信じる(1)

 私は信じるということが何なのかまだその答えにたどり着いていません。信じる者は救われるという言葉を耳にします。

 信じるものが何か?永遠の課題であるようなきがしますが、宗教全般において信じるといえばそれは信心といった言葉であらわされます。

 すべての宗教は信心なくしてありえないものです。神様仏様を見たことがある人は少ないように思います。しかし、中には見たことがあるという人もいるのでしょう。

 よく期待を裏切られた場合に信じることが無駄だったというように思いがちであり、私もよくそう思っていました。誠に浅墓な考えであり恥ずべきことです。

 人を信じるのではないのかもしれません。

 人を信じると思う自分の心を信じることではないかと思います。結果信じた人が期待はずれ・マイナス・最悪の結果であっても、その人に任せた自分が必ず存在します。自分自身が仕事を任せる人を間違えた結果であり、良い方向にまかせた人を持っていくような努力が足りてないために力をだせていないのです。そしてそれは他の誰でもない自分が悪いと思う機会が増えてきました。

 失敗する過程は成功より大事だと言う話もあります。本当にそのとおりです。成功している人は、任すところは任せる。

真実を見抜き、自分にできない大事なことを任せることができ、またその数が増えれば必然に大きなことを成し遂げれるのでしょう。
またその結果に至るまでには数多くの失敗を乗り越えた上でのみ、到達しうるものではないかとも思います。

 ひとつの目標を達成という結果に終始するのではなく、その結果に至るまでの過程が美しければ結果は考える必要がなくなるのかもしれません。

また心から信じ合えるという、信頼関係で何事にも望めば素晴らしいことが待っていると信じているのです。






手に入れたいものは「信によってのみ手が届く」のです。
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思い求めてしまう心

 人が人と出会う。何かと出会う。

「何故だろう。」

好き嫌い、何も思わない、その時の気分にもよるけれど、やはり自分にとって相性があると思ってしまう。
話をしなくても、雰囲気だけで好感をもてたり、嫌悪になったり特に目に映らない時もある。

本やブログの文、これも同じ事が起きる様に思える時がある。

「文章(言葉)に人格を見る。」

書籍ブログなど素晴らしい文を見た時、私の心は震えるくらいに感動することがある。
その時思うことは

「このようなことを書く人は一体何者だろう。どのようなことをしているのか。」

納得する答えを求めてしまう。
その人だけでなく、また心が揺れ動かされることに、もっと逢いたい。
そのことを感動と言うのだろう。

素晴らしい景色、困難を乗り越えた先にある何か、高潔な人格を持つ方、後に補足する言葉がない真理など

これから先もっともっと、そういうものに逢いたい。




一生懸命に考えてみても、何故だかそこに理由はみつからない。

授業参観

 平日の休日がたまたま授業参観日になっていました。
小学2年生と小学4年の子、両方の参観日です。
家内が私に子供たちの前で

「授業参観行くの?」

当然休みですから

「見に行くよ」

子供たちは返事も何もしないけど、言葉は聞いています。必ず楽しみにしているはずです。

10時半開始、すぐに向かいました。

まずグラウンドで下の子が、「ラク焼き」焼き物の色付けをしています。
子供たちの願いのせいか、空は透き通るような青色、快晴です。
沢山の子供達が、前もって自分が作った焼き物(動物がほとんどでした)に釉薬で色をつけています。
数ある子の中から、下の子を見つけました。
近寄って
「何作ったのそれ?かいじゅう?」(私が見たとこはワニのような怪獣みたいです)
「違うよ!」
何かは教えてくれません、何回か聞いても教えてくれません。
(帰ってから、教えてくれそうな時に聞き出してみるか)
「上手に作ったね」
そう言って今度は、けいくんと一緒に上の子の教室へ向かいました。

どうやら国語の授業のようです。担任の先生は美人ではなかったです。私より年上、若くはないです。
でも、黒板の字は綺麗です。みたとこキツそうです。
そんなことを思っていたら、うちの子が質問を当てられていました。
私に似て優秀らしく、そつなく正解を答えています。(自己評価です。)
なかなか私の存在に気が付きません。他の子のほうが私を何人もチラチラ見ています。
拉致があかないので、教室の前の方の窓、見えやすい所から熱い視線でアピールしてみました。
「!」
気づいた息子は、恥ずかしそうな顔をしています。照れています。こっちをわざと見ません。
しょうがないので、更に私はアピールします。
もっとわざと見ません。
でも、背筋を伸ばして気合を入れています。
どうやら良い所をみせたいみたいです。
まだ小学4年、私のことを好きだという気持ちが伝わってきます。(更に自己評価です。)

 お母さんも見に来ました、2歳のけいくんが大きい声で「かあさんー」何度も叫びます。
みんながこっちを見ます。お兄ちゃんは恥ずかしいだろうな・・・
まあ、あまり集中出来ないのも可哀想なので、けいくんと下の子の焼き物をまた見に行きました。
人混みに紛れた我が子を見つけるのも一苦労です。
しばらくしてやっと見つけました。焼き物はかなり綺麗に色が塗ってあります。
「おー綺麗になってるよ」
まだ作品の途中か、真剣なのであまり聞いてくれません。

 子供達は学校で私に会えて嬉しそうでした。

そう言えば、私も仕事場に嫁がお弁当を持ってきたら、人前に関係なく抱きつきたくなります。



子供たちも私も一緒かな

私のしあわせ

11年目の記念日

 ささやかに家族みんなでお祝いをしました。
子供達に何が食べたいか事前に聞いてみたら、
「しゃぶしゃぶ」「焼肉」「ジュース」食べに行くと高く付くし、お酒飲んだら運転ができないので、
コストを考えれば自宅でご馳走という選択肢をとりました。

子供達には一本ずつ、シャンメリー(当然子供用アルコール無し)、私と家内にはスパークリングワイン(かなり安物だったのは内緒)最近は不景気で色んな物が安いので、私には大助かりです。

 子供達はお腹がはちきれんばかりに食べたと言っていました。
嫁も普段は飲まないお酒を飲んで、ほろ酔いです。
私もお酒は強くないですから一本で二人共酔っぱらいの仲間入りです。

 二人がお酒に強くないのは、家計を助けるために与えられた恩恵です。

 二人の結婚記念日ですが、皆がちょっぴり幸せになれる日になれたのは本当に嬉しいです。
子供は一番上でも小学四年生だから、三人共本当に素直です。(時には素直でない時もあるけど・・・)

 友人の結婚式で、友人のお父さんが子供と自分の黄金時代を語っていたことを思い出しました。
今、私も嫁と子供との黄金時代です。

この狭く小さいけれど、我が家の黄金時代が一日でも長く続くように努力したいです。
人に比べれば、なんてことはない取るに足らないものかもしれないです。

一番近くにいる人と心が満ち足りる時間を過ごす。



それが「私のしあわせ」です。


てんとう虫

下の子、けいくん2歳と4ヶ月
けいくんが、大好きなもの

「かあさん」
「しょべるかー」
「ぶるどーざー」
「くれーん車」
「D51(蒸気機関車)」
「まりお」
「バス」
「ちゃぎんとん」
「おつきさま」
「ひこうき」
など、いろんなものがあります。
好きな上位ランクに「てんとう虫」が入っています。
「赤い7つ星のてんとう虫が大好きです。」
ナミテントウなど他の種類はそんなに好きではありません。

あの赤くて、星が7つついてる「てんとう虫」が大好きなのです。
今日も家の前にある木を眺めていたら、赤いてんとう虫がいました。
「けいくん、てんとう虫だよ」
走ってきて、じっくり観察しています。気温が低くなってきたせいか、もうあまり動きがないです。
写真嫌いな私も、この子のためならとデジカメを持ってきて写真を取ろうとしたら、
すでに「てんとう虫」は見えなくなっていました。

けいくんは、「てんとう虫」がいなくなって泣いていました。

母さんに、少し面倒を見てもらう間にじっくり「てんとう虫」を探してみました。

 さっきのてんとう虫でない、違うてんとう虫を見つけました。
葉を毛布代わりにくるまって、じっとしていました。
さわって起こすのも可哀想ですし、来年また会いたいから、けいくんには教えず、そっとしておきました。

けいくんはまた挨拶をしています。

「ばいばい、てんとう虫さん」

けいくんの「バイバイ」は私と違ってなんとも言えないものです。

婚活で教えてもらった、有難い「さ・し・す・せ・そ」

 何度かお会いした添乗員さんに、これからの人生でためになる言葉を無料で教えていただきました。

30後半の年齢になったそうですが、独り身だったため会社の同僚が、婚活パーティーに本人に内緒で勝手に申し込んでいたそうです。
参加費5千円、それは皆が出さずに本人が自腹だと言っておられました。

参加された後にお会いしたので、すぐに婚活パーティーなるものはどうでしたか?

「行って来ましたよ」

「おー、女性とは知り合えました?」

「いや、それはダメでした」

「えー、必ず誰か紹介してくれるんじゃないんですか?」

「いや、第一希望同士であれば紹介してもらえるシステムでしたから、第一希望が合わなかった場合は誰も紹介してもらえません・・・」

「えー?別に第二希望の人でもいいですよね、とりあえず紹介してもらえたら」

「それがねーシステム上ダメみたいで」

「えらくケチですね、その婚活パーティー」

「めちゃくちゃそれが腹たったんですよ」

「何でですか?」

「女性を紹介してくれる前に講義があるんですよ」

「講義、どんな講義だったんですか?」

「もう聞いてくださいよ(ずっと聞いてますけど)、それがですよ、まず駄目出しですよ、貴方達が何故ここにいるかわかりますか?ずーっとダメ出しされてですね(つまりはイケてないとか、やり方が悪いとか他にも色々)・・・」

「参加費5千円払って、駄目出しずーっとされるって・・・」

「腹立つでしょ!それで貴方達に女性と簡単に会話が続きますし、上手に付き合うことが出来る素晴らしい言葉を教えてあげます。」

「おー、すごいですね、どんなのだったんですか?お金払わないけど教えてくれるんですか?」

「いいですよ、それは さ・し・す・せ・そ、これさえマスターすれば」

「ふむふむ」

「まずは さ!何か女性が言われたら、さすがですね~」

「次は?」

「し、なにか教えてもらったりしたら、知らなかったな~」

「次は?」

「す、すごいですね~」

「次は?・・・」

「せ、センスあるよね~」

「次は?・・・・・・・」

「そ、そうなんだ~、これで完璧だそうです。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、さ行の一つにつき、千円と思えば安かったですね、女性と話すとき使って彼女ができたら教えて下さい。」

いやあきっと添乗員さん今度あったら、彼女できてるだろう。
次会うのをきっと楽しみにしとこう。

進歩しない時の自分

 自分なりに一生懸命やっていると自身だけが思い込む、そのような時期が誰にでもあると思います。
私にも人より多く、それを全く望んではいないのですが何度も訪れました。

その時期の最たる特徴は、極めて視野が狭くなり、自身の思いだけにとらわれ、真剣に自分は行なっていると思い込み、自身に足りないものを誰よりも把握出来ず、社会・周囲・家族等が理解してくれないと他を怨む。

周囲の望み・配慮・優しさに気が付かず、自身の思い込んでいる程度が低いということに気が付かず、大きな差ができてしまい、結果自身が思う願いは何一つ成就しない。

気がつくまで徐々に迷惑をかけ続けてしまう。どんどん悪い方向へ進んでしまい、殆どの場合身近にいる理解してくれない人・行いの悪い人を恨んだり憎んでしまいがちになる。最悪は全てを怨み、自暴自棄に陥る。

「その人のせいで、こちらは必死にやってるのに」そう考えれば考えるほど、更に悪い人達を怨むこともある。

その思いは、激しい言葉、短絡的な行動、聞くに堪えない愚痴となり周囲の心を汚していきます。
当然そのような時の私の心は相当すさんでいました。

その時は、考えろと言われても、何を考えたらよいか、何が自身にとって最良の選択なのか、今この瞬間何をせねばならないのか。気づく余裕が微塵も私に存在していません。愚痴や怨みにより、私の視野は0に近くなっています。耳も何一つ聞くことをしようとしないのです。

全く思いつくこともなく、考えることもできず、実行することもできていないのです。

もがいているだけです。

そのような時私のところに、よく友人が泊まり込みで来てくれていました。
くだらない話で盛り上がったり、酒を酌み交わして、私が一方的に愚痴をいっても、自暴自棄になりかけたとしても、いつでも友人は優しかったことをおぼえています。

困難が訪れる時、困難と共に自身を支えようとしてくれる人がどこかに必ず現れてくれます。

その存在から出てくる言葉・態度を無視したりおろそかにしたりすれば、私はとうに存在しなかったのかもしれないと思うことがあります。

自分だけが悲劇の主人公だと思う考え

自分だけが誰よりも不幸だと決めつける考え

自分のことを理解してくれる人がいないと思い込む、短絡的な考え

現状で出来ることをきちんとやっていないのに、やっていると思い込む取るに足らない考え

甘えを捨てきることが出来ていない、自分にだけ優しい考え

現実に答えを理解しているのに、そこから目をそむけ続ける臆病な考え


少しでも冷静になれれば、近くにいる人がどれだけのことを実行・発言しているかがわかります。
問題から目をそらさず、原因を少しでも自身に持ってくることができれば、以前よりは、幾分か考え・実行もついてくることがあります。

ただ憎しみや怨みにとらわれていては、何一つ問題も解決せず、自身の向上もありえません。

書にある
「怨みは怨みによって果たされず、忍を行じてのみ、よく怨みを解くことを得る。これ不変の真理なり。」

ひたすら怨んでいるだけでは、何の解決も進歩もありえない。
常に忘れないように私は気をつけないと、迷惑ばかりかけてはいけない・・・

元気

子供達は元気が余りまくっているのか、そのあたりで大きい声を出したり飛び跳ねたり、言い合いをしたり、何かに興味をうばわれたり、些細な必要のないものを奪い合ったりしています。

つまりはうるさいです。

でも、これは元気な証拠です。本当に有難いことです。

皆が健康が一番、皆が元気が一番、心から有難いことなんだけど

少し静かでもいいな・・・

「静かに良い子にしてなさい!」

1・2分は静かです、その後は注意されたことはすでに何処かに飛んでいってます。

まあ私も、子供の頃は元気でした。人のこと言えないので、注意は慎もうと思います。

「キャーキャー」

「・・・・・・・・・」

「ドンドン、ドタバタ」

「・・・・・・・・・・・・」

喧嘩が起きたりしています・・・

収集がつかないくらい、さわがしくなっています。

やっぱりだめです。
以下最初からまた読みなおしてください。

吉永さん

 私が四国に流れ着き、知り合った人の中に「吉永さん」という人がいます。

年は65歳前後、風貌はやせ型で、頭を常に剃っておられました。

いつも作務衣を着ておられましたので、一見にはお寺さんとしか見えません。でも普通の人です。

吉永さんは職場で知り合い、晩遅く書き物をするためにパートで入られました。
私は平社員ではありますが、一応正社員でした。

すごく綺麗な字を書かれる方で、和歌や絵そして仏教を好む人でした。
仕事の合間時間ができれば、和歌を書き字を鍛え、時には絵を筆で流暢に書かれていました。
器用な方で何でもそつなくこなし、本当に字も人間としても綺麗な方でした。

当時私は30歳にならないくらい、果てしないくらいに何もわかっていない時期でした。

「吉永さんのことも、自身のことも・・・」

 不景気のあおりか、現在はそのようなことはほとんどないのですが、吉永さんと過ごした夜、遅い時であれば深夜0時をまわることも幾度となくあり、字の汚い私は書けば書くほど、吉永さんに迷惑をかけ続けました。
かといって手伝わなければどんどん遅くなる。

字が汚い私の存在は、目の前の人を雑用をこなすということでしか役に立てませんでした。

当然忙しい日もあれば、お客さんが多い日でも逆に暇な時もあります。
その時はよく語り合いました。私の拙い話を喜んでいつも聞いてくれていました。私と家族のことを理解してくれて、自分に出来ることを色々協力してくれました。
里帰りすると私が言ったら、里帰りする日までに用意され「これを嫁さんのご両親にお土産に」と、気が付かない私のために用意してくれたことが何度もあります。

「また実家へいく時は私にいつでも声をかけて下さい。」

そう言われていました。

私のために親切にしてくれる人、その本当の意味に自身がいつ気づくか?

その時に気がつけば、私の人生に懺悔や後悔という文字は存在しません。

色々お話をしていたら、男性二人がいれば女性の話にもなります。
慣れた頃にお尋ねしたら、吉永さんが独身だということがわかりました。

「何故独身なのですか?」そう尋ねたことがあります。

「女性はめんどい生き物だ。こと煩わしいことが多いから」

と渋い顔をして遠いところを見ていました。
それ以降深く尋ねたことはありません。

 私は当時稼ぎが少なく各種保険も無く、自身と嫁の年金を払う金も大変だという程度のすこぶる低い話をしていましたら、すると突然「僧侶は国がきちんと面倒をみなければいけない。そんなところで僧侶に心配をかけさせてはだめだ。」と国に対して真剣に怒っておられました。

現在はその意味が本当にわかります。

「吉永さんは仏教を心から愛していました・・・」

私と吉永さんは日々色々そうやって密度が濃くもなく薄くもない、いわゆる普通の時間を共にして行きました。
ある時から吉永さんがしばらく姿をみせませんでした。

「お久しぶりです。どうしてたのですか?」

「歯医者に通っていたら、歯医者さんから口の奥にできものがあるから、すぐ病院を紹介するから行った方がいいと言われまして、その準備をしていたのでこれませんでした。」

嫌な予感がしました。

「大丈夫なのですか?」

「私は独り身だから、仕事のことも入院のことも、色々な手配をしていたら時間がかかりました。これからしばらく入院するので、ご迷惑をかけます。」深々と頭を下げられていました。

入院されてすぐ私は病院へ見舞いに行きました。
「吉永さんお元気ですか?病状は?ああ、ごめんなさい、これはお見舞いです。職場の皆様から預かって来ました。」

「有難うございます。ご心配をかけています。無事手術が終わりましたから、元気です。入院中は退屈だから、もし書き物とかありましたら、何でも言ってください。私にお手伝いさせてください。」

私と違って、吉永さんは本当に出来た方でした。

吉永さんは、喉頭ガンでした。無事手術もうまくいったみたいだからとの言葉に安心し、私はほっとして病院を後にしました。
それからまた私は吉永さんといつもの様に仕事を通して時間を共有していました。

しばらくして、吉永さんはまた入院するということになりました。
馬鹿の一つ覚えに私は「吉永さん大丈夫なんですか?」とお尋ねしました。

吉永さんは

「私はこれに(喉のところを指さしながら)殺されるだろう・・・」

そして入院されました。

退院されて、吉永さんは広範囲を切除したことにより、声を失いました。
いつも会話が不便になったことで、小さいホワイトボードを持っておられました。声より筆談が多くなりました。
食事も流動食である、缶に入ったもので日々をおくられていました。

不出来で愚かな私はどうしていいかわからず、会話をすることを避けるようになりました。
また、私にも家族が増えたことにより、吉永さんとの時間は少しずつ減って行きました。

ある日を境に、また吉永さんと連絡が取れないようになりました。

もしや、と思い必死に聞いていた住所の電話番号へ何度もかけましたが、その日から出ることはありませんでした。
電話を何度も何度もかけてもつながらないので、お手紙を出しました。


忘れた頃に、吉永さんのお兄さんからご連絡がありました。


「弟は亡くなりました・・・」

吉永さんは平成20、9,19に亡くなられました。

「本人の意向で迷惑はかけたくないのでご連絡もしませんでした。」そうお兄さんは言われていました。
最後の最後まで周囲の迷惑のことを気にされている方でした。

人手不足もあって、吉永さんがおられなくなった後、私は全く望んでいなかったのですが、様々な書き物がまわってきました。

 吉永さんが座っていたところで、現在私もよく書き物をします。
墨を使うので、机が汚れないように几帳面な吉永さんは、綺麗に紙を机に貼られていました。

貼られた机の紙の、右上の隅に「菩提樹の木の下に座られた仏陀」を筆と墨で吉永さんは書かれていました。

吉永さんが使っていた机の右には、阿弥陀如来の様々な呼び方を綺麗に筆で書かれた紙が貼られています。

 今までの私の努力が足らなかったせいで、私は字をかいてるのではなく、恥を書き続けました。
吉永さんが書いてきた字を見ては、自分の努力が足らず愚かなことを日々痛感させられました。
それでも吉永さんにいつかは、私も吉永さんくらいに字をかけるようになりましたと言えるようになりたいです。

現在でも吉永さんが書かれたお釈迦様と阿弥陀様の沢山の呼び名は大事に貼り続けています。

「吉永さんは、今は阿弥陀様と共に光の中でご一緒におられ、菩提樹下で禅定をしておられる。」


そう信じ、吉永さんを思えばありし日の笑顔が忘れられないのです・・・

10代20代の頃はそうでもなかったのですが、最近は昔に比べ涙が出ることが多くなりました。

花を見ても昔はあまり思わなかったのですが、花を段々と好きになって花に何かを見るようになっているのかもしれません。

若い頃の涙は痛い目にあった涙・悔し涙・感動しての涙の順に多かったように思います。

最近は感動しての涙が圧倒的に多い気がします。

他愛もないことに涙を流す自分が存在します。

至らぬ自分を心配してくれる言葉や態度で涙を流したり

自分を捨てて他人を助ける言葉や行動

年齢に関係なく若い方で素晴らしい行動を実践している方の話

年老いて我唯足ることを知りえた方の他人への感謝と敬意を払う行動

自分のことではなく誰かを救ってもらいたいとお参りされる方

赤子や小さなお子様にあらわれる神仏のようなしぐさや姿

小さな子供の口からでるほとけさまのような言葉

年齢と共に失われていく仏性を体験や知識の集積で体現されておられる方

自然の美しい景色、花が咲くだけでも涙が出ることがあります。


 言葉を言い換えるとただ単に涙脆くなっただけともいうのかもしれないです。

 最近は涙が出るのを昔ほど恥ずかしくないように思えてきました。むしろ誰かが何かをするとき自分はそれで涙を流して喜びたいと思うようになっていきました。

 客観的に見ればただの自己満足の押しつけなのでしょう。
人の行動を見て感動の涙を流したい、その先は自然に思うのです。自身の思いが綺麗で他人のために労力を厭わない、自分だけがよくなるのではなくできれば皆が良くなるように。

 誰も独りよがりな思いに共感する人は少なく、自分だけに利益がある思いをすることに協力も共感もしにくいものです。独りよがりな行為で失敗した場合には後悔しか待っていないのかもしれないです。助けてくれる方も少ないのかもしれません。

生きていくうちに失敗はつきものです。むしろ失敗を恐れ何もしないと思う人もいるのかもしれません。

その場合、良いことにも悪いことにも会わないでしょう。悪い事を避けて通れる道がわかるにはどうやったらよいのでしょうか?良いことだけ合う道は果たして存在するのか?逃げて逃げて良い結果にあうとは体験上あまり思いません。少々の苦労も時が経てば良い思い出になるのは古今を問わず当たり前の話でしょう。

 苦労話もよいですが、皆が聞いて心から感動し涙を流す話ができる人でありたいと願います。

ホームページ作成について

 調べ物をよくしています。
その調べ物が何になるか表に出てくるまで私の場合は時間がわりとかかります。

たまにというか、「よく人に何を調べてるの?」そう聞かれます。
聞かれなくても、何してるんだろう?と思われることは多々あります。

HPなどを作成中はひたすらタイプしてるから、気味悪いくらい集中して、
「カタカタカタカタ・・・・・・・・・・・・・」その音だけが響いています。
このカタカタ打ち出す音が聞こえている時は、調べ物が頭の中で形になり、手が動かされています。

ある程度の形が仕上がるまで、カタカタという音はとまりません。

私的HP作成順序は、まず「大きな思いが起きる」これが一番重要です。起きなければ何も私は動きません。
思いが起きて、調べ物に入ります。徐々にビジョンが頭の中で組み上がっていきます。

次は大体下の順番です。

①画像を撮る(私は比較的写真を取るのが嫌いなので、HP以外はほとんど画像はとりません)

②白紙のページから、頭に思い描くものを、叩きだしていきます。

③文章を集め読んだものを、書いたり。ともかくあらゆるものを編集セレクトしまとめていきます。

④手打ちで色々カタカタとソースを打ち込み、HPを1ページずつ作っていきます。

⑤フラッシュ使いたいが、ソフト高いから、ここはスタイルシートで我慢するかとか

⑥デザインが、「あーでもない」、「こーでもない」、「うーん・・・」
ホームページは、視覚でうったえる要素の強いものですから、スタイルと構成が一番悩みます。

まあ、結果本職ではない私の作るHPは自己流でたいしたものができません。
(お金を全く使ってないので、よしとしてください。)

ブログは言葉のみで、心を表現しようとしているから画像を載せていないのです。
(絶対に画像を撮るのがめんどいからではないのです。UPするのがめんどいからではないのです。スタイルとかを考えるのがめんどいからではないのです。)

 気がつけば、ホームページは相当なページ数になっていました。
これからの構想も考えているのですが、なかなか私の頭がついてこないのが現状です。

割りと作りこんで今更ながら気がついたことです。
人から何かこれがとか言われて作ったものではないので、あのホームページも「私の心の表現方法」だと最近は思います。

 私なりの思いと新しい発想・構想などを、周囲が望む形とミックスさせ、発現したものだと思います。
なのでHPのトップに映る「赤ちゃんのモデル」は私の三男坊が写っているのです。

まあ、赤ちゃんが可愛いから考えていたら、気がついたらあれが出来たとも・・・







ただの自己満足的表現かな

講師依頼

 昨年のちょうど今頃、何(地位肩書名誉経験)も無い私に、講師の依頼をしてくる方には本当にびっくりしました。その反面、何かを少し認められたのかなと嬉しくも感じました。
でも、何で私なのだろうという疑問がすぐに浮かびました。

その疑問も、初めて呼ばれお会いして挨拶後すぐに解決したのです。

以前の私には考えられないことなのですが、最近の私はよく郵便物や手紙また他にも色々書き物をします。

私の字を見て、

「綺麗に書いてるけれど誰が書いてるのか?」と

知人にたずねたら私の名前が出てきたことにより、少し興味がでたらしく、何故そうなったのかはわからないけれど講師に招くという流れになった、とお誘いいただいた方から直接お聞きしました。

ちょうど初めての時から一年たち、講師として再度招かれました。

初回の私は出来るだけのことをやっただけでしたが、運良く大成功だったそうです。
その時はタイトルを付けるとすれば「私と嫁と仏教」でした。
「だったそうです。」というのは、私はその時いっぱいいっぱいだったし、相手の本当の思いは相手にしかわからないからです。

あれから一年色々自分なりに努力してきましたが、思いが勝ちすぎて、満足のいかない出来になってしまったようにおもいます。(嫁と私と仏の話の続きが聞きたかったそうです。@@)

聴衆は50人くらいで大人数ではありませでした。

前回がよかったら今回があったということは?

今回が悪かったら、次回のお誘いは?

結果は考えないようにしましょう。一年後くらいにまた結果がわかるかな・・・

本に書いてある真実

本は、素晴らしいことがのっています。

しかし、問題は私にそれを理解する知識・見聞・体験などがない場合、理解できず読まない事と同じように通り過ぎてしまうことがあります。

本に問題はなく、やはり私の問題です。

人間についても同様に考えます。その人の思考・行動が自分の理解を超え過ぎる時、見なかったことと同様に通りすぎてしまいます。

その人に問題はなく、これも私の問題です。

どんな人間も考えていないように思えても考えていなくても考えていても、真理を何故か待っているようです。
何故か素晴らしい景色・言葉・行動・人間が目の前に来るとその本質に心が呼応して、人は感動して真理を述べていきます。

何時でも、その人が求める本質を出せない、単に私の問題です。

どなたの心も、この世界の全てを元から全て知っています。
何故か私もその人もそのことに気づいていません。
でも、素晴らしい景色・言葉・行動が目前に来れば、心は歓喜します。
知らないから喜んでいるとは思えません。元から知っていたことに再び出会えて随喜の涙を出すのです。

私の心が問題ではないのです。他人の心も問題ではないのです。

心が素晴らしいものを素晴らしいと認識するには、それ相応の努力・辛抱・苦労・研鑽・年月がいるのです。

ただ単に、私にそれらが足らないだけなのです。

答えはひとつしか無いのです。

無いものは、補うしかないのです。有るのに無いと呼ばれ、無いのに有ると呼ばれるものを補うだけなのです。

意味がわからない

出来た人の完成形は、「自分のなした善行を全て他人に与えること」と書にある。

自分の積んできた善行を全て与える。全てがなくなると思えば、物惜しみの心が出来て、その行為を成すことができない。
そもそも、善行を積むという行為の意味もわからない。

善行を積もうとして積んでいるのでは、積んでいるとはいえない。

「そこには思慮の欠片も感じることのない行動が、たまたま全て良い行動ばかりで、勝手に善行が溜まっていった。」
これだったら何となく私には分かる。

「何もないけれど、今できることはこれくらいなのです。」
それが自分にある善行を相手へ全て与えることに、いつもなっているだけのこと、これなら私にも納得できる。

心からの納得と心からの実行は別物だということも、愚かな私にも恐ろしく納得ができます。

もし、行動にそれが出ている人は、納得も考えも何もかもすべて入る余地は無いようにおもう。
「行いをなして思いをなさず、かかるその行いの報いをうく」この思いも相対的で、その人にはその思い考えも存在しない。

私的結論

私の程度は一番低すぎて、棒にも橋にもかからないけれども、何故か憧れてしまう。

想像してうっとりしておこう。


同じもの

誰かと何処かへ出かける。

誰かと何かを見る。

誰かと何かをする。

誰かと思いが共感する。

誰かと思いが交錯する。

二人が同じ現象を目の前にして思うことは、同様の時・異なる時、様々に変化していく。

同じ思いを持った時、喜び合う、悲しみ合う、いずれにしても喜びを分かち合えば楽しいし、時にしあわせだ。
悲しみを分かち合う時、何故かより悲しくなるようなことより、悲しみを共感すれば楽になれる、時にはしあわせかもしれない。

一人も良いように思う。二人以上の時があるから一人という言葉がある。

枯葉も山の賑わい、枯れ葉が一枚、葉が全て無くなってしまっても、それはそれで自然の流れならば美しいと思う。

一人は孤独な時間を生み、孤独な時間は寂しさだけでなく、人間の本質である知恵あるために思考する時間を提供する。天才は言う「人が孤独を味わうことがなければ、人として生きれない。」思考する生き物である人を前提づける叡智を養う時間と取れる。

人が違えば住むところも、考えも、思いも千差万別なのはしょうがない。
しょうがないといいながら、しょうがないと言いたくない。これは私特有な思いかもしれない。

 私が悪いことを書きたくない理由は、別に綺麗事と理想しか思わない人間だと思われたいからではない。
悪いことを凡そ自分に求めず他に求める時、どうしても発言したり思う私の程度は、心の本質である上へ上がりたい思いとは裏腹に下降し続けていく、どんどん下がリ続ける。

私は人並み以上に悪いことが多いし、悪い思いも多すぎる。

私はずっと迷い続けている。だから何故か本質を求めてしまう。

私が「汚れ」「煩悩」「業」そのものであるとしたら、本質は「真理」「法」「悟り」「神・ほとけ」などと形容したほうがわかりやすい。

迷い続ける私の程度が低いからこそ、あこがれてしまう。
私の知識・理解・行動・知恵が、本質に少しでも近づけば、幾分か私の程度も上がることは簡単に推測される。

だから分相応に、あこがれるものに手を必死に伸ばしてみる。
日々今ある現場で私なりに必死に

「今は私の程度は低くても、いずれは・・・」

書にある事と同様、長年私は身体や心の表層の思いに振り回されてきた、そろそろ表層の思いにとらわれず、心の本当の願い求め思う道のまま歩んでいきたい。

「思いのままに こころのままに 他のだれでもない、私なりの道で歩んでいこう」

人と同じものでも違うようにみえたり、同じに見えたり、

「誰よりも私なりでもいい」



限界は自分で作ってしまう。希望があれば問題ないはず!

今日の昼間に仕事中でしたが自宅から電話がかかってきました。
たまにしかかかってこないので、何の急用だろう?
「仕事忙しいところごめんなさい、お父さん、朝に子供が何かおもちゃを買っていいと言われたといってるけど、本当?」
突然何のことやら、私はそんなことを言ったおぼえはありませんでしたので、
「今すごい忙しいので、帰ったら子どもに話があるとそれだけ言っといて」それで電話を切りました。
よくよく思い出してみたら、確か朝何かをおねだりしていました。
私は「いつも一生懸命努力しているなら買ってもいいが、そうでないなら無理だ。」
そう答えたことを覚えています。
おかしいな、遠まわしに断ったはずだが・・・
家内が確か電話の中で、「子供が自分は努力しているから買っていいと言ってるけど」何かそんな感じのことを言っていたな、人間が出来ていない私は段々腹が立って来ました。
しかし、電話しようにも仕事忙しいから、やっぱり帰ってからじっくり話をしよう。

「怒らないように話をしよう。」そう決めて家路につきました。

一番上の子が言っていたので、

父 「お兄ちゃん、ちょっと」

子 「何、お父さん?」

父 「母さんから、帰ったら話をしようと聞いてなかった?」

子 「聞いてた。」

父 「話をしようか」
  「お父さんは、一生懸命努力しているなら買ってもいいって言ったけど?」
  「いつも努力してる?」

子 「・・・・・・」

父 「いくつか質問させて欲しい、まず一つは学校の通知表の評価は誰がつけてくれるの?」
  「あなた自身でつけてる?」

子 「いや・・・」

父 「じゃあ誰がつけてるのかな?」

子 「コンピュータ」

父 「コンピュータが自動で判断するはずないから、誰かが入力してるんじゃないかな?」

子 「先生かな・・・」

父 「そうだよねえ、じゃあさ学校では先生だけど、家では努力してるかどうか誰が判断すると思う?」

子 「・・・・・・・・」

父 「会社でも学校でも家でも判断するのは誰だろうか?」

子 「・・・・・・・」

父 「じゃあ家で一生懸命努力してるかどうか判断するのは誰か、お父さんに教えてくれ」

子 「お父さんとお母さん・・・」

父 「わかってるじゃない、なのに何故勝手に決めたの?」
  「努力してるかどうかは父さんと母さんが一番知ってる。」

子 「・・・・・・;;」

父 「毎日何度も注意したりしてるけど?」
  「もしそれが言わずにできてたって、それはあたり前のことだよ」
  「当たり前のことをやった上で他にしているなら頑張っているとか努力しているとか言うんじゃないかな」

子 「;;」

父 「嘘をつくのはいけない」
  「それなら正直にやってないけど欲しいから買って」
  「それのほうが父さんはまだいいと思う。」
  「でも希望もないのもいけないから、欲しい物があるなら欲しい物について作文を書いて」
  「きちんと、4W1Hに基づいて、そう言ってもわからないから解説するけど」
  「いつ(WHEN)誰が(WHO)どこで(WHERE)何を(WHAT)そしてどうやって(HOW)」
  「それから欲しい物を買ったらそれをどう使ったり何をしたいのか」
  「それを買うことによってどうなるのか(ビジョンについて)、作文にきちんとまとめて」
  「父さんがその作文を見て良いと思ったら、買ってあげるよ」

父 「希望がないとだめだよね」

子 「作文か・・・苦手だから無理だよ」

父 「限界は自分が作ってしまってはダメだ、希望はきちんとあるんだから!」

話は終了、すると下の子がその話を聞いていたみたいで、

真中の子 「お父さん僕も欲しい物がある」
父    「そうか、作文書いてこい、良かったら買ってあげる。」

真中の子 「作文書こうっと♪」

上の子  「無理だって・・・」ぼそっとつぶやいていました。

ラジオで聞いた小説家がプレゼント買ってもらいたい時、幼少の頃父親にその都度作文を書かされた話を取り入れてみたけど、あの子達きっと、作文いっぱい書いてくるだろうな、楽しみに待っとこう。

良い文だったら本当に買ってあげよう。

何気ない選択

 朝何時に起きるか、喉が渇いたら何を飲むか、何を食べるか、人と出会って何を話すか、仕事をどのような心構えで行うのか、困った人に出会ったとき自分が何をするか、やらなければいけないことは何か、あえてゆっくりするか、何気ない選択を日々繰り返しています。

 この選択により良いことや悪いことに出会います。良いことに出会うと何気ない選択でも私の選択は間違いではなかった、と根拠がなくても確信してしまいます。
反対に悪い事へ発展すると自身の選択を悔やんだり、ひどい時にはそれを誰かのせいにして何か大事なことや物事の本質・責任の所在から逃げ続ける人もいます。

 今まで私はいつも誰かが教えてくれたとおりにして上手くいかなかった時はすぐにその人のせいにしていました。上手くいかない方法をわざと教える人は少ないです。
ほとんどの方は相手が困らないように良い解決方法を教えてあげなければと頭を働かせたり実行で示したり、自分が失敗して大変な目にあったことがあるから相手が少しでも困らないようにと、大抵相手を困らせようとは考えてもいないです。

 親切に教えてあげて上手くいかなかった時は教えた人が教えられた人に怒られる。正直親切にして怒られることがあるなら親切をしないほうがましだとなり、教えてあげる人も段々と少なくなっていきます。
そのような簡単なことですらなかなか気づきませんでした。
また良いアドバイスをいただき、大成功を収めたり、人に感謝されたりすることもあります。それを自分の力だと勘違いすることばかりでした。

 仕事を始めて間もない頃、自分はなんでもできると思っていました。出来ていないのに出来ていると胸をはり、出来ていない点や矛盾点を指摘されると逆に怒ったり、相手がめんどい人だと決めてしまう。

 相手がこちらをまだ若いからこれからだからと優しく包んでくれて感謝を持って接してくれたり、会社や上司を立ててこちらの問題点を悪い問題とせず我慢・辛抱してくれていたり、つまりは出来ているのは一般の方であり出来ていないのはいつもこちらでした。

不出来な私の若い頃の何気ない選択は、成長をしない・迷惑をかける・理解できていない・・・まあ数え上げればきりがないのです・・・

 最近気づくことがありました。何気ない選択をどなたも行なっているのは先に述べた通りです。

 周囲の方で自然に選択している程度が遥か高い人がおられます。
接したり、見たり聞いたりしている本人がその人の程度に気づくか気づかないか、この差は果てしないものです。ある程度の見解や思いや実行にでなければ、全か無かの法則と同じようなものです。

 周りの方がどれだけ遥か高いパフォーマンスを発揮し続けていても、あらためて当の本人が誰よりも気づかないようではそこの場所にいないのと同じです。

 わかりやすい例えでいえば、同じ給料を払って二人を雇う。
片方は遥か高いパフォーマンスつまりは給料の2倍以上の働きをし続け、あとの一人は給料の半分以下のパフォーマンスを発揮している。

思うに二人とも考えていることは同じです。どちらもこれで良いと思い何気ない選択を実行しているだけなのです。

 先日、常日頃からお世話になっている方に、感謝の言葉や気持ちを伝えなければと思っておりました。
何かお礼をする機会がありましたので、感謝の言葉と気持ちを伝えました。
大変びっくりされているようでした。

その方に私がいつも思うことは、「いつも何から何まで有難うございます。できればいつまでも一緒に仕事をしたい。」そう心から願うのです。その方に何か特別なことをして欲しいとは思いません。

その方は「有難う」とその後に「私はこれから何があっても見捨てない。」そう言っておられました。

愚かな私の何気ない選択の中にたまにはいいこともあるみたいです・・・

 その方の見捨てないという意味は日々一緒にいるからよくわかるのです。こちらに不手際・悪い点があったりして皆が見捨てようとしても私は見捨てないという。他の誰もが理解できにくい結論です。

その方の「何気ない選択」はいつも私の考えや思いを遥かに超えていきます。

 私が努力をしない・迷惑をかける・悪いままといった現状のままでは不出来な私を信頼している人に果てしない迷惑をかけます。

「何気ない選択」は時に悪いこともでてきますが、涙を伴う感動や人まで動かすこともあるようです。

 本人すら気づかず考えずに又は考えて行なっている、日々の「何気ない選択」、

どうもこれは「自身と周囲の未来への選択」なのです。

 皆さんそれぞれ長短あり、悪いことが沢山ある点も深く理解した上で信頼し優しくつつみこみ、その方の「何気ない選択」を後押ししてくれる人がいます。

 自身の程度に気づき周囲の程度に気づき、自身が日々答えを出す「何気ない選択」の程度は信頼してくれる人がいるのであれば、また信頼を得たいと心からおもうのであれば、自身を信頼する方の未来をも左右することを誰よりも自覚し、不出来な自分を信頼し支えてくれて、「今は不出来でも、必ず貴方の選択は間違いではない。」

そう胸を張っていうことのできる程度の「何気ない選択」を日常において連続して出していきたいのです。

自分の悪い点

些細な物事が平穏無事に終わらない時、問題が露呈する。
つまりは、悪い事実が明るみに出る。
人間関係の問題は時折厄介なことになってしまう。
他人のことは難しい。
どちらかが折り合いをつける、つまりどちらかが引けば問題は収まることが多い。
そもそも、問題になる事柄から回避できれば問題にならない。
(喧嘩も買わなければ喧嘩にならない)
大事だと自身が思えば思うほど、体験上それにとらわれてしまい、収集がつかなくなる。
何回も衝突を繰り返し、疲れる事が多くなってきて、私はようやく自分の思いを捨てれば問題がないことに気づく。
それからがさらに厄介になる。
自分の思いを捨てたつもりでも、また知らないうちに拾って大事にしている自分が存在している。
問題が出てきた時はいつもそのようなことが多い。
自身の思いを主張しすぎることにより問題が生じていることが多い。
相手が自分より低いと思ってはねのけようとしても、こちらが反対に跳ね除けられたりする。
出来た人であれば私のようにはならない・・・

相手の意見を跳ねのけるより、自分の思いで相手を跳ね除けようとは思わないのだろう。

相手の意見を最初から最後まで聞いて、相手を尊重する。

相手の意見を常にくだらない、そのような思いを持たない。

相手の話が最初がつまらないから、ずっと駄目だと決めつけてしまうことをせず、最後の最後まで聞く姿勢を常に持ち続けている。

など出来た人の良い点は、数え上げればきりがない
私は常に反対を行い、迷惑をかけてしまう。

良い意味に取れば、私の個性としてのやり方、悪い意味に取れば、進歩がない・・・

 でも救いはある。

ボサツというものについて、書いてあった。
(ボサツは人間的完成の道を志すものなら誰でもボサツという。)

「ボサツに影響を与える事ができる者は、ボサツだけである。つまり他人に悪い影響を与える人もボサツであるから影響を与えている。悪いことを反省し本人が成長するならやはり悪いことをしてみせたりする人はボサツである。」

私の悪い点は、ある人にとれば成長材料となり、私もボサツだと確信する。
もっと悪くなれば、人に多大なる影響を与えるであろうから、ボサツとしての役割を沢山はたせそうだけれども、子供の親としては失格になってしまう。
悪い点はやはり自重しなければいけない。

誰でも、良い影響を与える方を選ぶと思う。

望んで悪いことをする人も少なかろう・・・



感謝

今住んでいる場所(県)に移り住んで11年位経ちます。
見知らぬ場所で、当然知人も皆無でした。

 現在は当初より幾分知人も増えました。はじめはお互い知らない者同志ですから、探りあいのようなところもあります。

 私がどういう人かも知らない内から、優しい方がいました。
赤ちゃんを見に来ると言って、住んでいる所まで野菜を頻繁に持ってきてくれる方でした。
住んでいるところが家族で住むには手狭だということもあり、引越しするときも私が何も言わなくても駆けつけて手伝っていただきました。
働く年数が長くなり、有難いことに徐々に私を助けてくれる人も増えました。

 当初様々なことで困ったりしていた私は、一体その人達に何を返したらいいのか?
精一杯のお礼を言ったり、何かお土産を届けたり、一生懸命にやることしか私にはできませんでした。
皆様のお陰で以前よりは、遥かに良くなりました。

 先日有難いことに、「現在の自分に出来る事をしていこう。」そう日々思い続ける人から、種々お品を頂戴しました。
本当に有難いことです。

いつも「今何ができるのだろう?」そう自問自答することが多いです。

 地位・名誉・肩書き・財産を持つ人達は、私と比べ必死に努力したから、それがあるのだと思います。
私の努力や辛抱・苦労・思いが足りないから、無縁のものになっており、大した存在ではないから私にそのようなものが無いのでしょう。

 そんな何も無い私をいつも助けてくれる人は、仏様か神様に思えることが多いです。

「有難うございます」

私は、月並みな言葉しか言えません・・・

夜空のお月様

日中の青い空、綺麗です。
時折昼間に月が見えることもあります。
何故か、太陽が目に映ってもそんなに考えることはないのですが、青空に浮かぶ月は惹きつけられます。
一番下の2歳の子に
月を教えるのに、私はそれも何故か「あれが、お月様だよ」そう教えています。
私はどうも日本人です。
命ない星の一つに、「お」と「様」をつけて自然に呼んでいます。
子供は教えられたとおりに「おつきさまー」と呼び、何故か「お月様」を見つけると嬉しそうです。
夜、何気なくお出かけするたびに、下の子は指をさして「お月様」と呼び、お月様が出ていることを教えくれます。
「そうだねー、お月様がでてるね」相槌をうつと、心を共有できて嬉しいのです。
 ある晩、子供は「お月様」が出ていることをまた教えてくれました。
お店に買い物早く行かないといけないから、「行こう」というと

「お月様、またねー」

そう言って、子供は手を振って「お月様」に別れを告げていました。

 昔の日本人は、時候・農作物の育成・行事などを知るために、月を敬意と感謝の念を込めて「お月様」と呼びました。 暦だって太陽ではなくお月様が基準となっていました。有難い象徴です。
時期の花もお月様の暦に従えば大体時期通りに咲くはずです。

下の子は小さいがために、そのようなことは全く知りません。
でも古人と同様に、月を物質と扱わずそこに人格またはもっと大きなものを見ています。

私とこの子の差は、このあたりか・・・

いつ頃、私は月となってしまったのだろうか、そう考えさせられる発言でした。

どこかの書物に次のようなことがありました。
「次第に失われていく仏性を、成長と共に知識の集積と努力・実践などにより補い、いずれは元を遥かに上回る仏性を顕現させていく。」
私も、子供の親です。くだらないことを言ってばかりはおれません。

「あの、夜空に浮かぶお月様のように輝かなければ」

日々忘れることのないように、私に合った努力を続けよう、そう思う夜です。