不染

 うまくいかないことや、予測できないこと、自らがどのようであるかわからないこと、迷い・恨み・泣き・わめき・愚か者の代表である私は、身の程を弁えていないが故に、自由な発言をする日でした。
もっとも自由すぎて、身の程を弁えないが故に遅れていろいろなことが更に押し寄せ、その押し寄せる波にもみくちゃにされる日々です。

久しぶりに外で自由な発言をする日で、その場を与えてくれた方々に感謝しています。自由な発言ができることを受け止める場や人でないと、人は自由に楽しく発言することなどできず、まして時に笑いあうことができる場であったことはしあわせなことです。

招いてくれたお二方に、思い立った瞬間をわすれないものを作り上げていただければと願う日でもありました。成功しても失敗しても、私の愚かな考えであれば、皆で「あれは楽しかったな」となればよいのではないかと子供のような考えしか浮かびません。

先に一つの答えを書かねばいけません。
きっと苦しみに迷い悩みもがくとき、泥にまみれる汚れる。ただそれが泥だと認識し、その泥から美しい蓮を咲かせていく。ど根性をもってまみれて咲く花は、きっと白い華というより、何らかの色がつく、それが染められてもないのに、この世に美しく咲く色とりどりのつまりは百花繚乱の華々となり、そのどれも(何色でもよく)があるからこの世は美しい。なんて増谷先生(の著作)を思い出させられました。

さすれば、結果は文中の眼目となり「法を見るものが、私を見る」その法と私は誰でもなにでもいいですね。

そんなことを最後に言いたい日でもありました。
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花飾り

 よくよく考えなくても、好みがあり、苦手なものがあり、どちらかと言えば好ましい方を好みます。(何をあたりまえのことを書いているなんて思うでしょう)。

人でも物でも景色でも、あまり他所へ行かない私にとって、たまたま手に取った書物が気に入らなければ真剣に考えることもなくとりあえず一通り読んでみたというくらいになります。何冊も何冊も書物に目を通すと私の好む傾向が出現していて、これもまた好めない傾向も同時に同じ幅や高さだけ出現しています。
好む世界の広さ・幅・高さ・永遠のように思えれば、その反対のものも極端に嫌がるほどとなっています。だから知り合いから、その本はどうだったんですかと聞かれれば、好ましい本は感動やきらめきと共に饒舌に語ります。

最近読み始めた華厳の本の「はしがき」にその疑問が氷解することが書かれていました。

このシリーズの企画に参加するまでは、アビダルマ・中観・唯識・華厳のいずれにも強い関心をいだきながら、まともに取り組む機会にはめぐまれなかったのだが、このシリーズに執筆された専門家の方がたの論文と、その論文をふまえた執筆者との対談によって大まかな検討をつけておいて文献の検討にとりかかるという段取りで、はじめに華厳からてをつけることにした。
 そこでまず華厳に関する最近の研究書を入手しうるかぎり集めて読んでみたのだが、中国古代に確立された伝統教学に乗っかった煩瑣(はんさ)な議論が多くて、華厳思想の底深い迫力に接したいと願う私の期待は必ずしもかなえられなかった。
 しかし、考えてみれば、これはあたりまえのことなのかもしれない。研究書というものは、宗教にかんする研究書であっても、それ自体が宗教書ではないのだから、それに迫力などを期待する方が見当ちがいなのであろう。空海(くうかい)や道元(どうげん)の書いたものに一種の迫力が感じられるのは、それが抜群の研究書であると同時に宗教書でもあるからであろう。
仏教の思想6 『無限の世界観〈華厳〉』 鎌田茂雄 上山春平著


上山春平氏は「迫力」と書かれておられますが、私はそれを「(智慧の)光」や「まぶしさ・きらめき・雷(魂がゆさぶられるような衝撃)・(段階に応じた)目覚め」などその時に応じ譬え方や呼び方話し方が変わり、いずれにせよ衝撃が全身を駆け巡ることは確かです。以前に引用した文章ですが

初期の大乗仏教徒はいまだ整った教団の組織を確定していなかったし、細密な哲学的論究を好まなかった。むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現をもって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。大乗経典は、それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、戯曲的構想をとりながら、その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である。
 『龍樹』 中村元 著 (講談社学術文庫より抜粋)


今になって『大乗経典』を中村先生も「宗教的文芸作品」と同様の言葉で表現されています。

気が付けば、書物に迫力のある書でないと満足できなくなっていたり、そこに(智慧の)光を求め、私が現実世界で狭い行動範囲や束縛の多い場所にいるということから、瞬時にその迫力のある世界や光の世界へ自由に行くのです。こうであれば、現実に私がどこで何をしていようと、求めればそれは手が届くというよりその中にいます。

あの広く高く果てのない青い空をみて、そこに何か貫いていくものをみるのです。

花と雨

 四月八日 (土曜) 晴れのち曇りのち雨

桜と桃の花が綺麗で、ブッダの誕生日です。花まつり・降誕会・龍華会・灌仏会などとも呼ばれています。日本においてお寺のない地域はほとんどないに等しいでしょうから。きっとクリスマスより盛大に皆が祝っているでしょう、なんてことはなく一部の仏教を信奉する方において営まれ祝われています。

お経の描写にルンビニーでブッダ(お釈迦様)が生まれられた時は甘露の雨が降り注いだり、生まれてすぐに七歩あるいて天と地を指さし
「天上天下唯我独尊」
師はこれをこの世に生まれた全てのいのちは何よりも尊いものであるの様に訳されていました。自らのいのちも尊く他者のいのちも尊く生きとし生けるもの全てが尊い。

ただ生まれてすぐの子供がこんなことを言うはずはありません。これはやがてこの世で初めて偉大なる覚り(智慧)によって仏教をこの世に広めることになった方を称えるために、通常の人間ではありえないことが付加されています。
およそお経には比喩が頻繁に使われ事実でないようなことが書かれています。それは私達が心からお世話になって大好きな方が輝いてみえたり、幼子の笑顔に光を感じる、この上なき正しい覚りを制約のある言葉であらわそうとしたとき、現実的な制約を超えた比喩をもって何人もの方が書かれたことが後世に残って伝えられています。
お経から伝説と事実の切り離して、純粋に仏教を伝えることは難しいというのが最近の仏教学の間でも通例になっています。
簡単な例えだと、大人になり偉大になられた方が、子供の頃は神童と呼ばれていた。その上位表現方法です。

ブッダは生まれて間もなく母を亡くし、養母に育てられることになります。思索にふけることの多い少年であったと伝えられています。何不自由のない王家の家を出て沙門(シュラーマナ)となり、あばらや血管が透けて見えるほどの苦行を乗り越え、ブッダガヤ菩提樹下の金剛座の上で無上正等覚(正しい目覚め「覚り」)を開き、その金剛座の上から仏教は始まりました。

仏教教団が誕生することになったのは、苦行を共にした五人の比丘(修行者)に説法し、五人が羅漢になってから教団となりゆるやかにインドに広まっていくことになったのです。

インドから南に伝わるルート(セイロンやスリランカなど)、インドから北から西域を通り中国へ伝わるルートなど、長い時間をかけ仏教はその土地に根を生やし、寛容融和に土着の思想や宗教儀礼を取り込み、一神教のように他の宗教を滅亡させることもなく、中国から韓国そして日本へ、現在は情報化社会ですからそれよりもさまざまな伝わり方で多種多様な形態の宗派を持ち、ただどもれが仏教という名前を持っているのは確かなことです。

私の実家は禅宗の檀家ですが、私は真言宗を信奉し現在に至ります。そのルーツを行きつくところまで辿ればやはりブッダ(釈尊・お釈迦様)へたどり着きます。

ですので今日は、家族一同でお祝いしケーキを買って食べることにしています。

私「皆今日は花まつりだよ、仏教の開祖であるお釈迦様の誕生日だから、世間では仏教を開かれた人と言えばブッダで知られているから、ブッダに属したつまりはだよ、バウッダ、まあその智慧や真理、つまりはバウッダダルシャナ バウッダダンマ、仏法と訳されるかな今日という日も属されていることを世に生きる人は知っているだろうから皆でケーキを食べて祝おう」

長男「いやバウッダとか今まで聞いたことないし、バウッダダルシャナとか言われてもきっとこれからもあんまり聞かないと思うよ」

私「本屋とかで目にすることもあると思うけどな」

長男「本屋かあ」

他の家族は無口で美味しくケーキを食べていました。

酔っぱらいのような私のたわごとはともかく四月八日の今日、桃も桜も咲き、田畑にレンゲソウが一面咲いており花まつりにふさわしい日でした。



他人事ではなく

 弘法大師(空海)著の一つ、『般若心経秘鍵』その原文ではないですが栂尾祥雲先生の解釈に次のようにあります。

仏法の大綱
かの仏の教法(みおしえ)は遥(はる)けきところにあるのではなく、わが心の中にありて、きわめて近いのである。
真如(さとり)は自らの外にあるのではない。わが身を捨てて、どこにそれを求めることができようぞ。迷いといい悟りといっても、わが心のいかんによることであるから、発心(おもいたち)する一念のうちに直ちに悟りの境地に到達することができるのである。
悟りの光明(みひかり)というも、迷いの暗黒(くらやみ)というも、自らの他にあるのでないからその教法(みおしえ)を信じ、それを修すれば忽ちにして証(さと)ることができるのである。
それにもかかわらず、哀れなるかな、哀れなるかな、いつまでも長い迷いの暗夜(やみよ)に眠れる子(もの)よ、苦しいかな、痛ましいかな、あくまでも無明(おろかさ)の酒に狂酔(よいし)れる人(もの)よ、痛く狂酔(よいし)れるものは、かえって他人(ひと)の酔わざるを笑い、酷(はなは)だしく睡れるものは、さかさまに目覚めたものを嘲(あざ)けるのである。


一般に読誦されることの多いお経である般若心経の弘法大師による解釈をさらにわかりやすく解説されています。

ここは有名な箇所でもありますから、何度も何度も見ているのに、いつだって他人事として見ており、自らが普段の状態で愚かで酔っていることにも気づかず、正しいことをしている方をおかしいと言ったり決めつけたり、さらには自らをみつめることもせず努力している方の足を引っ張るようなことや優しく助けている方の言葉にも耳を貸さず、やるべきことや自らを知ることから逃げ続ける私を現在は思い知らされます。

その続きに答えが書かれてあり

曽て医王の薬を訪(とぶら)わずんば、何(いず)れの時にか大日の光を見ん。



病に応ずるに従って薬を服せば恢復するように、教法(おしえ)を身に修せば、ただちにこの身このままにして覚りうることができる。

そこから般若心経の解釈を進められています。

時折、自らの悪い言動を一つも省みることなく、嘘偽りを多用して、自らの言動から目を背け認めることのない自らの過去から続けてきた行為を関係のない近くの方へ擦り付け、「私は悪くない。悪いのはあの人だ」そのように振る舞い続ける方がおられることを聞きます。人は良くも悪くも信用することから始まる場合が多いため、初めから嘘ばかり言い続けているとは思わない人もいます。
相手が近くにいるのなら、両者の話を聞くことができれば問題も少なくなります。

人を信用する人の美しい部分をあろうことか悪用することを多用する方の話は聞くに堪えないものです。


もっとも私にだってそんな悪いところが大小の違いだけで存在することは確かです。他人事にしてしまえば私も同じようにとんでもない悪人だと思われるだけのことです。


いろいろあって、最近嘘にはこりごりしています。



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稀に書きたくなること

 あれほど感情的になってはいけないというのに、感情的になってしまい近くの方達へ謝罪しました。いつも愚かな私のことを理解しようとしてくれる方は、怒ることはありません。むしろそれは仕方ないことだと言われます。いっそのこと責めてくれれば言い訳もできます。さらに「その現実であったならばそうなってしまう」と私のことを責めません。

先日、以前敬愛する先生が書かれていた言葉の一つ、「妙好人」について調べていました。

浄土系とくに浄土真宗の僧侶ではなく在俗の傑出した一人の人間(信者)のことで、地位・肩書・名誉がないけれど困難悲嘆過酷な現実の中で、自らの中に確固たる宗教観や「仏とは何か」、「真摯に生きるためとは何か」が言葉ではなく、その方の生き方にあらわれた人を他人が見て称える言葉です。あたりまえですが自称では話にならない言葉です。

「妙」とはと天台の思想や教学を調べていれば必ず遭遇します。根本経典である「妙法蓮華」の「妙」とは何であるかということであるからです。

妙法蓮華経という今日の名前はインドの言葉を鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)が訳した言葉で、それ以前には竺法護は同じ経の名前であるのに「正法華」と訳しています。

何故に名訳で名高い鳩摩羅什は「正法華」というなまえをわざわざ長い名前に訳したのか、田村先生がそれについて書かれていたことを思い出していました。

正しいという「正」は、善悪における善を指す言葉にとられる要素が存在している。正しいの反対に位置する誤りや不正という反対を意味する相対の言葉を超越していく絶対をひょうげんするために、時代やこの広い世界を縦横無尽に貫いていく真理を「妙なるもの」を意味するために、正しいを避け「妙」をわざわざつけて訳されたといったことが書かれていたことを。

妙好人の「妙」もそのようなことから来ているのだろうかなんて考えていました。だから「妙なる好かれる人」か「妙なる好い人」なんじゃないかなんて勝手な自己解釈をしていました。本当のところは浄土系のあふれでる慈悲と豊かな智慧と強靭な実践力をもった僧侶におたずねすれば簡単にわかるのだろうなんて更に考えていました。

蓮華の如き妙なる真理が書かれたお経、ここでは真言宗である私の蓮華と違う色の蓮華が似合います。何物にも染まらぬ白の蓮華でしょう。

真言宗では燃えるような生命を象徴する赤、真っ赤というわけではなく、美しき(上品な桃色の)赤が似合います。



私は白の蓮も赤の蓮も青も紫も緑もどれもが大好きです。よくわからないけれど、どれもが美しいからそれでいいです。

たまには濃い専門分野の話

 三枝充悳先生の『仏教入門』の中に「仏教者の上(著作・論文・しぐさ・言葉・雰囲気) に仏教があらわれる」といったことが書かれています。
これに仏教だけでなく世間一般にあふれている言葉に要約すると

「母親(又は父親)の愛情というものを手に取ってつかみ取ることはできないが、その母親(又は父親)の仕草・雰囲気・言葉・行動の上に、愛情が目には見えないけれど確かにそこに愛情が存在している。」

よってその職業によってプロフェッショナルや天才であればあるほど、その方の仕草・雰囲気・成している(また成してきたまた話そうとしている未来)に明確なものが存在しそれを周囲は感じることができます。

仏教者(僧侶)であれば、その方の上(身の上や雰囲気成してきたことやその瞬間)に目にはみえないものだけれど確かに存在する仏教が周囲に存在すると認識されることになります。これは医者であれば医学や「あなたこそ医師だ」といったものと同様のことです。無論他の職業だって同様のことです。「あなたこそ本当のその職業の方です」といった言葉になっているだけのことです。

四国に住み、関西より西は大抵今の時期がお盆(盂蘭盆会)です。

お盆は仏教行事の一つですから、(恒例の)仏教押しでいきます。徳島には阿波踊りという盆踊りの一種が全国的に有名です。
諸説ある中、ブッダの直弟子の中の十大弟子である目連尊者(・マウドゥガリヤーヤナ・モッガラーナなどの名称はすべて同一です)は修行の末、神通力とよばれる力を獲得し、その力で亡くなった両親が死後どうなっているか見渡すと、地獄で苦しむ両親がみえ(ここに何故十大弟子となれる目連尊者を育てられた方が地獄へ落ちたかという話の一つに我が子だけを可愛がり、他の子に対して愛情や施しを惜しみすぎたから地獄へ行くことになった。小さな偏りのありすぎる愛情であったということがどこかにのっています。)、両親が苦しむことを助けてあげたいと思った尊者は、師であるブッダ(釈迦牟尼・バウッダ・ゴーダマシッダルッダ・お釈迦さま)へ両親を助けて上げる方法をたずね、ブッダは「惜しむことなく、沢山の方に布施(施し)をすれば両親は救われるであろう」と言われ、その施しが終わり、神通力によってなくなった両親をみれば、極楽で幸せにおられる姿がみえ、手をあげ踊り歓喜して喜んだことが盆踊りとなったという、お盆の起源(諸説あり、他有名なものに逆さにつるされる苦しみから救われる方法の話もあります。)といわれる話があります。

よってお盆は先祖をまつる墓所や仏壇に布施(施しつまりはお供え)をして、そこをお参りされる親族や知人などにご馳走を布施(ふるまい)して、先祖の安心を願う行事として伝わっています。

いずれにしても、お寺はこの時期お盆で盆灯籠が釣ってある場所もあり、初盆の家であればそこにも新盆であれば近しい故人のために盆灯籠やお供えが惜しむことなくされている家庭が多いです。

意味がわからないことが多い仏教行事ですが、言えることはただ一つです。

「自らが欲しいものは、自らが与えることによってのみ、遅れて形を変えて自らに訪れる」(内田樹先生)

レヴィナスを敬愛される内田先生の著作に仏教と全く関係ないですが、同じようなことを書かれておられました。


「自らが幸せになりたい・愛されたい・大切にされたい・素晴らしいものが欲しい」
もしそう自らが願うのであれば、まずこれを理解できた方から与えることによって自らにそれが少し形を変えて遅れてやってくるのだと仏教でも同じような見解だと私は思います。



(各家 盂蘭盆会諸精霊皆成仏道  合掌)

迷って

今日というか明日の新聞は忙しいことでしょう。
(閏年開催)オリンピックの結果、イチローの記録、平成天皇の生前退位のお気持ち、こんな日もあるんですね。
そんな大きな見出しもない私の時間は仕事と家庭の双方で何事もないことが有り難いです。

いつもより忙しい日が続きますが、問題があるのだけれど問題とならないように気を付けていただく方に助けていただき、理想や理論値と現実は隔たりがあることが往々にしてあります。

仏教で悟りや空(くう)・四諦(四聖諦とも)、悟りをあらわすまたは悟りへいたる道とも限りなき光とも、美しい生き方又は美しい人といった解釈にもとれます。

悟りへいたることをあらわす言葉の一つに「転迷開悟(てんめいかいご)」〈迷いを転じて悟りを開くこと〉、迷いそのものが悟りへ転じる。愚か・怨み・怒り・妬み・嫉み・貪りにとらわれ迷うことそのものが悟りへ転じる。言葉として書けばそれだけなのです。けれど転じることにおこない(行)が不可欠です。

理論的完成をみるのであれば、行いは必要なく体現できない理論の完成が内にかすかに生じ、それを目にみえないのだけれどみえるものにするには行がいるというだけのことです。

愚かもの(私)は理論的完成を動かずに求めます。その時にこれだと感じるものをみて喜びます。それがみえないけれどみえるように出せれば一緒にそのみえないものを感じた人は喜びます。私だけの小さな何かであれば見知らぬ方は喜べません。自分にも大切な人にも必要でいて求めたい何かを喜び合うだけのことです。

おこないの重要性が私にのしかかります。

「迷い転じてさらなる迷い」は私の専売特許のようなもの、だからここは開き直り(大肯定をして)大いに迷って笑い、大いに迷って泣き、こんな風に迷ったら大変ですよと他人事のように笑って言うのです。

その時、迷って泣いていた苦しみはもう苦しみとなっておらず、ただの愚か者が楽しく笑っているのです。


今日も迷って笑うのです。

鹿

 ふと横のテレビでクイズの答え鹿苑寺(ろくおんじ・金閣寺)が写っていました。
お寺ですから、その名前は仏教に関係のある名前で、「鹿苑」(ろくおん)の元は鹿野苑でしょう。
ブッダガヤ菩提樹下の金剛座で瞑想・禅定によって目覚めたものとなったその時、仏教は誕生し、覚ったものを他者へ法を伝え理解したときに仏教教団が初めて作られた場所、初めて法を説かれたことを初転法輪といいその場所がサールナート(イシパタヤミガダーヤ)鹿野苑です。

中国に生まれた玄奘三蔵が天竺(インド)へ16年の求法の旅が記された大唐西域記にイシパタヤミガダーヤ鹿野苑を訪れその場所についての物語が聞いたことが書かれていました。雄々しく偉大な王の鹿の物語です。
偉大な釈迦がまだこの上無き正しい覚りを求め何度も生まれ変わって法(真理)を求め続け徳を積むというジャータカ・本生譚(ほんしょうたん)の一つが玄奘三蔵が訪れたときにも口伝えで残っていたのでしょう。

そんなことを金閣寺の別称をみて思い出していました。

その名前を付けられた方は、そこで転法輪(てんぽうりん)が行われることを願いつけたのだろうと、法が輪の如く転がって広がりひとびとが正しく目覚めたものとなる場であるようにと(でも、一般的には金閣寺なんだよね)。

長男坊と次男坊それぞれ小学校の修学旅行で金閣寺・銀閣寺・東大寺を見学してきました。東大寺も鹿が沢山いてせんべいをもらいにお礼をして迫ってきます。

仏教というものは公的には弱いけれど、生活にはかなり身近で墓参り・お葬式・初詣・法事・縁日などのお祭り・建築物や仏像などの芸術、意識することはないくらいに近くにあるのに、遠く感じるようにおもうときが多いなんて思う人もいます。

難しいことは抜きで生活に密着していればいいか


こんなとき

 以前に読んだ本を友人が調べものに使っていたので、拝借してまた初心に帰ろうと目を通していました。先生の「慈悲喜捨」の解釈は著作によって微妙にわざと言葉を変えて使われておられます。今回は

仏教の立場
仏教はジナ教やアージーヴィカ教と同じ精神的環境において発足した。輪廻は既定の事実として予想され、カルマの支配は疑う余地がなかった。現世と来世との苦痛から解放されることが願わしかった。当時、世間には一方で官能的な喜びに熱中するものもあり、他方では肉体を苦しめることによって未来の幸福を期待するものもあった。バラモン神官による祭式も、ウパニシャッド哲学のブラフマン=アートマン一如の思想も一般大衆の救いとはならなかった。民間信仰としてさまざまな神や霊に祈り、供養や社会奉仕による善行の果報が期待された。家や財産を捨てて修行に専心する宗教家を尊敬することも知っていた。
 そのような時世に仏教が中道を説いたのは、快楽主義と苦行主義との両極端に対する批判であった。その中道をさらに八正道―正しい見解、正しい決意、正しい言葉、正しい行為、正しい生活、正しい努力、正しい思念、正しい瞑想―として、具体的に生活の基準を規定した。そして人間的存在の構造を、苦悩と、苦悩の起源と、苦悩の超克と、苦悩の超克にいたりつく道という〝四つの聖なる真理〟[四聖諦]によって説明した。
 さらにまた仏陀たるものは自分自身の解脱だけで満足すべきではなく、その恩恵をあらゆる生きもの[一切衆生]に及ぼさなければならない。自分だけ悟ってすますものはプラティエーカ=ブッダ[独覚、縁覚]とよばれ、〝完全なる仏陀〟[正等正覚者]とは区別される。この仏陀の理想に準じて、他者の幸福を増進し[慈]、不幸を除去し[悲]、他者をたすけることを喜び[喜]、しかもそれに執着しない[捨]といういわゆる〝四無量心〟を鼓吹する。
渡辺照宏著 『仏教』第二版 岩波新書より引用


ここのところいろいろあって、この言葉を何度も何度も読んだり言ったりしてきたのに、忘れていないのに忘れている自分をみました。結局不測の事態になれば余裕がなくなり、大切なことを忘れています。
深く感銘を受けたもう一つの先生の言葉を再度みてみました。

ロングフェローの「建築師」という詩の中にこんな言葉があります。

世の中に、無用のものや、卑しいものは、一つもない。
すべてのものは、適所におかれたならば、最上のものとなり、
ほとんど無用のごとく見えるものでも、
他のものに力を与えるとともに、その支えともなる。
私たちの建築に供給するために、時の中には、材料がいっぱいになっている。
私たちのもつ今日や明日は、
私たちの建築の有力な材料である。

 と たしかに味わうべき言葉だと思います。
 平凡な一日と貴重な一日 今日や明日という日は、それこそなんでもない平凡な一日です。しかし、その平凡な一日が集まって、私どもの人生を作っているのです。したがって、つまらぬどころか、後にも先にもない貴い一日です。昨日を背負い、明日を孕める、尊い永遠の一日です。結局、一日をつまらぬ一日にするか、貴い一日にするか、それはつまり私どもお互いの心持です。心のもち方です。ものそのものが、つまらぬのではなくて、それを見る、それを受けとる智慧袋が小さいわけです。
『般若心経講義』 高神覚昇著より引用


自らだけでなく身近にいる方が少しでもとおもって足りないものを補おうとしていたのに、つまらぬことにとらわれてばかり。

ここはですね

難しいことは抜きで、目前のやらなければいけないことを一つずつしっかりこなすことから!

(身近な方にも先生方の本にも感謝です)

同じ

 確か初めて良寛さんのその言葉をみかけたときに

災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候


衝撃を受けました。

この言葉を浮かせることもなく、言いたいだけでもなく、ぴたりと空気のように使える人は少ないだろうとそれから考えます。私も又憧れだけで、この言葉を思い出して使うようでは全くだめです。

また現実逃避として、読みかけの書が私にとって難しいのであれこれと関係あるけれど関係ない本を読んでいると、般若心経にある「無苦集滅道」という言葉、「苦も集まりも滅も道もなく」の解釈には次のように一例としてあります。

苦も集も―苦・集・滅・道の四つの真理(四諦)は、ブッダの教義の根本である。「苦諦」とは、人生は生老病死の四苦、さらにこれに愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦を加えた八苦に満ちているという真理である。「集諦」とは、この苦は、迷いによる業が集まって原因となっているという真理である。「滅諦」とは、迷いを断ち尽した永遠な平安の境地が理想であるという真理である。「道諦」とはその理想に達するために道に因ることが必要であるとして「八正道」等を実践すべきであるという真理である。仏教の根本である四諦を否定するような文句を述べているのは四諦への執着を破って、四諦の真意を生かすためである。湛道(たんどう)の『心経決談抄』には「苦中ニ苦ヲハナレ楽中ニ楽ヲハナル、カクノ如ク障礙ナケレバ苦集滅道モナキニアラズヤ。苦ハ苦デヨシ、楽ハ楽デヨシ、苦楽空相ナレバ苦アルトキ苦ニ遇フテヨシ、楽ニ遇フテヨシ、何ノ妨グルコトヤコレアラン。」という。
岩波文庫 『般若心経 金剛般若経』 中村元・紀野一義 訳注より抜粋



同じことを言われています。ただ智慧によってそれをあらわす言葉となっており、今回は「空」によってそれをあらわされるものです。

いつも怨み・怒り・とらわれ・好み・醜悪などによって、私は覆われ転倒し、その思いによって苦しみ悩み時には大切なことが手を伸ばすところにあるのに、みているのに何もみえず、声はしているのに聞こえず、考える頭があるのに理解できず、悪くしなくてよい場所ですら悪くしてしまいます。

ときには、難しいものをすべてなげすて、笑えばいいです。生きているのならできるだけ笑って泣いて生きていけばいいです。


悪いことを悪いこと以上に染めすぎず、冷静にそこから正しいこと楽しいことおもしろいことをみつめることができるよう、よく笑っていたいです。


教訓、自らの思いで自らを潰しすぎないように、くだらないことは膝から上にあげないように。

(たまにはわざととらわれてみるのも手です)

かんのんさま

 怠け癖が抜けない私の前に彼が悩んでいました。ここは気分転換にちょっと付き合ってみることにしました。

「何を悩んで(考えて)いるの」

簡単な質問に対する答えをいくつかわかりやすく文章として出していくことで悩んでいるようでした。何も出なくて悩むというよりはいろいろありすぎるからその中のどれが今回はよいのだろうか、いわゆる今の時代聞きなれたフレーズです。

「あー、今の時代選べ過ぎてこまる。」

ここは一つ余計なお節介を受け取らなくてもするのです。

「『かんのんさま』って何?」

みたいな子供に成り変わって質問とその答えはとか聞いてみました。すると難しい話がきたので

「ぼく、難しい言葉ではまだわかりません。簡単な言葉で誰にでもわかるように書くことが本当の学術的だということを聞いたことがあります。」

そうニッコリしながら言いました。彼は私を少しみてから、わかりやすい答えを調べ書いていました。

私のたまたま近くにあった本には

 観自在-言語はアヴァロキテーシュバラ(梵語省略)を玄奘は「観自在」と訳した。「観」(アヴァロキタ)+「自在」(イーシュバラ)と分解しうるのでそのように訳した。チベット訳語(チベット語も省略)も同様の解釈に立っている。しかしクマーラジーヴァ(鳩摩羅什略して羅什という)は『法華経』を漢訳したときにこの語を観世音または観音と訳した。
 何故そのように訳したか?第一の見解によると、クマーラジーヴァが『観音経』の趣意をとってそのように美しく訳したというのである。『観音経』すなわち『法華経』の普門品には『若有無量百千万億衆生、受諸苦悩、聞是観世音菩薩、一心称名、観世音菩薩、即時観其音声、皆得解脱』
とある(榊博士『梵語学』二四一頁以下)第二の見解によると、観音の原名は古い時代にはアヴァロキテーシュバラではなくてアヴァローキタスヴァラであったと推定され、またそのことは『法華経』西域本によっても確かめられる。(例えば本田義英博士『法華経論』弘文堂、昭和十九年一九五頁以下、同氏「観音の古名について」『龍谷大学論叢』第二九六号、昭和六年二月)その場合には衆生に声をぜしめるという仏菩薩の慈悲行を、ついに人格化してここに観音を表現したのであると解せられている。一般的には観音というときには大悲を強調し、観世音というときには智慧を強調してこのように訳出したといわれる。智慧輪の訳出した般若心経(紀元八四七-八五九年訳出)には両方をとって「観世音自在菩薩」という。観自在とは、世間の多くの人々(衆生)から観られつつ、多くの人々を観、そして救う働きが自由自在であることを指しており、それは根源的な叡智を体得した者の働きであると通常解せられている。白隠禅師の『毒語心経』に、「是非憎愛すべてなげうてば、汝に許す生身の観自在たることを」(是非憎愛総拈抛 許汝生身観自在)とある。観自在は特別な人格などではなく、すべての人々が具えている働きであり、我執をすてて多くの人々の中に生きようと願い、足を踏み出すとき輝きあらわれて来るのである。
岩波文庫 『般若心経 金剛般若経』 中村元・紀野一義 訳注より抜粋



「ほら、こんな感じで答え書いたらいいじゃない」

「僕が書いたものより難しいじゃないですか」なんて言うんだろうなあ。

なので小学生に理解してもらえるような文章になおすと(酔っぱらいは身の丈に合わない意訳をこころみるのです。


自分で自分は凄いし優しいし思いやりがあるなんて思っているときは、自分が勝手に思い込む「かんのんさま」です。
目前にいる方がほっておけなくて、自分ができることをしなければいけないと思う前に身体が勝手にうごいて相手に慈しみあふれる行為が出現したことを他者が理解してくれたときに、「あなたは(私にとって)かんのんさまです」といったものが出ているその瞬間の方はどなたでも「かんのんさま」です。
だから優しくされたことがあるしそれが嬉しいと感じる人ならどなたでもこころに「かんのんさま」がいるんです。




(酔っぱらいは難しいことでごまかしてその恩恵にあずかってうっとりするのです。)

いろは

 忙しくなる前にふと

「自分なりに調べてみたのですけれど、様々なことが書かれてあってよくわからないので変なことをお聞きしますが『いろはにほへと ちりぬるを わがよたれぞつねならむ あさきゆめみしえいもせず』はどのように解釈したらよろしいでしょうか」

そのようなことをどのようなものか教えていただけたらと尋ねる方がありました。自らの内に答えを探してみてその方にピッタリと会うものが出てこないのであれば、敬愛する先生の言葉を持ってくることにしています。

『涅槃経』にはこの詩句についてつぎのような物語がのせてある。
「シャーキャムニ仏はその前身のとき、雪山(せつせん)(ヒマーラヤ)の山中で修行をしていた。そのころ仏陀が世に現われていなかったので、修行者は正しい教えを知りたいと願っていた。帝釈天がその心を知り、鬼の姿となって出現し『諸行無常 是生滅法』の二句を唱えた。修行者は感激してあとの二句を教えてくれと頼んだが、鬼は腹がへっていて応じられないという。修行者は自分の身を食わせることを約束し『生滅滅已 寂滅為楽』の二句を聞いて、この詩句を辺り一面に書き記したのち、身を投げた。鬼は帝釈天の姿に戻り修行者を助けた」その修行者を雪山(せつせん)童子と呼ぶことからこの詩句を〝雪山偈〟ともいう。
数ある漢訳例のうちでも『涅槃経』巻十四(大正蔵一二・四五〇以下。六九二以下も同じ)に出ているこの漢訳文がわが国ではこれまでにもっともよく知られている。
諸行(しょぎょう)無常(むじょう) 諸の行は無常なり。
是生(ぜしょう)滅法(めっぽう) これ生滅を法となす。
生滅滅已(しょうめつめつい) 生滅にして滅し已(おわ)らば
寂滅(じゃくめつ)為(い)楽(らく) 寂滅にして楽となる。
この漢訳文の意味を今様歌に作ったのが次に記す〝いろは歌〟である。
「色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならむ
 有為の奥山 今日越えて
 浅き夢見じ 酔いもせず」
 一般には弘法大師の作と言い伝えられているが、七五調四句の、いわゆる今様歌は十世紀末ごろから流行したもので大師の時代よりずっとあとの成立である。
 この〝雪山偈〟は大乗と小乗とを問わず、多くの派で引用されている。南方上座部では上記の経典の他、注釈書にも出ているし、サンスクリット語本では『倶舎論』のヤショーミトラの注釈、『中観論』のチャンドラキールティの注釈、漢訳『瑜伽師地論』巻十八などにも引かれているので、代表的な諸派で同じように重んじられていたことが明らかである。
渡辺照宏「お経の話」



直接ではなくお電話での問いでありましたので、また「いろは」の言葉を若い子供達に平易にその意味を教えたいという要望でした。仏教者は学術的というものについてどういうものが学術的であるかということを書かれてもいます。要約すると
「専門家や一部の知識人達にのみ理解されるように書くことが学術的ではない。誰にでもわかりやすく書くことが学術的である」
そのように先生方は言われています。

私はですね、当然先生方とちがってはるか遠くから学ぶ生徒のはしくれですから、先生方のように「どなたにもわかりやすく」これが難しいのです。もっとも「どなたにも」よりも「むしろ自分」がわかっておらず話をしていたりするのですから、話を聞かれる方は聡明な方でないと言いたいことが何なのか伝わらないという、相手の問いより私の程度が問題になるということです。

「色は匂へど 散りぬるを」が「諸行無常」(諸の行は無常なり)に対応しているのです。

「我が世誰ぞ 常ならむ」が「是生滅法」(これ生滅を法となす)に対応しています。

「有為の奥山 今日越えて」は「生滅滅已」(生滅にして滅しおわらば)へ

「浅き夢見じ 酔いもせず」が「寂滅為楽」(寂滅にして楽となる)となっています。



なんて答えてもですね、仏教の中に出てくる「色」「行」「無常」「有為」「寂滅」「楽」という簡単な言葉なのにこの言葉を誤解なく解釈するだけでも難しいことです。

あれこれとその言葉や

「そもそもですよ、「いろは」の元の経の言葉をかいしゃくしたらどうですか」

なんといってみたり

「元がお経なら、『仏教』という言葉を分かりやすく述べてみたほうが」

とかですね、収拾のつかない外向きへ広げすぎてた熱く語ればですね、相手が置き去りになるのは自明の理です。

なので

「渡辺照宏先生の著作を読まれたら漠然とばながら理解できると思います」

そう、おすすめしておきました。

その電話の途中から周囲が慌ただしくなってきてたので、恒例の仏教のさままざまなこと(実際は私の中の好きな偏り)へ脱線が少なかったのはちょっと残念なことだと後から思います。


蛇足

美しく咲き何とも言えない香りを周囲で満たす花

美しく咲く花もやがて散り香りもやがて失われる。

その花が散ったからとてこの世から花がなくなったということではない。

また花は花だからこそ美しく咲く。

幼き頃みたあの花・あの人など同じ美しき景色をみる私は黒髪常に黒からず、あの花も場所も移ろい変わりゆく、それを見る私もまた移ろい変わりゆく、私は私のものであろうか、もし私のものであればすべてが私自身のすべては望むようになるであろうに。

私は美しきものにあこがれる。それなのに心の中には自ら怒り・怨み・嫉み・苦しみをもちあろうことか自らでつくりあげ自らによって汚していくことすらある。私は怒り・怨み・苦しさを知り持ち続けそれでもなお美しくありたいと願う。

悪いものをこそ肯定・肯定・大肯定できる瞬間、私の中には美しさと悪さが互いに同じもの(必要不可欠なもの)であると知る。




私も雪山童子のように辺りに書き散らすようにできていはいないが、ここへ今日の何かとして記す。

それだけでなく、全般に

それだけでなく、全般に及ぶこと

 当たって砕けるつもりで話す気などさらさら考えてもいないのに、話すなら「当たって砕けなしゃあないわな」それ位ならまだしも
「木っ端(微塵)じゃな」相手に口実だけでなく、話したがために本人だけでなく周囲も悪くしかならないことを意味する言葉を教えてくれる方もいます。

自らにとって悪い事態が来てくれることを願う方もきっと少ないけれど、訪れた悪いことには「こんにちは」次いで「にっこり笑って」通り過ぎるのが理想です。

求めるもの、大切なもの、常識、願い、理解、人としての付き合い方、全く同じものを求める人なんて人間であればいないだろうし、そんな人ばかりであればそれはそれで面白くないように考えます。

自らが存在する場所で、自分だけでなく皆がよくなるように考えて発言する方に私は敬意を払います。それが私は皆同じ見解になるなんて思い込みにとらわれていれば、無用な衝突が増え、言わなくていいことを言ってしまったり、自らを大切に思ってくれる方を困らせることだって少なからずあります。

「うまくやればいいのに」

そんなことを言われたり思われたりして「何を上手くやれっていうんだ」と後から不遇な目にあってこぼし、やらなければいけないことから逃げたり

「計算高く・損得勘定高くに最速最先端にできないから私は心底矛盾・葛藤・怨み・怒りにとらわれているんだ」

それにとらわれる私に優しくできた方が言葉をかけ続けてくれています。

「それが羨ましいと思うなら、今すぐこれからも死ぬまでずっとそうしたらいい。そう思うなら今すぐやれ。

貴方はそれが羨ましいとも、そう願ったり、そうしようとも思わないんだろ

そんなことにとらわれたり、気にする必要なんて一つもないから気にしなくていいでしょ」

一回で気づくことができず、そんなことを何遍も何遍も繰り返し、最近になってそのことが理解でき始めるようになった愚か者の私です。


自らの進むべき道を見つけることというのは一朝一夕にしてならず、自らを理解するためには望んでいない悪いことや根性悪や罰当たりなことに出くわし続け、その対極に位置する優しい方・できた方・徳のある方と双方とその中間に位置する方は必要不可欠なことだと信じています。

過酷なことです。自らが思い描くものの劣悪な反対が出現してこそ、道や理想や自らが眼前に確かに現れる。


望んでいないことに出くわさなければいけない。


仏教においてそれを「苦」と呼び、いつもの如く「苦」は不如意です。


そのまま書き下し「意の如くならざる」ものです。


自らにとって「意の如くならざるもの」との遭遇、次いで仏教はひとつの象徴をいつだってあらわしています。

それは「蓮」です。汚泥にあって、汚泥に染まらず、その汚泥があるからこそ美しく咲き、やがて散って種子を残していく、その象徴を意味が分かる人にも未だわかっていない人にも出し続けています。


私は私と触れ合う方にも身近な方にも家族にも、あの美しく咲き心を奪うほどの美しさと(心から生ずる)芳香、散るときには種子を残し次世代に希望を残していくものでありたいしあってほしいと、また何も誰にもしていない愚かな私は絵に描いた餅を日々夢見ています。

私もまた、ただの独りよがりで愚か者で罰当たりの一人ということです。

今日

 今日は旧暦で四月八日、そう書けば誰もがきっとピンと来るはずです(大きくですぎました)。

クリスマスがキリスト様の誕生日であれば、四月八日はお釈迦さまの誕生日です。なんて家内に言うと

「やったケーキ食べれるね」

どうやらケーキをいただける日でもあると認識しているようです。ここはひとつ大人の私ですから

「新暦の四月八日にケーキかったよ、今日は・・・」

ちょっと家内の顔が暗くなりました。

「いや、ケーキ買ってきて皆で食べよう」

途端に明るくなりました。お寺にいけば花見堂がまつってあり、お釈迦さまの幼いころの仏がまつられ、頭頂から甘茶をかけ、最後に甘茶をいただきました。すっきりさっぱりの後味です。

「甘茶をお供えして、しあわせをいただいて下さい」と書かれていました。

日本に相当数のお寺があり、数えたことはないけれど教会の数よりお寺の数が多い思っています。けれどクリスマスがやはり優勢です。

ここはケーキを景気よく食べれる日とでもして、是非お釈迦さま(ブッダ・ゴーダマ)の誕生日を祝いましょう。

クリスマスみたいに何かちょっとカッコいい呼び方とかつけたら意外といけるかな


「ナムシャカムニブツ」


(昨晩盛り上がりすぎて、書き物も遅くなったうえにまた懲りず夜更かしして一人で飲んでいました。困った困った困ったさんです。)

アビラウンケンヌーン

 「嬉しいことは距離を出来るだけ早く近くへ、できればその距離が感じられないほどに」

嫌なことはその反対のことを人一倍願うときがあって、冷静であればそれは都合がよすぎることだと表面上は納得しようとする私がいます。ただ本心から納得がいくかなんて私にほとんど出会わないということが余計に悲しいのかと考えることがあります。

「人は生まれながらにして仏である」

そのようなことを仏教書を見ていれば似たような言葉がのっています。赤子や幼児に見受けられる純真無垢さや素直さ、悪いことを何一つ思わさない言葉や仕草を見ればそれもそうだと納得するときがあります。
ただ現在40も過ぎた私は赤子でも幼児でもなく、当時の面影なんて過去に撮った写真や周囲の思い出の中に存在を感じたり、子供をみてそのような時が誰にでもあったということを再認識すること。

宮坂宥勝先生の簡単に書かれてある「密教の真理」という小冊子を最近は何度も何度も自分なりに理解しながらゆっくりと読み進めています。仏教書を真剣に読もうと思ったきっかけをくれた方は「あなたは資格をとったほうがいい」そう言われ、言われた専門より先生の本「(生命の海 空海」)を何故か手に取って「この本を理解して読まなければ私はこれから先へ一歩も進めないだろう。だから絶対に私なりに理解して見せる」そうあの時何故手に取った本が先生の本だったのか、それは今をもって謎なのですが、お陰をもって誰かに私の拙い話などを聞いて喜び、自ら学ぼうとする人が「どなたの本を読んだらいいですか」自信をもって「宮坂先生ですね」そう答えていました。あれから何年もたって割と読了した書が増え、敬愛する先生方も増え、好みや願うところが明らかになってきました。
私は宮坂先生が好きです。

弘法大師の説く密教では六大(ろくだい)の解釈が素晴らしいものです。六大とは仏教で説く五大(ごだい)と識(意識)、先生はこれを平易に説明されています。五大とは地・水・火・風・空のことでつまりはわれわれを構成する要素、われわれを取り巻くこの世界も同じように五大に一つ識を加えた六大で構成され、われわれも六大(ろくだい)で構成されている。この世界はほとけでありいきいきと過去も現在も未来も法をときつづけさとっている。このわれわれを内包した世界とわれわれは構成される要素がおなじであることから、世界がほとけでありさとっているのであるから、同じ構成要素をもつわれわれもほとけでありさとっている。われわれだけでなく一輪の花・山川草木すべてがほとけでありさとっている。しかし我々は凡夫(普通の人間)であるから自らの作り続けるとらわれによってその真理が秘密となっている。ここに秘密仏教略して密教と言われる所以もそこにある。

われわれの正しい知恵がないばかりに正しいものを正しくみることも理解することができず、ありのままにみればそれはほとけでありさとりであり真理であるものを覆い隠してしまうと。

残業で遅くなり、酔っぱらって何を書こうか迷った私は、宮坂先生にすがるのです。ただ私なりの理解ですから少しというか随分先生より私よりの解釈となってしまっています。間違いや真理を貶めている要素は私がその報いを受け取らなければいけないので、酔っぱらいという一言で良識ある方には勘弁してもらうことにしていただきたいものです。

高野山奥の院へ向かう参道にはおびただしい数の墓石が弘法大師を慕いまつられています。その墓石の形は圧倒的に五輪墓です。そこに密教の密教たる所以があって上から空(キャ)・風(カ)・火(ラ)・水(バ)・地(ア)、漢字で書かれていたり梵字でそうかかれていたりします。お墓にまつってある塔婆も同じその形をしています。

先生はそれを表には地・水・火・風・空(アバラカキャ)はわれわれ(理)をあらわし、裏面にはバンと書かれこの世界の真実なるほとけ(智)、つまりは構成要素が同じものであるふたつが一つのものであることをあらわしている。

真言宗ではお墓や塔婆がその形をしているのは

「そういうことな(ほとけ又はほとけになれる)のだと」

ただそこに自らの思い込みで私は仏だというのではなく、自らの言葉とこころとおこないがその思いについていっていなければただの独りよがりなもので誰もそれを信じることができない。

ここで私はいろいろなことを思うのです。

何か行動されてそこに言葉はないのに無限の言葉を聞くような行動。

ただ短い言葉であるのに何よりも深く高く広く貫いていくものを感じれる言葉。

わたしや皆へ、どこまでもどこまでも響きしみわたる誰かのこころ。



私は先生が書くことをみて、今日もまた何かを思うのです。


四摂

 私が誰に頼まれたわけでもなく求めているもの、求めている私自身がそれを忘れ道がわからなくなったときや、読破しようとする書物が難解過ぎて気持ちが切れてしまいそうになったらお世話になっている住職の書棚を見に行きます。
そこには多くの書があり、およそ全部読破はできそうにありません。ただその中からその瞬間気になる書物を手に取ります。あれかこれか、これはタイトルから興味ないとか、この著者は苦手であるとか、この分野はまだ未開であるとか、何かの縁であることは確かです。ただその時手にした本は必ず読んで見せると思っています。

難解すぎれば、何度も何度も読み返し時間を人より必要以上に時間をさきます。何故そんなことがわからないのかと言われたとしても自分なりの進み方でとむきになっています。それでも難解なときはそこでその本を一旦停止し、違う書を何冊も読み始めます。何故こんなことををするのかよくわからないことです。ただ何冊何冊も他の書物を読み終われば、読みかけてていた書物があっさりと読了できることはよくあることです。

その中、目から鱗であった文を今読んでいる本を見て、同じ言葉の描写を思い出したので拾ってみます。

経の第七十九章「四摂品(ししょうぼん)」に菩薩が世のひとにさとりに導くために四つの方法として「布施・愛語・利益・同事」の四摂をあげている。この四つは菩薩の利他を語る代表的なものである。いまこれを経によって示すと、まず布施について、これには財施と法施の二つがあるとし財施については、みずからの身体を含めた一切の財物を、好きなように取れと提供した上で、相手に仏と仏の教えとその教えを奉ずるものの集まりに帰依(三帰依)することを教え、あるいは五つの戒め(五戒)を守るように教え、あるいは心静かな瞑想にひたることを教え、あるいはひとに楽を与え(慈)、苦を除き(悲)、ひとの楽しむの見て喜び(喜)、他人に対して愛憎のない平等の心を抱く(捨)ことを教えないしはさまざまな大乗・小乗の修行法や最高完全なさとり(阿耨多羅三藐三菩提)について教えることが、般若を行じてなされる財施である、とのべている。これを見ると、財施といわれるものも、単に財物を施すだけでなく、相手をさとりに導くことにそのまま繋がっていることがわかる。これが般若波羅蜜による財施であることを注意しなくてはならない。法施についてはすでにのべる必要はないであろう。経にはこれに世間と出世間を分け、世俗の法を捨てて、出世間の大乗真実の法に導くことを縷縷説明している。
 また経典には愛語以下についてその内容を説いてはいない。しかし愛語とはやさしい言葉をかけることであり、利益(利行りぎょうともいう)とはさまざまな利益を与えることであり、同事とは世のひととともに苦楽をともにし、行動をともにすることである、と知るとき、これらが般若波羅蜜のなかに収めとられるすがたをさきの布施によって推察することはできると思う。
実践への道 般若・維摩経 石田瑞磨 現代人の仏教3 筑摩書房より引用



仏教とりわけ、大乗仏教の中核を占める、「菩薩」の特性について書かれています。ある仏教者は生きとし生けるもの全て菩薩だともいい、菩薩にも(経典中にも現実にも)有名と無名の菩薩があり、観音菩薩や地蔵菩薩(勢至菩薩などなど)は有名の中の有名の菩薩です。仏教を信じ好み愛し生活の中にあるかたも無名のなかの無名の菩薩であると思います。大好きな方の心が美しくそこに仏教を信じることをみれば、その私の好きで愛し信じる方の心中にある仏教とその方が無名ではあるけれど無名の菩薩に思えてならないです。上流階級や一部の権力者に庇護されたから仏教が日本にありつづけてきたのではなく、市井に生きる人達の心のなかに仏教は生きてきたから、今もあり、私はそこに惹かれなにか求め続けているのだとも思っています。

菩薩の生活と四摂法 ところで、仏教ではこの菩薩の生活、すなわちほんとうの人間生活の理想を四つのカテゴリー(形式)によって示しています。四摂法(ししょうほう)というのがそれです。「摂」とは摂受(しょうじゅ)の意味で、つまり和光同塵(どうじん)、光を和らげて塵に同ずること、すなわち一切の人たちを摂(おさ)めとって、菩薩の大道に入らしめる、善巧(たくみ)な四つの方便(てだて)が四摂法です。四つの方便とは、布施(ふせ)と愛語と利行(りぎょう)と同事でということです。布施とは、ほどこしで、一切の功徳を惜しみなく与えて、他人を救うことです。愛語とは、慈愛のこもった言葉をもって、他人によびかけることです。利行とは善巧な方便(てだて)をめぐらして、他人の生命を培う行為(おこない)です。同事とは、他人の願い求める仕事を理解して、それを扶(たす)け誘導することです。禍福を分かち、苦楽を共にするというのがそれです。しかし、お経にはかように菩薩の道として四つの方法が説かれていますが、四つの方法の根本は結局、慈悲の心です。貪(むさぼ)り求めるこころ、すなわち貪欲の心を離れた慈悲の心をほかにして、どこにも「菩薩の道」はないのです。
般若心経講義  著 高神覚昇 角川文庫より引用



同じようなことを書かれてありますが、仏教者の数だけ微妙に表現方法が異なっています。その異なりが好きです。何かをあらわすのに別の何かを持って、その人が前へすすめるよう手がかり足がかりを仏教者は幅広い見識・行(動)・信をもって、言葉を超えるものを制限の多い言葉であらわしています。

有名な言葉です。あきらめるも仏教の言葉で「真実のごとく明らかにに観る」、あからむる(など)があきらめるへと変わっています。仏教の根幹の教えである四諦(生・老・病・死)も四聖ともよばれ、人は生まれれば必ず死ぬという真理、若きものも一秒一秒老いていくという真理、生きていれば望んでいないけれども病にかかるという真理、「あたりまえのことをあたりまえに観ること」(実の如くあきらかにみること)

唯識 認識と超越の難解さに(私以外の人には簡単なんだろうけれど)他の書物の光に目を奪われ、また私は現実へと帰るのです。

近道だけが近道ではないという屁理屈と、先生方の四摂の解釈はいつみても素晴らしいと思い直す日でした。

たまにはね

 私はよく慈悲(または慈悲喜捨)の話をします。といってもそれは渡辺照宏・中村元・宮坂宥勝・諸先生方の書と出会い体験が再体験され、上書きされたものを言葉にしています。

「他人の幸福をのぞみ(慈) 他人の不幸を取り除き(悲)その仕事に満足し(喜) とらわれることがない。(捨)」
(渡辺照宏)



もう少しわかりやすいように(私なりに)訳します。

私には有難いことに目があり、目前の方をみることができます。「慈」とは私の目は私自身をみることに長けていません。目前にある人や物をみることのほうが便利です。目はそれ自身を見ることができないのに何かを見ていることと同じなのかもしれません。

ぱっと周囲を見て、まずは手を伸ばせば届くところそこにいる方(家族や伴侶)のしあわせをのぞむ。(慈)

やはり次も同じく、手を伸ばせば届くところそこにいる方(家族や伴侶)の不安・苦悩・重荷を取り除くよう努力する。(悲)
この「悲」は自分をみずにやはり相手の悲しみについて「取り除く」のではなく「取り除くよう努力する」ことにかかってくる。
私もそう、私の家内でも子供でも突然医者から不治の病と余命いくばくもないと宣告されれば、家内や子供なら私はどうにかしてかわってあげたいと願う。ただなんぴともそれを変わることはできない。
「わたしに何ができるのだろうか」
だから今のわたしにできることをする。

自らの仕事を喜びとする。(喜)
主婦であれば、家事育児行事ごとなどを喜びとする。自らの職業を誇りとする。

「これだけしたのだから、これぐらいの見返りは」「これだけしたのだから、あたりまえだ」何かをなして、成した後の付け足しの思いを捨て去る。くだらない心の思いは即座に捨て去る(捨)。

本当書けば書くほど理想であり、きれいごとです。そこと私の現状の差が厳しいこともまた現実です。

「一体わたしにとっての仏教(宗教)と問われれば、何と答えるか」

そこ(目前と心中)に怒り・怨み・嫉み・苦しみ・死への恐怖・病の恐ろしさ・老いが求ていないのに眼前だけではなく身体や心に及ぶほど侵食され、一体生きることに何の意味があるのか、そう心からの問いにこたえるもの。

たんにそれは「(私が)生きていてよかったという根拠」つまりは私がこの世に今生きていていいということ。

それを信じ仰げる力を、今は信仰と人は呼び、その力を生きる活力や信仰の深さ、根拠などと言うのだろうと思っています。

この記事は暫く前に書きかけ、書きかけのまま何故か終わりが無いものでした。今は今なりの私の答えを記します。

宗教における信仰という意味、(現状の)私なりの見解です。

「今生きていいと信じ仰げるものを、私は私の宗教、仏教という言葉を持ってあらわすのです」


本当酔っぱらいの私は饒舌で、突飛なことを思うものです。

(今宵は何杯もやることにします。それは昨日一杯やるつもりが、いつの間にか一杯やることを忘れていました。)



人は大切なことをいつか忘れてしまうものです。

三人よれば

 職場では大抵(行事や繁忙期は別として)三人で仕事をこなしていることがほとんどで、理想で言えば仕事は選びたいのですけれど、いつの間にか机の上や目の前に様々な仕事がやってきています。
それは時に簡単な仕事、普通の仕事、難しい仕事、(私)担当の仕事、誰かの仕事・私や誰かの仕事ではない仕事・厄介事など、偶然か必然か作為的かはともかく、時をそこで長く過ごせば傾向も出てきます。その一つ、他の部署の方の目前にたらいが回ってきたみたいで、標準な装備なのか・オプションなのか・やる気が無いのかはともかく、たらいが来たら回せばいいと思っている人が多いと、行きつく所よく私(又は私達)の前にちょっと(いやかなり)めんどい仕事(たらい)が回ってきて、見渡すところここが終着駅であることが体感上多いように感じます。
気のせいかと思って他の二人に聞いてみたら、それは同意見のようでした。

理由はともかく、見渡して誰も受け取ってくれそうにないのならここ私(や私達)で終わらせて前に進むしか無いのです。後味の悪い結果になるときもあり、恨みに思う時もあり、思ってもいない好結果となり喜んだり、思わぬ出会いを生んだり、苦しんだり、悩んだり、いずれにしても想定以上の結果が出現すれば、いつも近くの人が言うもんです。

「三人寄れば文殊の知恵」

本当私全く同じ中身が三人いても変化・対立・衝突・革新なども少ないでしょう。タイプの全く異なる三人が力を合わさって思わぬ好転をみせるからこんなことわざが残り、昔の人はいいこと言うなあなんてタイミングよく耳にすれば思います。
ふとそんな三人を考えていたら、とある話を思い出しました。

金光明最勝王経の確か捨身品に、つまりはブッダ(仏陀・お釈迦様・バウッダ・ゴータマシッダールタ・釈迦牟尼世尊、薄伽梵バカボンなど)の悟りを開く前の生を書かれたものを本生譚(ジャータカ)などと呼び、その有名な一つに「捨身飼虎」があり、飢えた乳の出ない七匹の子を持つ母虎を前に三人の王子が、飢えた虎を見て思う話です。

一人の王子があのままでは飢えた母は我が子をいずれ食べてしまうだろう(または全員死んでしまうだろう)。
三番目の王子が「虎は何を食べてその身を養っているのかと問う」
もう一人の王子が「それは血を流すような赤い生身の肉だろう」と答える。
答えを聞いた三番目の王子は二人より早く、自らを近くにあった乾竹で突き刺し我が身を捧げ虎を救ったという。

その二人の王子のうち一人は慈氏(弥勒菩薩)でもう一人は曼殊室利(文殊菩薩)、三番目が私(釈迦)であると説法されたという。


そんな三人の話を思い出しました。仏教にはさとりに至るための方便(手だて)として比喩を用います。何もいつも我が身を捨てなければいけないことを説いているのではないと私は思います。この上なきさとり(無上正等正覚)にいたるための覚悟を比喩をもってあらわしているのでしょう。

一人の人間としてこの世にあらわれた偉大なる完成された智慧を持つ人間をあらわすのに、人の一度一生だけでは説明がつきにくいことを長い前世にわたって功徳を積み、最後の一生が仏陀であった。


そんなことを思い出し、うまく文章がまとめようとしてまとまらず、時間もかなり過ぎたので今日は用事をして寝るのです。

しょうがないのです

 いつかはと理想や綺麗事の世界を現実にと願うことがよくあります。

何もなさず、思うだけで何も変わらないのは誰にとっても一つの現実として望んでいなくても押し寄せてくることです。

「(その過酷な現実は)嫌なんだ」

(自らの世界の中心で)叫んだとしても、確率としてはあらかじめなされていない努力に比例して、目に見えないけれど見えてしまうのです。

一つの理想として、すべての言葉が真理の言葉がぽろぽろとこぼれ落ちてくるようにその辺りを満たしてくれればと願うことがあります。

何もなすことなく、何も努力することなく、何も学ぶこともなく、何にも動くこともなく、苦しい思いもせず、耐え忍ぶこともなく、他の人にとってはどうでもいい人かもしれないけれど私にとっては何よりも大切な人だと思える人に出会うこともなく、善いことばかりが訪れ続けるというは確率すら存在しえないものではないかと思うことがあります。

古の人たちはそれを短い言葉で

「若いころの苦労は買ってでもしなさい」

「可愛い子には旅をさせよ」

「苦しみは幸せの種」

「蒔かぬ種は生えぬ」

「一年先を思いては花を植え、十年先を思いては木を植え、百年先を思いては人を育てよ」

仏教詩人であれば

「念ずれば花開く」

お経の中にある三文字であれば

「願成就」

(彼がその願いを信じ、忍耐努力し続ける限り、願いはかなっていなくても、彼の願いはかなっている)

と私はそんな解釈を大好きで愛しています。


一つの比喩として

「赤ちゃんが何もできないけれど、ただ笑顔する」

その笑顔で皆がしあわせになれる力があることがあり、それは彼には何もできないけれど、純粋無垢な笑顔が彼の願いをかなえさせてくれているのだとよく思います。


幼子が心から大好きで呼ぶ一声

「おかあさん」

「おとうさん」

大人に比べれば大したことはできないのに、何物のはさむすきのないその心からの笑顔と一言

幼子に感動したり、笑顔になれたり、しあわせになれたり、いつも思います。



彼(彼女)の願いは信じ、心から発している限り、その願いはかなっている。



純粋な人を見ると、年齢に関係なく(過酷な現状にも関係なく)


「あなたの願いはかなっています」



その方に伝えたくて伝えたくてしょうがないときがあります。

このあたり

 昨日から書いているように今徳島はお盆の時期です。

盂蘭盆に行われる法会を盂蘭盆会とか、先祖をお迎えして供養(相手を供え養う)の時期を、略してお盆と言っています。

この時期、お坊さんが檀家様の家をお参りして先祖を拝み供養をします。

これをこのあたり(徳島や他の地域でも)棚経(たなぎょう)と言っています。

近くの世話になる優しいおじさんが私に教えてくれました。

「このあたりは『みず棚』(おそらく水棚の漢字だろうと思います)を拝むから、棚を拝むから棚経(棚経)だな」

そう教えてくれました。なるほど私の近くのお寺の檀家は仏壇の前にて拝むより、外に「みず棚」をおまつりして、そこへお供え物をお盆の期間日々交換し供え、その棚へ向かって僧侶は読経・供養している光景をよく見かけます。

このあたりならば、「みずだな」へ向かって拝みますが、ところが変われば「精霊棚(しょうりょうだな)」を中または外にこしらえ、そこへ御供えをして、そこに拝むところもあります。

結果「精霊棚(しょうりょうだな)つまりは棚へ拝むので、やはり「棚経(たなぎょう)」と呼ばれています。

私の地元長崎の実家ではお祖父さんが毎年お盆が近づくと、仏壇に敷くための敷物を水辺に生えている草を刈ってきて編み、その上にお供えをお盆の間続け、最後はそれをくるっと丸めて船のようにして、川へ流していました。

どうも徳島でも川に流す風習が合ったようですが、どこも環境破壊のため、川に流すことを禁止される場所が増え、最近流すところがあったとしても、流す場所の下流でしっかりと回収するようにしているようです。鳴門あたりにそうしているところがあります。

今川に灯籠が流れていたり船が流れていたりする光景を偶然見ることが(私は)少なくなりました。

「水に流す」

その言葉、許してくれる時、許してほしい時などに聞きます。

川に流れがなければ、それは川ではなく、流れなければ水は濁っていきます。


他人を見て自分のことを棚上げして思います。誰かと衝突したり物事をうまく処理できない時

「さらりと流していけばいいのに」

他人ごとであればそう簡単に思います。自分が渦中であれば

「簡単にそんなことを言わないで下さい。(貴方自信が今そうでないからそう言えるんですよ)」

なんて、言い返すの関の山だと思います。

だから普段から「全ては流れるのである」なんて言いたいだけのことを仲良い人や自分に言い聞かせます。

「流さないで、どこかで自分勝手に堰き止めたり、変なとこへ流そうとしたり、逆流させようとしたり、自らや他者へかけ過ぎたりなんかするから、痛い目にあうんだよ」

本当他人にいうことは簡単ですが、自分のことに置き換えれば簡単にいえなくなります。


まあ都合よく行きます。

良いところは取れるだけ取って欲しい。悪いとこはどこかへさらりと流してくれとね。



(棚経の話から、本当どっかへすっぱり流れて行きました)