いつの間

 子供たちと私と家内と、つまりは家族全員をよく夕食に招待してくれる有難い方がいます。その時間を気にすることはあまりなかったのですが、私が連れていくようなお店ではないので、そこに行く回数は子供達のそれぞれの言動が思い出となって、初めはまだ「けいくん」が生まれて赤ちゃんの頃で、クーハンの中でミルクしかまだ飲めない頃だからお兄ちゃんや家内や私と友人が美味しくいただいている頃彼はそこの中ですやすやと寝ていました。
あれから「けいくん」は小学生になって、大人に負けないほどよく食べるようになり、よく笑って、よくふざけて、楽しめるような時が過ぎたことを帰ってきて思いました。

同じだけの年数が過ぎていけば、長男が無事に入れていれば大学生になる頃です。それまで皆自分のために自分の中身を鍛える時間をできるだけ増やしてほしいと私は押し付けるように願っています。

家内が仕事を始めるようになって、丸二年が過ぎ、いろいろあることにまだ慣れず、けれど自分なりに前に進もうとして頑張っています。相変わらず根性が悪い人達に囲まれると精神的に随分まいって愚痴もとまらず、それは家内だけでなく仕事を先にしている私だって同じことです。よく笑って、楽しめるようになれば、随分仕事も楽になれますが、それには時間と経験と優しい方が必要となり、求めても求めているときには現れず、思っていないときに現れ、計算ができないことです。

美味しいものをたくさんいただけて、家族皆しあわせなひとときを過ごせました。本当に有難いことです。

今日は何故かお酒があまりのめなくて、帰ってからもあまり飲めないという日でした。(何故だろう・・・)
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愚痴

 上手くいかないことが続き、人間関係と呼べるのか、自らのことしか考えない言動を続け、仕事に来ているのに仕事をしない人が近くにいれば、真面目で不器用な家内はそのことを上手に処理できず、抱えてこなくてよいものを山ほど抱えて帰ってきます。

私は今日もお休みをいただいていたので、掃除洗濯晩御飯や子供達の面倒をみる日で、ちょうどそれは昔からの日本の家庭における役割が逆転している日が最近はあるようになりました。それはそれで私は良いことだと思います。そこに存在するひとが存在していることを行うだけです。

中間試験が終わった子供達二人の話を聞いたり、末っ子の「けいくん」の宿題やそろそろ学校で硬筆の試験があるので字を練習させたり、食事の用意と片付けが終われば子供たちの宿題を余裕をもって見ることができるというのは仕事をしている日に私はそんなゆとりの心がなく、イライラして子供たちのことを歯牙にもかけない態度をとっているので、休日の恩恵に感謝です。

「知恵が病にかかれば愚痴となる」有名な方の書物にそう書いてあり、納得させられましたが、愚痴がとまらない人にそんなことを言っても何にもならず、さらに愚痴が出てくることになりかねません。
私はその愚痴から逃げるように家の中のことと子供たちのことに時間を割いていた、逃げている私がそこにいたというだけです。

つい正論を言ってそこで問題を終わらせようとするのはいつもの私の悪い習慣で、相手にとってはただ頷いて聞いてくれるだけでよいという簡単なことが私には最大の問題となっていることばかりです。

外では雨模様、悪いことよくないことなどは全て雨が洗い流してくれればと願う夜です。

とある雨の日

 十月十七日 (火) 秋雨前線の影響による降り続く雨

 お休みをいただいて、朝から仕事に行く家内と学校へ行く子供達の賑やかな声で起きるつもりはないのに、賑やかすぎて起きることになり、ついでにゴミを出し、「けいくん」はどうやら貯蓄上手で学校へ雨が降っているというのに三本も自分の傘を置いてきたので、雨なのに傘がないのは困りますから、眠い目をこすって学校へ車で送っていき、燃えるごみを出すことからはじまりました。

それからぼーっとして、溜まっている洗濯を一回分仕掛け、こまごましたことをやりかけましたが寝ぼけていたので、それから誰もいないことをいいことに、ベッドへもぐりこみ静かな時間を満喫しました。寝るにも静かな環境が必要です。
昼過ぎに起きて、申し訳ないように洗濯物をたたんだり、乾燥機にかけたり、洗い物をしたり、大体の部屋を掃除器をかけて、また洗濯をして、主婦が見るような番組を見ながら洗濯物を干して、そんなことをしている間に夕方になり「けいくん」が友達と一緒に帰ってきました。何故かランドセルを背負っておらず、どうやら友達の家にランドセルを置いて帰ってきたようです。
「友達と一緒にランドセル取ってきて、また家に遊びにきて」
二人は仲良くランドセルを取りに行きました。するとチャイムがなり早い帰宅だと思えば、ランドセルを置いてきていたその子のお兄ちゃんがランドセルや水筒を届けてに来てくれました。丁重にお礼を述べ、今度は「けいくん」と友達が帰ってきて上がって遊ぶように言うと楽しそうにしていました。
玄関がまた音がすると思えば、中間試験前だから部活もないので兄二人が帰ってきて何やら賑やかになりました。人が増えたので安心して晩御飯の買い出しに行き、晩御飯の支度、人が来るのはよいことです。
誰も寄り付かない家なんて、静かでいいかもしれませんが子供達がいるのなら友達が来てくれるのは、私にとって嬉しいことです。
勉強もしなければいけないけれど、友達と遊ぶ時間が多ければ多いほど思い出ができます。ただ遊ぶだけでは私みたいに愚かというかおバカになってしまうので、何事もバランスよく、ほどほどです。
お腹一杯家族が食べて、自分たちのために時間を使う。何事かあってからではなくあらかじめ自分達のために時間を使ってほしいです。

怒るのは私や家内の仕事で、兄二人と「けいくん」には相手に優しくする担当であってねといつも言います。

もっとも子供達に理想は理想です。けれど私がいる時くらいはいろいろと手助けするから理想に向けて自分達を自分で使ってほしいです。

まっすぐ帰る

 「けいくん」は小学校に入ってから、最近は特に大好きな男友達ができました。その子のことを話すときはいつも笑顔です。今日何して遊んだとか、明日は何して遊ぶんだとか、今度一緒になにかするんだとか、笑顔が輝いています。
けれど、どこの家にもハウスルールがあって遊びに行き過ぎれば、(両親家族が)用事ができないこともあるし、いつでもどうぞという家庭は少ないです。当然私の家も家内が「今日は遊びに行っちゃだめよ」とか「今日は遊びに連れてきてはいけませんよ」などの連絡という、命令があの子の上にも降りてきます。

大好きな友達も遊びに行ってはダメといわれ、私はその辺りは寛容なので「友達私がいるときはいつでも呼んでいいよ」そうあの子に言いますが、相手が遊びに行ってはいけないと言われていれば、仲の良い友達が考えることは一つです。
「隠れて遊びに行く」
今日の「けいくん」には「お父さん今日休みだから待ってるから早く帰ってきてね」そう伝えました。けれど下校時間になっても帰ってきません。無頓着な私はあまり気にせず、晩御飯の支度をしていました。割と時間が経って「けいくん」が急いで帰ってきました。

「友達が待ってるからすぐに出かけないと」

「そう、車に気を付けていってらっしゃい」

友達と遊ぶことは悪いことではないです。まして小学に上がったばかりならなおさらです。けれど家庭の事情はどこにもあります。それは大人の事情ですからどこにでも私にもありますので、誰も悪くも責めれもしません。
割と遅くまで遊んで帰ってきました。雰囲気は遊んできたことをすまないという雰囲気を持っていました。私も子供のころ道草をくって、真っ直ぐ帰ることなんてまれなほうでした。今は時代も変わり子供たちも真面目な子供たちが多いです。

子供は子供です。

遊ぶことが罪になるわけはないのですが、家庭の事情に左右されます。それも致し方のないことです。けれどあの子には友達と笑って遊ぶことを必要以上に止めたり怒ったりというのは考えさせられます。

あの子をみていて(私はあの子の何十倍か好き放題していましたから)、私が兄弟や母親に心配をよくかけていたんだということを教えてくれました。
だからと言って謝るなんてことは今更しませんが・・・、その分やるときはやる、遊ぶときには遊ぶ、抜くときは抜く、いろんなことを彼と楽しんでいきたいと思う日でした。

証明

子供達(上の二人の兄)と約束をしており、いつも忙しいことを言い訳に破ってばかりのことではいけませんので、仕事が終わって二人を連れていってきました。

長男と次男は部活で同じスポーツをしています。もうそろそろ四国大会に偶然選ばれた次男のために長男を練習相手にと、二人の真剣勝負と練習を二時間半ほど眺めて帰ってきました。
長男が中学三年間、あれほどいやだいやだと言いながらも真面目に続けていたことが理解できました。次男はせっかく選ばれたのにもう少しというか、自らの得意分野でしっかり勝負してもらいたいなんて欲張りな思いをぶつけて帰ってきました。

約束はまだ残っており、また忘れないように、長男と事前に相談をして次に望みたいと思います。

(仕事終わりにだったので疲れてここは進まないと酔っぱらいは言い訳をしておきます)

お月様

 偶然今日は私は仕事が休日をいただき、十何年ぶりに仕事を始めた家内はまだ仕事や人間関係にいっぱいいっぱいで、それはいろんなところへしわ寄せが来ます。
結果で言うと私の収入が多ければ家内を働かせず、家事と育児にいそしんでもらいたいですがそれは現在では最高の贅沢であるし、現在とこれからのことを考えるまでもなく働かなければいけません。

いつもなら家内は9月に月見の用意をしていました。今年は遅れて今日私がススキを取りに行って、洗濯・掃除・晩御飯と明日の朝食の段取りを済ませ、美味しく皆で晩御飯をいただいたあと、縁側のない我が家ですから、ちょうど玄関をでると目の前にまん丸のお月様が浮かんでいたので、そのまま外にススキを花瓶にいけて外に飾り、団子を家内と子供たちが楽しそうに作ってくれていました。

お月様をみながら、だんごとススキを供えて、皆で団子にアイスをかけて外で食べる夜となりました。

私も仕事を始めてから、人間関係・仕事の問題・その他様々な問題が大きくなれば大きくなるほど、家のことや細かいことはおろそかどころか、顧みることも考えることも、ありのままにみつめることもできていませんでした。
やはり私が仕事を始めた年数は先輩ですから、家内が仕事でいっぱいならこちらが気が付いた時くらいは、何かしなければ私の存在なんてあってないどころの騒ぎではないです。

曇っていましたが、お月様はまるく輝いていました。

外はもう風が冷たく、「けいくん」を上着の中に入れながら一緒に座って団子を食べて眺めました。家内は子供たちに

「大人になったら自分の子供たちと、一緒にお月見してね」

そうお願いしていました。


遠くから太鼓の音がかすかに聞こえ、一層お月様が綺麗に思えました。

おでかけ

 昨日の台風も夕方には乗っているバイク(原付)で帰宅時には、吹き飛ばされそうになり、久しぶりに祝日に休日で家族がそろいましたから、家内は皆でお出かけすることを楽しみにしているようでしたから、あまりお金のかからない砂浜と海を見にいくことにしました。

ずっと子供たちはこの三連休家のなかだったので、皆(家族五人)連れ出して、ドリンクだけは先に買って、いくら快晴といっても台風の翌日ですから、人が少ないかと思えば、まだ少し波が高いことを目当てにサーファーの方たちが目につき、確かにいつもより激しい海でいつもと違う砂浜と波が見え、しばらく打ち寄せる高い波のしぶきと海風をこれもまた久しぶりに波打ち際でしばらく立ちその感触を、海というより波と風と砂と青い空がなんとも言えず、いいものだと思ってしまいました。
長男と次男は最初おとなしかったものの、段々とエスカレートしていき、半ズボンの裾が最初濡れただけであったのに、次見たときにはズボンが随分濡れていて、その次には高い波が来るたびに波にぶつかって遊んで、着替えもないのに二人とも波を満喫して、その楽しさにあてられたのか、「けいくん」も波打ち際で低い波を体全体で受け止め楽しんでいました。

着替えのこととか、タオルのこととか、帰りはどうするんだとか、楽しければどうでもいい三人を見て随分笑いました。帰りは車中にあったタオルを巻き付け、裸の子三人を隠しながら家につき、夕方が近づいていました。楽しいこと、よいことだけであれば本当誰もが何も言うことはないです。

 まだ何やらいろいろと続きそうなので、そこに目や意識が向けば、晴れた海とは反対印象で塗りこめられそうな感じがします。

質問

 私は自分のこと自分の過去のことを都合のよい棚にあげ、子供たちに自分の後悔が多いから、必要以上に願うことがあります。

その代表的なものの一つ

「試験が終わってから、もっと勉強しておけばよかった」

「希望通りの進路に進むことができなくて、もっとああしておけばよかった」

「真面目に人より先に頑張って、自分の道を進んでいる方を見て、同じ時に怠けすぎた過去を悔やむ」

要約しますと世間であまり言っても効き目がなく逆効果である短絡的な私が言い放つ、ちゃんとやることやりなさい、つまりは

「勉強しなさい」

となっています。これが逆効果となることも多く、言われて爆発的に意欲もわきません。よいことを思いつかなければその本人たちへ聞いてみました。まずは次男坊から

私「ねね、お父さんさ、ちょっと質問があるんだけど

あなたは、どんな時に『おれ勉強する』ってなるかな」

次男「(照れながら)そんな時ないよ」

どうやら照れ屋だからあるんでしょうけれど、真実を教えてくれません。仕方ないのでもう一度真摯に問うてみました。

私「本当のところ、あるでしょ。『オレ今めっちゃ勉強したい気分だ』って時、お父さん是非今後は参考にしたいし協力するから、あるでしょ教えて」

次男「(笑いながら)ないよー」

本当日本人らしく慎ましやかで本音を語らないところがある子です。仕方ないので隣にいた「けいくん」小1の三男へ聞いてみました。

私「けいくんはどんな時が、勉強したいなんて思うの」

けいくん「(照れながら)えっとね、むずかしいテストで99点とかとったときは、勉強したいっておもうかな」

私「へーそうなんだ、ちょっと条件揃えるの難しいねえ」

高校の受験が近くなってきた、長男へたずねてみました。

私「あなたはどんな時が、勉強したいなんて思うの、真剣に参考にするので教えてね」

長男「えー、そんな時ないよ」

本当に「けいくん」以外は照れ屋で本当のことを教えてくれません。よって長男へ指令をだしておきました。普通の子や賢そうな子に「どんな時に勉強したいって思う」その答えを複数集めてくるように、きっとお父さんやあなた達の中の誰かにそれは役に立つかもしれないから。

馬鹿なことを言って、現実の問題から私は気分転換をしますが、現実に変えれば考えなければならないことが山積みです。

虫かご

 子供は虫や昆虫が好きです(そりゃ気持ち悪いのとか例外はありますよ)。

小学生になった「けいくん」もこの時期大きい声で鳴き続けるセミを捕まえたいと走り回ったり、男のですからカブトムシやクワガタムシだって好きです。身近ならバッタも好きだし、テントウムシも大好きだし、好奇心旺盛で元気な子供です。

先日家内の実家へ子供達と家内は里帰りしており、その際お土産として、使用感のある緑の虫かごをもらって喜び帰ってきました。私としては虫かごに虫を子供が入れると、大抵虫かごから出るときは生命が尽きているときです。
けれど虫かごを楽しみに持つ彼をみていると、何か気に入ったものを入れなければ知らないところで何か変なものを入れて帰ってきそうな気配がしました。

家内とウォーキングへ夜に行っていると、家内が珍しく足を止めて地面を眺めていました。

「どうしたの」

「大きなバッタがいる」

「ああ、その種類のバッタこないだけいくんに捕まえて渡した。死なせるのも可哀そうだから逃がしてあげてねとお願いしたら、逃がしに行ってたよ」

「ついでの買い物が終わるまでそこにいたら、明日逃がすまで虫かごに入れてあげるか」

割と明日のお弁当や夕食の食材などを買うのに時間はかかっていましたが、暗いせいかバッタはしっかりそこで待っていました。
早速さっと捕まえて、「けいくん」に

「ほら、虫かごに入れるバッタ捕まえてきたよ、大物だよ」

体長7センチから8センチ、この時期だからショウリョウバッタだと思います。ふと今頃はお盆だし、精霊のショウリョウとかけてあるのかなと調べずに思いつくまま書いてみます。

「明日死ぬ前に逃がしてあげるんだよ、それと食べそうな葉っぱも入れといて上げて」

「わかった」

次男と二人で、ライトを照らしながらバッタの為に葉っぱを何枚も取って帰ってきました。


明日になって死んでないようにと願います。

夏のとある休日

 有難くお休みをいただいていました。この時期は夏休みですから、三人の子供たちが家にいます。家内が仕事に出かける前に

「お父さんがいる時にしかできないこと(難しい宿題など)みんなそうしたら」

ということで、朝早くから「けいくん」の自由研究に取り掛かり、「ありが何のエサによく集まるか」という研究を日差しを浴びながら、写真を撮ったり、バッタをとってみたり、蝶を捕まえようとしたり、その合間にどれだけ集まったか観察して記録しました。
その後は二人の兄たちへ宿題・手伝いなどの指示をして、家の中にいたら電化製品に偏りますので、庭に随分空気入れが小さくて空気を入れるのに時間がかかりましたが、無事プールを用意して、「けいくん」専用として入ってもらいました。
暑さと青空と少し風があり、快適に遊んでいました。一人だとやはり寂しいらしく何度も

「おとうさーん」

そう言って少しのことでも報告したり呼んできますから、私も観念して水着と麦わら帽子を出し、しばらくプールに付き合いました。
一緒に小さい小さいプールに入って、寝そべって、風と青い空と鳥と水の心地よい冷たさのなかで時を過ごしました。
ここのところいろいろあるから、こういうことがどれだけ有難いことだと思えるかという有難いことに気が付かされ、少し心が軽く、凝り固まり狭くなった心がひろくなったように感じました。

自由研究ではしゃぐ「けいくん」は蝉を捕まえようとしたり、蝶をと動き回っていましたが、蝉時雨、トンボが飛び、バッタがいて、ミツバチがいて、ハトが鳴き、アリがどのようなエサに集まりやすいかの研究の過程でも、虫と自然と青空と暑さ、本当あたりまえのことをみてあたりまえにとれていない私をみる日でした。

「けいくん」は喜んでいました。

私も慣れないことで疲れましたが、喜ばしいことでした。

夏休み

 中学・小学生の子供達三人の夏休みが始まりました。子供が学校に通っていれば学校行事はつきものです。
三者面談・個人懇談が三人いれば三人分、さっそく次男と「けいくん(三男)」の面談・懇談に行ってまいりました。子供達は成長していて学校での違う一面をそれぞれの先生方教えてくれました。家の中での面倒は私と家内がしっかりみて、学校内では担当の先生方にお任せするほかありません。宜しくお願いしますと何度もお願いしてきました。

三人の子供達、それぞれ得意分野が違い、苦手分野も違い、個性も三者三様、本当に違って楽しいことも多いですが、いろいろと親としては考えさせられることも多いです。

私が苦手な相手の素晴らしいことを認めそれを伝え、善いものは善いものだと嘘偽りなく真摯にお伝えすること、この作業が何度も言いますが私は苦手です、ひねくれた表現になっていたり、やっかみが入ったり、およそ私の悪いくだらない要素が混じれば皮肉なものとなり、相手を褒めるどころかけなすようにとられてしまいます。私自身の責任です。

「善いものは善い、普通のものは普通、悪いものは悪い。」

客観的に他に何人もが聞いていて問題のない、あの子達にそんな私の言葉をどれだけ伝えれるか


今日の酔っぱらいは、自分の為にあの子達の為に家内の為に、家族が関わりあう他の方達のためにも、いろいろと試行錯誤しながらやっていくのです。





お大事に

 昨日は一昨日によく睡眠をとったことにより快調でしたが、昨晩に末っ子がハシゴを変な使い方して、足の親指を強打の上挟んで、ゆっくり楽しく過ごすどころか、家内は末っ子の足や翌日仕事や病院などの予定のことで頭がいっぱいになり、やっと「けいくん」も痛いのを辛抱しながら寝付いたかと思えば、家内の布団に後で潜り込んでいました。

仕事が終わってまだ病院に連れて行っていないのであれば連れて行こうと思っていましたが、いつもより会社を早退して病院に連れて行ってくれていたので助かりました。骨折はしていないようですが親指の爪は黒くなり周囲も昨日より黒ずんで内出血して少し腫れており、まあ骨折やヒビが入っていないようなので一安心です。家内が

「まだ小さいからいろいろあるわね」

本当、小学一年生になってよく自転車に乗れるようにもなりましたが、走ってこけたり自転車でこけたり、擦り傷や生傷や打ち身がその分多くなって、彼の活発さが増えたことが嬉しいですが怪我は勘弁です。

昨晩また夜更かししてしまい、明日は仕事も忙しくなりそうですから「今日は早く休むぞ」なんて宣言したら

「おとうさん、きょうはじゃなくて毎日早く休んだ方がいいよ」

足を痛めた「けいくん」は頭は冷静でした。早く治るといいね。

 昨晩は中学生になる長男と次男の中間テストの結果を持って帰って来た日でした。
二人共日頃の成果が出て、それはもう遊び呆けた成果がその結果に如実にあらわれるというわかりやすい成績表でした。短気で愚かな私は、日々あの子達に

「しっかり遊んでいいけど、その分勉強も真剣にやってね、遊ぶために計画を立てて勉強をして自らの中身を付けることをしなさい。
貴方たち今日はしっかり(ずっと遊んでいるけど)ちゃんと遊ぶための勉強はした?」

「うん、やった。」

日々欠かすことなくその問答を続けてきた結果、どこかに嘘があって、その嘘と信頼を裏切る分だけ、成績は惨憺たるもので、あの子達は自らの言動の結果と嘘と信頼を裏切る結果の帳尻をあわせるということが痛い思いと共にやってくる日となりました。

しばらくあの子達は万雷までいきませんが千の雷を(オヤジの必殺技であるものを)落とされ、その特典として期末テストまで一切の電化製品の禁止と、遊びに行くことを禁止と、日々勉強や読書の為だけに時間を費やせるというすばらしい時間の使い方を父親からのお達しがでたのでした。

「よかったね二人共、これからは言葉じゃなくて、日々の継続である行動をもって貴方の父と母に答えを示せば、遊ぶことも許可されるよ(期末テストが終わってからは確定だけどね)
安心して、約束を破って遊んだり電化製品などを触ってたら、期間が三倍に延長するから安心して遊んだり現実逃避するといいよ」

どうやら上の子二人は安心できたようです。

孤独や忍耐、継続的なあらかじめなされるべき努力、それは必ず自らを成長させるものです。


愚かな私はあの子達の頃何一つ意味が分かっておらず、わかる気もなかったのに、あの子達に必要以上にその意味を説き、自らを助けるためのものを、雷をもっておしつけるのです。

怨むなら愚かな父を恨めば問題なく、ただ自らの選択肢の幅を狭くしたいのであれば最低限の学力は確保しなければ損をすることになるということを力説する昨晩を落ち着いた今日ここへ書き記すのです。

仲良きこと

 私はスポーツはどちらかと言わなくてもあまり好きではないです。ただするのが苦手で嫌いだとしても、スポーツ観戦は別で凄く楽しめます。

長男は今年が中学最後の年で最高学年ですから、中総体レギュラーを目指して頑張っています。彼の皮肉なところは一年二年とレギュラーであったのに、三年はレギュラーになるのが一番難しい年になっていると本人が教えてくれます。

「なれても、なれなくても、どっちでも最後までやりとげてね(継続は力なりだし、やり遂げたことは自信になるよ)」

次男は兄について、小学校三年から同じスポーツをやっていました。中学も同じ中学へ進みました。部活も同じスポーツ、どうも二人は仲が良くて、一緒に登校したりスポーツしたり同じ趣味を楽しそうに話しています。

兄「お前は経験者だし、小学校でかなりいい試合の成績を残しているから三年卒業したらレギュラー確定だな」

弟「そうなん」

どうも中学から始める方が多い中、小学校の頃からやってた長男と次男は即戦力として優遇される傾向です。やってたことが無駄にならなくて自らの役に立つのならよかったねなんて、仲良い二人を見て思います。
どうも明日は兄と弟として出る最初で最後の中学での試合となるようです。長男は小学校時代を思い出して懐かしんで楽しみにしていました。

兄「久しぶりに一緒に出るな。でも後は中総体だけになるから、オレがレギュラーになれるかどうかもわからないし、他のレギュラーも三年生ばかりがきまっているから、やっぱり明日が同じ大会に出る最後になるな」

そう言っているあの子の顔は本当に楽しそうでした。

私がスポーツが嫌いで逃げていた分、長男には継続することをかなり押し付けましたが、あの二人が楽しそうにスポーツのことを話し合っているのを見ると、少しだけおしつけたこともまんざら全て悪いことではないなと思いますが、長男へは言いました。

「今後は高校生になったら、スポーツをやれなんて言わないし、好きにするといい、貴方の意思を尊重します。」

次男は押し付けるまでもなく勉強より運動をずっととっているので、喜んでやっているから、早めから貴方の好きにしたらいいと言っていました。ただ勉強も普通くらいはできるようになってねとおしつけています。


本当私は欲張りな親だと書いていて思う夜です。

自転車と学校

 仕事が終わって昨夜の春の嵐のような天気も嘘みたいに、今日は暖かく晴れて仕事が終わってから子供の自転車の練習にでかけました。中学へ上がった次男が久しぶりに補助輪取れている弟の自転車に乗る姿を見て

次男坊「補助輪なしでいつの間にか上手に乗れてる」

私「そりゃ私の息子ですから」

三男「ふふふ」

そのまま「けいくん」と二人で公園に自転車の練習へ、もうすっかり桜は散って青葉をたたえる桜の木へ変わっています。普通に乗ることに慣れてきましたが、まだスピードを出す練習や、立ちこぎの練習、片足で乗ってバランスとか様々なことを欲張って少しずつ練習させています。難しいことにチャレンジして諦めても普通に乗れることがどれだけ簡単かというあたりまえのことがわかってくれればなんて思いますが、普通に乗っていてもまだ危なっかしいのでしばらく柔らかい土と草の上で練習、もう少しブレーキも自由に使えれば一緒にサイクリングに行けると思います。
(こんど一緒の休みがあればサイクリングコースとかに一緒に行ってもいいかも)

少しずつ新入学の次男は中学に三男は小学校に慣れなければいけないと頑張っているようです。

明日はお休みをいただいています。学校が終わってからあの子達との時間をいつもより長く過ごす予定です。

ちょっと職場のことで昨日も今日も時間をとられたので、明日は子供達の用事にでかけてくることにします。

 昨日中学になった次男は何かに触発されたように

「お父さん本を買いに行ってきていい」

「いいよ、(お世話になった監督がくれた図書カードで買うのなら)賢くなりそうだと思う本を買うんだよ」

「わかってる」

監督は「これでもっと本を読んで日本語というか言葉を自分の中に増やして、もっと上手に説明できるように」そう言って図書カードをくれました。近くの大きい本屋さんへ自転車へ行って帰ってきたようです。

「お父さん、買ってきた」

「何、見せてどんなの買ったの」

「ほら堅い表紙がついてるし賢くなりそうな本だったから」

さてそのタイトルは

「これだよ」

そういって『騎士団長殺し』 :第1部(顕れるイデア編)村上 春樹の本を見せてくれました。

「凄いじゃない、何でこの本にしたの」

「テレビで宣伝してたのもあるけど、好きそうなタイトルだったから」

とっかかりは何でもいいです。

「最後まで読むんだよ」

「わかった。」

ちょっと私も読んでみたい本であったことは確かなので、読んでない時はお借りして読んでみることにします。(ネタバレなどはしないようにしないと)



いろいろなことがいろいろとあって、その流れにのれなくて、自らにとって厄介流れであればさらりとかわせれば言うことはないです。家内はどうも厄介な流れを上手く対処できずこころが荒んでいる日でした。私がさらりと流してもかわしても、近くに流せない人がいればそのあおりをくらって大変な目にあうこともあります。私も随分今もですけれど仕事に慣れていない時は特にこころが荒んで近くの人に当たって迷惑をかけました。家内も同じように仕事を始めてなにかしらに衝突してこころが痛いようです。

逃げる事が得意な私は役に立たない困ったものです。一杯やることにします。


とある日の「けいくん」

 今週は休みがたまっていた恩恵で休日がいつもより多く、ゴロゴロマッタリしたかったのですが、家内や子供達の目もあるので家事をそれなりにこなし早めに夕食と明日の食事の用意の合間に児童館にいる「けいくん」を迎えに行くと、同じように預けられている子供達が沢山いて、皆晴れていたから外で元気よく遊んでいました。うちの「けいくん」は外より中でマッタリ派のようです。

「お父さん、僕は外より中で遊ぶ方が好きだから、外で遊ぶ用の帽子は用意する必要ないよ」

そう言われてもやっぱり子供は元気よく外で遊ぶことだって必要なことですから、帽子を用意しておくことにします。彼が帰り支度をしている間、沢山の(他の)子達が何をして遊んでいるのか、眺めていました。

ある子達は仲間同士でジャングルジムに上って遊び、ブランコを楽しむグループ、走り回って遊ぶグループ、どうも桜の下に割と大人数の子達が帽子を振っていましたから何をしているのか見ていると、散る桜の花びらを帽子で集める遊びをするグループのようでした。走り回りながら飛び跳ね手を大きく振って、風に舞う花びらを取ろうとずっと楽しそうに続けていました。

自転車で迎えに行っていましたから、早く帰って「けいくん」を桜が舞い散る下で、自転車の練習に連れて行ってあげました。
まだ小さいのでウォーキングで通り過ぎるあの子を見て、「かわいいねえ」そう何人もがあの子へ伝えていました。笑顔の似合う子です。小さい自転車、拙いところ、怪我しないようにつけている手袋と白いヘルメット、上手くいって笑って、危なそうになって笑って、調子に乗りすぎて笑って、無邪気さと素直さが桜の花が舞う姿とよく似あいます。

皆が可愛い可愛いという時間はあの子にとって長続きはしません。身体が大きくなれば可愛いからの脱却となり、新しい何かになるでしょう。

お腹一杯ご飯を食べて、明日の準備をして、早めにあの子達を寝かすことにします。

雨の中桜咲く

 次男坊と三男坊にとって、新しい学びの場が始まる日で家内は昨晩からその支度などで忙しくしていました。当然朝は食事や彼らと自らの用意で慌ただしいのはいつも以上のことです。

午前は小学校入学式、午後からは中学校、式に参加することも家内は疲れていましたが、私はその間不届き物で、家事や居残りの子供達の面倒や勉強を見ながら、新しく学校へ入るとなると書かなければいけない提出書類や教材や明日の用意などを子供達と一緒にして、光の当たる場所には最近仕事を始めた家内は子供達との接点が主婦時代より激減していますから、大切な時ほどあの人が出て一緒に過ごしてくれればいいです。そんな大義名分を持ち出して私は楽な方へ逃げるのです。(人前に出るのは疲れるので嫌です。)
普段のことなら問題はないです。華やかな所は落ち着かないですから避けれるものは避け続けなければいけません。
お昼と晩御飯と用事をして、晩には今年高校受験を控える長男坊と進路のことについて雑談をして、長男坊には次男が朝起きてから空いた時間に遊ばさないようになんて、「貴方と違って彼は朝くらいしか勉強しないきっと部活を始めたら彼は晩に勉強しないよ」と遠回しに彼と次男へ軽いくぎを刺し、今日が終わっていきます。

明日は二日ぶりに仕事、仕事場も複雑な問題が山積みですから一つずつ片付けていかねば、このままでは大問題では済まなくなります。今のこともこれからのことを考えれば早めにしっかりとした対処を皆で協力していかねばいけません。

明日が小学校二日目になる「けいくん」は、楽しそうに微笑みながら

「明日の朝は一人で小学校までいくから」

本当何でも一人でやりたいという欲求がでてきています。私や家内の干渉(束縛)から脱出して大空へ羽ばたこうとしています。


あの子達の為もありますがむしろ私の為に、いろいろとやらなければいけないことがありますから、一つずつ一つずつ思いついたときに終わらせていかないといけません。

何もなく

 平日の連休、昨晩はいつもの如く翌日仕事がないという気のゆるみから3時半まで一人で飲んでいる始末、おかげで朝眠いこと眠いこと、というか午前中は良く寝ていました。今日まで次男と三男は春休み、明日から学校が始まります。雨のせいで桜を見るついでに自転車の練習にいけず、残念でした。

伸びすぎている次男の髪をお風呂前に散髪して、ついでに自分もそれからお風呂に入り、家内が仕事から帰ってくるのを少しだけ家事をして現実逃避つまりはまたまったりごろごろして待っていましたが、なかなか帰ってこず、仕事の大変さを考えさせられました。
明日もまた続いて何故か休みをいただいてます。

家内と休日同じ日であれば、どこかへ行くのですが、それぞれ一人で楽しく出かけることをあまりしませんから、そのうち休日が一緒であればと少し欲張りな願いを持っています。

今日は何もしていないから、掃除を少し洗い物を少しとほかはまったり、昨晩はお酒をずっと飲んでいたので今日は慎み、しかも遅く寝ていましたから早く就寝することにします。

これから残ったものをいただきゆっくり夕ご飯にして、やはりまったりすることにします。


この春休み子供たちのうち上の二人はカードゲームにはまってしまい、隙あらばそのカードゲーム(デュエマとかなんとか)の話かカードを見て戦略を立てるか、どうとうかこうとか、ああでもないこうでもないとか、あの二人最近うるさいです。

卒業(スポーツ)

 次男の通っていたスポーツも小学校卒業に伴い、卒業となります今日はお世話になっている監督があの子にお祝いを用意してくれていました。

「これで好きな本でも買って、もっと日本語の言葉をもっと覚えてしっかりと説明のできるようになって欲しい。」

そう言って図書券をいただきました。次男は体はよく動きますが本はあまり読まないし、話すより動くタイプですから、会話が大好きな監督はきっとあの子ともっと話したいから図書券を贈ったのだと私は勝手にそう考えていました。

本当、次男坊は長男坊と違って「この本面白いから読んでみるといいよ」そう言えば言うほど、外に遊びに行くことでした。まあそれがあの子の個性なんでしょう。
私はあの子の親ですし欲張りの代表で無いものねだりの代表でもありますから、早速あの子と一緒近くの大きな本屋にいってあの子の好きなためになりそうな本を選びに行こうと思います。



私からの卒業祝いとして、あの子の好きそうな本を一冊プレゼントすることにします。