきがありました。長男が
「(ケーブルのらずに)あの道を歩いて行こうよ」
「そうしよう」
元気な長男の返事とはうってかわって、家内少し表情が曇りました。体力を使うことが嫌ではなく疲れることが嫌なのではなくあの人はまったりゆっくり体力系ではなく物静かでいることが普段好きだからです。
結局ケーブルに乗る気がないために価格を見もしませんでしたが、大人(中学生以上)往復930円・小学生往復460円・小学生未満は乗車券一枚につき一名無料とHPに乗っていました。もし乗っていれば長男が中学生になりましたので大人3名小学生1名ですから、合計3,260円ということになります。節約というより、醍醐味を味わうためにいざ出発なのでした。

ケーブルが引いてある理由もわかりました。斜度がきつく85番八栗寺まで1km位とありましたが、普段ハイキングなどをしないわたしは息切れしました。ただ鶯(ウグイス)が競って鳴きあい、木々の緑は美しいものです。行きかう方へ元気よく挨拶をしながら登っていれば、新緑にあわせ幼虫がたくさん木から糸を垂れ降りてきています。地面にもそこいらに幼虫とその糸がたくさんです。(これはようちゅういです)

わたしと長男はどんどん先に登りました。後ろのほうでは次男坊と三男が仲良く手をつないだり、時には歩き疲れた「けいくん(三男4歳)」をおぶって歩いて登っています。ただ幼虫を踏まないように体につかないように叫びながら(元気よく)時間をかけて八栗寺まで登ってきました。

普段部活で鍛えている長男も少し疲れていました。ケーブルがあるのは小さい子や元気でない方やお年寄りには便利なもの、移動の時間も短縮できます。わたしたちは元気ですからできれば時間が許す限り体をつかっていきたいと思います。(だってそのほうが健康的だしお財布に優しいから)

登りきって本堂・山門正面にあたる見晴らしの良い場所にお大師様(石像)が建立されてありました)。来られた方を出迎えてくれておられました。礼拝し本堂へ向かいます。八栗寺のすぐ後ろに岩肌が切り立った山、五剣山があります。
何とも言えず山と本堂と一体化したような有難い場所です

八栗寺の歴史・由来
屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗山はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし五剣山と名づけらました。
五剣山の頂上からは、讃岐、阿波、備前など四方八国が見渡すことができたので、もともと八国寺という寺名でした。 延暦年中、大師は唐へ留学する前に、再度この山に登りました。そして仏教を学ぶ念願が叶うかどうかを試すために8個の焼き栗を植えられました。無事帰国し、再び訪れると、芽の出るはずない焼き栗が芽吹いていました。これが八国寺を八栗寺へ改名した由来です。この寺も長宗我部元親による八栗攻略の兵火により全焼しました。しかし、江戸時代に無辺上人が本堂(三間四面)、さらに高松藩主松平頼重が現在の本堂を再興、弘法大師作の聖観自在菩薩を本尊として安置し、観自在院と称するようになりました。五剣山は、宝永3年(1706)に、大地震を遭い、昔は五つの嶺のうち、東の一嶺が中腹より崩壊し、現在の姿になりました。
四国八十八カ所霊場会公式HPより抜粋


読んでも納得できない縁起がよくありますが、八栗寺の縁起はすっと納得できました。そこで時を過ごしましたが霊験あらたか有難い場所だと実感しました。(ケーブルも引かれるはずです)
現在であれば道も整備され一般車両は入ることはできませんが、工事車両は入ることができます。昔のかたはあの山上へ重機を使わなければ上がれないようなものをどのような思いで持ち上げたのか、有難いことや信心がなければお堂は建てられていなかっただろうと山上のお寺をお参りすれば思います。
山頭火の行乞記に

「西洋人というのは山を征服しようとするが、東洋人は山を観照する、我々にとつては山は科学の対象でなくて芸術品である、若い人は若い力で山を踏破せよ、私はぢつと山を味ふのである。」


以前に出した「山あれば山を観る(山頭火)」山をご神体とみなし、ただありがたいと頭をたれる。山(自然)と一体化することをきっと日本人は好んだのでしょう。

ここもそんな場所(お寺)の一つでした。



(八栗寺へ車で向かう道はナビ任せにしており帰ってから気づいたのですが、もう一つ道があります。今度はあちらの道を通りお参りしたいと思います。ケーブルが有名になったことでナビもケーブルへの道優先で探索されていました。)
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詳しくは後でと

 四国遍路満願まで残り讃岐(香川)の札所が4カ寺(85番~88番)、阿波(徳島)の札所の残りが7カ寺(1番~7番)でした。今日は職場へ子供と行ける日に休みをいただき、朝からまず離れた讃岐(香川)の札所へいってまいりました。

無事に讃岐(香川)の札所も打ち終え、これで残り阿波(徳島)の7ヶ所となり、山を車で越え7番札所を打ち、ゆっくりの行程で今日のお遍路を終えました。

残す所自宅から近い場所だけとなって、土佐(高知)の札所・伊予(愛媛)の札所・讃岐(香川)の札所三つが全て終わり、後は阿波(徳島)の札所6つです。

遠い場所から優先してお参りに向かい、今度はゴールデンウィークの最後の日に休みをいただきましたので、その日で四国は無事に終わる予定です。今年中に紀州(和歌山)の高野山へお参りに行ければ、四国遍路も成満(結願や満願ともいいます)です。

この時期本当に新緑がまぶしく、名前も知らない山が美しく、鳥の声も美しく、車の中で風に吹かれる家内の黒髪と笑顔が美しいと運転席から見えるバックミラー越しに感じました。

若葉で萌える木々、やわらかく生命力あふれ、鳥や虫も活発でした。車より歩いたほうがもっと楽しめるのでしょう。わたしは家族全員でお参りをするという選択をしましたから、家族全員の時間があう限られた時間での車遍路です。
暑くなく寒く無いという季節に歩き遍路の方を車で何人も追い抜きすれ違い、本格的な自転車(ロードーレーサーというのか)で遍路されているかた、サイクリング親子連れでお寺を参られる方もすれ違いました。

今年は高野山開創1200年、それに合わせ四国霊場開創1200年の記念判や記念のおすがたが5月31日まで延長されています。家族連れまったりお遍路のわたしたちには本当にありがたい期間延長です。都合昨年一年間と約半年で一年半記念の特典があるのは本当に有難いことでした。わかりにくいことになれば賛否両論あるのはどこでも同じです。

ただ時間にせかされない遍路を最後まで楽しみたいです。

即座

 今年の新緑はいつもより綺麗ではないかと感じていました。山手にある職場ですからさまざまな木々の青々としたさまを眺めることができます。

萌えるような木々の若葉のせいか気候のせいなのか、いつもそれほどではないのに毛虫や幼虫がわんさか湧いて出てきて、屋根からぶら下がってきてみたり、壁や廊下にたくさん這っていたり、通路を沢山横切っていたり、大量に出てくれば仕事や通行の妨げにもなります。可哀想なことですが駆除されていました。

誰かにたのんでとってもらっても気が引けます。自分でとらなければいけないとなってもやはり何か気がとがめます。本当に自分勝手なわたしだと思います。そうかといってほっておけば通路である廊下や壁に踏んでしまうようにおればほってはおけません。

家には土の庭の部分があるせいか、花壇やそだてている野菜やいただいた椎茸の原木によくナメクジがいて、欲しいものに限って食べられたりするものです。これもまた同じで触りたくないしとりたくもないしやっつけたくもないのですが、増えすぎれば困ってしまうわたしです。

周囲を見渡せば虫だけにかぎらないこと、人間だってあまりかわらないもの、善い人であれば悪いことはしがたいものですから、問題も少ないです。悪い人であれば善いことをしがたく常の通りのことをしているから悪い人なんて言われたり思われたりするもので自覚があるとないのと関係なくおられます。

よくよく誰かを見ていれば、自分勝手・損得勘定ばかり・他人を心から敬わず・何かを見ればあげあしだけをとり続ける人がいました。いつもの如く何かを見てはあげあしをとっています。いつもの如く誰かを悪く言っています。いつもの如く自分の利益を最優先に守り他はあまり関係ないようです。その方が誰か(達)を悪く言っていたので、つい

「誰でも悪いところなんてあるから、悪くばかりあまり言えませんよ」

即座に

「わたしは悪いことしていない」

声を大にしてそう言われていました。自らを省みることは確かに難しいこと、わたしもよく自分のことがわかったような振る舞いをして周囲の方へ迷惑をかけてしまいます。なかなかどうして

「わたしは悪いことはしていない」

そう人間であれば断定はできないと常々考えるわたしをみます。そんなことを言えばひょっとすると

「それはあなただからですよ、わたしは問題ないから」

なんてこたえられたら、しばらく何も言えそうにないわたしです。



行動もそうです。

話している話もそうです。

文もそうです。

人もそうです。


一つに断定できることは少ないように最近は考えます。

みっともない

 昨日の出来事のため、かなり怒ってきつく発言をしました。言えば相手にも伝わります。何も言わなくてにこにこして「はいどうぞ」と言えれば、何の衝突もありません。ただどんどんと要求を出してくる方もいます。大切なものだと言わなければわからないこともあります。やんわりと「子供達が大切にしている木だから切れません」と微笑んだらよかったのかとも思います。

幅が狭くなり、理解も乏しくなり、気になるところを見れば見るたびに腹が立って不快になることなんて誰にでもあるように思います。

何が正解か、どこまで言ったらいいのか、どこまで言わなくていいのか、物事が終わってからでもどれが正解かわからないことがわたしはよくあります。

生い茂っていた木がバサリと切られた姿を見れば自分のやりとりを思い出してしまいます。


本当もうちょっとまともなやりとりができなかったのかと今は思います。後になって嫌な思いもなく、相手も害することなく、家族にも波風たてないような対応を次はしたいです。



困ったもの(わたし)です

言うということ、切るということ

 今日はいろいろある日でした。
もう五年前になるでしょうか、長崎の知人から贈答用のフルーツ、ビワが送られてきていました。わたしは田舎の子ですからビワの木や実は珍しくはないです。

ただ子供達は山や田舎で育っていないため、木の実やビワなどは珍しいものとなっています。格好つけていえば人は自然から離れすぎて行きていけないはずなのに、最近では人工物に囲まれわたしと家族は生きています。

植えて5年この春萌えるような大きな若葉を茂らせ、子供達は喜んでいました。特に長男と次男は大きくなる度に喜んでいます。

仕事でもいろいろとありましたが、仕事から帰れば何やら家でもあったようです。どうも家の隅にある楽しみにしていたビワの木、茂りすぎて隣のお祖父さんが車を出す時に視界が悪く邪魔だから、切って欲しいといってきていたようです。

家内はわたしをいつもたててくれますから、「主人が仕事から帰宅すれば話を伺いに行きますので」そう伝えてくれていたようです。

仕事後その話を聞きましたので、隣へお伺いしました。お祖父さんはもう80代半ばでしょうか

「何か家がご迷惑をお掛けしましたか、それならすぐに対処させていただきます。」

どうもビワははみだしていないのですが、葉が茂り少しずつ高くなっているので、おたくの中に入って視界の邪魔になる分を切って欲しいと言っています。

あたりまえのことですが歳をとることは悪いことでないです。誰だって老人になります。

他人の敷地のものが自分の邪魔になるから自分の思い通りにしたい。わからないことはないです。

赤ちゃんや歳を取り過ぎた方には保護者がつくから、若い夫婦の意見はどうなのか、黙って聞いていました。どうも若い夫婦といっても息子さんは60前後ですが、お祖父さんと同意権のようです。邪魔だから切ってもらわないと危ないとお祖父さんに同調しています。

よく見なくても私の所へ自分の意見を言いに来た隣の庭木は道路に割とはみ出しています。ただ綺麗に剪定されて大切にされているようです。わたしの家のビワもその家の庭木も同じでそれぞれ大切にしている木だと思いました。私の家の木は邪魔で自分のところはどうも特別だと思っているのか考慮に入っていないようです。

「お祖父さん、訴えないから入って好きなだけ切ってもいいですよ。けれど切るのならこちらもそちらの庭木を切らせてもらいますけれどいいですか」

その後、家の中で用事をしていました。しばらくして表に出れば、お祖父さんが邪魔になるだけ全て切っていました。ちょうど横に息子さんが来ていましたので、再度伝えました。

「他所のうちの木が邪魔だから切るということは、自分の庭の木だって邪魔だからと言われれば切られても文句はいえませんよね、年寄りはともかくそれに若い人たちが同調しているということは二人が同意見だと理解します。

おたくの家の木をわたしが邪魔だと思うなら入って切っても全く問題無いですね。言うということは言われても文句は言えないし、切るということは切られても文句は言えませんよね。」


「そうです・・・」



「では(こちらが気に入らないときには)そうさせてもらいますね」




だからといって、やられたらやり返すなんて短絡的なことは出来ないです。ただ次また家族に留守中迷惑をかけるようなら少し考えを変えるかもしれないと一杯やったわたしは思ってしまいました。

長男と次男がわたしの所へやるせない表情で近くによってきていました。


特に次男はあの木を本当に大切に楽しみに思っていました。

「枯れたわけじゃないから、横にはのびるしそのうち実もなるさ」

「なら、よかった」




本当に自分の庭の木も大切だと思っているだろうに

 ここのところ不在にしていた上司が出張より帰ってきたので、気分的に楽でした。上の人がいなければ下っ端のわたしでも責任がつきまといます。普段から責任がないということではないですが、全てのことで気を使わなければいけないことは少し(いやかなり)面倒です。そりゃまあびっくりするくらいお給金をいただいていればそれもまたしょうがないかと諦めもつきます。

右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、過去を見ても今を見ても、やはり人間というのは欲張りだと実感します。

住む場所(家)と地位名誉や肩書とかがあっても、何かが気に入らなければ不平不満を言われている方を見ます。何もないわたしとしては、あるし将来も少し辛抱したらいいのだからいいんじゃないのなんて言ったとしても、それは本人が決めることです。安定と遠いわたしからしたら正直うらやましいと思うことはあるし、変わってと頼まれれば変わってあげたいと思います。

結局何がしあわせなのかなんて考えさせられます。あれば失うのが怖いだろうし、無ければ無いのが不安で現在も経済的なことは辛抱することが多くなります。

わたしは頭の中がしあわせだから、気にしていないことはさっぱりおぼえないし、考えません。


最近わたしに誰かが、あれはやっぱり本当のことだと思う。

「お金と肥溜めはたまるほどに汚い」

そうかもしれないと思う人も見かけますし、全員ではないとも思います。ただ傾向でいうとそういう方が多いからあらためてわたしに言われたのでしょう。やはり以前と同じことをこたえます。

「わかるけれど、ないからわからないよ」

夜ゆっくり家族で御飯を久しぶりに食べれたように思います。あたりまえのことが有難いとかしあわせだとか思うことはなにかないとわたしは再認識しないことばかりです。

きょうは珍しく赤ワインを満喫しています。

「ルネッサーンス!!」

酔っぱらいはどこまで言っても酔っぱらいです。

 ここ二三日普段あまり表に出ないわたしも、人手不足により人前にてお話をせねばならぬことが数回ありました。突然にそのような機会があればただ驚くだけです。

事前に出なければいけないとわかれば、いつも考えさせられます。厳密にそれは何を話したらいいかで思案して(悩んで)はいません。その場がどうなるかはその時でないとわからないものです。何を話すかはその方達の前に空気をみて決めることにしています。一体何を考えるのか、何回もあれば傾向がでてきます。どうもまったく同じ話をすることを嫌っているようです。もし同じ答えにたどり着くとしても、アプローチを変え、違う世界をそこに出現させたいと考えているようです。
前回や前々回これはうまく言った話を嫌う傾向といえばわかりやすいです。まだ見たことのない善いはなしをする違う自分を見たいのです。あれこれと考えていても結果はいつも同じこと、困れば困るほど普段の自分が積み重ねてきたことしかでません。それでもただいつも今回上手くいけばと願います。

いつも人が違っていても、皆さん優しくできた方ばかりで、つたない話を最後までしっかりと聞いてくれ、今回は終わって拍手までいただき、こちらがかえってびっくりしました。

終わってから女性の方が挨拶してこられ「とてもわかりやすくてよかったです。有難うございました」「これから遍路に行きますが時間をかけて噛みしめて理解していきます」80歳ぐらいの男性は「感動しました」とこれからに期待されているのか、社交辞令なのかただの挨拶なのかそのどれもなのかはわかりませんが、「いえわたしは一番したっぱですから、上司二人はわたしよりもっともっといいお話をされます」そうお伝えししました。必死になっていると運よく良い結果がでることがあるなんて思わされます。

わたしが人前ではなしをするとき、主題はやはり仏教になります。

何が仏教的なのか、それは本当に簡単なことであって、難しい言葉を並べ話を難しくしていくことは仏教的ではないです。

短い言葉(簡潔)でわかりやすく相手に大切なことをつたえ(ようとす)る。これができるかできないかはいつもの課題です。

時と場所と人は移り変わり行くもの、同じ場所で同じ人であったとしても人の心は流動しているものです。

簡単なことを話しすぎれば、そんなことは誰でも知っているからそこを重点的に話されるとしんどいという声もあり、わかってもいないのに専門的で難解な言葉ばかりを使うなんてことも敬遠されたり、自分がこれだと思っていることが人からしたらちっともそう思わないことに力を入れていたり、なんてことが多ければ本当に失敗です。全くダメな時の(わたしの)典型です。

話す方によりどこに重点をおくかで話の長短・浅深・縦横が大幅に変わるもの、話し手が100人いれば100色の美しい花の色、100組の夫婦がいれば100色の花、世の中いろいろです。

「わかりやすい話でした」

この言葉をわたしはいつも文がその人にぴったりと寄り添うようになれば、その言葉の真の意味が理解できたといつも言います。

「誰かが素晴らしいことを言ったので、私もその言葉を使ってみる」

誰かが言えば深く広く素晴らしく美しい世界を出すのに、わたしが使ってもその世界の欠片すら出現させれない。これを「ピタッときていない」とよく言います。

話をしながら上手く出せていないなと思えば、ちがう方法でえがきだします。本当にいつも心配しているのは、目前の方々に常にぴったりと寄り添う言葉を出せるわたしなのかと問いを発し、いつも努力が足らないから不安がつきまとうだけのことだと今は思います。

足りないものは他人が補ってもどうしようもないもの、誰かが真剣に普段からやらなければ、思い描くものを見えないのに見えるようになんてできないこと。


朝はうまくいったけれど、夜はあまりぱっとしませんでした。



本当にいつもの如く阿呆で愚かなわたしを見るだけのことです。


変なとこの広さ

 出会う人(全員ではないのだけれども)と楽しく過ごせる日、にぎやかな人が来られました。次にさきほどのにぎやかな人とは違うのだけれどもにぎやかな人が来られました。若く可愛らしい人だった方も来られました。

若さは色褪せるもの、そのひとときの輝きにわたしはどうも人一倍目を奪われることばかりです。
もしわたしが芸術家ならその瞬間を像や絵画として永遠に残そうとするのかもしれません。(まあただの若い可愛らしい方きれいな方美しい方スタイルの良い方優しい方といった女性が好きってことだけです。)

また昨晩久しぶりに夜でかけなければいけないことがあり、後で話をしました。80過ぎた方が丁寧に丁寧にお礼を何度か述べておられました。

幼い・若い・中年・老齢関係なく、どのような方にも美しいと思える瞬間があり、わたしはそこにやられてしまいます。


意外と行けますよ(わたし)


朝早く出勤し、残業し、よく笑って楽しいけれど静かな一日です。

 梅から桜、桜から桃、桃から蜜柑など、木々だけでなく草花も美しく咲いています。

咲く花も散る花も綺麗なものですが、若草や新緑をたたえる木々と野山、よく晴れている今日はなおさら若葉がまぶしいのです。

小学生の頃の帰り道、田畑の蓮華草が綺麗なのでよく道草をくって帰りが遅くなったものです。流行なのか最近レンゲソウを田畑で咲かす人も少なくなっているとお世話になる年配の農業の方がたずねれば教えてくれました。

勝手に時期が来れば咲くと思っていたものも、人為的であったことを知りました。

あの若葉の生命あふれる姿の描写を山頭火はすべてを捨て行乞流転の長い旅路から自らの死期をさとったのか、そこで死を迎えようとしたのか

所詮私の道は私の愚かさをつらぬくより外にはありえない。


おちついて死ねさうな草萌ゆる


        (昭和十五年春 松山一草庵にて)

 山頭火一草庵日記・随筆 編村上護 山頭火文庫④より



若く青い麦がはえる麦畑を犬と一緒に緑の中を駆け回ったことを鮮明に覚えています。

野山で遊び疲れたわたしを呼んでいるかのような若草のみどり一色に萌える絨毯にねころんで青空を見上げたことを覚えています。


ああ、わたしはそのみどりのなかで「おちついて死ねさうな草萌ゆる」そうよむことができるか、あのいのち萌えるさまを何とことばにできるのか


いつかはなんて思いをあらわす句の一つです。

                    

恐れ

誰かが誰かのために一生懸命にしている。

誰かのために一生懸命できることを行う人を見続ける(時を同じくする)。

どうもその方とその周囲の方、この先うまくいくようにとの思いでできることをされている。


わたしは過去を見てしまう。

あたりまえのこと、未来は予想はできるかもしれない。(わたしは)確定した未来を見ることができない。

「誰かが誰かのために一生懸命にしている」の、前者の誰かが普段から一生懸命であれば問題は大抵解決する。

わからないから、していないから、おもいこんでいるから、とらわれているものは大事なものがみえないから、素直ではないから、理解と行動が遠のくという過去現在(のわたし)をみてしまう。


他にもっともっとおそろしいものもみる。

誰かが自分のことを断言している。

「わたしは悪いことをしていないから、怒られることはない」

うかつで忘れやすく思い込みの激しいわたしは、悪いことをしていないと断言できない・・・

事実普段から身を正し、皆のためにできることを惜しまない人が近くにいる。その方が言うのならそうかもしれない。
ただできた方ほど、悪いことはしていないと明言しないように思う。

本当に善悪の極端のとらわれから離れ、ほどよい中間を生きていく道も人によって道幅が異なる。ある人は50センチの幅、ある人の中間は50m、ある人は50km、どこで決めるのだろうかと悩むことが多い。

ただ、どうも善悪の極端とその中間あたりは皆簡単に理解している。

WORDやHPやブログなどで文章の位置を確定させるものと同じかもしれない。

右揃え
中間揃え
左揃え 

それぞれ人によって幅が違うとしても、どこに位置するかはわかりやすい。




相変わらず、わたしはよくわからないのにわからないなりにわからないことを書き続けていくのだろう。

怠惰

 よくお世話になっている方が入院された時「羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇」芥川龍之介の本をお見舞いにお渡ししました。

その他、弘法大師関係や仏教書を何冊かをお渡ししました。無事に退院され、前と同様に齢80をこえておられますが元気です。

退院されてから、芥川龍之介の本は贈ったつもりだたのですが、返してくれました。今日は仕事が休日でしたが朝から珍しく出かけないと行けない用事がありました。

子供達が全員学校へ行って直ぐ、目的の場所へ行けば、沢山の方が既に並ばれ、用事が終わるまでに読みかけの本を持って行こうとしていたのですが見当たらず、近くにあった芥川龍之介をリュックに入れ、並んでいる間2時間ほどずっと目を通していました。

よく国語や中学・小説家の登竜門である「芥川賞」などに名前をとどめる方の本、ただ年齢を重ねあらためて見ると独特な主人公の人間描写が印象的にうつりました。

そう言えば中学の頃勉強もせず、小説ばかり読みふけっていた頃があって、これまたあまり勉強をしていなかった高校の頃、まあこの勉強をしていなかったというのはずっと続くんですけどね

独特の世界観、緻密で繊細な人間描写の小説も悪くないなと並んで立ち読みしている間に何度か思いました。ただ帰ってから腰が痛かったです(若くなくなってきたと実感させられました)。

家内の用事も無事果たせ、帰ってからは休日らしい休日(ゴロゴロしてばかり)を過ごせ、日々の更新の時間も大幅に遅れるほどだらけている始末です。


シャキッと


一杯やることにするのです。

のびる

 「他所の子は大きくなるのが早い」

お小さい方がおられれば、見るたび(出会う度)にそんなことを思うものです。わたしも同じような頃があったのだろうと思い返すことは多いです。

世間話でもよく聞きます。赤ちゃんでまだ寝ているだけからハイハイをするようになれば

「這えば立て 立てば歩めの親心」

(わたしは)ついつい言ってみたくなる言葉の一つです。


近くにある庭の竹のまわりに、たけのこが何本も生えていました。旬と筍は感じが似ていますから関係があるのでしょう。
どちらかと言えば「竹の子」のほうが(私の頭のなかでは)感じがぴったり。

一杯やって明日休みのわたしは(いらないことを)言ってみたくなります。

「いやあ、子供と竹の子と(くだらない)欲望はのびるのが早いものだ」


家内が先日「たけのこご飯」を炊いてくれました。たけのこの煮物、長男が

「これ(たけのこご飯)凄く美味しいよ、和食最高だよね」

大絶賛していました。たけのこをいただいた方・自然・楽しめわたしたちそれぞれに本当に感謝です。


やっぱり

「他所の子(の身長)や頼んでいない雑草の成長や目が覚めた人の成長は本当にのびるのが早いもんですね」




やっぱりしっくりこないな

「竹の子や他所の子や天狗になった時の鼻は、のびるのが早いっていいますよね」


(ぱっとしないのでこのへんで、もう一杯やることにします。)


さっぱりさっぱり

 考えさせられることはよくあります。

いつも善いことばかり(平和・安心)なのであれば、考えなくてもよいでしょう。ただ人により何が平和で、何が安心なのか、何が不安なのか、何が心配なのか、あまり善いこととは思えないことが現状に多く出現していると思い込んでいるわたしは何か考え始めています。

あまり答えがはっきりとでないことばかり、ただ自分が得するだけのことを考えていれば、どうもそのようなことは考えているだけで相手や周囲に何故か伝わるので、自分の利益はできるだけ抜きます。それでも時折得していないのにまあどちらかと言えば損していることばかりなのに「計算高い」「ずるい」と思われていることがあるようです。

わたしにはお金が利権は来てないけれど、どうしてわたしより多くそれが来ている人にそんなことを言われたり思われたりするのか、疑問に思うことがあります。

「あなたには財がたくさんあるからいいじゃないですか、わたしはあなた方に比べれば何もないじゃないですか」

なんて思うだけで、言ってもよくならない場合(してくれるはずもない人)には洒落になりません。


いつもお金もあまりないのに皆と仲良く楽しくしています。


恩恵(地位名誉財産)が人よりあるのに楽しく仲良く出来ないから、わたしのことが計算高いと思われているのかな?


いずれにしてもわたしはわたしなりの心配と不安があることが見えないのか、見ようとしないのか


うまくいっていない感じの今日は、内容がいつにもましてさっぱりです。

遅れまして

 いつも行くお部屋の床の間に、達筆で墨痕鮮やかにかかれている文字があります。

恥ずかしすぎることに学が無さ過ぎて漢字を崩して書かれてあると読めないことばかり、もっとも漢字離れが進む私には楷書で書いてある文字もわからないなんてことが・・・

話を戻します。そのお部屋の床の間に、高野山の管長さまが書かれている掛け軸があります。

「山色清浄身」

とあります。これはどうして文字に起こせば読めます。達筆だと(私には)読みにくいのです。

どなたかに質問を受けました。「あれは何と」少し不安な要素もありましたので、あとで詳しい方に聞いてみますといってその場をやり過ごしました。

わからないことが多いわたしは本当に困ったさんです。

少し調べるとそれは禅宗で使われる言葉です。

「山の色は清浄なる(釈迦の)身である」

森羅万象、柳緑花紅、山色清浄身など意味が似通っているように思います。これを禅宗の方が言うのであればそのままでいいのでしょう。

ただ高野山の管長さんということになれば、少し解釈が変わるように思います。

「(高野の)山の色は清浄な身である」

八葉の嶺に囲まれた標高1000mを超す山上都市、天下の霊場高野山を見て言われているのであれば、その釈迦に弘法大師が付属し

「山の色(四季おりおり)あるがままが美しく正しくそれはさとりそのものであり、それは釈迦や弘法大師の清浄なる御身そのものである」

(長く勝手に)解釈をしてみます。

わたしはいつも遅れてしか答えを出せません、知らないことわからないことを知っておるかのようにふるまい、またいつものようにわたしは痛い目をみます。

誰かに遅れて(どうかわからない)今のこたえをかいておくのです。



ただいつもそのようなわたしの愚かさを愛してくれる方に本当に感謝しています。

自分によって

 櫻だけでなく咲いていた花のあとには若葉が茂っています。

一般的なことを思い浮かべます。「目に青葉 山・・・・・」

かつおのたたきが食べたくなります。

冬の山から、山桜などが咲く春の山が終わり、遠くに見える山も若葉のせいで山の雰囲気も随分と変わってきました。毎日の通勤する道をあまり変えないということは、いろいろな変化を教えてくれます。

いつもならこの時間帯に散歩している人にこの辺りで会うとか、この時間は込みやすいとか、僅かな変化も時にはっきりと違いを教えてくれることがあり、朝日・空・夕焼け・雨あがり・遠霞・月夜・それぞれいつも通る同じ道が違う顔を見せてくれます。

周囲だけでなくわたしのこころによっても景色が変わっていることを感じます。遠くの山や空を眺めれば大きく広くこころが広がり、小さい悩みが少しどうでもよくなることなんてしょっちゅうです。

日々少しずつ何かをと気がつけば思います。

久しぶりに突然人前でお話することがありました。不慣れなわたしは話が終わればどっと疲れが押し寄せてきます。文もそうですが話し言葉にも自らが望む世界をえがこうとすることに力が入りすぎて終われば疲れているようです。その時は必死だから気がついていません。終われば押し寄せてきています。

誰かにそんなことを言えば

「もっと自然体でいいんじゃない」

なんて言われるでしょう。それができていないから余計になんて後になれば思います。



いつかは息をするように話をしたいです。

なかなか

 久しぶりにいつも楽しい方にお会いしました。

どう楽しいのかといえば、わたしより20歳ほど年上の方ですが、いつも若い人より元気はつらつです。元気がないときと言えば、一生懸命なのに誰かに注意されてリズムに乗れていないときくらいでしょうか。

ただ元気すぎて、その元気に周囲がついてこれないほどの元気なので、余裕がある人は笑顔です。その方を受け入れれないと思う人はどちらかといえばむすっとしていたり、時には怒っていたり、相性が合わないなんて思いすぎる人も見かけます。

わたしはあの方がくれば楽しいです。何って本当にいつも元気ですし、親切ですし、言葉も多いし(賑やかだし)、真面目ですし、その方に悪気は全くないからです。

およそ、その方に計算して自分が得しようとか誰かを貶めようとかそんなことがないので楽です。

たとえ空気が読めている人でも、仕事をきちっとこなす人でも、自分の損得勘定しか考えない(計算高い)とか、誰かを悪くしようなんて思っていたりすれば、その方がわたしはちょっと合わせれないです。

久しぶりに会うその方に、あなたのファンがいるんですよなんて教えてくれました。

それがまた、わたしの機嫌をとろうとか、計算してではなくて、ただ忘れずに伝えたかったみたいで、久しぶりに会う楽しい方事態はわたしのファンではなくて、わたしの上司のファンだとついでに教えてくれました。

本当にあの方楽しいです。


リズムにのれていなかったり、誰かに注意されたりしてしょげたりしていれば、心配してしまいます。


わたしはわたしだし、あの楽しい方は楽しい方です。


なかなかわたしもあの楽しい方も、自分がいきなり変わることはないなんて別れた後に思います。

84番屋島寺

第84番札所 南面山 千光院 屋島寺(なんめんざん せんこういん やしまじ)

この84番札所 屋島寺は観光名所としても有名です。家内は岡山が地元ですが幼少の頃より父母と何度もここを訪れたことがあると私に教えてくれました。

山上には瓦を投げる場所があります。水族館もあります。車遍路のわたしたちと、歩き遍路の方たちではどうも道が違うために境内に入る場所が異なるようです。

自動車で向かう場合には屋島ドライブウェイ(普通車で往復630円)払わなければ到着できません。最低でも二度は訪れたことをはっきりとおぼえています。

山門前(の石碑)に

屋島寺
当寺は唐僧鑑真(がんじん)和上過海大師が開創の基を開き、その弟子恵雲律師空鉢(くうはつ)と号した人が初代の住職となったと伝えられ、初めは律宗であったが弘法大師が真言宗に改めた寺で、四国八十八ヶ所の八十四番の札所であります、本尊千手観音は平安時代前期の作であり、本堂は鎌倉時代の末頃の建築で共に重要文化財に指定されています。書院裏には名園雪の庭があります、鐘楼の鐘は鎌倉時代の初め貞応(じょうおう)二年に鋳(い)たものです。
なお源平合戦の遺物など陳列した宝物館があり、狸(たぬき)で有名な蓑山(みのやま)明神の社もあります。



山門をくぐれば、広く綺麗で整備された白い石畳の通路の境内とお堂や社が立ち並んでいます。広い境内に負けない立派な諸堂、ただこの日(4月6日)はこの札所も白い霧で包まれ、少し離れたところは霞んでいました。

海の近くであり、風が吹き抜ける場所で肌寒いです。霞んで石塔(五重塔)と鐘楼堂が見えました。

まず千体堂は千体の観音様をまつっておられ、その脇に三体堂があり、そこには阿弥陀如来、釈迦如来、鑑真和上をまつってあるとどこかの説明に書かれていました。
鑑真和上は仏教が伝わり歴史が浅い日本の僧侶がしっかりした戒律が伝えられていないことから、いのちをかけて海を渡り、唐の国の僧侶に東国である日本へ来てくれないかとの申し出にこたえられた僧侶、鑑真和上縁の寺です。
詳しくは「天平の甍」という小説を読んでいただければ、ただ涙されると思います。

その脇には一願不動尊の石像があります。一つの清らかな願いをかなえてくれる不動尊です。続いて大師堂があります。ただやはり本堂から先にお参りするので通り過ぎて行きました。
七福神の石像が右側に並ぶ奥には熊野権現がまつられていました。その横には朱色の鳥居が立ち並びその脇に大きな大きな狸の石像が二つ建てられています。子供達と家内と並んで写真を撮り、脇の本堂へ(前の石造りの案内に)

重要文化財
 本尊十一面千手観音
本尊十一面千手観音は今から約千七十年程前(貞観時代ともいう)に彫mなれた一木造りで全身に漆を塗り金箔をおいた座像で光背も当時のものです。



この日最後のお寺となりますので、気を入れなおして整列し白い霧に包まれた境内でお勤めし、大師堂に向かい無事にお参りを終えました。

年配の男性が境内の整備をされていました。わたしたちを時折見ておられました。納経所へ行くと先ほどの方が追いかけて入ってこられ、納経をしていただきました。子供達も全員何故か納経所へ入って納経書かれていることを眺めていました。三男坊の「けいくん」も見たいらしく背が低いので抱え上げて見ていました。
ご年配の男性が
「そばアレルギーとかはないですか」
いきなりびっくりしたのですが
「ないです」
そばが原材料のお菓子を子供達それぞれに二個ずついただきました。わたしと家内だけならそんなこともないと思います。小さい子には優しい方が多いです。霧の中のお参りもこれで終わりです。


今度は今月の終わりと来月のはじめの二回で無事に四国遍路も満願となると思います。

 いまは春です。

40過ぎてしまったわたしは、子供達と比べれば何かにたいして慣れてしまい、驚きが少なくなる面もあります。

あの子たち、一人は中学生になり、小学生の次男は一つ学年が上がり、自宅で育っていた「けいくん(四歳)」は幼稚園へと進学(入学・入園)しています。

わたしも家内も同じように時間を経過していますが、劇的な環境の変化をあえて好むタイプではないからか、この職場で13年目とか、結婚し(主婦となって子供たちの母親とし)て13年目とか、そのような変化より年数のプラス的なものばかりでしょうか。

あの子たちがそれぞれクラスが変わったり、過ごす場所が変わり、柔軟に対応しようとしています。


変化を何かに求めることがあります。

変化を嫌い変わらないようにと願うことがあります。



わたしはわたしが好きです。

わりと近くにいる人のことも好きです。


過去より変えたいこと

今より変えたいこと


変わりたくないこと

変えてほしくないこと



皆にとって簡単なことがわたしには難しいことばかりです。

きっと霧のせい

 第82番札所 青峰山 千手院 根香寺(あおみねさん せんじゅいん ねごろじ)

 81番白峯寺から間違えて83番一宮寺(いちのみやじ)に行ってしまい、少しではなくかなりの移動距離が長くなり、しかも時間もかなりとられてしまいました。ここはですね、82番札所根香寺(ねごろじ)へ無事到着したからよしとしましょう。
割りと何にでもよく気がつく長男坊に「かなり時間がのびたね」なんて二回ほど言っていました。気にしていますがここは気にしないのです(ごめんなさい)。

81番白峯寺(しろみねじ)も山上ですが、ここも青峰山という山の上にあるお寺となります。本来ならば山を下らず山沿いの道でここに来るはずだったと思います。

この日(4月6日)は雨のせいか、ここも白く霧(もや)がかかって見通しはよくありませんでした。白峯寺には天狗がいました。ここは牛鬼がいたところです。(駐車場についてすぐの門前の看板に次のようにありました。)

 根香寺の伝説『牛鬼』 今から四百年くらい昔、このあたりに『牛鬼』と呼ばれる怪獣が住んでいて、人々を大変困らせていました。そこでこの地方を治めていた殿様は、山田蔵人高清(やまだくらびとたかきよ)という弓の名人に牛鬼の退治を命じました。高清は根香寺の本尊である千手観音にお願いをして、そのおかげで牛鬼を見つけ出し、見事退治したそうです。
 そして怪獣の角(つの)を根香寺に奉納して、その菩提をとむらったと伝えられています。


山門でいつも写真を撮ります。ただ霧が濃く山門の向こうの景色は映らず白く濃い霧しか見えません。山と森の中にあるお寺、山門をくぐればすぐに下りの階段があり平坦な道は直ぐに上りの階段になります。その道中に牛頭観音さまと役小角さまの石像がまつられています。

階段をあがれば左手に白猴欅(はっこうけやき)がありました。(看板には次のように書かれていました)

白猴欅(はっこうけやき)
智証大師が当山開基の時、この樹下に山王権現が現れ、また、白い猿が下りてきて、大師を守護し創業を助けたと云う。
 樹齢約1600年。
 樹幹の周囲約七メートル。
 昭和50年頃、枯れてしまい、平成三年に保存のため根を切り、屋根をつけて生えていた通りの位置に据えています。



1600年も生き続けている大木もいつかは枯れるということを教えてくれています。わたしや大切な人達もそれはかわらないことです。愛するものと別れなければいけないことも苦しみの一つ、昭和50年以前にここをお参りしこの大木を見て感動された方ならば、「この世は移ろい変わりゆくもの」だからこそ怠らずつとめなければいけないと思ったことでしょう。

本当に枯れてしまったとはいえ、立派な大木のあとです。

国指定重要文化財
千手観音木像
当寺の本尊でありまして、平安時代(藤原時代初期)智證大師円珍の刻んだもので櫻材一木造り、
 総身 漆箔 高さ1.65メートルの立像
古来三十三年目開扉の秘仏とされています。
   ご開扉は平成四十八年(2048)



本堂をお参りするためには時計回りに小さな観音様が沢山まつられている回廊を歩いて通ります。まだ外は白い霧の中で近い場所しか見えません。団体様が先に本堂でお勤めをしておられました。少し待って後の方の邪魔にならないように揃ってお勤めをして本堂を後にしました。大師堂でお勤めをしようとしたところ、三男坊の「けいくん」がトイレに行こうとしてそそうをしましたので、家内と次男は車へと向かい霧の中に消えていきました。
わたしと長男はロウソク・線香・お賽銭・納札をすませ、皆がもどるのを大師堂まえのベンチで雨宿りしながら待っていました。
しばらくして次男が霧の中から走ってもどってきました。揃って大師堂でお勤めをおえ、隣にある納経所にて納経をいただきました。霧はなくなることなく一層白いままお参りを終えました。


かばうことと、役に立たない才能

 何か朝から慌ただしい日でした。仕事が慌ただしいということは忙しいということでもありますから、長い目で見れば有難いです。ただその時はそんなにそんなふうに思えないことは多いです。

最近よる仕事が終わって自宅に帰ってからの用事もあり毎晩八時の更新も遅れてばかり、私は言い訳と逃げることの多い才能の持ち主であります。

 今日皆の苦手な人の話題がでました。皆だけでなく私も苦手です。誰かを苦手だなんて言うわたしが一体何様なのかなんてその時考えているのであれば、人のことを少しも悪くいうわけもないです。わたしの悪いところは棚上げして発言しているだけのことです。

段々とその方のありのままの現実を話していれば、その方が悪いことをしていれば悪口ではなく悪いことの羅列になっていきます。逆もあり、善いことをよく行われている方を話していれば善いことの羅列としかならないこともあります。

どうでしょう、いつもいつも善いことばかり行われれている方も少ないことは確かです。その反対に悪いことしか行わない方にあうことも少ないです。ただ生きていればどちらの方にも出会う確率は存在します。

ただわたしは悪いことも気が付かずしていることがよくあります。気づいてしているなんてこともよくあります。他人のことを聞いていたり話していれば、そこにわたしを見てしまいます。「あの人はあんな所が悪い」ときけば「それはそうだ」とも思います。ただ自分にも違うところで悪い所があれば、だんだんと誰かだけを責めているような言葉がつらくなってきます。

わたしの悪いところをたくさん並べられ、皆で言われればわたしはつらいからです。

結局はわたしはわたしのことが何よりも大切なようです。

だから、つい「その方は悪気はないのかもしれません」なんて言って、自分だってかばってほしいように、かばってしまうこともあります。


本当にこの世で最上のものはみずからなのは誰にでも同じようなことですが、自分が気が付かず周囲に悪影響を与えていれば、ただかばっていたり言い訳していたりするだけなんて、わたしはよく思われているでしょう。

少しずつですが、わたしが誰かのことを「悪気がない」と言ってかばっているときには、「その方にも善いことをされていることがあるのだから」なんていうことを思っているから、わたし自身をかばうかのように使っている感じがします。