名前を出す

自分だけの重荷を背負って何も見れないことがあります。

ただ大変な時でも、見渡せば同じ重荷を背負っているのに自分のことより他人を優先してできることをしている人がいる。

いつも困難が押し寄せれば、自分だけが苦しんでいるかのように狭い世界を作り出し、余裕もなくなることによって必要なことも受け取れない人もいる。

同じ重荷であるのに、自分だけが大変だと思い込んでいるのはその自分に他ならない。

その重荷を背負わず(受け取らず)周囲にいる人に手当たり次第に背負うまで背負わそうとする人もいる。
それもその人による。


「何故自分のことだけで、いつもいっぱいいっぱいになり、大事なことをまた見逃してしまうのか」

「何故自分のことなのに、周囲へむりやりに押し付けつづけるのだろうか」


私が私の内面へその問題を向け続けたとしても、現状特にその人たちに変化はなく、
ただその人が何かあればそういう人たちだということが事実として何度も残っていくだけ。




私もあまり変わらない。





重荷に押しつぶされるようになっているとき、短絡的な発言や行動が出現し、周囲にいる方を悩ませる。


言ってはいけないことを言う。


常に優しい方の言葉が重くのしかかる。


「何か問題が出現したときに、人の名前を出すことは絶対にしてはいけない。人の名前を出して言うのであれば誰もが何も言えない。
それは絶対にしてはいけない。(わかっていてしているのであればその人はどうにもならない。わかっていないとすればわかるしかない)」


「自分がしていること・したこと」を名前を出すことによって責任を転嫁させ、自分の負担を軽減させる行為になっているということを
わかっていない。



善いことを成した(後または)成している時に誰かの名前を出して、自分がしていることだけれども「あの人」が教えてくれたから(または)、私ではないんです。
あの方なんです。



使い方として、善いことは比較的受け取られやすい。

悪いことは(どういう理由であれ)
「現実逃避(負担の軽減目的)」「責任転嫁」「愚者ということの宣言」にとられたとしてもしょうがない。








気をつけていきたい・・・
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忘れたら

 小学生の長い休みも終わりが告げられ、新しい学期がはじまっています。

三男坊の「けいくん(四歳)」は夏の間しあわせでした。朝起きてから夜寝るまで、長男と次男がそばにおり、おでかけも一緒です。

子供は本当に誰かがそばにいれば楽しそうです。年が近ければ仲が良ければなおのこと、長男も次男も次男から6年はなれているからか、小さい弟には優しいものです。

誰だって優しい人がちかくにいれば思うことは同じです。

新学期が始まる朝

家内「今日からお兄ちゃん達は学校なのよ(昼間が一人になることを示唆しています)」

けいくん「にいちゃん、早く帰ってきてよ。」

長男坊「早く帰ってくるよ」

学校へ小走りで登校していきました。


小さい子は素直だから、言葉もこころも透き通って、その言葉と仕草に勝るものは少ないです。


久しぶりに合う若者を見て、近くの優しい方がぼそっとひとりごとを言われていました。

「謙虚な子だ。謙虚さを忘れていなかったら何処でも誰とでも問題ない。」

私は意地悪な質問をします。

「もし、忘れたら」

「話にならんようになる。本気で相手にしてくれる人は少ないだろう・・・」









(私にとっては本当に)他人事ではないです。

嘘や嫌味になるから

 気がつかないことは多く、隠したいことも多く、言いたくないことも多く。(言わなければいいことなんですけどね)

意外と自分では気がつかない自分に出会えば、それを喜ぶときもあれば、びっくりしたり、実は気がついているのに皆にそう思われたくないので目を背けていたり、色々あります。

自他共に認めることとなれば、隠しごとではなくなるから楽になることもあるだろうし、いやむしろ逆手に取り笑いに変えることもできるし、それによって自分の存在を良い意味で広げることも可能だと思います。

例えば

「私は人前にでるのは嫌だから」

いつもそんなことを言っているのに、誰か来たら気がつけばそう言っている本人が喜び嬉しがって前に出ている。まあそのことは別に問題でもない。ただ言っていることと行っていることが真反対だから、周囲は呆れていくだけになる。

むしろここは

「私は人前に出るのが好きだから」

そう言って前にいつも喜んで出てくれたほうがわかりやすい。好感も持てる。「いつも好きだって言ってるし、仕方ないね」と他に前に出たい人がいても割り切れる。

だからここは、自分が前に出たいと思うのなら「ここは私に任せて下さい」と宣言してほしいと思う。

何故そんなことを書くのか、それには理由がある。前に出るのが好きだから人が前に出ていれば気にくわないので、望んで出ていないのにこちらに、一言あったりするから面倒臭い。

目を背けず、楽しく、嘘がなく、声高らかに宣言すればいいのに、皆あの人面白いと言う人も増えるだろうになんて余計なことを考える。

地位肩書だって同じように思う。言いいたいし言うことが好きなら、普段から面白く使えば皆も楽しいのにと同じように思うことがある。


まあここは人のことより私自身を見つめなおし、私だって人に言われるから、そこは(時と場合を見極めて)声高らかに宣言しようっと

言えない(私)

 親はいくつになっても親で、子はいつまでたっても子。

70歳のおじいさんやおばあさんと呼ばれる人がいる。話を聞けばまだ親御さんは生きておられる。その方からすれば70くらいの方は子供、関係のない私からすれば70位の人は両親より歳上なのだから、その関係を聞けば「いくつになっても」という話はなるほどと納得する。

両親へ親切にする。孝行と言っていいかもしれない。孝行の子供ならば親なら誰でも嬉しいと思う。

私の近くにいる優しい方は、「生きているうちにできることはしておかないと」後悔の言葉ではなく、ずっと思いつくできること即座に行動されている。

その人を孝行むすめと呼んでも問題ないと思う。

その人をずっと見れば、「できることを(自分と相手が生きているうちにこそ)しなければ意味が無い。」


できることをしているのだけれども、少し動機が違う人を見かける。

何かあればできることをしているのだけれども、見るたびに私の心は喜ぶとは反対の方向の思いが生じてくる。どうもその方は何かをすればお金をもらおうという動機がいつも見える。

孝行に違いないのだろうけれども、目的が金銭だということがいつも見えてくる。いたらぬ私はそれは孝行ではなく親不孝ではないのかと思うことすらある。

実際は何もしないその人より、動機や目的がどうであれ孝行であれば両親は嬉しいだろう。


いつも優しい方は時折本音を言われる。

「今までお世話になった方が困っていたり病気になったりすれば、できることをやらなければ・・・。そうでなければ受けた恩はいつ返せるかわからないでしょう。」

私はその人を「できることを怠らず即座に行動へ移す人」と認識している。

金銭などの動機や目的のために、孝行をしている人がいても私は一向にかまわない。それで双方が納得しているのなら誰もが口出しをすることでもない。

ただ私はそれは「金銭を多く受け取るための、アピールタイム」そう思うことがある。時折同じことを考える人達がそのアピール出来る場や時間を醜く奪い合うことも見かける。

私はそんな人に偉そうなことを言う資格もない・・・・。今まで何もしていないことばかり、今この瞬間だって孝行をしているわけではない。

ただ両者を見ていてそんなことを思うことがある。


何でも形から入るというからいずれ続けていればそれは本物になるといういいお話もある。
(長谷川正徳先生のちょっといい話

簡単な話

 誰もが返答にこまることに、妙に納得のいく答えをいつも即答される方がいます。

そんな方でも、返答に困ることを見かけます。

言えば洒落にならず問題が余計に悪化するようなこと、事実を言ってしまえば悪くない皆の立場が悪くなってしまうようなこと、呆れて言葉を失うようなこと

それでも私は気の利いた返答があるのではないかと思うことばかりでした。

友人が「何も言わないということが正しいということもある。」といったような内田樹先生の言葉を何度も思い返します。

嬉しくて仲良くなりたくて話をしているのに要らぬ話をしすぎてしまい距離が余計に開いてしまう。知りもしないのに知っているかのように話してしまいまた距離は開く。簡単な事を長々と説明しすぎまた離れ、自己満足にとらわれ更に遠のいてしまう。

ただ頷いてしっかり聞けばそれでいいことも多い。

簡単なのに簡単にいかない(私)


「とんでもない(悪い)ことを唐突にされたり発言されたりすれば、言葉を失う」

私はよくそれを後になって「意味がわからない・・・」と言葉にしていることが多い。

時折とんでもないことをして、誰からも何も言われ(反論が)無かったので私は悪くない。」と態度や言葉にしている人も見ます(悪いことをしたのに気づいてないとき、理解できていない、知らなくてだった私も含まれます)。

他にもその方の地位・名誉・職業・人前だから・お金・親などの権力があるから、何も言わないことは多いです。

知らなくて、気づいてなくて、悪意がなければまだましな時もあります。


知っているのに知らないふりで(利用して)は、更に言葉を失います。

「言われないから、私は悪くない」

皆の声なき声を聞こえているのに、聞こえないふりする方を見かけます。


私のできていないところ、愚かな自分自身によって作り続けてきた変えられない過去、知ろう努力をしないところ、目先の楽にすぐ向かおうとしてしまうこと。どれも消せません。

ただ声と声なき声は聞くように努めていきたいです。


簡単な話


聞こえているのに聞こえていない振る舞いがあの人のように完璧に私にできないから



(素晴らしく善いことが目の前に来て言葉を失う。その反対で言葉を失う光景をあまりみたくないから)

本当にわたくしごとだな・・・

 自分のことはしっかりしていないのに、そんな大事なことを忘れて誰かのことを心配したりする。

 「貴方自身はどうなの」

それが困ったことに、私自身は言うに言えない状況だとか、気がつけばそんなことがよくあります。

自分は出来ていないのに、今までのことを振り返れば、本当に困ったときに優しい人達を私は大切な人(真の友)だと思っています。

なかなかどうして、その大切な人たちに「自分は何かよいことをしているのか」と問うことは多いです。

その答えに「私はよいことをしているから何も問題ない」なんて思えることは皆無で、もし言っているときがあれば勘違いをしているときくらいでしょう。

気がつけば楽しくありたい。そう願いながらも、悲しみに浸り、そうかといえば笑っていて、感動して泣いてみたり、自分がしてきた愚かなことを何故したのかと悔み泣いてみたり、笑ってみたり、たまには真面目であったり、お酒をのんでみたり、仕事もしてみたり、楽しくしていたり、お酒をまた飲んでいたり、オヤジギャグを言い続けていたり、一人で思い出し笑いをよくしていたり、趣味(アニメを熱心に睡眠時間を削ってまで誰にも頼まれてもいないのに見てみたり・ゲームを楽しみまくってみたり)に没頭していたり、泣いてみたり、笑ってみたり、(これも誰にも頼まれてもいないのに)ブログを毎日書き続けたり、子供とじゃれあってみたり、嫁とじゃれ合おうとしてじゃれあってくれなかったり、笑ってみたり、たまには真剣に考えてみたりしています。(これは書き続ければずっと続きます)

基本なぜか知らないですけれど、物事を悲観的にとらえる時間は短く、(周囲の)人が驚くほどプラス思考です。

けなしてもプラスにとってみたり、褒めてもプラスにとってみたり、あなたに言うんじゃなかったと思われてみたり。




書くことが思いつかなければ、自分を見つめてみます。悲しい時は悲しくなりますが、今は楽しい自分が見えます。

いよいよ

 梅雨が明けたと思っていたら、あっという間に八月になりお盆も無事終わり、さて何がいよいよなのか
小学生の子供二人の夏休みがそろそろ終わり、つまりは終わっていない宿題があれば必死にやるしかない状況、さすがうちの子供たち、宿題も計画的に行っていたようで残りは少ないと二人は言っています。

何の宿題が残っているのか聞いてみると、それぞれ模造紙に自由研究したことを書いて提出することが残っています。
「面倒くさいから残ってたな・・・」とか長男に言ってみると、「違うよ、こんなの楽勝だから」いつでもできるから残ってたと言います。今六年生、確か去年かおととしに実験などを相当手伝った覚えがありましたが、今年は一人でてきぱきと進めています。
小学4年の次男はちっとも進んでいません。ただ理科の実験の本を読んで自分がやりたい実験に付箋をつけ、どれをするかは決めていました。
問題は小学校の理科室のように我が家には実験道具や材料はありませんから、費用も安く済みできるだけ身近な物を使って実験をまとめることに、次男坊が言うにはPH試験紙を使っていろいろ調べたものをまとめたい。

問題はPH試験紙かその測定機械を手に入れるか、近くの大きなホームセンターに行って店員さんに尋ねてみましたが、リトマス試験紙しか売っていませんでした。
熱帯魚のコーナーに簡易的なph測定キットが売ってありますが、実験には少し不向きだから却下と・・・

なのでリトマス試験紙を使った実験に切り替えました。

すぐ近くのスーパーに行き、ビールと炭酸水とりんごジュース・オレンジジュース・グレープフルーツジュース・アセロラドリンクなどを購入、実験にはちょっとしか使わないけど一本100円ちょっとだしね。

さっそく紙コップを用意して、それぞれにマジックで何を入れるかをまず14個ほど名前を書いています。

画用紙に青と赤のリトマス紙を綺麗に貼って上に名前を書く表をこしらえ、実験開始。

ガラス棒で2・3滴垂らすと書いてありますが、ガラス棒はないのでお酒などを混ぜる金属の棒(マドラー)で代用、一つずつ青から赤へ、時には赤から青へその変化に興味津々、「もっともっと調べよう」、段取りよく私は横で助手をつとめます。
「先生、次どうぞ」照れくさいのが3分と興味が7分、「どう?面白い」「うん面白い。もっと何でもいっぱい調べよう」
いやいや、これから表にまとめて写真を取り模造紙に下書きをして、清書しないとだから調べるのはこのへんどとめとかないとね、石灰水は園芸用の石灰を紙コップに入れ作成、これはさすがに飲めません・・・。


アルカリ性は青いリトマス紙は色が変わらず、赤いリトマス紙が青色に変化します。酸性は青いリトマス紙が赤に変わり、赤いリトマス紙の色は変わりません。中性は赤いリトマス紙の色は変わらず、青いリトマス紙の色も変わりません。
大人なら色の変化というより、酸性の字から炭酸水やすっぱいものなどは酸性が多いと知っています。アルカリ性は石灰水やアンモニア水です。


結果その辺りにある飲み物を調べましたが、酸性か中性ばかり、アルカリ性のものはありませんでした。

調べ終われば、残りは楽しく子供たちや家内とおいしく飲んで、実験という口実でドリンクがいっぱい飲めることもたまにはいいものです。

長男も次男も、私がこれを書いている後ろや隣の部屋で一生懸命模造紙に清書しています。全部宿題が終わればこの夏あの子達は割りとお手伝いをしてくれましたから何かいいことをしてあげたいと思います。

長男坊はペットボトルロケットを自作し、何回踏んでどれだけ飛んだかしっかりと記録し結果をまとめています。二人共大きくなったと思いました。

快晴のち雷雨

 天気予報は雨、外は久しぶりに昼過ぎまで快晴、昼からどんどん崩れていき天気予報どうり雷雨となり、この夏例年より雨と雷が多いように思っています。

毎日晴れていれば、照り続く太陽もたまには曇ってくれればとか、夕立が来てくれればなんてことを気がつけばどこからかもってきて、そのうちそれも忘れています。

目前にある用事を一つずつ片付けてはなにか新しい用事が出現し、優先順位どおりにかたづければ後番のものは、落ち着こうと思う時にやらなければいけないことを思い出し、一つずつまた片付けていく間に時間が過ぎ去り、片付かないものが残って忘れたくても目前に見えないけれどあるのです。

 いつも優しい方を困れば私は眺めています。やはりどのような方でも困っていればできることを惜しまず、その実行に移るスピードが誰よりも飛び抜けています。

私はそれを眺めながら、自分にできることは何だろうかと考え、その人から遅く動き出しています。

「もっとスピードを・・・」

物事が終わってから、次の課題として残っています。


誰にでも優しくできることをしていれば、助かった人(背負っている重荷が減り)は少し安心に近づいています。助かった人は「ありがとう」と言ったり、態度で示されています。


私もいつも助けられてばかりです。

だから余裕ができれば(理想は余裕が無い時は特に)私だってできることをと真剣に考えます。反映が少ないことが課題となのです。


とある人を見ます。

その方もいつも他の人よりも多く助けられてばかり、無事問題が軽くなったり解決すれば「ありがとう」と言われています。ただその後少し変わったものを見ます。

自分はいつも助けられていて感謝しているのに、常日頃から周囲を安心させるどころか自分で背負わなければいけないことを人に押し付けてばかり、自分が少しでも不安になれば、手当たりしだいに助けを求めています。優しい人は何度もそのようなことが続いたとしても、変わらず出来る事をしています。

人が違えば考えも行動も違います。

けれど私は「何故自分が何度も何度も助けられて感謝しているのに、いつも自分は助けるのではなく困らせてばかりなんだろう・・・」私ではない人のことをいくら考えてもわかるはずもないのに、また同じことがあれば考えてしまいます。

「ありがとう」

自分が発言したその意味をその時は確かに理解しています。


いくら考えてもわからないから、いつも優しい方へ質問してみました。

「有難うの意味をその時確かに理解しているのに、何故自分の番が回ってきたときに逃げるのだろうか、何度も何度も皆が何かあればできることをしようとしているのに」

「忘れっぽいんじゃない。

どうであれ

できることはしないと」




目前のことで動揺してばかり、以前よりできることを素早く行っていきたいです。

あたえる

 最近の(その人の)流行なのかもしれない。私の近くで「あたえる」という言葉を力説している人がいる。

力説する人の言葉の意味をしっかりと私が理解できないから、よくそのことで激しく口論になることもある。

ここでその人はハリール・ジブラーンの言葉を見て深く共感したのか「与える人がいるから、与えることができる。与えている人自身が偉いのではなく、与えれる人がいてそのことに心が喜んでいるんです。」みたいなことを本当に力説している。

まあ確かに「あたえる」という行為は素晴らしく、仮に二者に分ければ「あたえる人」と「もらう人」となり、それぞれが存在しているからこそ「あたえる」という行為になる。

私はこの「あたえる」という言葉の意味を理解できず、口論になる。目前の優しい人やお世話になる方に何かしたいのに何もないときに、そりゃできるだけのことをするけれど、素晴らしいものをあたえたらいいって偉そうじゃないか、といった解釈を持ってしまい、相手と意見が衝突する。

一例をだしてみる。

我が家は五人家族、私と家内と子供3人、その中で仕事をしているのは私一人、つまり我が家の経済状況を支えているのは私となっている。

ここで次のような愚かな私が時折でてくる。

「私は嫁や家内を養うために稼いでいる。(だから偉いんだ)」

本当にそんなことだけ思っているときがあるからどうしようもない。

子供は働くことが仕事ではない。子供は子供らしくいてくれることこそが仕事、家内がどれだけ家事・育児などに私より時間をかけていてもお金は稼げない。しかし私より一生懸命家族のために自分のことは二の次にして日々できることをしている。

私は家内がいるから、夫なのであり、子供がいるからあの子たちの親となれている。そこに、何かあげたか、あげれていないか、したのか、されていないとか、細かいことはどうでもいい。
ただ目の前にいてくれるひとたちに感謝し、私の悪いところは反省し、何かできることを行っているかどうかだけが問題となっている。相手がいなければ何かをしてあげたいと思ったとしてもどうにもならない。

恩着せがましい私は

「(お父さんが)買ってあげたんだから敬いなさい(感謝しなさい)。」

「自分だけが働いている(から偉いんだ)。」

変な思いを自分で作り、よこしまなものにとらわれている。



もう一つ例をだしてみる。

国の統治者が無謀な国策や高い税金を課し、言いたい放題やりたい放題であれば

「国王は国民に対してあまりにも無慈悲だ。」

そう告げる人もいるだろう。

慈悲の反対である無慈悲も万人に理解されその人たちの中に存在している。

時折素晴らしすぎる完成された慈しみの行為は、仏の大いなる慈しみとしてあらわされ、それを「大慈」とよぶ。小さいからといって各人の心の中にある慈しみが負けたとかいうものでもない。比べる必要もない。ただ私のような愚か者は見誤って区別しようとして彼が言っていることを理解せずむきになって反論する。

「あなたの慈しみは小さい。」

そんなことを言って何になるというのだろう。



私の近くで「あたえる」という本当の意味を力説している若者は、私に「大事なことを見逃している」と示しているのかもしれない。


彼が若者だからといって、否定しようとかケチをつけようとか思わず、認めること、よく聞くこと、相対にとらわれすぎている私をよく知ること、謙虚であることを教えてくれている。


「(彼に)礼を失ってはいけない。」









(ただ、生意気なことを言っている彼を見ると素直になれない私が出現してしまう・・・)

やっぱり

 突然友人が挨拶にたずねてきました。

どうも新しい道に飛び込むと言っておられました。

私は(過去のその時に存在している)場所から、見知らぬ道へ飛び込むことができませんでした。

「すべてを捨て、見知らぬ土地へ、誰一人私を知らないところへ」

大学時代に現実から目を背け悩んでいたとき、東京へ一人で逃げようと大阪までいって一泊し、結局私は元の場所へ帰りました。今はその延長線上です。

自分ができなかったからこそ、一歩を踏みだそうとする人が凄いと感心していました。

「まあ、気の利いたことも言えませんけど、また面白い話があったら酒でも飲みましょう。」

「そうっすね」

おしつけじゃないんですが、「頑張って」としか言えませんでした。

難しいことを考えすぎれば、考えるだけで時間が過ぎて飛び込むこともためらいがちになります。たまには勢いで飛び出すこともいい。私自身に必要なものだと人に会えば思います。

わたしは相手に話しているようで、やっぱり自分のこと、つまりは独り言のような話をしています。

「何で私は勝負していくか」

そんなことをよく考えたけれども、現実として形やお金になるようにはなっていない・・・

「生きる」

私なりに生きていく、ただ私(に偏りや固執とおしつけ)がありすぎれば「生きる」ということから遠く離れている。あるのにない私であれば生きることに近いと思うことは多い。

「(人ぞれぞれの)正しい(の概念)」

それと自分はどう向き合っているのか


本当気がつけば、そんなことを言っていました。


何故か「人の真剣な悩みや苦しみや辛抱や悲しみ重荷に対して自分がどう向き合い、何をするのか」と真剣に向き合う人の言葉と態度に呼応し、その人なりの答えを教えてくれます。


私はそれが好きです。


ただそれには私の真摯に向き合い何を成しているかが前提となり、私が足らなければ相手はそれに応じるものをだしてくれません(もっとも優しく親切な人は別として)。

常日頃からの課題です。

誰からでも素晴らしい何かを見いだせる私でありたいです。



やっぱり、悪いところが出ます。私は私のことが本当によく出てきます。

いつ咲くの

 7鉢くらい並べていた蓮は、先日の台風でも幸いなことにあまり痛まずにすみました。

私が住む近くにもレンコン畑がいくつもあります。鳴門も土地の名産の一つにレンコンがありますから、レンコンを植えてある畑をたくさん見かけます。

「ただ見るだけ」

(私は特に)見ていても見ていないこともたくさんです。

近くにあるレンコン畑のレンコンは台風で倒れたり、折れたり、葉も破れたり、相当傷ついています。いつもお世話になる農家のおじさんに「台風がくると農作物は大変ですね」すると「大体ダメになるな、もうダメになるからキュウリも茄子も痛むから全部(台風より先にワシは)倒したよ」と言っておられました。

「おっちゃん、近くの(レンコン畑の)レンコン(可哀想に)傷だらけだったな。」

「レンコンだけじゃない。稲も傷んどる。」

「そっか、(台風には悪いけど)いらんなあ」

(私の変な思いは)ともかく、雨と風は本当に強い台風は被害が多かったです。

蓮が何故台風(強風)であんなに痛むのか、育ててみて気づいたこともあります。種から出てはじめは小さい浮き葉です。浮き葉は風の影響はほとんどないです。水面より高くなる立ち葉から長いその茎と葉は風にあおられていきます。
竹のようにしなって多少の風は受け流しています。竹と違うところは竹ほどに柔らかくもなくしなりもまけています。竹との最大の違いは蓮の茎は太くなればなるほど固くなっていき茎の突起(とげのようなもの)も同じく固くなっています。
自分自身を守るための固くごつごつした茎が揺られ、近い蓮同士で傷めあい、結果レンコン畑のように群生しているところに強風が長い時間続けば葉も茎も激しく傷んでいます。

自分が育てているから、他の蓮も気になります。育てていないときの私は見ているのに何にも気にかけてないということを気づかせてくれました。

まだしていないこと、わかろうとしていないこと、聞こうとしていないこと、その他さまざまなことも多い(私)です。

そんなことを考えていたら、蓮がどれも大きくなったのを見て

「葉がとっても大きいし、立派だけど、、花の咲く買って植えたんじゃないの、これいつ花が咲くの?」

私が種を植える前からの計画も知っており、種を植えるときも見ていましたし、私が「今年は花は無理か、来年かな咲くのは」なんてひとりごとも何度も聞かれていました。

その方いつも皆に優しくできることをされている方です。そういえば先ほどの言葉を聞いてその方のいつもの口ぐせを思い出しました。

「人間は無い物ねだり、欲張りよ」

初めなにもない所に蓮を植え、小さい芽が出たらその方は喜んでいました。夏が来て本当に立派な蓮になれば、その方は我がことのように喜んでくれました。

しばらく経ってもっと立派になれば、先を願っていました。

「花はいつ?」

優しいだけでなく冗談も一流です。笑いながら私は「来年きっと」そう答えます。

ただ今年もあきらめているわけではないです。まだ暑い時期が続くから遅咲きの蓮なら咲くのではなんて淡い期待を捨てていません。

ただ気温は高くても、やはり朝日が昇る時間、日が沈む時間、日の長さ、段々と斜めから太陽が照りだしています。秋も近づいています。(大変蒸し暑いですけど・・・)

目の前におとずれるたくさんの出来事に戸惑うことが多い日でした。

初めての

 「我が家でバーベキューをしたことがない」

そんなことを家内が次男坊から直談判を受けた。何かの話の流れでそんな話になりました。

「何故突然バーベキューなの」

家内曰く、次男坊の友人が遊びにおいでと招待してくれので行ってきたら、お庭で小さいプールで水遊びとバーベキューをしてくれた。それが凄く良かったと、よく考えてみたら我が家で一回もバーベキューしたことないなんて話になったの。

「確かに子供たちが生まれてからしたことないね」

ということで、話し合い。

「お家の庭でしたらいいんじゃないか、その方が(私はお酒が飲めるし、移動も楽だし、すぐ寝れるし・・・)みんな楽じゃない」

「この辺りでお庭でそんなことしてる人なんていないから、ちょっとお庭は・・・」

(家内の承諾がもらえないことにはお庭は却下)

「ならどこでしようか」

「無料で場所を提供してくれるスペースが有るって聞いたことあるよ。少し調べてみる」

なんて話に最近なっていました。

この近くに(といっても少し車で時間がかかりますが)二カ所、いつも海に泳ぎに行ったりするのにお世話になっている広く綺麗な公園と海のある月見ヶ丘海浜公園と鳴門内海公園に貸してくれる場所があるという。

「なら月見ヶ丘へ行ってみて満員だったら内海に行くか、貸出してくれる道具以外は行く途中のホームセンターで買ったらいいか、食材も途中のスーパーで買おうか」

なんて計画を立てていましたが、休みだから朝遅くまで寝ていたら、折角の休日で予定がちっとも進まないことで家内の機嫌が悪くなっていました。(まあそりゃそうだ)

気を取り直して、家内の言うとおりに下ごしらえをして皆で出発。

ホームセンターで何を買うか、子供たちは興味津々、何せやったことがないからね・・・。炭と着火剤とトングと紙皿などを購入し、次はスーパーで食材を調達。

いざ公園へ施設利用の申請も無事に終わり、バーベキュー開始。新しい公園だから便利な施設も多く有料コテージもあります。(当然無料しか借りないけど)

炭の火をおこすように、うちわも幾つか用意していました。ただ公園は海際ということもあり、割と風も強く少しもうちわを使う必要がなかったです。扇ぐ力が節約できました。長男坊は楽しそうに炭をうちわを使って風を送ることを楽しみにしていたのに残念そう。炭に火をつけたり段取りをしている間、次男坊と三男坊は近くの人工的な小川で水遊びに夢中。

「アウトドアだからね私は、炭も火もバーベキューも問題ないよ」

家内は少しキョトンとしています。幼少の頃からお風呂も薪でご飯もかまどで毎日炊いていました。いつも小学校から変えれば山へたきぎをとりにいってお風呂をわかしご飯もたいていたもんです。

「炭は別なんじゃないの?」

大丈夫です。私の祖父は裏の自分の山を削りだしてなにをしているのかとおもったら土地の形をいかして炭焼き窯を作っていました。木を切って奥から並べ、入り口を土で塞ぎ、自分で炭を大量に作っていました。私は幼いころその手伝いをよくやったものです。祖父は炭をお米などが30kg入っているような厚い紙の袋に炭をつめて物々交換したり買ってくれる人には売っていました。おじいちゃん子だった私、おじいちゃんの部屋にはずっと大きい火鉢がおいてあり、その中の灰もわらを焼いてつくったり、一年中そこで鉄瓶でお茶を沸かして飲んだり、お持ちを焼いて食べたりしていました。

現代人として今はそんなことちっともしていないから最近の私を見たら、何も出来ないじゃないのかなんて思う人もいるかもしれませんけれど、鶏の餌を作ってあげたり、牛の世話をしたり、ヤギの餌を上げたり、ウサギの餌をあげたり、お風呂をわかしたり、かまどでご飯を毎日炊いたり、日課でした。

まあ長い説明ですが、炭はお得意です。

何の問題もなく順調にバーベキューも進んでいます。隣や前にいる若者たちはキャーキャー言いながら炭にも少し苦戦していました。ただそれも楽しみ、あまり上手に行き過ぎると作業みたいで楽しみもないし・・・

何故か私は炭などをやると楽しいというより、作業のような感じに思えてきます。

皆満腹になりましたから、炭も水へ入れて消化し、灰もすべて消えた後、掃き清め、もとより綺麗にして、道具もお返ししました。無料で施設を貸してくれるなんて素敵なサービスです。

どうやら子供たちに感想を聞けば三人共

「とても楽しかった」

「バーベキューもっかい行きたい。」

休みがあの子達とあえば、もう一度連れて行きたいと思っています。

青と白と水

 久しぶりに人前で話を割りとたくさんしました。

普通なら一日中喋っていてもなんともないくらいのお話し好き、普段と違うから変に力を入れすぎて話してしまい喉が少し痛くなるのに、その時は夢中だから力が余計に入る始末、困ったもの(私)です。

今日は格別蒸し暑い日で、気がつけばたらたらと汗がでます。私は事務仕事ばかり室内がほとんどですから外で働いてる方は比べることが出来ないくらい暑いでしょう・・・。頭が下がります。

日々思いもよらぬことがあり、それになんとかしないとなんて思いながら時が過ぎていき、一日が終わります。

まだ日も高く仕事終わりでも明るく青い空です。心に余裕があれば、空が青いことを感じ、青空に浮かぶ白い雲と空の色に心奪われます。

雲水という言葉、禅宗の修行する僧侶を呼んで「雲水さん」と言われる人の声を思い出します。

流れ行く雲、流れる水の如く、真理を求めつづけるようになんていう意味も聞きます。私はそれより違うことを考えます。

古人は長い間自然と共に生きてきました。雲ひとつない青空に雨がふることを知り、晴れ(青空)ていても少し雲があれば雲から雨がおちてくることを知り、手を伸ばしても届かないのだけれども、雲が水のようなものだということを知っています。水は足元の水たまりになっていたり、小川として流れていたり、稲を育てている田んぼにも水がはってあったり、池・湖・川・大河などに、最終には大海です。

「雲水」

雲と水、どちらも水であるのに雲は天高く、水は足元の水たまりにもある。


人も心が濁れば泥水のようにもなり、清流にもなり、大海のごとくにもなり、流れる雲のようにもなる。


あの「雲」と「水」と「青い空」


心に余裕があるときの私はそこに何かをみます。



余裕がなければ、言葉にあるように「しょぼんと、うつむいたまま、伏し目がち」など、空ではなく下方を見がち、だから私は何かあれば夜でも昼でも空を見上げます。


ただの現実逃避かもしれません。



ただ果てしなく高く広く青い空

星がきらめき、月がほのかに光る夜空



現実は変わらなくても心は少し広がります。


だから「上を向いて歩こう」という歌も全世界で売れたのかな、何てあの空を見て思います。
(悲しいことは何も無い日でした。)

めがね

 少しどんよりした空、青い空が好きな私、でもずっと青空ばかりであれば、そのあたりまえに飽きてしまうのかも。

積乱雲と青空、うろこ雲と青い空、ただの薄い曇り空、真っ昼間なのに「今はもう夕方なんだろうか」なんて思うような厚い雲に覆われ暗くなった空。

先ほどまで晴れていたのに、突然雨がふることが多い夏、洗濯物や布団を干すのに困る。

ただそれも困るけれども、夏らしくていい。

昨日思うとおりに家内とおでかけした。忙しい時期が終わってから買いに行こうと家内の誕生日プレゼントを一緒に、「けいくん(三男坊)」もお兄ちゃんたちと留守番させようと思ったけれども、お兄ちゃんたちとけいくんの要望から、けいくんも一緒に買物へ。

私は大学の頃突然視力が落ち、その頃からメガネを必要とした。正確には運転することがあるからメガネが必須に、コンタクトはその時から今も一度たりともしたいなんて思うことがない。ただメガネが好きと人にはいうけれど、実は目に異物を入れることをずっと怖がっているだけ・・・

あの人(家内)は出会った頃コンタクトをしていた。仕事をやめてから出産家事育児ばかりになって、メガネばかりになり、私と違って普段あまりメガネを書けないが運転や正確に視るためにはメガネは必要、お洒落なメガネを誕生日のプレゼントとすることにした。

自分のメガネを選ぶ時は、何か照れくさい。メガネを書けて鏡を見ることもあまり好きじゃない。自分の顔をそんなに人前でじっくり見ていることが気恥ずかしい。もっとも嫌なことは度の入っていない新しいメガネで自分の顔がぼんやりしか見えないので、鏡を向けられても鏡に凄く近づいてしげしげと自分の新しいメガネを書けた顔を視ることはどうも矛盾しているなんて思う。

だからいつもメガネを買う時は、家内にどうかある程度見てもらう。ぼんやりとしか見えていないのに、それでも好き嫌いやゆずれない思いが沢山メガネを掛けていけば出てくる。だんだんと飽きっぽい私は妥協してくる。

「これでいいか」

先日そうやって私も眼鏡を変えたばかりなので、家内を同じ店へ連れて行き、通きどり。

眼鏡の形も軽さも重さも作りも、遠目から見れば今までと変わらないように見えるけれど、華奢にみえるのに強度は上がりお洒落になっている。眼鏡が重たくないといけないと家内も私も思っていないから、できるだけ軽くそれでいて丈夫でさりげなくお洒落なもの、自然なままがいい。

あの人は何でも似合うから、私はそうはいかない。

ただ先日眼鏡を変えたというのに、職場で会う人誰も眼鏡の「め」の字も言ってこない。

あまりにも眼鏡を掛けた私が自然で格好がいいのか

私に興味がないのか

照れてあえて言ってこないのか





簡単な答え、そんなこと気にしてないんだろう(笑)


あの人は子供たちや家庭のために贅沢をしないから、たまには何かと思う。

聞いてくれる

 仕事が終われば、家内と子供達がいる場所へ帰ります。

ただ夏休み最中につき長男・次男・三男と主婦の家内はずっと一緒、三食のお世話とと朝から晩まで顔を突き合わせていれば疲れもあるようです。有難いことに皆元気だから、蒸し暑いことも原因の一つ、狭い屋内だけでずっといればそりゃもういきづまることもあるのでしょう。顔がつかれています。(注意疲れか・言うことを聞かないために怒ることにつかれたのか・蒸し暑くて疲れたのか・そのどれもがあわさっているのか)

私の休みが忙しいためにとれなかったのこともあるかもしれません。いずれにせよ、気分転換と休息、明日はお休みをいただきましたから、どこか気分転換へ行こうと思います。

思うようにいかないことがつづいたり、邪魔が入りすぎたり、ちっとも言うことを聞かない人がいたり、私もよく怒っています。

「大体普段なにもしないくせに、いい格好する時だけ前に出てきて、面倒くさいことは人に押し付けてばかり、それなのに前に出ることだけは大好き、前に出るならやることをやってくれ」

なんてよく怒っています。そんなことを人に言うもんだから聞く方もたまったものではないです。ただの愚痴ですしね。

善いことならもっと聞きたいでしょうし、面白いことならいいだろうし、楽しいことならいいでしょう。ただ言えば私は少し楽になっています。聞いてくれている人に後から感謝をします。もう少しその感謝を早めにしていきたいです。

「聞いてくれる?」

自分勝手な私は聞くことが本当に駄目です。ちょっとずつちょっとずつあの人のためでもあり、いや結局は自分のためになるから話すことを捨てるのではなくて、聞くことを大事に大事にしたいです。



聞いてくれる人には皆が感謝するから

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思い出し、思う

 夏にお盆があり、お盆といえば夏で、夏といえば蒸し暑く、とにかく雨が降っていたとしても蒸し暑く、台風の影響だったのか、気圧配置がたまたまそうなったのか、今日も水害で困っているところとはお構いなしの雷雨

雨の多い夏です。

私は屋内で仕事ばかりですから、それほど天候に左右されないことは有難いです。ただ訪れる方はそうもいきません。傘やカッパ足元に気をつけないといけないことは面倒なことの一つになることもあります。

今日でこの辺り(地域によって日程は差があります)のお盆も終わり。

私はお盆は良いイメージが多いです。私が生まれてから祖父しか亡くなっていないということもあると思います。死がそこにあるのに祖父は90も超えて長生きをしましたから祖父の死や先祖さまが亡くなられた詳細を見ていないから私は知らないので、狭い意味での限定される私の家族の死に対してイメージが悪くないと思っているのでしょう。

お盆と正月には祖父の沢山の兄弟姉妹がおとずれ仏壇を拝みごちそうを食べ、大人はいろんなことを話していたのでしょう。普段は出てこないし食べれない(来客のための)ご馳走やおつまみがたくさん食べれるのでしあわせでした。時にはお小遣いもくれる親戚もいますから、なおのこと良いイメージ、もてなす長男の嫁であった母さんは大変だっただろうと今なら思えます。

お盆にはお墓を掃除してから花を供え、お盆が来たら祖父や父が事前に作ったたいまつをもって、お墓の前に行き

「じいちゃん、ばあちゃん 帰るよ」

そういってお墓から火をつけた「たいまつ(確か麦か稲のわらでつくってあったと)」を目印に家へ帰っています。今はもう昔のことで、実家から遠く離れ徳島にいる私は次男坊でもあるし(まだ家もないし・・・)お墓(ほとけさん)もないから、その風習を子どもたちに見せることが出来ないのは残念なことです。ただ私はその仏迎えの風習が大好きです。
仏迎えの日は夜暗くなる頃にお墓へ行き、迎えに来た人たちはお墓で盛大に花火をして仏さんと一緒に帰ります。その集落の皆が集まって花火を一緒に見たり行ったり、自分の家だけでなく他所の家の花火を沢山見れることも好きなことの一つ。
ほとけさまを迎えてからは縁側には(用意していた)提灯をつり、毎日ご先祖様へいつもより多めのお供え物(豪勢な精進の食事)を毎日お供えし、その日の御供えは一日が終われば毎日近くの川へ流しに行っていました。
お盆最後の日の夜、父が

「じいちゃん、ばあちゃん(お墓に)かえるよ」

そう言って(用意していた二本目の)たいまつに火をつけ家をあとにします。必ずその火と一緒に歩いているのか、家にその火を持ってかえらないようにしっかりと消して(火事防止の意味もあると思いますが)から家路につきました。
やはりお供えしていたお供物(精進の食事など)は棚にしいていた草をあんだものにくるんで近くの川へながしていました。すべて自然のものを自然へかえしていたのでしょう。

今では自然のもの以外も流されることが多くなり、贅沢になったのかご馳走やお供え物がおおくなりすぎたのか、流す量や自然に戻れないものも流されることが増えすぎたために、川へ流すことも自治体から禁止されているところばかりでしょう。

地元の長崎も、青年時代を過ごした和歌山でも、ここ徳島でも、その風習は少し違うところはありますがほとんど同じです。

私の勝手な憶測では西日本はおそらく、材料やお祀りの仕方やお供物や日程は少し違うかもしれませんが、その根底は全く同じものだと思っています。日本の東や端では過ごしてないのであくまで憶測です。

土着の思想や宗教が仏教の寛容さにあいまって、独特な仏教行事となったのでしょう。

それが神道のものだとか、仏教のものだとか、他の宗教のものだとか、そんな自分のものだなんて主張はしなくていいし、伝統行事は続けることで、何かを伝えていきます。

それが理にかなっているのか、かなっていないのか

時にはそんなことどうでもいいです。ただ広い世の中で自分勝手に生きているのではなく、誰かとふれあい、相手を知れば自分を知ることにもなり、ふれあえば喧嘩もするし仲良くもなるし、悪いことは反省するし、善いことはもっと増やさなければなんて、自分で思ったり、思ってもいないけれど誰かに言いさとされたり、いずれにせよふれあいがもてる伝統行事がなければ、無味な一年になり、無味な一年が死ぬまで続けば、そんな自分の一生を自分がどう思うのだろうかなんて思います。

ただ私は夏の縁側につられている提灯が好きです。

提灯の形もいろいろあり、普通の提灯もあれば長く細長い円筒状の提灯もあります。その他お寺では白く長い尻尾がついた盆灯籠もみかけます。


提灯は風に揺られれば、風にさからうことなく、揺れています。


子供の頃よく見た縁側の提灯に何を見ていたのかもう忘れました。


今は

提灯は風が吹けば左右に揺られ、その動きを私は心地よいと感じています。


「風に流され揺れる提灯」

私は日本人だからか、風が流れていことを知り、それによって揺られる提灯をみて


ああ


とても懐かしく


これを風流とよぶのだろう(よんだのだろう)。




(そう勝手に再認識するのです)

阿波おどり

 徳島のお盆といえば、見たことはなくても聞いたことはあるという人も多い「阿波おどり」今年も徳島市の初日に仕事が終わってから家族で見物へいってきました。

私は生まれも育ちも長崎県ですから、阿波おどりは大人になって出会ったので、郷土のおまつりとは思えませんが、子どもたちは徳島で生まれ育っていますから、お盆といえば「阿波おどり」で小学生になれば学校でも習うのでほとんどの子が踊れます。

連に入り本番で踊っている人たち、日々仕事が終わってから集まって練習され当日に臨まれています。暑い中踊れば汗だくです。体力もいるでしょう。あまり運動しない私には考えられないほどのこと・・・

ただ踊っている人たちは楽しそうな顔です。こちらも楽しくなり気分も盛り上がってきます。そういえば夜現代の若者も大きな音量でダンスしたりする場所があるから。祭り(踊り)はその起源なのかも・・・

太鼓や三味線や笛の音と鐘の音、テレビで見れば綺麗に見えますが空気の振動や迫力は実物に負けます。だからでしょうか遠方県外からでも外国からでも阿波おどりに参加され楽しまれています。

お盆は家で過ごすことが多いから、伝統的にお盆の行事をされている方は阿波おどりを見物しづらいなんて思います。他所の風習を見るより、慣れ親しんだ場所のお盆を守り続けている人だっているのだろうなんて思っていました。

私だって長崎にずっといれば、私の性格上遠くまでお盆に行く気はしません。実家で夏祭りや墓参りや花火やゴロゴロしてばかりな気がします。

子どもたちに、どのようにお盆の阿波おどりが映っているのか、ただ沢山の夜店は子どもたちの醍醐味、あの子達それぞれにお小遣いをあげ

「その範囲内で計画して買い物をしてね」

私が子供の頃両親が1000円くれ、兄と二人で何を買うのか悩んだものです。クジを引くのか、イカ焼きにするのか、かき氷にするのか、たこ焼きにするのか、やっぱりいいものが当たりそうな気がするクジにするのか、トウモロコシにするのか、箸巻きにするのか、金魚すくいにするのか、フランクフルトにするのか、わたあめにするのか、やっぱりあっちの店のクジが当たるような、やっぱりこっちのクジにするか


ほんとうに楽しみでした。


大人になってあの時の気持ちはあまり湧いてきません。あの子達が楽しかったと笑って言ってくれれば満足できます。


あの子達が大人になってどんな思い出の阿波おどりの話なのかを聞いてみたいなんて思いました。

お酒とおつまみを買ってじっくり座って阿波おどりをさじきで見たいと思っています。

変えようがないことの意味を

 気づいていないときは、何にもわかっていないから、恐れるものもないことも、罪悪感も、ありがたさも、素晴らしさもわかっていないことばかりでした。

わからないから制約も出ないことは確かです、それにより広がりや気付きもでてきます。ただ過ち・悔い・失敗・思いがけない成功・近くにいる人へ思いもよらない迷惑、本人が背負わなければいけないものを気づいていないため周囲へ全部背負わせているという現状だって存在し、気づいていないから重荷を見えないことがあり続けている(私)です。

「いけてるじゃない(私)」

そんなこと言ってる時気分はいいです。ただある一面がいけてるだけで全てがいけてるわけではないから、そのことにより負担を強いられている人は(表面上喜んでいたり笑っていたとしても)快晴ではなく曇り空でしょう。

いま過去の言動を悔やむことがよくあります。そんなこと言ったって過去は変えれないのだからしょうがないという人もいます。それは確かな事実、でも自分の言動だから自分にしか帰るところもないのも事実です。稀に自分の悪い言動から目を背け続け、その報い(悪いことからの代償)からも必死に逃避し続けている方を見ます。あろうことか「死んでから好きにしろ」なんて行為を追求しても言い放つ人もいます。

自らの報いが溜まりすぎて、善いことであれば褒美がたくさんたまっているから誰もが受け取りたいと思うのに、悪いことの報いは皆から石でも投げられそうです。それがたまりすぎれば小石ではなくあたったら死んでしまうくらいの大きさの石が飛んできそうになってしまい、死にそうだから逃げ続けようと・・・・、悪いことを隠すために嘘をつき嘘をつくからまた悪いことをしなければならず、その嘘のためにまた悪いことをしなければ、自らの仮の場所を保つために他人のことを全く見ない人もみます。

何か悪いことや過酷な現状が続き皆に見捨てられ続ければ、私だって同じことをしてしまうかもしれない。善い人ではなく、その人も私もあまり違いはないと最近は思います。


弱い(私だ)から


悪いことも多いから

気づいてないことばかりだから




そんなことを考えていると、ありもせずできもしないことを思うのです。

今の見解を過去に持って行きたい・・・



ボロ(愚か者な私)を少しでも隠したいってところでしょうか


毎日書き続けることは

(愚かな私と大切なことを)忘れないためでもあり

自分を知らない自分をもっと知るためでもあり

優しい人の素晴らしさを書き残し、また思い出し近づきたいということでもあり

いまどのあたりなのかを確認するためでもあり

私はどこからきて、どこへいくのだろかとわからないことをわかろうとしようとすることでもあり



わからないことと私はどう向き合っているのか


ただ沢山の人とであえば、その人達からでている素晴らしさを感じ取れる私でありたい。


どちらかというと

 一年ぶりにお会いすればよく話をする老夫婦とお会いしました。若輩者の話を熱心にいつも耳を傾けてくれます。

今日もいつもと同じで、いろいろ真剣に聞かれ、疑問があれば平身低頭でたずねてこられました。お二方ともいつも丁寧で物腰柔らかで、年上だからと偉そうにすることは今までに一度もありません。

気になるというか心に残ることを言われていました。

「やっぱりあれですね、死は誰もが受け止め生きていくようにしないと」

真面目な方です。私はよく借り物の言葉を用います。どこかの偉大な宗教者が言っておられました。

「どの宗教を信ずる人でも(信じない人でも)万人に死と病からのがれられないということは普遍の真理となっている。」

真面目な方は死を誰もが受け入れざるをえないのだから、人間らしく生きるということを誰もがまっとうしなければいけない。失敗は何度あってもいい。紆余曲折あろうがまっとうに生きていかねばいけないといことに誰もが気づくでしょう。と私にその方の考えを教えていただきました。

現実はさまざまなことがあります。

ただ老・病・死から目を背けつづけ、現実からも逃げ続け、自分一人の楽やお金や権力のことしか考えない人もいます。いくらそれではダメなのではなんて一生懸命話しても何かをしても、ひたすら逃げる人もみかけます。

夫婦も100組いれば100色あるように、十人十色だと教えていただきます。

いろんな考えの方がいます。善い人・悪い人・根性悪い人・意地が悪い人・普通の人・・・本当にたくさんおられます。


ただ悪い人を見ても、自分を見れば自分も知らなかったり気が付かなかったり、何かそういう場に自分がおかされたりすれば、自分もその人も同じなのではないか・・・・、よくそんなことを思います。


答えにならない答えをよく言います。


見当違いのことを言うことが多いです。







いつものことですが、お会いして話をする。話をする側と聴く側の両者を必要とします。わたしはおしゃべりだから話しだすと止まらないことばかりです。嫌がらず受け止めてくれる方と出会うとほんとうに有難いと話が終わって別れてから思います。

もう一つ思うことは、上手く伝えれなかったとか伝え方が間違っていたとか、あの喩え話ではなくこの喩え話のほうがよかったかとか、本当に別れてから思うことは多いです。





いつも話をよく聞いてくれる方には感謝しています。話をするより何でも受け止め聞くことのほうが私はずっと素晴らしい方だと思うからです。

何を

 真面目に取り組まねばならないときだってあります。言われたとおりに物事を進めているのに、気分的に自分が放った言動と反対のことを突然言い出す人がいます。

私はできていないから、そんなことが何度も続けば「少しでもいいから(先のことを)考えて言ってくれ」なんて独り言をこぼしていました。

近くにいる人を見てみると、その人も言われたとおりに物事をきちんと進めています。私は勝手に「あれなら問題ないな」なんて思って遠くから見ていました。その人もまた昨日言われたことをしっかりこなしていたのに今日になれば反対のことを言われ困惑していました。「意味が分からない・・・」といった感じです。ただ落ち着けば一言「言う前に少しは考えて言わないといけない。」そう独り言をこぼしていました。

 以前よく悩んでいたことと少し似ています。

その時の口癖は

「考えないといけない」

それによく近くにいる方に言われたことも覚えています。

「考えれるのだったら既に考えているよ、考えれないからああなっているのじゃない。酷なことを言ってはいけない。」

そんなことが何遍もありつづけているときは、やっぱり「少しくらいは考えないといけない」なんて思い続けていました。

また近くの方は私に

「考えないといけないという言葉の意味が分からないからでしょう。何を考えてよいか本人がわからないのだから、酷なことをいってはいけない。」

阿呆な私、その言葉に

「やっぱり考えないといけんだろう」


本当今(今日になって)少しだけその言葉が具体的になりました。

「考えないといけない」

ここでは何を考えないといけないのか、どうして考えれないのか、といった意味でもいいです。

その人が自分のことしか見ておらず、自分のことしか考えないから、自分の考えや損得が変わった時に頼んだ人が自分の発言によって真剣に動いていたとしても、自分しかみないから、他人から見れば簡単に

「(今あなたの目前の人を、あなた自身が発言したことによって真剣に動いてくれているのだから、自分や自分の損得だけを見たり考えるのではなく)

少しくらいは目前の人のことを考えてほしい。」

全文省略的に最後だけを大抵の方が

「考えないといけない・・・」




ただ通じなければ、やっぱり誰かが同じようなひとりごとをどこかでこぼしているかも