目立つようなものではない

 いつも20時に更新しています。ただ今日はさきほど仕事から帰宅したのでこれから・・・
書きかけていた内容も全て忘れるほど私の頭が慌てていました。たまにはそんな残業もいいかなとも思います。

細部にとらわれすぎて、全体像を見失いミスをするなんてことが以前ありました。細部を大切にしながら全体を思い描くこと。そんなことを忘れるほどに自然になること。いや本当努力していないと難しいことばかりになってしまう私です。

知らないと損をするのならあらかじめなされるべき努力が必要なんてわかっていても、その時になって思い知らされることばかり、怠け者の私にはそんなことが日常茶飯事だったり・・・

周囲を見渡すと年配の方が増えました。そんな私も三人の父親ですし、年配の方の話を聞いたり見たりすれば、よいことも悪いことも他人ごとではないことばかりです。

ただ老化に伴い、物忘れや同じことを言ったり、身体が若い時ほど動かなくなってもどかしくなり言葉や態度が狭くきつくなることにもでくわします。いずれは私も生命があればおとずれること、その方を軽んじたり馬鹿にしたりなんてできるはずもないです。

色々なことを経験できることは楽しみの一つ、ただ時間は過ぎています。10年経てば赤子も10歳になり、70歳位のひとならば80歳位、90歳ならば100歳となります。

60歳から70歳ではそこまで衰えが感じない人も多いなんて思います。70歳から80歳では大分と変わってしまうと最近はつくづく思い知らされます。何度も書きますが私だって生命があれば他人ごとではないからその時自分がどうあるべきかなんて考えてしまいます。

「自分から悪いことをなくす」これは理想ではあります。ただ現実は最も難しいこと、自分の良い点と悪い点は同じようなもの、ある人から良いと思われる点がある人には悪いなんてこともよくあります。

ただいつもお世話になる優しい方は一つの道を示し続けてくれています。自分にできることを惜しまず、謙虚で素直大抵の方に優しく労力を惜しみません。他人の言うこともよく耳を傾けています。私より20も年上ですがいつも柔軟な対応、純粋な心を失われていない方です。

同じようになろうとは思いません(同じ人にはなれません)。

ただ柔軟で謙虚、素直な心を出していきたいとあの人を見れば思います。


「私がしていることは大したことはしていない。皆があたりまえのことをしていたら私なんて目立たないから」


一つの真理だと私は思います。

あたりまえ(謙虚で素直な心を持ち続け、目前のしなければいけないことを率先して行い続ける)のことをあたりまえに行い続ける。


あの人とは違う私のあたりまえであることから目をそらさずいきたいです。
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課題

 いつも仕事を共にする同僚、生真面目で悪いことをせず、外に行って遊ぶなんてことは結婚前も後も見たとこ皆無に等しいです。割と誘われればどこにでも行きたくなったりする私とは大違いです。

誰かと共に長くいれば、その誰かが自分と何が違うのかがわかりはじめていきます。好み・理想・善悪・趣味・思考・追及方法など、衝突や対立の数が多いほど目前へ相手ではなく自分がどうあるのかどうありたいのかが浮かび上がってきます。

何かしているようでも何もしていないようなとき、世間で何もしていないと思われる人がいれば、それをほっておけない人は「何もしないよりまだ悪いことでもしてたほうがましだ。(悪いことをしようとしてなかなか悪いこともできないし、悪いことをしているようでも、ぽっと善いことにかわることもあるのだから)」そういって本人の思惑とは裏腹に現状を打開するお節介の助言をしてくれるものです。

保身に走れば動きが無くなり、自分が望んでいた現状や自分自身の活性化とは遠く離れていき、やがては消失しているかのごとき状態になるように思います。

動き出せば、貫いていくしかないです。休憩だといってしばらく休むこともあるかもしれません。ただ面倒くさいから逃げるということを気がつかず選んでいるのであれば、誰の目にも留まらず、相手にもされず、当然評価もされず、いるのにいないや、いても邪魔だと思われていくことがあります。

答えなんて誰かに問うまでもないことなのに誰かに問うてみたいことがあるというのが、定まっていないときの特徴でしょうか・・・

私は何をしたらいいのかわからないとき、何かわからないけれども近くにある何かに集中しようとします。一体それが何になるのか考えてもわからず、考えれば考えるほど答えは無意味なのではないかと出てくることばかりです。それでも何かを真剣にしなければ道は切り開けない。それだけはよくわかります。

私もよく理想(きれいごと)を言います。今日沢山話を聞いた人も理想(良い思い)を言われていました。言うほどに現実からというかその人自身から離れ、正しい事から離れ、その良い思いから遠ざかる、聞く人が私以外の人も同じような印象を受けたと言っておられました。

良い思いを言えばいうほど、かなえてあげたいと思えない(または知らない人に言ったほうがよいと思うような)人も、いるのだと今更ながら教えてくれた気がしました。

その人のことはともかく、私はよい思いは大切にしていきたいし、言えば言うほどそこから遠ざかるようでは言う意味もなく。正しい言葉を言えば言うほど聞く人が「いい加減にしてくれもう聞きたくない」と思わせる常日頃の言動は望ましくないです。

自分の放っている言葉との差、本当にそこが私自身一番の課題です。


何でも

 昨晩は夜空に浮かぶ三日月が美しく、お世話になった方へ散歩がてらお届け物をしながら見とれていました。本当は家内と二人きりで行こうと思っていたのです。「けいくん(4歳)」がどうしても散歩についていくというので一緒に行くことになりました。

あの子は大人の歩くペースについていけるようになっています。小走りで楽しそうについてきています。家内が嬉しそうにそんなあの子を見ていました。

子供の頃読んだ本の中に、お月様が僕を追いかけてくる。そんな一節が好きで、暗い夜道を歩く時走りながら後ろにあるお月様を何度も見ながら、「ほんとだお月様が僕を追いかけてくる」そんなことをあの子を照らすお月様をみて思い出しました。
田舎では街灯もなく月明かりのみ、月も雲に隠れれば、毎日歩く道(通学路)なのにいたるところの木々の影が怖く、影が怪獣にみえたりしたことを家族に報告したものです。

今住んでいる近所の街灯はいつの間にか蛍光灯からLEDの明かりになっていました。


見通しが暗ければ怖くなり、明るければ堂々と歩く。私は何でもがそうです。



ただ夜空に浮かぶ細く綺麗な曲線の三日月がどこかへつれていってくれるような気がします。

とりあい

 ほんの少し人と違う私は家内を見るとよく抱きつきに行きます。

ただそこには問題が多いのです。

私には息子三人がいて、我が家に女性は一人(双方の両親が遠方に住んでいるから)ですから、取り合いなのです。それもまた都合のいい取り合いで、我が家の男性は私を筆頭に甘えたいときにだけ家内のところへいきます。

以前次のようなエピソードがありました。

台所で一人家事をしている家内が

「キャー」

そんな声が聞こえました。私は聞こえていたけれどもパソコンで何かに夢中でした。長男坊はそのあたりで遊んでいました。次男坊もその辺りで何やらゲームなどをしていたように思います。そのとき三男坊はまだ小さく助けれるような年齢でも無かったです。

すると普段あまり怒らない家内が

「あなたたち、キャーとか人が叫んでいたら『何があったの(またはどうしたの)』とか言って助けに来るでしょ!」

それ以来我が家で、家内がすこし「キャー」という声が聞こえたら、よっぽど怒られたのがこたえたのか、家内を愛しすぎているせいか

「母さんどうした?大丈夫?」

なんてそれからは即座にその声がした所へ男共は飛んで行くものです。話を元に戻します。


私が家内によく甘えるからか、あの子達も困ればよく家内に隙あらば甘えています。

まあ三男坊「けいくん(四歳)」は小さくてまだ可愛いから、大抵は許可します。あくまで大抵です。長男坊は小学高学年、次男は小学四年生ですから、大人の私は言い放つのです。

「べたべたと甘えるのはそこまで、貴方達の母さんは私の嫁だし恋人だから、さあ離れて離れて」

本当に困ったものです。


あの子達には大政奉還の時だと何度も言っているのに・・・

どちらも

 「難しいですね」

人には得手不得手があるから、自分が得意なことが簡単だと思っていても、人からすれば「難しい」となることはよくあります。

事実人が「簡単ですよ」と言われることで、私に難しいことは多いのです。たまには反対もあります。

「聖歌や讃美歌といった神を讃える歌、仏教にも仏や仏の徳を讃える歌(声明)があります。」

なんて仏教好きな誰かが喜んでそんな話をすれば「難しいですね」と言葉が返ってくれば

「はっ」とするものです。


何かを思い出しました。

私は中学高校とカトリック系の学校でした。私が住んでいた寮の寮長は神父さまで、いろいろと私は楽しい(迷惑をかけまくった)無邪気な頃のいい(先生にとっては悪いかもしれないけれど)思い出があります。

入学式・始業式・終業式・卒業式などかならず神父様がたくさんおられ、聖書朗読があったり神父のたまごである学生が聖歌をうたっていたり、今はそれも懐かしい思い出です。

私が中学高校と過ごした長崎市の学校で、クラスにはキリスト教徒も多く、私はその時何を信じていたのかよくわからないです。一番仲の良かった友人もクリスチャンでした。家に仏壇が無くマリア像などが日本家屋の中にまつられているのは、仏教に慣れ親しんでいた私には大分違和感がありました。

その仲の良かった友人はいつも身勝手なことばかり言ったり、気分的な私にいつも優しく、そのお母さんは私のことを本当によく面倒を見てくれました。家には帰らずともそのお母さんにはよく会いに行ったものです。

まあ朝早く散歩をしていれば、神父のたまご(学生)さんたちの聖歌が教会から聞こえてきたものです。休み時間にその卵の人たちと遊ぼうとすれば、「今週ヘブライ語のテストあるから勉強しないと・・・」大変だなと思っていたら誰かが桑村くんという神父のたまごに「クワムラ・クワムラ」そう連呼していました。「何言ってるの?」「下女っていう意味の言葉だよ」私もそうですがくだらないことを子供はおもいついて連呼するものです・・・。(はたして記憶違いでその言葉が本当にその意味なのかどうかは調べていないのでわかりませんのであしからず)

本題へ返り

聖歌を何度も聞いたことにより、女性ではなく男性の澄んだ声での合唱は素晴らしいものでした。仏教を好きですし声明も大好きですが、いまだに何かあれば聖歌を口ずさむこともあり、CMでもクリスマスが近づけば聖歌がBGMとして流れていればあの学生の頃の友人たちの歌声を思い出します。



全てを省略して



どちらも「素晴らしいものです」

その言葉だけを「難しいですね」と言われた方に告げ別れるのです。

下手な

 人には簡単でも私には簡単でないことがいくつもあります。

スポーツ全般苦手なことだから、人には簡単でも私には難しいこと

自分が気がついてないだけで他にもたくさんあります。


些細なことですが慣れないことも沢山あります。

いつも自分に優しく、自分の利益になることだけを考えて、自分の眷属と家族にだけ優しい人がいます。私はその方の眷属でも家族でもないので、いつも私には冷たいです。
どちらかといえばその方は自分が嫌われてでも他の人を成長させたいからきつい言葉を発しているのではなく、ただわが身可愛さやわが利益のためわが家族だけが得するような発言ばかりがほとんどです。
 ある日その方は遠方にいるから何が心配なのかはわかりませんが、私へお礼を言われました。

「大変だっただろう。心配しておった。ありがとうが言いたかった。ありがとう」

うーん、その方とは十年来の付き合いです。普段の言動をよく知りすぎているから、どう考えてもその言葉が私にはピタッと寄り添わないのです。
これが人には簡単なのだろうけれども、私には簡単ではないことの一つです。

その方よりか私自身同じように私がきがついていませんがいろいろあって迷惑をかけています。私の普段の行いが足りていないから、家内だって私のことを不満に思うことがいろいろとあるでしょう。


「人の振り見て我が振り直せ」とは他人のためではなく、私のためにある言葉、自分にだけいつも変に優しくしすぎないで、近くにいる人へよい優しさを自然にだせる人でありたいです。


すべては気づけないと最近になって思うようになりました。若いころは「なんでも簡単だ」とか、簡単とすら思うこともなく何一つ真剣に考えることも多無かったように思います。

考えることも大事だし大好きですが、また思い当たりすぎる言葉だってあります。

「下手な考え休むに似たり」

考えすぎて何もしない結果何もしない私とか、変なことを思う私よりかは、それよりか目前の草を抜くか何かをかたづけるか誰かの何かを行うのです。

こうですよ

 昨日ひょんなことで、気になって仕方ないので少し調べて見ました。やむにやまれぬ真理への探究などとは大分違って、ただの個人的な疑問です。

よく「阿弥陀さまに(自らのはからいを全て捨てさり)お願い申し上げます」や「阿弥陀仏に帰依したてまつる」や「なんまんだぶ」や「南無阿弥陀仏」や「オン アミリタ テイセイ カラウン」などのどれかを聞くことがあります。

はてさて阿弥陀様の前身である法蔵菩薩の願いがかなったことにより、菩薩より如来(仏)へなられている。これは(仏教好きなら)よく聞く話です。その願いがかなう。その願いを本願とか悲願とか大願とかいろいろ使い分けられているのかなと思います。

そのあたり仏教は仏教でも私は浄土系の真っただ中でなく、どちらかといわなくても真言(宗)であって(実家は禅宗ですが)つまり私の信じているところ(井戸)は詳しくないのに、やっぱり真言なのであって、まあ何はともあれ阿弥陀さんとはいずれにしても縁があるので、何かあればかなり気になります。

阿弥陀さんの何が気になるのか

(かなった)願いの一つ、阿弥陀さんを信じる方が亡くなられるとき阿弥陀さんと共に大勢のほとけさまが臨終のときに迎えに来てくれる。

これがどうも喉元に食べてもいないのに小骨がひっかかっているというか・・・

「そんな時はごはんを飲み込みなさい」

そんな声が聞こえてきたりします。


「最後しか阿弥陀さんがこない」ってことならおかしいような、よい解釈であれば「その時に必ずあえる」のだから何がそれ前あろうとも安心できる。

少しずつその意味が理解できていくのではなくて、「私の納得いかないことが何か」が浮かび上がってきます。


私が欲張りでいつも願えば阿弥陀(ほとけ)さまを心中か目前か存在する場所かのいずれかにあらわれる(あらわれている・包まれている)と思う感じです。「その時だけしか現れない」それに異論をはさもうとしているのでしょう。

「そんなことを言っているけれども、今まであえたことはあるのか」

そんなことを聞かれれば、「あるような、ないような、ないような、あるような・・・(以下最初からずっと繰り返します)」思いや考えとは人それぞれいろいろあるもんです。(そんな言い訳にならない言い訳を簡単にしそうです。)

それはともかく弥陀三尊来迎図など、掛け軸や屏風や絵としても壁や布や紙などにたくさん描かれています。

中央が阿弥陀如来、脇に観音菩薩と勢至菩薩あわせて三尊となって阿弥陀様だけでの来迎より、お供を連れての来迎図はお経にあるように書かれています。ものによってはもっと大衆のほとけさまと共に描かれてあります。

こちらから見て右の蓮台を持っている菩薩が観音菩薩であって、亡くなられた方が乗られる蓮の台(座)を運んでこられ、左の大抵合掌して急に亡くなられても急いでかけつけられることをあらわすように、結跏趺坐やどっしりとすわられておらずすぐに立てるように前傾姿勢などのこちらへ向かって来られていることをあらわしてあります。

いずれにせよ阿弥陀様の隣で(大抵)合掌しておられれば勢至さまで、蓮台をもっておられれば観音さまです。

智慧と慈悲をそれぞれがあらわしておられ、勢至さまが智慧を観音さまが慈悲を中央の阿弥陀様が常住普遍なる真理(すべて)をあらわし、その方々が迎えに来られるという絵図です。


こんな説明ばかりしてたら何がひっかかっていたのか、よくわからなくなってきます。


禅定に入られている静観されているような坐像や絵の阿弥陀様に、急いで迎えにこられるという印象は持ちにくいもの、亡くなられた時すぐにかけつけてくれる、阿弥陀様を表現するのに、座られているほとけさまがそのとき立って描かれ、仏像も同じように立像に代わり、もっと動きをもたせるために前傾姿勢であったり、乗られている雲にも動きを持たされたり、正座から立膝に近い座り方になってあらわされていたり、こちらへ今にも向かっておられる様子がうかがえます。

何にひっかかっていたのか


お会いできるのが亡くなった時だけなのかということ、これはまあともかく


「禅定に入り座られている阿弥陀様が(あの印をくまれ座したまま動くのか)どうやってこちらへこられるのかな」

なんて隣にいる人に聞いてみたら

「こうやってですよ」

そう言いながら、隣の人はおごそかに阿弥陀さまのように印をくみ座して、少し前傾姿勢をとり、そのまま前に(気持ち)移動しました。


「なるほど」


実際に動いている感じをそのまま表現されたので妙に納得し、最初のひっかりなんてどこかへ飛び去っていました。





「こうですよ」

何が

 「少し違うような」とあれこれ思い返せば、その時はそれなりに一生懸命だったとしても、何度思い返してみても納得しかないということは少なく、足らないものを探そうとしたり、探して「これだ」なんてその時は思っていても、また「少し違う」そんなことを繰り返しています。

時折「あれはあれしかない」と思えることもあり、


誰かが「あれはしかたがない」その言葉のまま受け止めれる人もいます。

違う誰かが「あれはしかたがない」違和感があり、素直に受け止めれない言葉の人もいます。


その差が何故でるのだろうか、後になればその違和感の元を突き止めようとしても、明確にわからずじまいでまた違和感に遭遇、納得いかないことなんてそんなことかと思いながら、何かを考えます。

言葉によって「わかりました」と言われるよりか、その人の心からでる態度によって「わかっています」と出れば嬉しい事が多く、それがわかるのに、自分自身がその態度によって「わかっていますよ」と出さないことなんて良くはないのによくあるのです。


もっと自分のことを沢山の視点から見つめたいです。自分よりの目線だけをもって「私は悪いことはしていない」とか「迷惑をかけていない」とか「簡単です」とは言いたくないです。


何が人にとっても他人にとっても本当に優しいということなのか


少しばかり時間をまた割いてみるのです。

そうみえない

 残業がある日は職場の皆さんと夕御飯を共にします。

私の職場では女性のパートタイムジョブの方が多いです。それはともかく、夕御飯を職場の年齢差がある歳上の方ばかりですが、仲間と共に食事というのは楽しみの一つでもあります。

私は少し前に書きましたがかなり童顔というか、大学生の時には中高生に間違われることも多く、20歳になっても友達と流れに乗ってパチンコにいけば、身分証を提示して下さいと言われることも多かったです。その度に「人を見た目で判断するな」なんてよく怒っていました。その時未成年でもパチンコを楽しんでいた大人びた友人が羨ましかったことをおぼえています。

どうでしょうか今は年齢相応に見られないこと、つまりは人より10歳位若く見えることは少し嬉しいことの一つですが、事実は世間で生きる人と同じく40歳です。

昨晩職場の方皆様と夕食の時を共にしていた際

「あなたはちっとも三人の子供がいると思えない。独身と言われてもちっとも違和感がない。(見た目も若いし)」

そんなことを言われました。

それについては、私は思い当たるフシが幾つかあります。

私が貴金属を身につけることを嫌がるから、時計や宝石などを嫌がるからマリッジリングを家内だけに買って私は買わなかったから、つけていないからということもあるでしょう。

私は自由奔放でありたいと願うことがいつも出ている雰囲気だったりすることかなと思ったり


もっと思い当たることもあります。


私は三人の父親であるけれども、あの人(家内)の恋人です。




結婚してあの人の伴侶であるけれども、あの人を出会った時以上に追い求めています。




職場などで出会う女性にあこがれることもあるけれども、それ以上にあの人を見れば私はいまだ恋をしています。

完全なる愛までたどりつけていない私の恋焦がれている要素が私の若さや雰囲気をもたらしているのではないか

最近はそんなことを思います。










私はあの人が好きなのです。





あの人の本心がどうであれ、私はあの人を追い求めてやまないのです。





(不完全なるものが私に人と変わった要素をもたらしているという、特異な現象でしょうか)

理解と実践

 朝から曇りのなか、バイク(原付)にのって出勤しました。そういえば昨日原付で昼間に信号待ちをしていたら、赤で止まっている私を追い越し左右から車が来ていないかどうかパッと見て、赤信号を黄色の点滅信号を行くかのようにヘルメットもかぶらず平然となれた感じで過ぎ去っていきました。「慣れってすごいな」と呆気にとられていました。

 原付爽快感もあるし、燃費もいいし、維持費(もっとも職場の備品だから、私はかかっていませんが)などを考えれば便利です。自動車もですが原付も乗り始めた頃、運転することがかなり怖かった私です。どちらも鉄の塊ですし、動力もエンジンですから馬力があります。鉄の塊が思うように動かせずスピードを出しているということに気づいている時が一番恐ろしいと思うときでした。今は少し年齢を重ねたからそんなことも随分と減ったように思います。ただヒヤッっとすることは運転していればあります。「事故が無くてよかった・・・」そんな後の正直な気持ちです。運があるのか無いのか考えることはないのに口からは「あれは運がよかった・・・」ただこれも自分が悪いことや危ないとか思った上に何もなくてよかったと思えたときくらいでしょう。

何度か自動車ではぶつけられた事故があるから、痛い目にあいたくない私は以前より少しは気を付けています。それを忘れすぎて何かにとらわれているときにまた「ヒヤッとして・・・」また思い出して、それを何度も繰り返しています。

自動車を安全運転している人はあまり目立たないものです。むしろ危険な運転のほうが目立ちます。若いときに危ない運転をしがちだった私も何か目立ちたかったのかなと反省します。

誰よりも早く駆け抜けることしか考えておらず、何かを誰かに(惜しみなく)ゆずることができる心を他人より遅くですが最近ようやく理解できるようになってきました。私にとって理解と実践は別となることが多いです。

周囲の人を見習っていこうと思います。



残業が終わった七時頃、雨のせいか辺りは真っ暗になり、自動車にて帰路の途中、高台から見える眉山のシルエットや麓の徳島市の人工的な光(夜景)がいつもより一際美しく感じました。


冬の夜空の煌きを狙って作られたわけではないけれど、あの星空の美しさを人工的に光を増やしたようなものだから綺麗に感じるのか、あれが元ではなくて、澄み渡る星空を美しいと思った心が元なのかなんて考えているうちに帰着。



そういえばあの人(家内)は、夜景が大好きです。

グリーンボール

 見知らぬ土地だった郷里より離れた知り合いのいない徳島に住むようになって13年位たちます。

出会った時から今もですが変わらず現在82歳だったかな、いつも自作の野菜を持ってきてくれます。出会った時から誰よりも優しい人でした。私にだけ優しいのではなく皆に優しいです。野菜も以前は売るために作っておられましたが今は家族が食べる分とふれあう人へ渡したいと思う分を作っておられます。

藍染めの伝統を守るために少し前までは藍(タデ科)も畑につくっておられました。優しいだけでなく神仏を大事にされておられる人です。悪いところも家族から見ればあるのでしょう。おじさんも人間ですから伴侶には昔の人ですから怨まれてることもあると思います。ただ私にとっておっちゃんは、優しく、見知らぬ土地で知り合ったかけがえのない人の一人です。

初対面から今もおっちゃんは私に対して何も変わらないです。私は大分変わったと思うことがあります。ただ周囲の人は私をずっと変わらないと思っているのか、善いように変わったのか、面と向かって悪いと告げてくれる人も少ないから考えてもどうにもならないのにね。

こないだからキャベツを沢山いただきました。そう言いながら袋が破れるほど、いただきました。いただいたキャベツは虫食いの穴があります。幼虫だって中にいます。

「器量が悪いから、食べれんと思ったら捨てていいぞ」

「虫も食わないものは人も食べれないし、(田舎育ちで農家の息子の私は)虫食いだって全然気にならないよ、無ければお金を出して買わないといけんからね・・・」

「そうか」

「おっちゃんありがとう。もうこれくらいでいいよ。」

「たくさん(子供が三人)おるんだから、ようけ(たくさんあるだけ)もっていきな」

そう言いながら袋が破れるほど、いただきました。久しぶりに夕御飯に広島風お好み焼きを作りました。ふんだんにキャベツを使いますし、なんてたって美味しいし家族も喜びます。

「お父さん、たこ焼きとかお好み焼きとか慣れてるよね」

学生時代よく先輩後輩がお腹がはちきれるほど、たこ焼きを一日焼き続けたり、お好み焼きも作り続けたこともあります。あれも今は素敵な思い出。

学生時代はお酒は嫌いでしたし、飲めばすぐもどしていました。今は楽しめるような歳になっています。おっちゃんには本当に出会った頃から今も感謝しています。

あれからおっちゃんも子供達も家内も子供達も12年ほど歳をとりました。あと12年経てばおっちゃんは94くらいになっているでしょう。


何気ないことがありがたく、忘れないで生きていきたいです。

なるほど

 勝手にそうだと私が思っている友人の中の一人に、時折「おれは腹黒いから」そう笑いながら言うことがあります。

なかなかどうして、自分のことを悪く言えないものです。まして洒落にならないほど悪いことをしている人はその罪を人前で笑いながら言う人を寡聞な私はあまりしりません。

格好つけたいと思うから、私は私の悪いことを言えないようです。

最近は少しくらいの悪い私をあえて前面に押し出します。ただその使い方は気心の知れた人でないと難しいです。言葉そのまま知った人には内面を圧倒的に押し出していけます。そのせいでしょうか「悪い人やなー」とか「そんなこと考えてたの」とか「もう考えなくていいよ」なんて言われれば、さらに考えたり、面白いことを言いたいだけであったり、まあ近くにいる人に迷惑をかけるのです。

ただ、私にだって邪悪なものが渦巻いており、そこはやはり体裁を取り付くろう私はそこを全く言えていないのです。

先日友人が内田樹先生の話を聞いて、私へ教えてくれました。その邪悪な内面をだすことを「棚卸をしている」そう表現されていました。腑に落ちました。

今まで理解不能であるとんでもない悪い言動をしているのに、じぶんはケロッとしている。一言であらわせば

「棚上げをしつづけている」

まるで他人ごとのように、無かったかのように、自分自身のことなのに、悪いことを全て棚上げしている。

走馬灯のように押し寄せてくるときに棚に上げ続けた自分の邪悪なものが50年もためている人であれば、その一瞬に押し寄せてくる。ぜひ私も棚卸をしていきたいです。







だって私は根性悪く、腹黒いからです。





変わった人

 先日職場を取材をされていた方と別れ際にほんの少し話をしました。職場の撮影や上司とのインタビューなどがメインでありましたから、ちょっとだけ何か気になったので一言おたずねしてみたのです。

何日か過ぎた頃、取材をされていた方から再度取り残しの取材の申し込みがあり、最後に少し変なことを言った人にもついでに取材がありました。四国の徳島、遍路という言葉をよく聞きます。おそらく札所がある近くや遍路道の近辺ではもっと聞くでしょう。


「遍路について取材をされていますが、遍路が仏教の一つの道でもあり全て(の道)でもあるということを知っていますか」


以前別れる際におたずねしたことはそんな言葉だったように思います。(仏教好きの誰かならすぐに言いそうな感じです。)


「あの言葉の詳しい意味を教えて下さい。」


確かそのような感じの質問だったように思います。

すぐに誰かはどんな話でも(隙あらば)仏教へもっていこうとします。

簡単に自分なりの思いを発するのです。

「仏教は本当の自分自身とであう道なのですよ。

もっとわかりやすく言えば、本当の自分自身と出会うとは人間的完成を目指す道であるとも置き換えてもいいです。」

何やらそのあたり色々な譬えを出したように思います。


次の質問は確か

「遍路に来られる方に様々な宗教の方もいます。問題がないのでしょうか」


「仏教と出会うことにその方の信じる宗教はなんでもよいと仏教者は言います。何故に問題ないのか、先ほどのことです。人が本当の自分自身と出会うことつまりは人間的完成を目指すことに出会うということに出会うことに一体何の問題があるのか、何の問題もないと思うのです。だから遍路される方がどのような宗教を信じていようとも問題がないはずです。」

遍路と仏教の言葉を交錯させたり、同一化したり、(隙あらば)仏教と自分自身や目前にいる方も巻き込もうとします。

取材をする二人はまだ高校生でした。

「怨みをもつことも悪く無いです。苦しむことも時には必要です。悲しむことも、必死にもがくときだって必要なことも出てきます。私はよく迷います。その時私はあゆみをとめてどっちを向いたらいいのかどこに一歩踏みだそうとしているのか、その場で立ち往生していることは多いです。
遍路は考えても考えなくても一歩すすめば先に進みます。前にさえ少しでも歩けば先に進みます。
あれこれと私の様に考えこむよりそれはどんなにかシンプルで物事もうまくいく道を示している。そのように思います。」

なんてまとめればそんな感じのことを答えていました。

先日から人と話をする機会が少しあって、その度にその話す人に自分を見ます。その人が喜べば私も嬉しいし、その人が迷いが無くなれば私も迷いが無くなるなんて思うことがあります。

「他者を害うものは、自らを害うものですと仏教者言います。あなたが友達にひどいことをすれば周囲はそれをみてあなたは悪い子だと自分の行為によって自らと他者両者を害っていきます。目前の方を大切にすれば皆がいつかはわかりませんがきっと喜ぶ、私はそう思います。」


本当仏教好きでオヤジな変わった人をまだうら若き乙女という鏡に映った何かを見てしまうのです。





「またお会いしましょう」

苦手

 日がよいせいか、朝から夕方まで時が過ぎるのが早く、それでいて落ち着いて過ごせる日でした。目が回るほどでもなく、ほどよい忙しさが続いてくれることが有難く、それを有難いと思う人といればさらに有難く、そうでない人といるときは面白くないなんて要素が増えていきます。

「この人といるとおもしろい。」そんなとき楽しいときです。仕事がしんどくても何故でしょうか楽しいです。つらいことがあってもつらさが和らぎます。

「この人がいるとおもしろくない。」そのように思えば思うほど、仕事がしんどくなくても何故でしょうか楽しくなりしんどくなります。つらいことがなかったのにつらくなります。もっともその人のせいでなくて私がそう思いを発したり壁のようなものを作ってしまうことに問題があります。

「好みの人にだけずっと傍にいてほしい」

そんな都合よすぎることばかり通るはずもありません。そんな時は些細な善いことがあれば喜んだり笑うことにしています。敵意を出してしまいそうな自分の心から敵意をなくさねばと平静にもどらねばと考えます。おかしな話です。平静の状態は意識していない状態がでているのに平静を意識して出そうとか、まあそんなとき迂闊なことを言わないように黙り込む私を見ます。

相手がおもしろくないのではなくて、自分がおもしろくないから喜べないなんて思うことも多いです。

あれこれ考えだせばきりもないときは、身体を動かす雑用がもってこいです。変なことを考えるくらいなら役に立つ雑用で体を動かす。それも見当たらないときは役に立つ善いことを考えようとします。本当その人のことが私は苦手なのだと、そんなことを考えている時の自分を見れば思うのです。




もっともそんなことを考えたり、黙り込む私を前にしたら相手だっておもしろくないだろうなあ・・・

おかみさま

 残業などで暗くなってから家路につく途中、太鼓の音が聞こえてくる方を向けば、獅子が舞っています。

この時期御祭りのために、獅子保存会の人たちが練習を重ねているようです。先日徳島市へ行った際に軽トラの荷台に御神輿(おみこし)が乗って傍に天狗も座っており、前のトラックには太鼓をたたく人が乗っていました。

「けいくん、おみこしだよ。ほら赤い顔で鼻の長い天狗も座っているよ」

「てんぐだ!」

天狗のお面とセットである長い髪が、風に揺られ趣がありました。昔は軽トラでなくて人が担いで荷車引いたりしてたのだろう。なんて思いながら軽トラで運ばれる天狗と御神輿をしばらく見つめていました。

ところによれば、天狗ではなく鬼がおまつりにでてくるところもあります。長崎では龍踊(じゃおどり)など、大きなひきものをまわすところもあるし、それぞれ違うのだけれども「おまつり」だと納得します。

お神様へ奉納する。

あの天狗を見れば言葉にならない何かを感じたり納得したり、写真やテレビなどで見るのではなく直接見れば何かを感じます。



言葉にならないことは多いです。



小学生の頃、西遊記が大好きで特に孫悟空が大好きでした。神通力を使い妖怪や悪龍や神様などを倒し天竺へ向かうという不思議な物語。読書感想文や絵を書いたこともおぼえています。

最近西遊記のモデルである実在の玄奘法師の書「大唐西域記」の和訳上下巻を読み終わったのに腑に落ちない私は、玄奘法師の弟子が書いた「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」の和訳を読みながら唐を出発し熱砂のタクマラカン砂漠や万古風雪のパミールなどを越え、各地の諸大徳(優れた仏教者)を尋ね、インド(天竺)に到着し、今お釈迦様の悟られた場所、ブッダガヤの菩提樹下に辿り着いています。

釈迦が覚りを開かれた場所は菩提樹下の金剛座であり、世に信がうすれてくればその金剛座も見ることが出来ない。何年も生命をかけて辿り着いた釈迦が覚りを開かれた場所で金剛座を見ることが出来ず、「その場で玄奘三蔵は泣き伏したと」書かれてありました。

玄奘三蔵を迎えた数千人の人達もその泣き伏す姿を見て、同じように涙したとも書いてありました。


(その詳細はまた記します。)

芸術の秋

 職場で知り合った方は絵を描くことが趣味でした。時折その方の所属しておられる会の展覧会の絵を見るという大義名分で家内と私は展覧してある素敵なお店に行くことを楽しみにしています。

その知り合いから、最近手紙が来ました。徳島県展の招待状二枚と入選したとのお知らせ。入場券は大人一枚800円そんなに安くないのにわざわざ2枚入っていましたので、お休みをいただいた本日観覧してきました。

徳島県展が何度も開催されていることは知っていましたが、実際に見るのは初めてでした。徳島の駅前あわぎんプラザホールにて展覧ですので、徳島駅のすぐ前ということです。私は田舎育ちですから、徳島市の駅前とかあのあたりはそんなに好きではないです。車の往来は多いし、駐車場代がかかるところばかりだし、時折一方通行のみちはあるし、いなかものに都会は緊張する場所です。といっても徳島市は大阪などと比べればそんなに都会ではありません。絵から話が遠くなりました・・・
(チケット2枚と一緒に駐車場一時間無料のチケットも同封されていました。至れり尽くせりです。有難うございます。)

まあ少し戸惑いながら無事に駐車して会場へ

さすがです。会場が広いですから、絵だって県展の絵はどれもそれなりの大きさですが、会場とその絵のバランスがあっているため一般の家に入れれば大きいと感じてしまうでしょうが、自然な大きさです。

知り合いは絵画専門ですから、どこにあるのか楽しみで一つずつ見て、一枚の白紙からその人それぞれの感性というか個性というか主張であったり自然な存在であったり違和感を演出してあったり、日常に存在する一瞬をそこに描いておられたり、流石入賞されている方の作品は私みたいな素人感はなく、ここがおかしいのではなんて思うところがないといったどれもバランスが凄いものばかりです。

ただその中でも紙にかかれているのに、存在感を放つものや印象に残るもの、紙に書かれているとおもえないくらいに作品に何かを奪われるものもありました。

プロの方の絵もありました。プロと趣味の域の差とはなんだろうかなんて考えても、技術の平均的な高さだろうか、作品の存在感の濃さだろうか、まあ無粋なことより気に入ったものならなんでもいいか・・・

なんて芸術の秋を満喫できました。

工芸の部では友人の知人が藍染の着物で素晴らしい賞をとられたものも拝見させていただき、写真展ではじっくりみたかったのですが「けいくん(4歳)」の集中力がもうきれてしまい、絵画はじっくり満喫できたし、工芸と写真は少ししか・・・

ただあの子の存在は他で私をいつも助けてくれますからプラスマイナスでいうとプラスが突出しているから問題ではなく有難いこと。

人と仲良くなり、その人の個性や趣味・思考は新しいものをもたらしてくれます。私の考え一人だけでは狭く小さく硬く苦しくなりがちです。

昨晩も招いた知人というか後輩というか、夜遅くまで話をしましたが、あの方にではなく私に足らないものを見てしまいます。ただそんなことより素敵な出会いに乾杯です。

また良い口実ができたので芸術の秋の余韻を受け、夜長を楽しむのです。

裏切らないこと

 何故でしょうか、変化のない日常というのはしばらく続くときが多いです。

ここのところ少し変化に富んでいます。といっても私は変わらず職場と家の往復ばかりなので動きに差はあまりありません。日々見ている景色は変わり映えのないものです。

変わり映えのしない景色に変化が加わるとき、気候や人との出会いはその最たるものだとあたりまえのことを最近実感しています。

あれは確か大学が終わって一年また専門の学校が終わった直後24歳の頃であったように思います。その時長崎の自宅へ母の友人である人の子供たち三人が長崎へ子供達だけで泊りで遊びに我が家へきていました。

しっかりものの長女、面倒見のいい賢い長男末っ子で次男のわんぱくで甘えん坊の次男の三人、母や姉の提言で彼等と私の広島の友人や姉と一緒にハウステンボス観光に行った素敵な思い出があります。大人と違い新鮮なものをみれば純粋な子供たちの反応やはしゃぐ姿、抱っこして一緒に写真を撮ったこともはっきり覚えています。

職場へ出勤し、ばたばたしていましたが少し落ち着いて、机に向かっていれば窓口に

「お久しぶりです」

背が低めの私よりだいぶ大きくなった若者が私へ丁寧に挨拶をしてきました。自己紹介をして納得、あの時一緒にハウステンボスへ行った子供達の内の一人、長男さんが徳島の私の職場へ訪ねてくれました。自然に「大きくなりましたねえ」と声が出ました。

走馬灯のようにあの時のことが蘇ってきました。一緒にお風呂へ入ったりドライブ道中騒いだり、とても楽しかった思い出です。私と広島の友人だけではあのように楽しいハウステンボスの思い出や我が家の思い出にならなかった、あの子たちがいたから楽しかったこともはっきり思い出しました。懐かしい話をしばらくして

「今日は宿は決められているのですか」

彼はこれから野宿しながら四国遍路をされるということでたまたま近くにいた私のところにも挨拶に来たようです。


皆の予想を裏切らない私です。


「最初にでは(おしつけがましい)お接待をしたいので家で泊まらないですか」

「有難いです」


成立です。



お酒を飲んでいいという口実としては上出来な話です。



私は(その辺だけは)期待を裏切らないのです。

答えが出にくいこと

 全国的にというか、世界的にどこかの議員の不祥事が明るみにでて、私が住んでいる徳島県でも不正支出が問題になっており、議員の方や事後の対応などがテレビなどで報道されている。
不正支出などの悪い問題、別にそれは最近だけというわけでもなく、ただ(過去も現在においても)表面化していないことも沢山あるのではないかと思うことがある。

誰かが自分が傷つくことを恐れずに表面化させる。割とその誰かにはなりたいとは思いにくい、私も天涯孤独のみであればとか職を失うことになるのではないかとか家族のことを考えたりしなくていいなんてことがあれば率先して手をあげれないと考えてしまう弱い自分を見てしまう。

ただ他所の不正を見れば、自分がしていなくても普通の人ならばより一層襟を正そうとする人も多いと思っています。



誰かが気になることを言っていた。

「ほら、よそでこんなこともあるから、うちではこんなことはないだろうけど気をつけないといけない。」と

『気を付けようと思う人・気を付けている人・少しは私もそんなところがあるのではないかと思う人』という人達は、しっかり聞いており、気を付けようと思う人も多い。


していることは違うけれど、その悪いことをしている人と同じような人に限って

自分の身におきかえることを少しもせず、「こんなことをしたらいかん」とか「死んでからその人はいいとこにはいけん」など他人事の言葉を発し悪いその今問題になっている人(のみ)を非難し、自分がしている悪いことは存在しない(していない)かのごとく、他人にだけ厳しいことを言うと・・・

「どう言えばその人に伝わるのですかね」

善いことであれば直接言われるのも比較的好まれるけれど、悪いことをしている人は自分の事実を突き詰められると、できてない人(悪い人)であればあるほど、悪いことをしていると追及した人を不遇な目にあわせたりするから・・・

「うーんどうしたら」その時一緒に悩むだけで私にはその答えが難しくてだせませんでした。

けれども暇な時には似たようなことで違うような同じようなことを考えることがあります。


手におえない。体力がついていかないことにより、目前の仕事が以前よりできなくなっている。その人にとっては簡単な話です。
おえないものは背負わなければいいし、相手に跳ね返せばいいといったシンプルな話を聞くことがあります。日に日に歳をとっていきます。荷物を背負いにくくなっていく確率も増えます。誰かに頼めるのにあえて頼まず、かといって片づけれない自分の現状を認めず、相手にきりつけと押しつけだけ発生させ続ける。
「困れば騒げばいい」そうすれば誰か近くにいる優しい人が自分が持たなければいけない荷物を持ってくれるから。

「(自分は努力しないしめんどいことはしたくないから)私を助けて」( )内は前文省略的につかわれています。


悪いところばかり見たり聞いたり考えたりしていると、割と私の心はすさんでいくので・・・

逆を考えてみます。


「成長したいと思っている人・善くありたいと願う人は、例え話でもわがことのように聞いてくれる。」





「可能性や望みがある人と共に頑張ろうではないか」





うーん、これだと良いような悪いような

特技

 久しぶりに遍路の続きへ行こうと本日計画をして休みをいただいていました。

予定通り台風のため強風と大雨です。おかげさまで外出するような雰囲気でも天気でもないために、ゴロゴロ寝続けていました。

台風だからどこにもいけないからしょうがない。という空気を利用できて睡眠時間を稼ぎ、夜になった私は元気です。ただ寝て何かを食べたとかしか記憶がありません。

賢い子供達、連休の最初は家内の祖父母の岡山へ泊まりに遊びに行っていました。遊びすぎたのか3日分の宿題とやらなければいけないことを台風のため出歩けない今日のためにとっておいたようです。美味しいものは最後に残すことが好きな子供達です。

あの子達朝起きてからお手伝いと溜まった宿題とやらなければいけない課題とご飯ですでに夕方が過ぎており、今は近くでまたゲームなど遊んでいます。「けいくん(三男坊)」は私のそばで割りと一緒にゴロゴロしていました。これから夜にかけて余った力を発揮していくのでしょう。家内は私へ先に寝ますと宣言していました。

家の中で五人がずっといれば少し空気が煮詰まっています。ただ外は大雨と強風、寝て全てを忘れ、その間に体力を使っていた人と蓄えていた人の時間を交換。

私の特技は何歳になっても何時間でも寝れるということ。家内は相変わらず不思議な顔をしています。

「昼あれだけ寝たのにどうして夜もあんなに寝れているんだろう」

「ふふふ」

私は人より寝ることが好きです。長い時間寝れます。長い時間寝ないとどうも駄目とも言います。

私の過去を知る人の中に、「よく寝るやつだ」または「(気がつけば)いつも寝ていた」と思っている人もいます。それも事実。


たまには覚めたところもみせないとね・・・


思い・忘れ・思い出す・望む

 煩悩が激しく燃え盛る状態を 「燃えている」と短くあらわすこともあり、反対に煩悩を滅し尽くした状態を「消えている(状態)」これを涅槃・(ニルヴァーナ)とよんでいる。

燃え盛る3つの炎として代表的なものに貪瞋癡(とんじんち)あり、経には

貪(むさぼ)りの起きるのは、気に入ったものを見て、正しくない考えをもつためである。瞋(いか)りの起きるのは、気に入らないものを見て、正しくない考えをもつためである。愚かさはその無知のために、なさなければならないことと、なしてはならないこととを知らないことである。邪見は正しくない教えを受けて、正しくない考えを持つことから起きる。
 この貪りと瞋りと愚かさは、世の三つの火といわれる。貪りの火は欲にふけって、真実心を失った人を焼き、瞋りの火は、腹を立てて、生けるものの命を害なう人を焼き、愚かさの火は、心迷って*仏の教えを知らない人を焼く。
『仏教聖典』(仏教伝道協会)より抜粋



*仏:(仏陀・Buddha)ぶつ
梵語の「さとれるもの」という意味の単語を漢字に音写したものが「仏陀」でその省略が「仏」であり、「ほとけ」とも読ませる。普通「覚者」(かくしゃ)・「正覚者」(しょうかくしゃ)と漢訳され、もともとは、仏教の創始者である「釈迦牟尼仏(ゴータマ・シーダルッタ)」を指した。仏教の目的は、各人がこの「仏」の状態に到達することで、その手段や期間等の違いによって宗派が分かれている。
 大乗仏教の場合、歴史上の仏である釈迦牟尼仏の背後に、種々な永遠の仏の存在が説かれるようになる。例えば、阿弥陀仏・大日如来・毘盧遮那仏・薬師如来・久遠実成の釈迦牟尼仏といった仏が、各宗派の崇拝の対象とか教主として説かれている。 なお日本では、死者のことを「ほとけ」とよぶが、これは浄土教の「往生成仏」思想の影響で、死者が浄土に生まれ、そこで「仏」になるという信仰に由来する。
『仏教聖典』(仏教伝道協会)より抜粋




キリスト教にある神と仏教における仏の違いが明確にここにあらわれている。

絶対唯一の存在である神。人間やこの世界をつくりたもう神、何故にこのような不公平で理不尽な世界をつくりたもうたのかと神へ問を発する人も多い。

仏とは前述のようにその身に真理をあらわした人のことをさしている。たとえ全方位に光を発していなくても、その身に証している一面が真理をあらわし、それを感じることができる人は「あなたは仏(のよう)だ」と声や声なき声として出現している。

その優しさを古来から「観音様のようだ」や現代でも「私にとっての天使」や「それはブッダの言葉に違いない」など耳にする。

私達に身近な月にもたとえられる。

月は雲によって隠れることはあるが、それによって汚されることはない。台風がきたからとて月は無くなりもせず害いもしない。すべてのものに仏性(ぶっしょう)あり、仏性は仏になるための種、各人がそれをどう育てるか、種を見つけることができるか、種をみつめることができるか、大きく育ち種が大木になれるか

(自らの心が生じさせることに)ふりまわされるのではなく、自らの心の主となれるか。


仏教者は、どこの世界で生きていようとも、キリスト教やイスラム教やヒンドゥ教などを信じていようとも、仏教と出会うことは自分自身を知り、人間的完成をめざすことに出会うことであるから、信じる宗教の違いは何の問題もないと言う。




ただ燃えるという言葉、悪いことだけに使うわけではない。


「この生命のきらめき、まばゆいばかりに燃える生命、赤子の生命力、

その人なりの真理への探求という情熱を誰よりも燃やしつづける。」



私の生命、今も燃えている。吹き消せば私はどこへいくというのか

大切なあなたのいのちも、いま燃えている。




望め(いつも手を伸ばせ)ば、そこに(私なりのほんの一面でいいから)真理をあらわせる人でありたい。