トミカ博IN北九州

 実家へ帰省の帰り道、長崎からだと福岡を必ず通過します。

三男坊の「けいくん」はトミカが大好きです。トミカのミニカー(特に重機・救急車・消防車・パトカーなどなど)プラレールも好きです。まあつまりはトミカが大好きなのです。私はトミカを作っている人たち天才だ。なんて子供みたいなことをよく思っています。子供に夢を与える仕事の一つです。私が小さい頃あまりおもちゃを買ってもらえなかったので、あの子たちにはお誕生日などには何かを買ってあげたいと願っています。

結論としては、私の物欲と興味に反映してプレゼントが決まっているので、つまりは私がトミカ大好きなんでしょうけど・・・

第一目的は実家ですから、帰りに時間があれば寄ろうと家内と決めていました。子供達にトミカ博に行くんだなんて言って、時間の都合上いけなかったら相当なブーイングの嵐です。嵐どころか何故かこちらが機嫌をとらなければいけないなんてことになるので、今回はサプライズです。(私も賢くなったものです・・・)

昼過ぎに博多につき、時間も確保できそうなので会場へ向かいました。今回のトミカ博は小倉駅の近辺でした。よく新幹線で小倉と聞いていただけで小倉駅のあたりを見たのは初めてのことです。

それより肝心のトミカ博、ギリギリまでいけるかどうかわかっていなかったので前売り券を買えなかったのは少しサイフに痛手です。ローソンなどで事前に買えるようです。(並んでいる人がローソンのチケットで入場していたのを何人も見ました。実際に売っているかどうかは行く人が確かめればなんて不確かなことを書いておきます。)

子供達三人とも大盛り上がりでした。

沢山のミニカー・プラレール・そして同じキラキラした目で眺める小さい子供達、私だって子供であそこへ行っていればあの子たちのキラキラさには負けない自身があります。

大規模なトミカのプラレールセット・数えきれないほどのミニカー、トミカつりや組立など子供心をくすぐるものばかりでした。

書きながら今気が付きました。3歳くらいから小学生上は大人まで、付き添いの人はともかくそう言えば男の人が主体でした。お母さんやおばあさんが子供に付き添っているために男メインなんてぱっと思えませんでした。幸いにも私の子供達は三人とも男の子(ダンゴ三兄弟)です。

三人ともサプライズのトミカ博を心から楽しんでいました。

(私も色んなトミカ見れて楽しかったけどね)

是非四国で開催されたら又行きたいのです。いや必ず行くのです。(休みが取れれば・・・)

スポンサーサイト

里帰り

 夏休みが入れば仕事の関係上、七月中に里帰りをするように心がけており、実家とは長崎のとある(同じ長崎県民ですら知らないような)田舎へ毎年帰省しているのです。

末っ子の「けいくん」と一年ぶりに対面する両親、嬉しそうです。もっとも「けいくん」は嬉しいのだけれども照れや恥じらいでなつく頃には買える頃となってしまいます。

それでも次男坊で育った私は、時には私と家族たちのために両親に会うこと・墓参り・お仏壇へお参りの思い出をあの子たちへ伝えねばいけません。

昔より行事やお参りは省略・短縮・あるいはなくなっていっています・・・。

お祭りや行事が無くなれば子供達の記憶は何が残っていくのかなんて考えることもあります。

徳島より家族を乗せて車でいつも帰ります。徳島から香川・岡山・広島・山口・福岡・佐賀そしてさいごに佐賀の伊万里を抜けて実家に帰ります。

その辺りまでくれば家族皆が「田舎だ・・・、何にもないよ」なんてことごいつもの口癖でした。

最近では見慣れて、長い期間実家に「けいくん」が生まれた頃に預けられた上の子二人は実家の近くまでくれば「もう返ってきたな」実際はそれから一時間程かかります。景色がそこから家まであまり変わらないんでしょうね・・・。

実家に帰り母と世間話をしていたら、私が幼少を過ごしたこの実家の近くに買い物をする所がありませんでした。なんと最近では町内にあった小さいスーパーや小売店がほとんど潰れてしまっていると聞きました。挙句はTVのニュースで最近よくある「買い物難民」が急増しているとTVで写っている画像の前が、実家の前だったなんて言って母は笑っていました。(あまり笑いどころじゃないけど、本当に昔から田舎だからしょうがないか)まあそれは簡単に諦めがつきます。諦めれなくたって店はできません。出来ても利用客が少ない(田舎で過疎の)ために店が維持できないのです。

でも私にとっては育ったあの実家は「住めば都」そのものです。(でも今住めと言われたって仕事がなければなかなかすめないです。なんて言い訳をして逃げておきます。)

鍵も網戸もない実家の縁側で夕方を風に当たり過ごしていました。

ひぐらし・ツクツクボウシ・ニイニイゼミ・アブラゼミ・クマゼミが泣いています。夕暮れはひぐらしが一番良く聞こえます。日中暑苦しい時に蝉の声を聞いてセミに怒鳴ったり石を投げたりしたことを覚えています。まったくセミはおかまいなしでうるさいままでしたが・・・

久しぶりに聞く「蝉しぐれ」岩ではなく、私に染み入って蝉がうるさいのに静寂がおとずれます。

なんてたそがれている間に、嫁は子どもや父母の相手をしていました。(お勤めご苦労さまです。いつも感謝しております。)


蝉の声を喧しいと思う私の心、静寂へと誘う私の心

いつだって心にゆとりがあれば、同じになるのかもしれない。

一年ぶり

 久しぶりにあう両親、私も40が近くなります。そんな私にも18の頃が当然ありました。私が18ならいまより20年ほど若いです。両親だって20年ほど若いです。

つまりは私と両親は私が18の時から20年ほど歳をとっています。父は白髪ばかりになっていました。若いころに比べればシワもだいぶ増えています。

さっきから当たり前のことしか書いていませんが、実家の家自体も年月を重ねています。

それを一言でいえば人は「古くなっている」なんていうし、身内からすれば味がよく出ている。それぞれ思いにより言葉は変わりそうです。

私はまだ気持ちは若いなんて思っていますが、10代や20代の人からみれば古いことが多いのかもしれません。心は若いままだとしても、それを支える身体には老いから逃れることはできない(ただ年齢より若いように思われるということは努力すればできることが多い)。

人は何かから離れていれば、その何かに年月が加わって変化した要素を用意に発見できやすい。常に何かと共にすごせばその変化に気づくことはきっかけを必要としやすい。

私が両親から離れているがために、表面的な大きい差に気づきやすい。内面的には日々を共に過ごし何かをきっかけとして気づくのだろう。

末っ子で家を継ぐ長男と近くに住む長女の姉がいるために、私は離れて暮らしても有難いことに問題がありません。というか家を継ぐ人は一人ですし私は早々から自立しなければいけないそう親からつげられて育ちました。

私が自立しているかどうかは難しいことです。できるだけ迷惑はかけれないと思って生活をしているだけです。

男女により自立の概念はかなり違うように思います。

迷惑の概念、自立の概念は本当に人により異なっています・・・。私には難しいことが多いです。

その答えが出る頃には私か両親かが亡くなっているのかもしれません。でも、それがわかれば私にも出来る事や出来ないことが出てくるでしょう。

無理な願いとはわかっています。それでも皆(家族・親しい知人・友人)がいつまでも元気で死なないで欲しいと思います。


また皆と元気であいたいです。

 よく縁があった。縁がなかった。お見合いとかでも使います。人と出会う。「これも縁があった。」と使います。

「善いことに出会う」これが一番「縁があった。」にふさわしい言葉です。

悪いことや悪い人と思うことに「あの人とは縁がなかった。」そう使うことも多いです。

目前には常に素晴らしいこと・普通のこと・邪悪なもの、そのどれもが存在しています。私(達)の視野はのぞむものだけに集中しがちです(私は特に人より偏りすぎです)。

何かを見ていれば何かが見えていない。これは人により大小あるでしょうが必ずあることです。

集中とは良い意味で使われていることが多く、仏教用語で言えば三昧(さんまい)です。

三昧も現在では釣り三昧・ゲーム三昧・囲碁三昧・読書三昧・彼(恋愛対象)三昧・勉強三昧・睡眠三昧など全てにあてはまります。人はおよそ全ての行為に三昧に入っています。(人から見てよいことや悪いことも含む)

三昧に入ることが、他者から見て歓迎される方向であれば、自他共に「(有り難きご)縁があった。」ということは増えていきます。

悪いことに触れ、その悪いことに染まれば「縁があった。」なんて言う人は皆無でしょう。

有り難き仏法の教え(またはこの世の真理)に出会っているのに、その教えをひとつも受け取らず自身を成長させることのないことを

「縁なき衆生(生きとし生けるもの)」といい、有り難き教えを身に付けようと真摯に努力するものを

「縁ある衆生(生きとし生けるいのち全て)」と言う。なんてどこかの仏教書に書いてありました。

一日の標語、おそらくお経の訳に

「さとりの縁には限りがない」

そう書かれています。


いつでも私の見る目と聞く耳があれば、その縁には青く広い空や大宇宙の様に限りがない。




他人が問題ではない。いつだって私(の心)が問題だ。


本当のこと

自分の(今)成すべきことは何か、成そうとしてるのであれば人は判断できます。何もしていないのに判断なんて何を見て判断したらいいのか、私はわからない時が多いです。

「その成すべきことがわからないんです。」

「見つからないんです。(私にはないのかもしれない・・・)」

「現在やっていることがあっていないんです。(才能がないんです私は・・・)」

なんて以前の私はそんなことを集めなくていいのに人より多く集めてきていました。

できた人が目の前に来れば

「くだらないものは捨ててしまえ」

一蹴です。

けれど話にもならない私にだって何故か優しい人はいます。よく思うこと(思わされることなのかもしれません)があります。

不出来な私に自分に出来ることで助けてくれる人、困る前に野菜をいつもくれる人、物心両面にわたり支えてくれる人、私の仕事を支えてくれる人、我が身の愚かさが多い私に優しい人、余計なお節介をしてくれる人、嫌われることを覚悟の上で正しいことを指し示す人、私が努力をしていないために私の汚れを受けることを厭わず私と時を共に過ごしてくれる人、私と同じ環境にあってその汚れに一切染まらず蓮のように咲く白蓮華のような人、ただ自身の精進努力によって言葉と行動に輝きを放つ人、私がどの段階・程度にあってもそのような人達は目前にあらわれています。

「私はなんだろうか」

その人たちから比べれば何かあげるものなど持ち合わせていない。ただそれでも何かをと願い思う。

お金や食事など物や財の代わりに思う。あなたを心から信じること、大好きだということそれぐらいしかあげれるものがない・・・

結局は世に言う綺麗事としかとってくれない人が多いだろう。


それでも私は思う。


「あなたが私に対して信じたものは間違いではない。」


もし悪いことが出て信じた人が間違いだった・馬鹿だった・信じるのではなかったなど思うことは間違いだ。



信じた人が悪いのではなく、信じられないと思うことをしている人が悪いだけだ。

あなたは全く悪くない。(悪い思いを与えた私が悪いだけだ・・・)

 苦をどう解消するか

そもそも解消せねばいけないのか、苦とは何か

苦の先にあるものは何か、苦の先の先にあるものは何か。

この宇宙はどうやって構成されているのか、私はどうして生きているのか、人はなぜ生きているのか。

そのような数ある問いを追いかけても本体の影や全貌・全貌どころかその一端すらみることができないのかもしれない。


 苦を知らなければならない。

 すでに苦をしった。

 苦の原因をしらなければいけない。

 すでに苦の原因を知った。

 苦を滅しなければいけない。

 すでに苦を滅しおわった。

 苦の滅尽の道である。

 滅尽の道をすでに証しおわった。


などのようなことをゴーダマは発した。


苦を知るとは?

苦の原因とは?

苦の滅とは?

苦の滅の道とは?

それを断定できる言葉を放ち、万人が納得する根拠を有していた人間。

一体どうやったらそうなるのか?



ただ何一つわからない私ということがわかるのです。

わからないことをわからない私がわからないものに憧れてしまう。

「私の教えを実践し体現しようとするものが、私を見る。」ここでの私とはゴータマのことです。


時折、偉人の言葉や名声を利用してそれを言ったのは私だと名乗る不逞の輩もいます。(書いている私だって時折そんなところがあります・・・)

わからないものはわからないと素直になる。よく見られたいからといって自分のものでないものを振りかざさない。

無断で借りてきたものでよく見られても、それだって苦の原因にしかならない。


ただ苦を知らねばならないのなら、この世にある全てのことは必要不可欠だ・・・





どの段階でもどの程度でも先に進むのであれば、その人にとってそれは何よりも大切なものだ。


ほがら

 私の近くにいる方は常に単純明快です。たまにではなくやることなすことがいつもパッとしない人を見て、あれは「ほがら」じゃ、私に聞こえるかどうかくらいでボソッと言っています。大体の方がわかっているでしょうが正確なことがわからないとき(の私)は困ったときの広辞苑です。

「ほがら」は、中が空のこと。名ばかりで真実のないこと。(広辞苑第六版より抜粋)

まあ長くダメなところを言葉であげ続けるより、一言「ほがら」だな・・・それも納得です。他にも似たような意味の言葉が日本語にいくつかあります。一例だけあげれば、

がらんとしている。この「がらん」これも似ています。
 ①空洞のある金属製の物が打たれたり突かれたりした時に響く音。「がらんと音を鳴らしてお参りをする」
 ②人や物で埋まっているはずの一定の空間に何もなく広くて空虚なさま。「がらんとした講堂」(広辞苑第六版より抜粋)

ちなみに(かなりの蛇足ですが)伽藍(がらん)はこうあります。
 ①僧侶たちが住んで仏道を修行する、清浄閑静な所。
 ②後に寺院の建築物の称。「七堂伽藍」
ちなみに伽藍堂(がらんどう)の意味は寺院の中で、伽藍神(がらんじん)を祭ってある堂。(広辞苑第六版より抜粋)となっています。

たまに耳にする「がらんどう」という言葉は、私が思った意味がのっていませんでした。伽藍堂(がらんどう)の意味だけのっていました。

私が勝手に思い込んでいた「がらんどう」とは、有難いお堂にほとけ様(仏像)と数少ない経典だけしかなくお参りの人もいない。そのようなことを「がらんどう」だと思っていました。転じて大きい建物に物や人がほとんどいなければ「がらんどう」なんていうのかなと思っていました。広辞苑にのってないとなれば私の勝手な思い込みです・・・。思い込みの数は数え切れないほど(愚かな私の)あります・・・
(あやまっても解決していないのならまた迷惑をかけるのですが、誰かに謝罪をしておくことからはじめます。)

話を元に戻して

「ほがら」と「朗ら(ほがら)」・「がらん」と「伽藍(がらん)」よく似ています。意味は全く違います。

「朗ら」の意味は「ほがらか」に同じとあります。では「朗らか」とは
 ①うち開けて明るく広々としたさま。
 ②日や月の光がさして明るいさま。曇りなく晴れわたるさま。
 ③事理に通じて明らかなさま
 ④心のはればれとしたさま。気持ち・性格が明るく楽しげなさま。

「朗らか」とは善いイメージを人にもたらしています。

「ほがら」とはまあちょっと悪いイメージをもたらしているでしょうか・・・

簡単な話です。中に善いこと(真理)が全く詰まってないじゃないかと思われているか、善いことが無数に詰まっている、いやすべて(この広い世界や真理そのもの)が詰まっているじゃないかなどと私にはとれます。

あんたも「ほがら」じゃな

阿呆みたいなことをばかり考えていれば私もそう言われます。でも、もう答えは決まっています。

たとえそうじゃなくても、「私は朗らです。」そう晴れ渡る広い空へ向かって答えるのです。

堅固

 堅固とは物のかたくしっかりしていること。転じて、心がしっかりと定まって動かないこと。(広辞苑第六版より抜粋)とあります。

何によっても壊されることのないもの。世界で一番硬いものダイヤモンドより硬いものだなどの比喩を持ってあらわされることがあります。

形あるものがこの世で最も硬いなんておかしい話になります。どのようなもので形があればいずれその形は変わっていくからです。この時「その最も硬いものを変えることのできる年月のほうが硬いのでは」などということを考えてしまいます。

年月に形はありません。その形ではなく話や態度・年輪・削られて残った物・その人がまとう雰囲気・根拠・信念などによって形ではなくても誰もが年月の重みや威力などを感じ取っています。

誰かと何かを共に行う。大勢であればあるほど誰かの思いに負けて動かされるなんてことがあります。その思いは温度であらわせば「熱さに心打たれた・思いに負けた。」まあその人の真剣な思い、情熱にやられたなんて言います。形のない心、温度のない心、やわらかいのか硬いのかわからない心は稀に何物にも砕くことのできない強度や思いそして熱さ出現させます。

形がないんだからわからない人にはわからないです。

わかる人にはわかる人だけが焼かれる程の熱さや、何物にも負けることのない強度を感じてしまいます。

ここまで書いておいて、それが全くわからない(わかってくれない)人にどうやったらそれが即座にわかるようになるのかと抱えている疑問の一つです。

仏教の戒律は現行の法律と適用のされ方が違います。現行の法律は日本の法律であれば知っていても知らなくても法律に違反すれば罰を受けます。(どのような法律にも一部例外は必ずあります。)

仏教の戒律は自らの心をもって自らの心に戒律を課します。つまりは自らが何も望んでいなければその人(その仏教者)に厳格な雰囲気などあらわれるはずもありません。

ただ自らの心をもって心へ戒を保つ。

仏教の戒は弱く感じれられることが多いです。ただ持戒堅固という言葉があるように己の心に戒をよく保つ僧侶は何よりも堅固です。その崇高な雰囲気は何にも揺らぐことがない、それは正しく堅固である。形はないのだけれども形あるように見え地上で最も硬いダイヤモンドより硬いと感じるもの。

言語道断

元々言葉でいいあらわせない境地を言葉であらわそうと努力することは矛盾しています。ただ何かが目の前に来てそれが耳で聴くか言葉を読むか目で見るか、いずれにしても言語に少なからず現れるから一概に矛盾とはいいきれない・・・。

まだ今の(私には)難しすぎることばっかりです。

質問の答

 私の交友関係は極めて他人から比べれば(お恥ずかしい話ですが)少ない方だと思います。理由は極めてシンプル日々職場と自宅の往復だけだからです。(まったく自慢できない点です)

そんな私に素晴らしい書物を貸してくれたり、泊まりで語り合ってくれる少しだけ年下の友人がいます。最近も職場にわざわざ訪れてくれました。本当に有難うございます。

気がつけば人の話を聞くより一方的に私が話をして、質問をしてばかりです。その答えや話の反応を見て私は何かを見ています。ここでの何かとはその反応で私自身を見ています。

家内に「自分のことがそんなに好きな人はいない」なんて皮肉を言われるのもしょうがないことだなんて自分でも思う時があります。人の話を聞かないことが多い・マイペース・楽天家・プラス思考それぞれ褒め言葉を言ってくれます(相手は嫌味として言っています。褒め言葉と思うのは私の気のせいであり、私は現実を認めたくないなんて思っているのです。)

悪く考えすぎても暗くなりすぎても誰だって嫌でしょう。「自分を愛せない人は他人だって愛することが出来ないのでは」なんて格好つけて反論をして問題からとりあえず逃げることにする私が存在しています。

しっかり悪い部分を見つめることは必要です。しかしそこにとらわれて必要以上に身動きが取れなくなるのは私は嫌みたいです。気がつけば楽しく面白くありたいと願っています。でも避けて通れれぬ問題点の改善には問題の度合いにより深刻にはなります。

色々とやってみたり調べてみてそれでも何かを見いだせない場合は近くにいる信頼出来る人に聞くというのが最近私のよく取る方法の一つです。それに年齢は関係ありません。

何れにしても泊まりで滅多にこないお客様が我が家に来れば私は嬉しいです。いつも話が終わればいやあ今日も話しすぎたな・・・、今度は話を聞く側にならないとなんて思います。

それが泊まる日に反映されるかどうかと考えてみました。すぐに私はは嬉しくてしゃべりすぎてしまうだろうなんて思ってしまう始末です・・・。

結果はどうなるのか、それはその日の楽しみ


先日お会いした時に質問した答えの中に、周囲に迷惑を掛ける一つの原因として、「自分から自立していない人は迷惑をかけ続ける。」そう答えが返ってきました。

自立とは難しい言葉です。自分から自立・・・、確かに甘え・現実逃避・努力精進をしない・原因は周囲のせいなどと言う時は自分から自立とは遠いように思います。


また今度いろいろ教えてもらおっと

誰に言っているのか

仕事から家に帰れば子供達三人が大抵大騒ぎです。

元気です。有難いです。感謝です。とても大きい声です。ドタバタしています。とまりそうにありません。ついできていない私は注意してしまいます。

「貴方たち元気にしてるのはいいけど、宿題と明日の用意終わった?」

「まだー(上の小学生2人が声を揃えて)」

「早めにやったほうがいいよ」

「うん」

キャー、ドタバタ、喧嘩したりする声がしてきます。まあこんなことを2回くらい繰り返せば、次は厳重注意だねなんてことにはなりません。


説教です!


「ちょっとちょっと」(この時点で子供たちはこれから後にくるきつい説教を察知しています)

「何で言う事を聞かないの、うるさく言っているのはお父さんのために言ってるわけじゃないからね、大体宿題をお父さんがしてどんどん賢くなってもテストなんてお父さんが受けるわけじゃないし、宿題をしなくて先生に怒られるのはお父さんじゃないし、勉強して素晴らしい書物を読んで感動してもっと先へなんてお父さんだけが先に行っても、肝心要のあなたたちがしなかったら意味ないんだから・・(中略しばらく続いています。)・・・貴方たちがやらなければいけないことはいつやるの?(最近では答えがきまってるから、今でしょ!とこれを読んだ人は思っているはずです。)」

そんなことをクドクド言っていれば内容はともかく雰囲気は家族全員へ伝わります。

聞く気がある人はその言葉を自分ではない人に言われていたとしても他人事とは思わず、発言する私の日頃の行いが悪いことがあったとしても、「自分の悪いことは気をつけなければいけない。」他人事に思わない人にだけ重みがある言葉になっています。

聞く気がない人や自身が望んでいなければ、風が通り抜けたとも思ったり感じたりもしていません。

できた人の最大の特徴は、「幅広い視点」「深い見識」「我が事のように思う範囲が広い(他人事にしない)。」つまりわかりやすく言えば「優しい・広い・深い・大きい」のです。

ここにある「優しい」の定義はここではあえて曖昧にしておきます。一つだけ言えることは自分に甘い・他人に甘いといったような優しいではないです。

子供たちの話へ戻ります。

つまりお兄ちゃんが怒られたり注意していれば、弟だってちゃんと聞いてなさい。弟が怒られたり注意されていればお兄ちゃんだってきちんと我が事のように聞いてなさい。

夏休みに入った子供達、注意やアドバイスを他人事のように聞いていれば、痛い思いをするのは誰なのか。


誰かに向けられている行動や言葉は一体「誰に言っているのか」が一番大切です。


発言する私を含む、そこに存在する人達すべてに言っているのです。


見る

 昔の人なら誰かが悪いことをしている時に、「お天道さまは見ているよ」だから悪いことは出来ない。何て言ってたんでしょうか、今はあまり聞かないように思いますが、意味は誰でもわかります。

誰かが善いことをしていた。誰かが見ていたらその人はあの人は善いことをしていたと見ます。あたりまえのことを当たり前に書いてみました。誰も見ていないとしても自分が何をしたかとは自分が見ています。

善いことも悪いこともお天道さまは見ています。お天道さまと自分は置き換えても何の問題もありません。

悪いことを見れば殆どの人が失望・嫌悪など負のイメージを持ちます。見る目がないまたは視野が狭いことにより悪いことが私にはよく見えるなんてことは世に生きる人の誰にも話にもしてもらえないことです

「善いものと自分は一緒だと思いたい・思われたい。」

これは殆どの人が考えてることのように思います。反対は当然

「悪いものと自分は違うものだと思いたい・思われたい。」

まあ事実は自分が成してきたこと・成さざること・失敗・成功など様々な他人がしてきたことではなく自分の現実は逃れようとしても逃れたくなくてもただ現実としてあり続けています。

誰かが素晴らしいことをした。その行為や言葉に憧れ、自分もそうありたいと願い行動する。

素晴らしい誰かが亡くなったとしても、その素晴らしい言葉や行動を再び出現させようとすれば、そこにそのいないはずの素晴らしい誰かが現在それに憧れ行動しようとする人と共に見えるのです。

「私の教えをまもり励みつとめる人がそこに私を見る。」

時折そこを勘違いして自分がその素晴らしい人そのものだと見られているなど勘違いすればもれなくバチが当たります。

謙虚で素直に自分を見ることが出来ればそのような勘違いはなくなり輝きます。

 私は人に良く思われたい、よいことを自慢したい、悪いことは私とは関係ないなんて何時でも思ってしまいます。
事実は私が成したこと(やらなければいけないのに成そうとしていないこと)から関係ないなんて発言しても通じません。嘘をつけばより悪くなるだけのことです。

素直・正直・謙虚という言葉は現在の私にはまだ遠いです。

そのうちその言葉を聞けば私をみてくれるようであれば、その時の私はきっと綺麗なのだろう。


そんな私を見たい。「その言葉に私を見る。」そう言えたら格好よさそうです。(何時なのそれ?というツッコミはまた心のなかで止めといて下さい。)


憧れるのは無料だし自由だからです。

りんご

 アイザックニュートンはりんごが落ちるのを見て万有引力を発見した。

言葉にすれば簡単です。りんごが落ちるのに何故そら(宇宙)に浮かぶ月は落ちてこないのだろう。ニュートンのように私はりんごが落ちることを見てそのように思ったことなどないです。

ニュートンが死ぬ間際に残した言葉、私が見つけたもの(科学的発見)は子供が広い砂浜で綺麗な貝殻を一つ拾って喜んでいるようなものだ。まだ無数の貝殻が砂浜には沢山残っている。なんてことを伝記の最後に書いてありました。(詳しくはニュートンの伝記をみてね)

生きているあいだに世界の人が認めることができる貝殻を一つでも拾うことができるのか。

自信を持って言えます。私には無理でしょう(読んでいる人なら誰もが思う当然すぎる答えです。)

それでも何かを求めて書き続けます。書いていることに間違いだって数え切れないほどあるでしょう。

ただ私の理解や程度が問題ではないです。興味がある事柄であればそれについて本人自身が調べ出すでしょう。調べれば私の書いていることが正しいか間違いかがわかります。正しいものがわかれば既に私なんて問題にはなっていません。興味があって調べるあなたと求めるものが問題となっています。

程度が低ければ低いほど周囲や相手の程度を問題にします。私は相手の程度が気になってしょうがない時がある、私がさっき書いたままの程度が低い愚か者です。

そんな私が人のことはとやかく言えないのですが、とやかく言ってしまう性格です。

そもそも良くなりたいと思う人が相手のせいや相手のことを気にしているだけで何もしない文句だけを言うなんて変な話だからやっぱり私が問題ではなく、あなたがやるかやらないかが問題となります。

「だから私の成さざること(程度の低さなど)を気にする必要なんて全くないんですよ。だって真理を見つけるのは貴方なのだから」

何て屁理屈をここへしるしておきます・・・。

逸脱しすぎました本題のりんごへ戻ります。

りんごが落ちたことにより、全ての物質に(どんなに軽いものであっても)引力がある。ただ小さいものは引力が小さすぎるために無いと思われているだけだ。宇宙(そら)にうかぶ星のように大きければ引力も大きさに伴い大きくなるだけです。引力とのバランスにより楕円軌道を描く星達、バランスが崩れたり衝突などにより楕円軌道は消失します。

たかがりんご、されどりんご


私にとってのりんごは、「秋になって出てくるりんご美味しいよね」それくらいです。(特にふじとか好きです。)




広い砂浜でもっと真剣に「何か」を探すことにします。

種(たね)

 気分転換に蓮(はす)を種から育てています。(睡蓮ではなく蓮です。)
睡蓮と蓮の大きな違い、睡蓮は水面に沿って葉が茂っています。蓮は水面より抜きん出て高く葉を茂らせています。
 以前、枇杷(びわ)を種から育てていました。ひょんなことから蓮の種が目の間に転がっていましたので、いずれはどこかで植えてみるかなんて考えながら保管していました。

私の実家は農業を営んでいましたがレンコンは作っているのを見たことはありません。どうやって種から蓮作るのか調べてみました(最近はネット検索便利です)。蓮の種の端をペンチやカッターで少し削ります。削る場所もきちんと向きが載っています。その通りに削り、水の中に入れて2から3日くらいで芽が出ました。

種から小さいけれど芽が出ていると嬉しいものです。やがて小さい葉がいくつか成長し、根も少しずつ長くたくさん伸びていきました。

最初は小さいガラスコップで1週間ほど、すぐに入りきれない大きさになります。つぎには500のペットボトル透明なものを加工してインテリアのように飾っていました。それでも葉が大きくなり狭くなりました。次には1.5リットルのペットボトルを加工して飾りました。その頃には葉と根は割としっかりしてきました。

いよいよ次のステップか、水の中へ土を入れて本当に蓮が自生しているようにしないと蓮もきっと困るよね、なんて思案していました。土は田の土がいいと書いてあります。残念ながらレンコン畑も水田も現在住んでいるところは私の地元ではないし持っていないため、毎日会う農業をしているとてもお世話になる方に桶と土を恵んでもらいました。(お手数をおかけ致しました本当に助かりました有難うございます。ブログなんて見る方ではないけれど御礼を改めてさせてください。)

おかげさまで広い場所(桶の中)へ移植完了です。のびのびと育つようになんて小さい蓮の葉を見ながら思います。たいしてお世話をしていなくても蓮はどんどんど大きくなっています。小さい蓮の葉でも水をはじきます。

(蓮の)葉の上を転がる水玉で遊んだことのある人は多いはずです。(自慢じゃないけれど子供の頃は葉上の転がる水玉で私はよく遊んでいました。別にそれで何かいいことがあったかとかはないんですけれど)

小さい蓮の葉が水をはじく理由を私なりに考えてみました。水面より高く出る蓮の葉は最初からでません。睡蓮と同じように最初は水面に葉が浮いています。茎の強度や大きさの問題です。はじめからそれなりの強度と大きさの茎が種から育てる場合にはでません。種レンコンならはじめから大きいはずです(「はず」といったのは種レンコンで育てたことがないからです)。

つまり水面ギリギリに浮かぶ蓮の葉にはどうしても水に沈みそうになったり、水がかかったり、雨が降ったりなどのことが頻繁に起こります。水をはじく葉の性質が水面ギリギリにある時にはとても役にたって見えます。水をかけてもはじいて葉の上に水を載せることがなく、葉を綺麗な状態で水面に浮かせています。泥水などをはじき、水面ギリギリでも葉を綺麗に浮かせるために蓮の葉は進化して水を弾くようになったんだ。なんて適当な仮説を思いついて嬉しくなりました。(それが当たっているか間違っているか調べるとわかりそうですが、私としてはあえて調べる予定はないのです。間違っているなんて言われると腹が立つかもしれないなんてことではないですよ絶対に、結果知るまで楽しかったなんてことは世の中でたくさんあることなのですと言い訳をしておきます。)

蓮の入った桶を背の高い杉の近くへおいています。これは私も迂闊でした。今の時期夕立がよくあります。雨粒が普通に落ちても蓮はなんてことはないのです。ただ雨粒が木の枝や葉にたまり大粒となって高いところから桶へ落ちていました。高いところから大粒の水が葉に当たり小さい葉が傷ついていました。

高い木の下はおいてはいけないんだな・・・、ごめんよ蓮たち

それでも今のところ蓮は元気です。今年の秋まで頑張って育って冬には枯れるでしょう。
花やレンコンが見れるのは来年の成長しだいだそうです。種から育成は一年では完全に成長せず楽しみは来年です。


最近の私は蓮が大好きです。

泥中から育ち、その泥に染まることなく泥から立ち居出て葉を覆い茂らせ、えもいわれぬ美しさの華を咲かせ、見る人の心を奪う。

インドから伝わった経典をいくつも漢文へ流麗な文章で翻訳し後世に伝えた鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)も蓮をこよなく愛したと言われています。(私とその方を比べれない程または宇宙と小さい私といったような差があります。)

何はともあれ、苦しみ(意の如くならざる)の世界に存在する私達、その苦しみ(泥)の中にあってその苦しみに(泥)に一切染まらず、その泥を一切見えないように葉を茂らせ、大きな見る人の心を奪う清浄な華を咲かせ、やがて種を残し散っていく。

時折思うのです。私は嫁と子供に何を見せているのか、泥中より咲き誇る蓮の華のように咲けるだろうか。

清浄な白蓮華でもなく、燃えるような生命力の赤蓮華にもなっていない。




ちょっと変な色になるかもしれないけれど私なりの蓮の華を咲かせたいのです。

悔しがらせたらいい

 誰かに自分が死んだあとにでも忘れて欲しくない。そんなむしのいい欲張りな願いの叶え方なんてあるのかなと頭に浮かびました。

「自分が死んだあとなんて考える必要もないことです。」人に聞けばそう言われそうです。まあ試しに聞いてみようかと思いましたがそれはやめました。(そう思ったときに近くに誰もいなかったからと言い訳をしておきます)

自分のことを忘れて欲しくないその誰かと忘れて欲しくないと思う自分、こういう時は言葉を短くしてみます。

「束縛したいくらいにその人が好き」かな、束縛の程度が問題です。私としてはこの広い世の中でそう思ってもらえることは有難いです。(実際としてそのうな人があなたにいるの?なんて突っ込みは無しで・・・)

合法的かつ周囲に迷惑をかけず、相手にも嫌がられないのであれば束縛も悪くないのではと私は思います。嫌いな相手を嫌がらせ以外で束縛しようなんて人は少ないでしょうから、私は嫌いな人には気がつけば接点を極力減らそうとしています。束縛なんてしようなんて思うことはありえません(勝手な私の見解ですけどね)。

「私が行ったり発言した悪いことは、一日も早く忘れて欲しいと身勝手に願うことがあります。」

こう書けば私の場合次にくる言葉は

「私が行ったり発言した善いことは、絶対に忘れないで欲しいと身勝手に願うことがあります。」

だから死んでも忘れないで欲しいとなっているのでしょう・・・。

悪いことは忘れ、私の善いことだけをずっと忘れないで欲しい。改めて書いても本当に身勝手です。つまり忘れないで欲しいとは忘れて欲しくない方へ善いことを行うことが大前提です。

死んだあとも忘れないで欲しいだけの素晴らしい善いことを沢山おこなう。これなら忘れられないでしょう。

ここまで書けばいつもと一緒です。死んだあとも忘れられないほどの善いことが残っている人は偉人・聖人・仏陀などように素晴らしいことを残せている人です。千年の月日だってものともしていません。忘れられるどころか色褪せることすらありません。古くもなく常に新しく感じさせられます。

そこまではちょっと(現実はちょっとどころの話ではありませんが・・・)無理です。

偉人・聖人・仏陀の言葉が何故に輝きを放つかの理由は簡単です。自分だけに向けているようでおよそ全ての人にその言葉があてはまるからです。優しさの言葉を発すれば私にだけでなく読んでいる人聞いている人聞いていない人全ての人へ向けられているだけの限りのない大きさがあるからです。

私の言動にはそれに比べて(比べたらだめなんですけどね本当は)狭すぎるのです。

まあ世界に生きる人全てになんて私は思いません。私が大好きな人に私を忘れて欲しくない。そう明言して生きていきたいです。



さっき書いたように、それは大好きな人へ善いことを沢山おこなうことを前提とするだけのことです。

(実際は出来ていないし伝わっていないなんていうツッコミがあっても、思うことは私の自由です。)


あの人より私が善いことを成すことが多ければ、「いなくなったあとに大事な人を悔しがらせれるだろう」なんて変なことを、今日の何かとしてここへしるすのです。

「宿題先にやってから遊んでね」

「はーい」

平日のやりとりです。ただ問題はあります。ゲームや友達と遊ぶことに比べれば思ったようにはかどっていません。集中なんてしていないようです。(私の子供時代にそっくりです。)

言いたくないんだけれど

「遊ぶ時間が無くなるから集中して終わらせて」

全部終われば遊んでいます。ここまでは何の問題もないです。チラッと宿題の問題用紙が見えました。なるほど確かに全部終わっています。ただ問題は字が踊っています。真剣に書いたとはまるで思えないです。(そこまで私の子供の頃に似なくても・・・)

結果がついてきているなら問題ありません。私は汚すぎる字を少しでもましにする努力をちょっとはしましたから子供たちに比べれば私のほうが数段綺麗です(比較の問題です。綺麗な人と比べたらダメですよ・・・)

よって私は子供たちに上から目線で発言できます。

「お父さんも母さんも字は(あなたたちより)綺麗でしょう。お父さんとお母さんの子供なんだから(ここはあたりまえなんだけど)真剣に書けば綺麗に書けるようになるから、字は真面目に書きなさい。」

言ってしまってなんですけれど、何やら子供時代に私がよく人に言われたままです・・・。話のついでといえば、中学・高校の頃友達に「国語の昨日のノート貸して」そう言われ貸しました。ノートと共に帰ってきた言葉は「汚くて字が読めないから役に立たなかった。」今は歳のせいか開き直って言えます。現実は本当に(当の本人つまり私にとって)ありのままであり時に残酷な言葉となることもあります(残酷なことばかりかもしれません)。

もっと情けない話は、その汚くて読めないという言葉を言われても何も努力もしなかった過去の私です。

現実をきちんと他人事と思わず受け止め努力できるか、当の本人にとって一番重要なことです。私の悪いところばかりのように子供にはそうあって欲しくないものです。まあ親なんだからそう思うことは当り前なんでしょうけれど。

あの子達には言ってもダメなら次の手を打ちます。頭で理解できないのなら、身体で覚えさせるだけです。(暴力ではなく、ただ字の練習をさせるだけです。)

子供達が泣いて私に感謝する姿が目に浮かびます。(お父さん字の練習が多すぎだよ・・・、なんて泣いて悲しんでいるだけではきっとないでしょう)

ここはこの言葉を持ってすべてを解決させることにします。

「涙の数だけ強くなれるよ♪」(岡本真夜)



いやあこれで無事解決です。

とばっちり

 個人的な感情で怒ることはいけないことです。ただそう理解したとしても個人的感情抜きでつい怒ってしまいます。そのようなことがあればこちらだって怒られることもあります。

誰かが努力せず言うことも聞かず、それなのに自分に対して要求だけしてくる。ある一定の段階を超えればその人は必ず雷が落ちます。

そればかりかその近くにいるこちらまで雷が飛んでくることもあります。

誰かが怒られることそれは仕方がないです。感情だとしても事実そのままだとしても事実は事実だから、ただ怒られた人も怒った人も気をつけなければいけない。

相手と自分の程度がどうなのかが問題となる

優れた知恵は高きより低きへ流れるという。個人的な小さい怒り以外の怒りも同様だろう。必ず高きから低きへと飛んでいく。

無駄に相手からの怒りにあらがうことがある。怒られた事実は事実だけれども次は必ずきちんとしてみせる。

何を担保や根拠として発言しているのか、相手は感じ取れないことが多い。それは簡単な話だ。未来を担保としているだけだ。

次やるときまでには有無を言わさないようにしてみせると根拠がないのに意地をはりあらがう。相手にはただの愚か者としか見られていないだろう・・・。ただ現状それはそれでいい。

ただ必ず次は見ておれ、納得させてみせる。その心中にある気持ちをよりどころとしているだけだ。まあただの負けず嫌いの意地っ張りのへそ曲がりなだけともいう・・・(減らず口なだけともいう)

次の大事な機会に発言に伴うものが出ていれば私は責任を問われない。

根拠を見ることが出来ないような言動であれば、愚かな言動と出来ていない双方の報いを受ける。

世の中では簡単な話みたいだ。、大事な時に根拠のない言葉を発言すればその責任は発言した人へ帰るから、大事な時に何も言わなことが重要。

責任を一切背負いたくない人は発言することを躊躇どころかあえて避け続ける。世間の大人であればそのほうが賢明なことが多い。

「何も言わなければ、何もしなくていい。」

短く言えばただそれだけのこと、何もしないならいいほうだ。不平不満だけを言い続け、挙句は努力している人を妨害する人もいる。

自分の世界を邪魔されたくないから、その邪魔になりそうな人が皆にとって善いことに努力しているのに排除しようとする。だって私の邪魔だから余計なことは善いことでもしないでくれ。まあ私はそんな人には憧れない。

今(の私)が愚かもので不出来であっても問題ではない。何が問題になるのかといえば自分のことに気づいていない自分と前に進もうと思わない自分が常に問題だ。

自分の程度に満足し現状維持のために前に進むことを放棄した人たちとは私は話があいにくい。私が正解だし正しいとは思わない。

意見の食い違う双方が何かをやることによってお互いとばっちりをくらうようだ。ただ前へ進みたいのであればとばっちりどころか全てが前へ進むための手がかり足がかりとなり、一歩の重さや幅だって変わるはずだなんておもうことがある。

現在の私はそのような愚かな見解にまだとどまっていいます・・・



ただ少しでも現状より歩みを進めたいのです。

花火

暑い夏が近づけば、子供の頃「花火をしたい。」そう挨拶がわりに両親へおねだりをしていました。兄と一つ違いで育った私、ロケット花火に憧れ、パラシュートが落ちてくる花火にあこがれ、煙玉にあこがれ、ヘビ花火にあこがれ、ネズミ花火にも憧れ、線香花火の素朴な光にすいこまれることにあこがれ、夜空に大きく打ち上げられる花火にもあこがれ、仕掛け花火や船上から投げ込む花火にも憧れました。
 
世の不景気の煽りか、花火大会も子供の頃に比べれば寂しい話ですが縮小の一途です。花火大会がなければ夜店にも出会えません。夜店ですれ違う同級生や異性、同性の友人に出会う喜びも減ります。

 環境により学校であう、花火大会であう、夜に祭りで出会う、それぞれ趣が違います。学校でも恋はするでしょうけれど、祭りや花火大会の夜店で出逢えば何故かドキッとしてしまいます。優しくされれば何故か私は勘違いをしそうです・・・。

社会人になり岡山(倉敷)で働くようになりました。嫁と知り合い(当時はまだ嫁ではなく一人の女性でした。)一緒に花火大会へ行ったことを覚えています。

倉敷は割と私の中では都会のイメージです。(幼少を過ごした郷里がド田舎だからなんて言えません。)
街が大きければ大きいほど規模に比例して花火は大きく数も増え、つまりは盛大になります。結婚前に行ったときから13年位経っているでしょうか、あれ以降その花火大会へ行っていません。現在はどうなったのかなんてごく稀に気にするくらいです。

田舎の花火大会であれば人も少なく、車で行けます。(公共の交通機関がほとんどない田舎、私の住んでいたところはそのような田舎です。)街(都会)になれば車で移動すれば、同じ事を考える人達の行動により何時間も渋滞に巻き込まれてしまいます。

遠くの駅に車を置き、花火大会最寄りの駅で待ち合わせをしました。人混み・夜店・花火が上がりだした気持ちの高揚、自然と手をつなぎ花火を見ました。どのような花火だったかそんなことはもうおぼえていません。ただあの人と一緒に時間を過ごした。それだけははっきりと覚えています。

花火も最終に近づき、駅が大混雑することを恐れ、人混みの中の縫うように手をつないで駅まで走って帰りました。それは本当に忘れられない思い出です・・・。

あれから何度目の夏が来て、二人だった私たちは気がつけば家族五人になっていました。

花火を見れば、あの夜走ったことが鮮明に蘇ります。一瞬で消えてしまう夜の儚い楽しみ、それが夏の風物詩「花火」です。




幼少の頃から地元ではお盆のお墓参りで毎年花火をしていました。はや郷里を離れて十九年夏が近づけば何かに思いを馳せる回数が増えてくることが多いです(言葉にすれば私は段々と年寄りになっているだけともいうのかもしれません・・・)。

友人

 私は日々少しずつ前へ進もうと何かをしるし続けています。結果中身にあまり進歩のない、同じことの繰り返し(これを無駄に長いつまり冗長)を書き連ねているなんて思う人もいるでしょう。反省の割にブログや本人へ反映されていないことが(私の)現実問題となっています・・・。

先日友人が4ヶ月ぶりぐらいにブログを更新していました。

最近はいつもそう(何ヶ月もまとめて更新)です。何してるんだろう全然ブログ更新していないけど、私の気持ちとは裏腹に友人のブログは全くと言ってよいほど更新されません。そうかといえば何ヶ月分がいっきに表(ブログとしてネット上)に出ます。絶対になにか動いてるのにネット上にあらわれるのが遅すぎです。

そんなことより、「肝心の内容はどうか」それはいつもこちらの大敗です・・・。

あの人は行動によって光り輝いています。それに比べ私は動くことがほとんどありません。職場の机の前と自宅の往復の毎日です。年間どこか遠くへなんて里帰りくらいでしょうか。

友人の見る世界、私の小さな代わり映えのない世界(狭い事務室)、それは天と地ほどの違いがあるでしょう。外界との関わりをあまり持たない私と違って友人は交友関係の幅も数も違います。

彼は現実を直視するだけでなく、いつだってそこへ飛び込んでいます。(ただ飛び込めていない時の彼は悩み苦しんでいるようです。私の勝手な見解ですけどね)

私はただの変わり者な上に愚か者です。けれども動けなくても世界は変えることはできると信じています。いつもけれども友人がブログを公開すればその内容に圧倒されてしまいます。

「負けだな・・・」

そんなことを思ったって、私の悪いところがすぐにできます。何の根拠もないのに、必ずそれには負けないと思ってしまいます。違う方法で必ずその高み以上へ登ってみせるなんて意地をはるのです。

「(私の)現実はどうか?」

現実はしっかりとした努力をしていなければ、その本人へありのままの事実を知らせてくれるだけです。
善いことを成していれば善いことをしている。悪いことをなしていれば悪いことをしている。何もしていなければ何もしていない。全ての人にとって現実は現実です。善いことをしている人の現実を言葉にすれば褒め言葉になり悪いことをなしている人の現実をありのままにいえば、その現実は残酷とも賞賛の言葉ともなります。

私のブログを全部読めば(全部読んでいるなんて奇特な人がいるかどうかもしりませんが)私の程度もすぐにわかります。成長しているかどうかなんてはじめから読めばすぐにわかることです。(だからといって読む人はいないだろうなんて書きながら思ったりします。)

最近はよく開き直るのです。昔(少し前の私)は何もせず文句を言っていただけでした。今はそれよりもほんのちょっとだけ何かをして文句を言うことがあります。

比較すれば以前より現在がましでしょう(そこは自慢にもならないんですけどね)。

友人のブログは私に雷を落としていきました。怒る雷とも自然に落ちる雷とも違います。人が何か衝撃的なものに出会う時、「雷にうたれたようだ」なんていうものです。

日々の拙い心の思いを読む人に雷がおちるような衝撃をあたえるほどにしたいんだ。そう身の程をわきまえず、思い書くことがあります。そんな私が人に先に落とされたなんて恥ずかしい話です。

ただいつものように私は動かなくても諦めることはしません。必ずどのような落雷をもはねのけ、人の心に雷をおとすようなことを書き続けたい。そのような夢物語を現実に手を伸ばせばすぐに手が届くようにしたいと思うのです。

まあ私のことより本題へ入ります。

 友人にはただ感謝しています。離れてあまり逢っていないけれど(ブログ見たり思えば)何故か近くに感じます。友人が私のブログを見ているかしらないけど、身体を大事にそして更新はまとめてではなくこまめにお願いします。


他の誰でもない私はいつも心待ちにしていますし、善いものは早めに出しなさい!なんて何故か思い続けています。


(善いものを見て感動もするんだけれども、腹が立ちしゃくにさわることも結構ある愚か者からのお願いです。)

その気になる友人とはリンクにあるWEB版観音寺通信を書いている人です。

ストロー

 この7月で満3歳になった末っ子三男坊の「けいくん」毎日時を同じくしているのに、誕生日がきて年を取ればあらためて「子供は大きくなるのが早いな」なんて親父みたいなことを思います。(三人の子がいる時点でだいぶ前からすでにオヤジじゃない、なんてツッコミは心の中だけに止めといてください。)

誕生日に家内の手作りケーキや御馳走、プレゼントもけいくんと一緒に買いに行きました。三歳にもなればすでに好みや欲しいものだって自分で選べます。自己主張も一人前です。

ちょっと前まで赤ちゃんだったのになあ・・・(隙があればやはりオヤジ要素満載です。)

「けいくん」は相変わらずテントウムシと重機(ショベルカー・トラック・ブルドーザーなど全般)・救急車・はしご付き消防車・お月様・お星様・お母さん・お兄ちゃんたち・同じくらいの子供つまりはお友達が大好きです。

「けいくん」を見ていれば、私の小ささや愚かさがいつもみえてしまいます。「けいくん」は自分と同じくらいの子供を見れば、初対面でも

「ねー、おともだちこっちであそぼー」

私は初対面の人にそこまで壁がない言葉を発することができません。信用するとか疑うとか好きだとか嫌いだとか障壁になるようなものを刹那ほどにも感じさせていません。
感情のおもむくままに動いても、害をおよそあたえないことばかりです。私の感情とはまるで質が違いすぎます。

子供ですからジュース・アイス・お菓子・おもちゃだって大好きです。

家内が「けいくん」今日はジュース飲みすぎだから、もうこれ以上はなんて自分はあまり飲んでないから飲みたいけど見たら欲しがるしといって飲めないことがあります。私は嫁が(少々太るかもしれないけれども)我慢していれば

「見つかったら、けいくん欲しがるから隠れて飲みなよ」

「プシュッ」(炭酸飲料の蓋を開ける音です。)

その僅かな音を聞き逃していません。

「おかあさん ぼくもじゅーすちょうだい。」

見つけられたら、あげなければ収まりはつきません・・・。家内がコップに注いであげたら

「おかあさん、すとろー」

家内がずっと面倒を見ているせいか、上品なところがあります。

「はいはい」(ストローを出してあげています。)

「けいくん」はストローで自分のジュースを飲もうとしたら、前にいるお母さんを見て、突然走って引き出しを開けに行きました。私は何でジュース飲まずに走って行ったんだろうなんて呆気にとられて眺めていました。

お母さんのコップにストローを入れて

「おかあさんどうぞ、いっしょにのもうね」

仲良く二人ストローでジュースを飲む姿。自分が嬉しいことを一緒に目の前の人と共有したい。その心の思いに身体が瞬間的に反応しています。

「けいくん、三歳にもなったし本当に成長した。」


人からすれば何気ない行動が私には幸せに思えることがあります。なかなかどころか「けいくん」と私が勝負すればボロ負けです・・・



あの「すとろー」や「おともだち、こっちであそぼー」に勝てる何気ない行動が望めばすぐに現状出ない私はまだまだです。「けいくん」の成長に負けずに私だって成長したい。本当に負けず嫌いな私です。(大負けなのにね)

蓮(はす)

 「こは苦である。」

「人生とは苦である。」などという言葉を耳にする人もいると思います。人生そのものが苦だなんて私は初めてその言葉を耳にした時、それだったら生きる意味なんてないじゃないか・・・、そう受け取ってそのことを真剣に考えようとしたことはありませんでした。

物事が思い描いていたようにいかない。いかないどころではない、私は今どうにもならないんだ。そのような時に四苦八苦と言うこともあります。

世の中物事が思うようにいくことばかりではなく、大人になれば不如意(意の如くならざる)の現実に誰しも遭遇します。

これだって苦です。四苦とは生・老・病・死の4つの苦しみ、それに次の4つの苦しみ、愛別離苦(愛する人と別れなければいけない苦しみ)怨憎会苦(嫌いな人と必ず遭遇する苦しみ)求不得苦(求めるものが得られない苦しみ)五蘊盛苦(満ち足りすぎても苦しみとなる苦しみ)を足して八苦、基本的な四苦と全ての苦を表す意味で四苦八苦といっているのだと私は解釈しています。

苦しみが元である世界。

そう言われて人間がその言葉で絶望していれば、私達はすでに存在していません。戦争・貧困・天変地異・略奪が横行する世の中であっても人間は苦しみ(意の如くならざる世界と自身の生命そのもの)に絶望することなく生きて来ました。だから私たちが今ここに生存しています。

苦の海(この広い世界)の中で思うように行くことがなくても、諦めず生命を繋げてきた人間(私たちの先祖)。皆が諦めていればその瞬間に人間は絶滅していただけです。

仏教で何故蓮(はす)を尊ぶのか、過去の不出来な私はそんなことを考えたこともありませんでした。

泥中より抜きいでて、葉を茂らせやがて泥を全て覆い隠しその中から清淨な花を咲かせて見るものの心を癒し、散るときには種を残し、見えない根(レンコン)は大きく育つ。

この苦しみの多い世界(泥中)より育ち、その苦しみを全て覆い隠し清淨な華を咲かせ、見るものの心に何かを残していく。

仏像に蓮華座に座る仏様が多いのはその訳です。

泥がないと蓮は咲かない(苦しみがないと綺麗に咲くことがない)。不如意ならざる世界に生まれ、苦しみに絶望することなく自分に出来る事を行い咲くからこそ、人はそれを見て自分も負けずに咲いていこう。そう信じて生命を現在につないできたのです。

どのような悪い環境でも、つまりは悪に染まる事無く正しいことを行い続ける人は周囲を助け生きる希望を生み出すのは世界のどの場所でも共通しています。

ほとけさまが蓮華に座っているのは、私たちだって悪に染まらず綺麗に咲く蓮のようであれば伴侶・両親・子供・孫・周囲の優しい方達へ安心(しあわせ)をあたえることになる。

いや人に安心(しあわせ)を与えるのは付随するおまけのようなものだ・・・


不如意ならざる現実どこの場所においても、清淨な華を咲かせ(真摯に生きてい)れば誰よりも自分自身が心から嬉しいだろう。