仲良きこと

 私はスポーツはどちらかと言わなくてもあまり好きではないです。ただするのが苦手で嫌いだとしても、スポーツ観戦は別で凄く楽しめます。

長男は今年が中学最後の年で最高学年ですから、中総体レギュラーを目指して頑張っています。彼の皮肉なところは一年二年とレギュラーであったのに、三年はレギュラーになるのが一番難しい年になっていると本人が教えてくれます。

「なれても、なれなくても、どっちでも最後までやりとげてね(継続は力なりだし、やり遂げたことは自信になるよ)」

次男は兄について、小学校三年から同じスポーツをやっていました。中学も同じ中学へ進みました。部活も同じスポーツ、どうも二人は仲が良くて、一緒に登校したりスポーツしたり同じ趣味を楽しそうに話しています。

兄「お前は経験者だし、小学校でかなりいい試合の成績を残しているから三年卒業したらレギュラー確定だな」

弟「そうなん」

どうも中学から始める方が多い中、小学校の頃からやってた長男と次男は即戦力として優遇される傾向です。やってたことが無駄にならなくて自らの役に立つのならよかったねなんて、仲良い二人を見て思います。
どうも明日は兄と弟として出る最初で最後の中学での試合となるようです。長男は小学校時代を思い出して懐かしんで楽しみにしていました。

兄「久しぶりに一緒に出るな。でも後は中総体だけになるから、オレがレギュラーになれるかどうかもわからないし、他のレギュラーも三年生ばかりがきまっているから、やっぱり明日が同じ大会に出る最後になるな」

そう言っているあの子の顔は本当に楽しそうでした。

私がスポーツが嫌いで逃げていた分、長男には継続することをかなり押し付けましたが、あの二人が楽しそうにスポーツのことを話し合っているのを見ると、少しだけおしつけたこともまんざら全て悪いことではないなと思いますが、長男へは言いました。

「今後は高校生になったら、スポーツをやれなんて言わないし、好きにするといい、貴方の意思を尊重します。」

次男は押し付けるまでもなく勉強より運動をずっととっているので、喜んでやっているから、早めから貴方の好きにしたらいいと言っていました。ただ勉強も普通くらいはできるようになってねとおしつけています。


本当私は欲張りな親だと書いていて思う夜です。
スポンサーサイト

自転車と学校

 仕事が終わって昨夜の春の嵐のような天気も嘘みたいに、今日は暖かく晴れて仕事が終わってから子供の自転車の練習にでかけました。中学へ上がった次男が久しぶりに補助輪取れている弟の自転車に乗る姿を見て

次男坊「補助輪なしでいつの間にか上手に乗れてる」

私「そりゃ私の息子ですから」

三男「ふふふ」

そのまま「けいくん」と二人で公園に自転車の練習へ、もうすっかり桜は散って青葉をたたえる桜の木へ変わっています。普通に乗ることに慣れてきましたが、まだスピードを出す練習や、立ちこぎの練習、片足で乗ってバランスとか様々なことを欲張って少しずつ練習させています。難しいことにチャレンジして諦めても普通に乗れることがどれだけ簡単かというあたりまえのことがわかってくれればなんて思いますが、普通に乗っていてもまだ危なっかしいのでしばらく柔らかい土と草の上で練習、もう少しブレーキも自由に使えれば一緒にサイクリングに行けると思います。
(こんど一緒の休みがあればサイクリングコースとかに一緒に行ってもいいかも)

少しずつ新入学の次男は中学に三男は小学校に慣れなければいけないと頑張っているようです。

明日はお休みをいただいています。学校が終わってからあの子達との時間をいつもより長く過ごす予定です。

ちょっと職場のことで昨日も今日も時間をとられたので、明日は子供達の用事にでかけてくることにします。

 昨日中学になった次男は何かに触発されたように

「お父さん本を買いに行ってきていい」

「いいよ、(お世話になった監督がくれた図書カードで買うのなら)賢くなりそうだと思う本を買うんだよ」

「わかってる」

監督は「これでもっと本を読んで日本語というか言葉を自分の中に増やして、もっと上手に説明できるように」そう言って図書カードをくれました。近くの大きい本屋さんへ自転車へ行って帰ってきたようです。

「お父さん、買ってきた」

「何、見せてどんなの買ったの」

「ほら堅い表紙がついてるし賢くなりそうな本だったから」

さてそのタイトルは

「これだよ」

そういって『騎士団長殺し』 :第1部(顕れるイデア編)村上 春樹の本を見せてくれました。

「凄いじゃない、何でこの本にしたの」

「テレビで宣伝してたのもあるけど、好きそうなタイトルだったから」

とっかかりは何でもいいです。

「最後まで読むんだよ」

「わかった。」

ちょっと私も読んでみたい本であったことは確かなので、読んでない時はお借りして読んでみることにします。(ネタバレなどはしないようにしないと)



いろいろなことがいろいろとあって、その流れにのれなくて、自らにとって厄介流れであればさらりとかわせれば言うことはないです。家内はどうも厄介な流れを上手く対処できずこころが荒んでいる日でした。私がさらりと流してもかわしても、近くに流せない人がいればそのあおりをくらって大変な目にあうこともあります。私も随分今もですけれど仕事に慣れていない時は特にこころが荒んで近くの人に当たって迷惑をかけました。家内も同じように仕事を始めてなにかしらに衝突してこころが痛いようです。

逃げる事が得意な私は役に立たない困ったものです。一杯やることにします。


とある日の「けいくん」

 今週は休みがたまっていた恩恵で休日がいつもより多く、ゴロゴロマッタリしたかったのですが、家内や子供達の目もあるので家事をそれなりにこなし早めに夕食と明日の食事の用意の合間に児童館にいる「けいくん」を迎えに行くと、同じように預けられている子供達が沢山いて、皆晴れていたから外で元気よく遊んでいました。うちの「けいくん」は外より中でマッタリ派のようです。

「お父さん、僕は外より中で遊ぶ方が好きだから、外で遊ぶ用の帽子は用意する必要ないよ」

そう言われてもやっぱり子供は元気よく外で遊ぶことだって必要なことですから、帽子を用意しておくことにします。彼が帰り支度をしている間、沢山の(他の)子達が何をして遊んでいるのか、眺めていました。

ある子達は仲間同士でジャングルジムに上って遊び、ブランコを楽しむグループ、走り回って遊ぶグループ、どうも桜の下に割と大人数の子達が帽子を振っていましたから何をしているのか見ていると、散る桜の花びらを帽子で集める遊びをするグループのようでした。走り回りながら飛び跳ね手を大きく振って、風に舞う花びらを取ろうとずっと楽しそうに続けていました。

自転車で迎えに行っていましたから、早く帰って「けいくん」を桜が舞い散る下で、自転車の練習に連れて行ってあげました。
まだ小さいのでウォーキングで通り過ぎるあの子を見て、「かわいいねえ」そう何人もがあの子へ伝えていました。笑顔の似合う子です。小さい自転車、拙いところ、怪我しないようにつけている手袋と白いヘルメット、上手くいって笑って、危なそうになって笑って、調子に乗りすぎて笑って、無邪気さと素直さが桜の花が舞う姿とよく似あいます。

皆が可愛い可愛いという時間はあの子にとって長続きはしません。身体が大きくなれば可愛いからの脱却となり、新しい何かになるでしょう。

お腹一杯ご飯を食べて、明日の準備をして、早めにあの子達を寝かすことにします。

雨の中桜咲く

 次男坊と三男坊にとって、新しい学びの場が始まる日で家内は昨晩からその支度などで忙しくしていました。当然朝は食事や彼らと自らの用意で慌ただしいのはいつも以上のことです。

午前は小学校入学式、午後からは中学校、式に参加することも家内は疲れていましたが、私はその間不届き物で、家事や居残りの子供達の面倒や勉強を見ながら、新しく学校へ入るとなると書かなければいけない提出書類や教材や明日の用意などを子供達と一緒にして、光の当たる場所には最近仕事を始めた家内は子供達との接点が主婦時代より激減していますから、大切な時ほどあの人が出て一緒に過ごしてくれればいいです。そんな大義名分を持ち出して私は楽な方へ逃げるのです。(人前に出るのは疲れるので嫌です。)
普段のことなら問題はないです。華やかな所は落ち着かないですから避けれるものは避け続けなければいけません。
お昼と晩御飯と用事をして、晩には今年高校受験を控える長男坊と進路のことについて雑談をして、長男坊には次男が朝起きてから空いた時間に遊ばさないようになんて、「貴方と違って彼は朝くらいしか勉強しないきっと部活を始めたら彼は晩に勉強しないよ」と遠回しに彼と次男へ軽いくぎを刺し、今日が終わっていきます。

明日は二日ぶりに仕事、仕事場も複雑な問題が山積みですから一つずつ片付けていかねば、このままでは大問題では済まなくなります。今のこともこれからのことを考えれば早めにしっかりとした対処を皆で協力していかねばいけません。

明日が小学校二日目になる「けいくん」は、楽しそうに微笑みながら

「明日の朝は一人で小学校までいくから」

本当何でも一人でやりたいという欲求がでてきています。私や家内の干渉(束縛)から脱出して大空へ羽ばたこうとしています。


あの子達の為もありますがむしろ私の為に、いろいろとやらなければいけないことがありますから、一つずつ一つずつ思いついたときに終わらせていかないといけません。

何もなく

 平日の連休、昨晩はいつもの如く翌日仕事がないという気のゆるみから3時半まで一人で飲んでいる始末、おかげで朝眠いこと眠いこと、というか午前中は良く寝ていました。今日まで次男と三男は春休み、明日から学校が始まります。雨のせいで桜を見るついでに自転車の練習にいけず、残念でした。

伸びすぎている次男の髪をお風呂前に散髪して、ついでに自分もそれからお風呂に入り、家内が仕事から帰ってくるのを少しだけ家事をして現実逃避つまりはまたまったりごろごろして待っていましたが、なかなか帰ってこず、仕事の大変さを考えさせられました。
明日もまた続いて何故か休みをいただいてます。

家内と休日同じ日であれば、どこかへ行くのですが、それぞれ一人で楽しく出かけることをあまりしませんから、そのうち休日が一緒であればと少し欲張りな願いを持っています。

今日は何もしていないから、掃除を少し洗い物を少しとほかはまったり、昨晩はお酒をずっと飲んでいたので今日は慎み、しかも遅く寝ていましたから早く就寝することにします。

これから残ったものをいただきゆっくり夕ご飯にして、やはりまったりすることにします。


この春休み子供たちのうち上の二人はカードゲームにはまってしまい、隙あらばそのカードゲーム(デュエマとかなんとか)の話かカードを見て戦略を立てるか、どうとうかこうとか、ああでもないこうでもないとか、あの二人最近うるさいです。

卒業(スポーツ)

 次男の通っていたスポーツも小学校卒業に伴い、卒業となります今日はお世話になっている監督があの子にお祝いを用意してくれていました。

「これで好きな本でも買って、もっと日本語の言葉をもっと覚えてしっかりと説明のできるようになって欲しい。」

そう言って図書券をいただきました。次男は体はよく動きますが本はあまり読まないし、話すより動くタイプですから、会話が大好きな監督はきっとあの子ともっと話したいから図書券を贈ったのだと私は勝手にそう考えていました。

本当、次男坊は長男坊と違って「この本面白いから読んでみるといいよ」そう言えば言うほど、外に遊びに行くことでした。まあそれがあの子の個性なんでしょう。
私はあの子の親ですし欲張りの代表で無いものねだりの代表でもありますから、早速あの子と一緒近くの大きな本屋にいってあの子の好きなためになりそうな本を選びに行こうと思います。



私からの卒業祝いとして、あの子の好きそうな本を一冊プレゼントすることにします。

準備

 引っ越しをして以前より小学校への通学路も少し遠くなり、四月から入学する三男のことで家内が

「学校まで(通学路)一緒に練習をしてもらえると」

「幼稚園の送り迎えの時から、けいくんとは、ここでとまってとか、ここで信号みてとか、右左みて車が来てないことを注意してと伝えてあるから大丈夫だよ」

「お兄ちゃん(長男)と言ってたのよね、絶対お父さんは練習一緒にしてと言ったら何か言うよって」

「何か言うも、(必ず何か言うんだけどね)今まで練習してるから心配ないよ」

昨晩はパソコンの前で趣味に没頭しながらお酒を飲み気が付けば、朝の4時を回っていましたから午前中は死んだようになっていました。その時電話が鳴って友人からの電話で起き随分話し込みました。来月こちらへ来る用事があるからその後お昼御飯でも食べようと約束をして、春休みで子供達は全員家にいましたから一緒にご飯を食べて兄二人は友達の家に遊びに行きました。
残された私と「けいくん」は小学校まで

「一緒に練習行こうか」

車が来そうな場所と信号に気を付けながら小学校へ到着、もと来た道を気を付けて戻り、それから彼の今流行りである自転車で買い物へ、回数を重ねるたびに上達していますが、油断も増え時折ヒヤッとすることがあります。けれど自分のお財布をもって、その中から美味しそうなジュースを155円で購入し、夜ご飯の買い出しをして帰ってきました。

子供達三人にそれぞれもっと時間を勉強などのかけねばと思いますが、遊ぶことに夢中なあの子達をみていると複雑です。勉強が楽しそうなあの子達であれば私の悩みなんてなくなるのかもしれませんが、私にしてそんなことはありえないでしょう。

私もあの子達も趣味や遊びに偏りすぎないようにだけ注意したいです。

おめでとう

 今日は昨日に引き続き、卒業続き、「けいくん」の卒園式の日、仕事だった私の代わりに一人家内が参加してくれていました。
どうやら家内がその様子を残業が終わって帰れば教えてくれました。

「お父さん、最近のよそ様の参加状況は両親ともに参加が当たり前で、今日も沢山のご両親が来てたよ」

「えー、そんなに幼稚園の会場も広くないのに、一家族から一人でいいと思うんだけどなあ」

どうやらですよ、私は最近の学校などの参加状況の理解が生きた化石のようになっています。多い所は兄弟やおじいさんおばあさんも参加していると教えてくれました。

「それ会場に入りきれてないでしょ」

「椅子とかも足りてないし入れてなかった」

「だよねえ」

どうやら少子化の影響か一人の子供に大人が手をかけたりする確率が増えているなんて考えさせられました。詳しい理由はともかく

「けいくん、卒園おめでとう」

仕事が終わってから何度も彼にそう伝えました。いつものように笑っていました。彼は本当に笑顔が多く素直で私によく近づいてきます。どうも他の方にも笑顔で話しかけ近づいていくので皆可愛がってくれているようです。

素直で子供らしく笑顔が多い。あの子の良い所です。

おめでとう、私からの願いだけれど良い所が小学生の間はそのままつづいてくれればと欲張りなことを願います。

別れ

 次男の小学校卒業式、一番大事な学校行事はずっと家内が主婦であったから参加してくれていて、仕事を始めてもそれはずっと変わらずに参加して欲しいと勝手に私は思っています。
いつも話し上手で器用な長男と違って、無口で不器用なところがありますが運動神経はよく足も速いから、彼は言葉より動きや行動で私達へ示してくれます。無口なのでわかりにくいですが優しいです。子供らしい子供で家内が随分とそれで安心しています。

三人男の子が我が家にいて、あたりまえですが三者三様で性格や好み話し方も違います。卒業式が終わって家に帰ってきてから玄関の前で写真を撮り、中学で使う新しい自転車の前で撮り、それからお昼を食べて彼は友達のところへ遊びに行きました。
春から中学生、彼はあまり勉強は得意ではない方ではないので、家内が心配しています。

「春休みの間、中学に向けて少しは準備(勉強)しとこうね」

家内の愛情から出る言葉でしょうけれど、本人にとっては重荷でしょうが優しい子ですから家内の優しさは受け取っているようです。

あたりまえのことが書いてあって「別れがあるから出会いがある」まあそれjはそうなんだけど、なんて思いながらそこはあまり深く考えないようにその時はしました。

私にとって大切だと思う人であれば、別れということは望まないからです。生きていて離れるだけならまだということもありますが、私にとっても大切な人達も生きていればいつかは死んでしまうということもあたりまえのことですから、深く考えないようにしたということが正しいです。

そこからまたあたりまえに、「一時も無駄にせずやれるだけのことを」なんて思いすぎたり実行したりすることが私は怠けてばかりですから、考えないのです。きっと私はまたとんでもない痛い思いをした時にそんなあたりまえのことを思うのです。


そんなあたりまえのことは忘れて、彼の卒業を一杯やって祝うのです。

とある

 たずねてみると、自転車で買い物に行きたいと本人「けいくん」は答えてくれました。
まだこけて前に進めないので、補助輪を以前より高く設置して難易度を前より上げ、私は歩いたり走ったりして彼を誘導し近くのスーパーへたどり着きました。

「おとうさん、ぼくは、はじめてじてんしゃでかいものにきたよ」

笑顔で私にそう教えてくれました。

「好きなものを選んでおいで」

彼は一つだけそんなに高くないものを選んで喜んで戻ってきました。私の昼食も一緒に購入して

「おとうさん、これ(買ったもの)はぼくのじてんしゃのカゴにいれてかえろうね」

「そうだね」

途中一回派手にこけてしまったので、荷物は私が持ち、それから近くの公園によって

「公園内は車がこないし人もいないから、下が土と草だからこけてもいたくないから、公園内クルクルと自転車で走り回っていいよ」

「はーい」

しばらくして飽きてきたら、今度は遠回りしながら次の公園へ誘導、また先ほどの言葉を繰り返し、これを三回繰り返してから、彼の自転車に乗って初めての買い物は終わりました。

お風呂に入りながら、今日のことを二人で話して、歯を磨いて寝に行く前にも今日のことと今度の休みも自転車でと話をして、彼は笑って布団をかぶって寝ました。

一つ問題があるとすれば、彼の自転車のカゴに私の昼食用にうどんのスープを帰ってすぐ食べれるように一つ買っていたのですが、彼のカゴの加護はなく、破れて漏れていたことに帰って作ろうとしたときに気づきました。

自転車にまだ不慣れでどうやったら転倒してしまうか、どうやれば上手にのれるのか、のれるようになってそんなことを考える人はあまりいないです。人馬一体のように、彼も気づかないうちに自転車と一体になる感覚がそのうちでてくるでしょう。
二つのものが一つになる感覚と、一つであったものが二つになる感覚と、一つが恩恵と感じれるか邪魔と感じれるか、混然一体となるか、彼を見ながら「名人芸とはすべからくそこ(転倒や困難をあきらめず前に進むこと)から身につくものである」そう田村先生は書かれていたことを思い出していました。

一杯やってまた明日一つ一つをしっかりとこなしていくことにします。

補助

 平日の休日をいつもいただいているので、家内は朝ゆっくり私が出来るように配慮してくれていたおかげで、ゴロゴロとして昼ご飯をいただき、「けいくん」を幼稚園へ迎えに次男の新しい自転車をこっそり借りて行ってきました。
まだ背が伸び盛りの前ですから、少し低くてペダルがこぎにくいものでしたが、新しいものは心躍ります、帰りは自転車に「けいくん」をのせて帰って、あったかいココアの飲み物を甘く入れて上げてから、今度は「けいくん」の自転車の練習へ出かけました。
補助輪が付いているので普段はこけませんが、補助の役割をする補助輪自体が段差や物に当たって自転車の邪魔をすれば自転車自体が上手く機能しないなんてことを彼は何度も体験していました。公園へ誘導し

「さあ、車は入ってこないから、好きなだけ転んでこぎまわって」

しばらく頑張っていましたが、飽きてきたようなので、次の公園へ移動

「さあ、車は入ってこないから、好きなだけ転んでこぎまわって」

更に同じ事態になったので

「さあ、車は入ってこないから、好きなだけ転んでこぎまわって」

公園を三つはしごして、今度は車通りの少ない舗装された綺麗な道路を監視誘導しながら、びゅんびゅんとばさせて(その間私は船頭の為に走り回りましたが)いわゆるストップ&GOです。

速度を出すスキルと泊まれる技術、広い視点の確保、後は自転車への慣れを今日は課題としていました。
まだまだ買って二日目ですけれど、若い子は慣れるのが早いです。次の練習が終われば補助輪はもう必要ないでしょう。もっとも長男や私は補助輪無しで乗り始めましたが、補助輪があるとこけるのを支えなくていいことが増えるので余計な体力を使わなくて済みます。補助輪による転倒は注意していれば回避できることです。でもやっぱり自転車にはなれれば不要なものです。

次もまた一緒に頑張り、早く遠出のサイクリングを楽しみとします。

ようやく

 残業もなく子供達もスポーツや用事がない日となりましたので、以前から約束していた次男の中学への通学用と「けいくん」の初めての自転車を購入へいってきました。長男坊が言うには

「僕の時にはそんなに高くない自転車だったから、あんまり高いの買わんとってよ」

「行ってみて決めるよ」

行ってみて次男にはいつも兄のおさがりばかりでしたから、彼にとって自転車を買うことは今回が初めてですから、高価すぎでもなくそれなりな値段であれば買ってあげたいと決めていました。つまりは兄からしたら高くて良い自転車ということになります。
ただ彼も来年は高校生になりますから、少し離れたところまで毎日通学ですから中学入学の時よりは良いものを買ってあげることを約束しました。

「けいくん」(三男)には、年齢が空きすぎておさがりの自転車も壊れ、無いものは買うしかないので、家内と一緒に黒くてカッコイイ自転車を選び照れていました。

今度皆でサイクリングへ行こうと思います。

それには「けいくん」を自転車にしっかりとのれるように一緒に練習してからです。今日はもう外も真っ暗ですから明日晴れていれば一緒に行こうと思います。

白黒

 何故そういう流れになったのか、気が付けば我が家では子供達と誰かでオセロ大会になっていました。正直なところ、私はオセロに対してそんな情熱はありません。かといって負けて花を持たせるなんていう性格でもなく、相手がうかつなことをすれば仕方なくそこは教えてあげるしかないのです。

「雉も鳴かずば撃たれまい」

まあ余計なことを言ったわけではありませんが、うかつな手を打てばそこは見逃せば相手に失礼ですから礼を失わずそこはひっくり返してあげるしかないのです。

責めるとすれば私ではなく、自らを責めていただくしかないのです。酔っぱらいは大人げなくなるところがあるので始末に負えません。きっとこういうことを白黒つけるというんでしょう。

「けいくん」もオセロのルールは理解していますから、楽しそうにしていましたが、皆勝負ごとには手を抜かないのでやはり年齢に応じて(一部の天才を除く)やはり年長者が勝率がよくなっていき、つまりは「けいくん」は負けばかりで

「かってないからおもしろくなかった」

そう言いながら楽しそうにそんなことを言っていました。親として一人の人間として複雑なところです。手を抜いて勝たせてあげるべきか、失礼のないように手を抜かないか、私はプロではないから一つの誤差もなく目算も出来ず、狙って引き分けにする技術はありません。冒頭に述べたようにこれからもオセロにそんな情熱をかたむけるきもないです。

「うーん・・・・」

次は「けいくん」に限って、花を持たせて上げようかと思います。(一回だけ)






ただ酔っぱらいがそんなことを次におぼえているかどうか、それは怪しい限りです。

 仕事が終わって、家内の趣味にしようとしている家庭菜園の小さな小さな畑を「けいくん」と一緒に手入れを始めました。
一緒に耕し、何せ初めてそこで植える畑ですから、まだ石がゴロゴロしています。一緒に耕し、とりあえずバケツに二人で石をそこに拾っては放りこみ、しばらく続けて、退屈になる前に

「けいくん、泥だらけだけどその石洗えば凄い綺麗な石がでてくるかもよ」

ホースを引っ張って、石を時間をかけて泥を洗い流していました。その間私は耕しながらまた出てくる石をよけて、またこの続きは次回へと、その頃もまだ石を楽しそうに洗っていました。

「きれいな石がいっぱい」

友達の誰かには内緒にしとかないとなんて言いながら楽しそうに洗い続けていました。

「その洗った石どうするの」

「ここにかざっとく」

まあしばらく飽きるまで、邪魔にならない所へ並べておくことにします。ついでに泥を洗い流して庭先を綺麗にして家に入りました。小さな小さな畑ですが、家内がそこへ何を植えるのか、これから楽しみです。花壇に新しい植物を今日子供達と一緒に植えたようです。

根付くものと根付かないものがあって、それは私の育て方や植え方が悪いのですけれど、素人の私はしばらく悪戦苦闘しそうです。

そろそろ次男も小学校を卒業します。通っていたスポーツもこれで小学時代は卒業となり、それなりな結果が残ったことや全国大会にいったことは思い出になるでしょう。

次男も三男もそろそろ新しい門出の準備をしてあげないといけません。親になれてしあわせですが懐具合は本当に困ったもんです。(笑うしかないなこれは)

公園と買い物と散歩

 末の息子を幼稚園へ迎えに行くと、声をかけても気づかないほどに水時計を眺め続けていました。お洒落でインテリアになるひっくり返すと紫色などの液体が水の中を軽やかに落ちていきます。私の子供の頃は砂時計をそのように見ていたように思います。
帰りはよくバイク(原付)に乗せて、私はあの子の乗ったバイクを押して家まで帰ります。重たいですが彼はバイクに乗っていることをよく自慢してくれます。

「大人になったらバイクにのるんだ」

「格好いいと思うよ」

バイクはこける乗り物ですから、危ないことも多いですが特に原付は気楽でいいです。(今は借り物ですが)維持費用も比較的安価です。家内にはバイク(原付)には乗らないようにとずっと言っています。こけて怪我をすると私が困ります。家内にバイクというイメージはどこにも見当たらないです。時にはそれも見たいなと思うこともありますが。

「けいくん」と帰ってから荷物を置いて、近くに買い物へ行きました。途中の公園によって一緒に思い切りブランコに乗って、それから隣の木にとまるハトに挨拶をしながら彼は滑り台をしていました。
近くのベンチで彼が気のすむまで私は横になっていようとおもっていましたが、雲から少し雨が落ちてきたので、手をつないでスーパーへ歩いて、

「好きなものを選んどいで(あまり高いものは駄目だよということを彼は承知しています)」

「うん」

昼御飯をまだ済ませていなかったので、何にするかいろいろと眺めていました。すると知り合いに会って、話が弾みました。「話が弾む」という言葉、これは時に「心が躍る」、楽しいひと時であればどちらでもいいです。

その頃の「けいくん」はどうも幼稚園でおなじ組の子と二人出会えて、皆で楽しそうに買い物や他愛もない話をしながら、学校の外で偶然出会えて嬉しそうでした。

私もあの子達も、年齢は随分離れているけれど、思うことは同じです。


また公園と買い物にいこうね。


(夜空に三日月が浮かび強い風が吹き付ける中、家内と散歩へ手をつないでいってきました。)

ここのところ、何かはちっともすすまないですがこんな日が過ごせることは有り難いです。

風船

 仕事が終わり帰宅すれば休日の家内と子供達はまったりとしていました。次男坊はどこかで風船をもらって、その風船をはしゃぎながらポンポン上に向かってふわりと浮かびゆっくり落ちるさまが楽しすぎて、どんどんそれはエスカレートして大きな掛け声でずっと私の後ろで風船遊びをしています。どれくらい風船が寄り添ったかというと

「お風呂入るよ」

「はーい、風船も一緒に入れていい」

「まあ、いいよ」

身体を洗って、一緒にお風呂に入って、

「おとうさん、ふうせんしずまないよ、どうして」

「そりゃ、空気が水より軽いから中身が鉄だけだったらほっといても沈むよ、沈まないものを沈めようとするのにはかなりの力がいるな」

しばらくお風呂にて風船で遊び、出てきてから30分経った今も後ろで掛け声をだして風船で遊んでいます。どうやら声がしないと思えば、彼は案外よく覚えているし、気に入ったものは近くにおいています。他のことに気を取られても風船をさわりながら他のことをしています。

雲を雲とだけ言いうのではなく、表現として「どこまでも広く高く青い空に流れる雲の建築」など

彼にとって「風に乗って浮かぶ船」とみえているのかもしれません。私からすれば彼は風船と共にはずんでいます。


こころか、からだか、風船か、彼と風船は二つのものですが無邪気で楽しそうに笑い弾む風船と彼は一つにみえます。

 早朝より徳島を出発、無事に大阪の大会から先ほど帰ってきました。
監督もウォームアップから指導や引率をしていただいたのに結果は惜しくも一回戦で敗退、その後監督と一緒に末っ子や長男と家内と皆で、せっかくだからお土産話に「アベノハルカス」や道頓堀のグリコの看板やかに道楽のカニを見て楽しんで帰ってきました。

中学になって「今のスポーツを続けるのか」そう監督に尋ねられ、上手く話す子ではないですが「続けます」そのように監督へ伝えていました。

「今度あの全国大会に繰り上げとかではなく、実力で出場して、勝ちたいね」

今日の試合は相手ではなく彼自らのミスばかりで負けた試合でした。明日から彼は自らの弱点を補い強くなるために取り組むことでしょう。ただ先日の学力テスト結果が悪すぎでしたから、真剣に勉強はもっと力を入れないとだめです。

少しずつ一緒に頑張っていくことにしたいです。ちょっと早くから車の往復に疲れたので早めに休むことにします。

梅花

 今週末、次男の大会のため少し用意が必要で、大きめの大会ですからちょっとどんなものか楽しみです。
大阪まで行かなければいけませんから、当人と私以外は物見遊山気分がどんどん高まって盛り上がっているようです。私はあの子を無事車で送迎と試合に小学校最後の大会でもありますから、結果はどうあれ全部やりきって欲しいと願っています。

次男は家族の中では一番無口で、運動神経も私や家内に似ずに、何故かよく動く身体に恵まれる反面、知的なことへの関心は薄いです。(もっともそれは私の育て方が悪かっただけとも・・)
いずれにせよ、中学では何の部活に入るのか、スポーツや体を動かすことを嫌う長男には運動部への部活を強制して割と恨み節を聞かされました。

放っておいてもスポーツは何かするような子ですから、次男には強制はしない予定です。

最近あった彼の試験結果は運動神経と反比例するような結果でかなり頭をいためました。私はそんなに成績はトップとか優秀とかではありませんが、まあ普通くらいには勉強はできて欲しいと彼には願います。欲張りと言えば欲張りですが文武両道という言葉もありますしね。

ここはいろんな事を日々書き連ね、時に近くの方へ向けて、時に私に向けて、時には家内へ、時に優しい方達へ、時に子供達へ、いつかここを見て何かを思ってほしいと願います。

次男坊の春からの中学生という新しい門出に何か役立つことをしてあげたいです。偏りが多い私だから余計なものを押し付けすぎて嫌がられるだろうけれど、私のところに生まれたことを恨むしかないです。

厳冬の中に咲く梅の花のような温かさや美しさ、そんな自然な愛情を彼になんて欲張りなことを願う夜です。

立春も過ぎ

 ここのところ我が家では卒業者が二人、ということは次のステップへということで二人春から新入学、おめでたいことですが懐事情は冬の厳しさと同じようになっています。
皆と一緒に使うものは節約できませんから、恥ずかしくないように新しいものを買ってあげないと、長崎の祖父祖母から新しいランドセルが「けいくん」へ送られて、受け取ったあの子はよっぽど嬉しかったのか、しっかり寝ているか見に行けば、堅いのにランドセルを抱っこして布団をかぶって寝ていて、次に見に行った時には黒いお洒落なランドセルを背負ったまま布団をかぶって寝ていて家内と二人でかなり笑ってしまいました。

彼には自転車を買う約束をしていて、中学になる次男にも通学用に買ってあげる約束をしています。

制服やこまごましたもの、入学説明会の度に予算が計上され、もう最初に帰ります。めんどくさいので必要なものは購入しなければいけませんから、どれくらい必要なのかなんて計算はしないのです。

部活を終え帰宅した長男とテレビを見ながら他愛もないことを話して、受け取り方の差や思いや若者と親父の私との言葉の違いを随分と感じるようになりました。本当は今日家族皆で盛り上がる予定でしたが、それぞれスポーツなどがあるので明日に延ばし、今日も一日無事に終わっていくのです。

一生懸命仕事をして、過大ではなく過少でもなく普通に認めてもらって、笑っていける日が多ければと欲張りなことを願います。

あの子達も自らの前にあることを一生懸命に行う時間を大切にしてもらいたいと押しつけがましいことを思いすぎる夜です。