「願い」

 (パンセに多大なる影響を受け、頭の中から離れない。けれどその言葉をみてよりそう思って仕方がない。)

 どなたもが気付かぬうちに「しあわせ」を願い求めている。
「しあわせ」は平穏・安泰・安寧・安心・充足ともいいあらわせるし、それに近づきたい又はその距離がない程でありたい、けれど悩み迷いとらわれるとき、しあわせからも厭い離れたいほど、ひとのこころは時に脆く儚く弱い。
心静かに落ち着けば泣くのでもなくわめくのでもなく、自らがおかれた場所を冷静に見つめる瞬間があってもよく、あらためて落ち着き冷静に考えれば、その時答えは如実に現れる。

 ここにおいて、「しあわせ」から「願い」がどれほど重要なことかを思い知らされる。
その「願い」が「我の利」というこの広く果てのないほどの世界で、自分のみ、いや自分の利だけに最優先にする願いは、限定的となり何よりも小さいものと認識され、本来の願いである美しさや素晴らしさ(真・善・美)からその願いへの思いや手段を択ばなければ選ばない実行の速さ強さの分だけ加速して、やがては自制がなければそそり立つ岩壁や断崖絶壁にブレーキをかけることなく向かっていくようなものとなる。
周囲がどれほど注意や制止をうながしても、その方の心の内から生じるその衝動(内から生ずる毒矢)は、自らが止めなければ他の誰もが止めようがない。(人は時に客観的な視野を持ち冷静でありたい)

 その反対に位置する「願い」どうだろうか。
我の利ではなく、自らを起点として近くの方(又は見ず知らずのふれあうかた)がいつも安心できるよう、喜んでくれるように、一人でも多くの方の理解と安心を願うものは、道徳さらには善を超え、無数ある真理を願う方向性を持つため、それぞれの方向性にある願いの大きさ・美しさに比例していく。

愚かであるがゆえに、オウムのようにきれいごとを繰り返す。お腹がすいたものに絵にかいた餅は何の足しにもならない。それでもさらに繰り返せば愚か者は更なる加速を増す。

どうだろうか、腹の足しにならないからといって、道徳・倫理・善・真理が全く必要ないとなれば、この世は誰もが無慈悲で無法地帯ばかりで、そこには人間ではなく獣より遥かに劣る、過去において「ヒト」と呼ばれた生き物が存在しているだけになるだろう。

キリスト教ではそれを

「人はパンのみにて生きるにあらず」

「人間の尊厳のために」


これは戒めであり、願いでもある。

 かたより、とらわれる私は、かたよりを捨てれず、美しいものを願う。


それを時にひとは「おもいたち」(発心)と呼ぶこともある。
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私は線香を御供えしたり、焼香するときにさまざまなことを願います。

平常時における代表的な願いは
「どうか自らの悪いところを無くしていき、自らの未だ出ていない善を生じさせ、数少ない自らよりでる善はより大きなものに」

 仏事において行われる、線香を御供えする・焼香についての説明をよくします。
その解説の一つとして
「焼香(線香を御供えする行為)は、穢や邪気を払い、身を清め、心を清めるものです」
自らの悪いところを無くし、福を生じさしめ、元よりある福はさらに増えるようにと、香を供えるのです。
ここでわかりやすくというより、その行為が実際に即したものとしてどのようなものかとも言います。
①すでに生じた悪は断じて、起こさないよう勤める
②これから生じしそうな悪を起こさないよう勤める
③未だ生じていない善を生ぜしめるよう勤める
④既に生じている善は増長させるように勤める
(気がつかないではなしていたことですが、仏教ではこれを四正断又は四正勤などと呼んでいます。)
仏教における焼香・線香を供えることだけでなく、礼拝・勤行(読経等)・修行・遍路行・華道・茶道・詠歌道・写経・写佛など、他にも無数その道は存在しており、各人に即した道で普段の行いに寄り添えば喜ばしい限りです。

沢山の方がお参りされるお寺では、もくもくと煙が上がるように線香が焚かれ、その煙を自らの身体の悪いところへ
あててお参りされる方が多いのも
「(身体の)悪いことをはらい、(身体が)善いところが増えますように」
そのような願いから、行為へと発展しています。

人間のこころは身体と密接であり、慈しみ(優しさ)も助け(情け)も自らの身体から出現するものであるから、お参りされる場で、願われる方が多いのも当然のことです。

自らの身体をいたわり大切にしなければ、近くにいる方や大切な方(家族・友人・恩人)を優しく助けることもできます。何より自分のことがいつまでも自分でできる(健康)ということは、自らにとって一番有難いことです。

香の話は、他にもいくつか話をしていますが、(平常時であれば)大好きです。

善と悪

 「それ自体が善であり、それ自体が悪である。」


この「それ」に入る言葉として、仏教では「貪」「瞋」「痴」(後者のそれ)・「慚」「愧」(前者のそれ)などをあげている。むさぼりつまりは怠惰、いかり慈悲(やさしさ)を根底としない個人的な理不尽ないかり、おろかさ(ここでのおろかさとは学べるのに学ぶことをしない又はせっかく学んだ知恵が病にかかった悪い状態の知恵をおろかさとよんでいる)。

*慚(ざん) *愧(ぎ)
(大善地法十種の中にある)それぞれ二様に解釈される。第一の理解によれば他者の徳に対する恭敬が慚であり、自己の罪に対する畏怖が愧である。
第二の理解によれば、みずからを観察することによって己の過失をはじるのが慚であり、他を観察することによっておのれの過失を恥じるのが愧である。
*無慚 *無愧 慚と愧の解釈の反対である。
存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉桜部建・上山春平 (著)より再度引用



世間話として自らを語ることがあり、(悪意無くその方のことをありのまま虚偽なく)客観的に第三者が語ること。その二つ、自らの認識が妥当であり、客観的な認識(理解・判断)と誤差が生じない、ありのままに近い状態をあらわすといってよい。だが「誤差なし」とどうしてもならない場合、どこかに現実との大きな差(又は相違)があることもある。

現実の例を出してみよう。

 ここに一人の20年以上も、周囲の方に優しく、ふれあう方へ野菜や自らの身体を使い、助けたり与えることを惜しまない方がいる。
「おじさん、いつもありがとう」
私はそう感謝の言葉を伝える。
「たいしたことはしとらん、御礼は言わんでいいよ、こちらはしたくてしてるだけのことだから気にしなくていい。」
とってつけたような言葉ではなく本心からいつも言われる。
自らの行動を自らで否定される。この行動が善の方向性を持つものであれば、(善の)否定はさらなる(善の)発展となる。

ある人がいる。15年以上自らのことだけしか考えず、物惜しみがひどく、優しいと他人が言ってくれるのを待てないので自らで「私は優しい」と言う。
この方に「あなたはケチですね」と過去からの言動をみてありのまま伝えると、「ケチでないわ」と返ってくる。自らの行動を自らの言動で否定される。この行動が悪の方向性を持つものであれば、(悪の)否定はさらなる(悪の)発展となる。

その本人の成してきた(それ自体が悪ともとられかねない)言動の連続を伝えても、現実と相違する言葉つまりは誰に頼まれるわけでもなく虚偽を上塗りすることになっている。

その方の行為が次のようになる。


「一つの悪が二重の悪へ移行する」


それ自体が関連して連鎖することではあるが、善であれば喜ばしいと理解されることが多い。

普通

 寒い日と暖かい日が入り交じり、空は青くても風が吹けばやはり冷たく、ただ日が長くなってきていることは随分実感できます。普通に過ごすことがどれだけのことか、それは大海原において嵐の真っただ中に小舟の中で、誰かから
「まあ大変だろうけれど、大変なのはうろたえても泣きわめいても変わらないのだから、いつ終わるかもわからないことですので、できるだけ普通にしてください」
私はそんなことを言われたら、言われた方に向けて怒ってしまいます。
「この状況で普通にできるか」
なんてね、これだから私は愚かです。何事も長く続けば慣れるというのではなくて、そのことに関して麻痺してしまい、普通にみえることがあります。

 ブッダが覚りを開いて覚れる人となる。

真理・智慧・慈悲あることがその人間と同じように扱われます。ただどんなに覚りをひらいても悪いことに傾けば真理・智慧・慈悲からはなれることになり、この時覚りとは人ではなくその状態をさす、つまりは法(真理)そのものが覚りであることが誰の目にも明らかになるのだけれど、人間の言葉・雰囲気・存在・慈悲をその身の上に現れてこそ、目に見える形で表れているという事実です。そこに混同が生じています。

覚りを開く方が長く生命を保てば、真理・智慧・慈悲あるが故に、その状態が永遠に続くかと錯覚してしまいます。善いものは永遠であることを人は自然に願うものです。ただ人に生まれれば聖者も愚者も普通の人も覚れる人もいつかはどの時代でもどの場所でもいつかは死ぬさだめです。

どなたにも真理・智慧・慈悲の一端がその身の上にあらわれれば、それを理解する方はそこに法をみるものです。

ブッダではなく、弘法大師にではなく、観音(仏・菩薩・神)様ではなく、身近な人に覚り(の一端)をみるものです。


それは特別ではなくどなたにも普通のことです。

おもいたち

 先日『現代語の十巻章と解説』 著 栂尾祥雲先生の引用したものが頭から離れず、それについてその後もいろいろとかんがえさせられます

はじめの「おもいたち」と後のきわまりとの
二つはまったくことなりのないものである。
この二つのこころの中では、
先の「おもいたち」が難しいのである。
それは自らなをすくわれていないのにもかかわらず
まずひと(他)をすくわんとする心で、
このゆえにわれこのもっともすぐれたる初めの「おもいたち」にこころがふるえなみだする。
はじめのこの「おもいたち」をその身の上にあらわす方が
ふれあう方に優しさと・慈しみ・智慧をおしみなく与えることをもって
自分だけがよければよいという、身勝手であるが賢い方よりも
はるかに出過て優れている。
かの「おもいたち」の方は
すでに優しさ・知恵をのりこえ、慈悲と智慧をその身にあらわした方である。
このゆえにこれらの方を
最無上(いともすぐれたもの)と名づけることをうるのである。



仏教のことをあらわす文章として、それなりに満足しうる言葉であるでしょう。お経にある「菩薩」という言葉の意味をあらわす言葉としても問題がないです。
自らが上手くいってないことを言い訳にせず、相手が困っていればこころより言葉よりも早くそこにいて、何故ということは必要がないことです。

およそ仏教者であれば、自らを十割としてその全てがそうでなくてもいいです。一割以下でも存在し、時が来た時そこにそれが出現していれば、仏教者と呼ばれます。


いつもひねくれていて愚かな私は逆を書きます。



自らが仏教(関係)者であると言いながら、上記(の引用)が出現することなく、自らがすくわれなければ「わたしをたすけて」とだけしか言わないのであれば、仏教(関係)者であるという深い認識や理解は誰も認めず、自分で仏教(関係)者であるとしか言わない人になります。


少し今日の気分的に、先生の素晴らしい訳を私なりに変換する愚かさをここに記し、先生の素晴らしい訳を変えた非礼をお許しください。

はじめのおもいたち、これを仏教では「発菩提心」略して「発心」といいますが、それは誰かがそのいともすぐれた方のこころの出現を言い、その方の心が発せられた状態を感動し賛嘆する言葉であると思います。

これを平易に現代に使われている言葉に変換すると

「初心忘るべからず」

となり、初心が出ることが難しく、またそれそのものが完成にある覚り(涅槃)

何かをみるものは何かをみる

 寺院・教会・神社などには僧侶・神父・シスター・神主さまがおられ、これらの方々を一言で総称するとすれば、宗教者であらわされる。仏教における宗教者の一つの例として

「比丘たちよ、たとい比丘が、わたしの衣の裳(もすそ)をとり、わたしの後にしたがってその足跡を踏もうとも、もし彼が欲望の激情をいだき、いかりの心をいだき、邪の思いをいだき、放逸にして知解するところがなかったならば、彼はわたしから遠きにあり、わたしは彼から遠きにあるのである。その故はなにか。比丘たちよ、その比丘は法を見ないからであり、法を見ない者はわたしを見ない者であるからである。
 また比丘たちよ、たといその比丘が私を去ること百日の行程のかなたにあろうとも、
もし彼らが欲望の激情をいだかず、いかりの心をいだかず、邪の思いをいだかず、放逸ならずして知解するところがあったならば、彼はわたしの近くにあるのであり、わたしは彼の近きにあるのである。その故は何か。比丘たちよ、その比丘は法を見ているのであり、法を見る者はわたしを見る者であるからである。」 それは、いささか長たらしい文章である。だがそのいうところはきわめて明瞭である。仏教者のなすべきことは、その教祖を拝することでもなく、その裳をとって奉仕することでもなく、ただ法を知り、法を見、法にしたがって実践することであるとするのである。なかにつき、「法を見るものはわたしを見る者である。」の一句は文中の眼目をなすものであって、他の経にもしばしば繰り返されているところである。
けだし、そこには、仏教というこの宗教の真骨頂が打ち出されているからなのであろう。
(増谷文雄著「根本仏教と大乗仏教」より抜粋)


 寺院であれば僧侶、さらに具体的には住職・院家さん・おじゅっしさん・お坊さん・和尚さま、と呼ばれる方(時に寺族も含まれること)となる。

先ほどの文中における眼目以外、祖師や聖人君子の言葉や行い(ふるまい)を真似する。信心ある方はそこに祖師・聖人君子・神仏と同じように敬い崇め、信じる方は施し(あたえること)を惜しまない。
(表面上)お寺さんらしい振る舞いだけをして、またお寺の家族も(表面上)だけの美しい振る舞いをして、美しい字を書かれ、祖師・聖人君子などの振舞をしようとも、実のこころ(思い・願い)・言動つまりは中身や実情が汚ければ、汚れなき(信じて疑うことのない)思いとの差がどれほどか、そのような醜悪な現状も時として世の中で出現しており、善・悪並びにその中間がどのようなものであるかを再認識させられるのである。

信じるものが悪いのでもなく、表面を見て勘違いするものが悪いのでもなく、ただ法をみることなく世の中の人が採用しないくだらない自分だけをみて大切にしようとする行為の連続を出現させることが悪いだけである。

 皮肉にも聖人君子・宗教者・祖師の方々の素晴らしさをはっきり理解するためには、こころに激情をいだき、勘違いの怨みを誰かへ向け、いかりの心をいだき、果てのない物惜しみにとらわれ、自らの損得だけを執拗に考え実行し、正しい知恵を何一つ採用することがない、つまりは法をみることがない存在(言動の連続)によって、その差(高み)がどれだけのものかということもはっきりと世の中において出現することとなる。

「法をみるものが、私をみる」

仏教ではこのとき真理や法とともに、釈尊・宗祖の方々・高僧・名僧が出現する。

では

「法から目を背け採用せず、その反対のものをみつめ実行するもの」

その時そのように実行するものの近くにいる方達はそこに何をみてしまうか。


気をつけなさい

深淵をのぞくものは、深淵にのぞかれているのである






ただ、人は聞くだけではなく、みなければわからないこともある。火中の真っただ中にあって我を失わず。その汚泥に何一つ染まらず美しく咲いていきたい。

終わって気が付かされる(私)

幼い・若い・同年・年配・長老などの関係もないが人々に、深く深くどこまでも染みわたる優しさに圧倒されることがあり、つまり私より若い人であるなどといった考えが起きないほど、深くしみわたることがあり、彼が先でも後でも、私が先でも後でも、そんなことは何の関係もないことだと終わってしばらくして気が付かされます。

また『涅槃経』にいわく
(中略)
初の発心(おもいたちと後の畢竟(きわまり)との
二つはまったく別異(ことなり)のないものである。
かくの如き二つのこころの中では、
先の発心(おもいたち)が難しいのである。
それは自らなほ度(すくい)を得ないにもかかわらず
まず他(ひと)を度(すくわ)んとの心である。
このゆえにわれこの殊勝なる初の発心(おもいたち)を礼したてまつる
初のこの発心(おもいたち)の菩薩が
人天を化益する導師として
自調(わがすくい)のみの声聞や縁覚を
はるかに出過て優れている。
かくの如き発心(おもいたち)の菩薩は
すでに三界(このよ)を超過(のりこ)えたものである。
このゆえにこれらの菩薩を
最無上(いともすぐれたもの)と名づけることをうるのである。

『現代語の十巻章と解説』 著 栂尾祥雲 (菩提心論と解説より抜粋)



自らがすくわれたいという状況にあって、その願いが感じられず、目前の方をすくわんとねがい誰よりも先に動く方

みる方ふれる方が損得を感じさせず、何かで満たされる仕草や言葉や行動

発心(おもいたち)より先に、すでにすくわんと動く方

理解してほしいと自らが願うより先に、深く理解し涙される方

願っていないのに、ふと気が付けば目前にいて、どうしたと全てを聞いてくれる方


おもいたち

ねがい

しずけさ

よろこび

みえない私

お経に器の譬えがあり、それは甘い考えで自らを満たしやすく欲望に流されやすく努力を怠ることの多い私にとって衝撃的な言葉でした。

また流されやすい私は残業が終わって、いろいろなことを忘れようとお酒に流されてここにいます。

「自らの肉体は善い心でみたすためだけの器に過ぎない」


その言葉を説明するよりは、私のことを書けばどなたにも伝わります。

私が私自身を自らの損得勘定に高く自らが利する欲望を最優先に、自分だけが何よりも大切で他人はどうなってもいい、そのような言動が続くような心で私を満たし、その時間が永遠かの如く極悪非道であれば、私の周囲は先ほどのお経の言葉の意味がどれだけのものかを私をもって身に染みることになります。

近くに自らの利益のために、他者はどうなってもいいという手段を選ばない方を何人か何年も見続けています。

本人が(自らの続けてきた極悪な言動から)目を背け、本人が(自らの続けてきた極悪な言動から)逃げ続け、けれど人間ですから出会う人には好かれたい、寄ってきてもらいたい、そのようなことは誰にでもきょうつすうる願いです。

本当のことを言えば多年にわたる極悪非道な自らのふるまい、そのことを告げて寄ってきてくれる方は少ないように誰もが思います。一つの結論へ簡単にたどり着きます。

自らの続けてきた悪いことは言わず、その反対にある善いことをどこかから借りてきて、オオカミが羊の皮をかぶれば見た目は問題なく、初めて出会った方を疑ってかかる方も少ない人間の善さを悪用する行為の乱発がさらに自らを善いものではないもので満たし続け、やがてその甕は満たされ、あふれ出なければわからないこともあふれてくれば隠しようがなくなる時が訪れます。

私にとって、いつも優しくできることを惜しまない方を長年見続ける行為も存在しており、その方にはいつも感謝を述べます。それは感謝ではなく、その方の続けてきたことをありのままに言葉として表現すれば、感謝や善いことになっているというだけのことです。そのような方は共通して同じようなことを私に言われます。

「私はそんな大したことはしてないから」

それぞれ言葉の差はあれ、同じような言葉が返ってきます。「たいそうなことはしてないよ」という言葉もよくありました。

私はそのような方と違って、少しばかり人より良いことをしたら、誰かが言う前に自分で言ってしまうことばかりであるし、自慢したいし、評価してほしいし、理解してもらわなければ挙句には腹を立てています。これを何と呼ぶかはいつもの言葉しか表現できないことです。

誰かにとっての普通は、その方の個性が如実にあらわれ、そのことに本人が気が付いていないことが往々にしてあります。


私はその方の普通を眺めることが大好きです。


私にとっての普通というものは私自身が眼であるがゆえに、眼が眼そのものをみることができないように私は私を客観的にみることができないことばかりです。

開き直って、私は他者の普通を観ていないかのようによく観ることにしています。


(自らのことはどうしようもいのに、他人のことには偉そうに上からものをいう私をよくみます)

   九一
われわれは、ある現象が常に同じように起こるのを見ると、そこから自然的必然性を結論する。たとえば、明日も日があるなどというごときである。しかし、自然はしばしばわれわれの予想を裏切り、自分自身の規則に従わない。

『パンセ』 パスカル著,前田 陽一 (翻訳)由木 康 (翻訳) 和訳

雷鳴

 「真理・縁起・法・覚り・涅槃・空の境地がどのようなものか」



それに対する有名な答えは

「維摩の沈黙、雷鳴の如し」



けれど体得した真理の高さは、その方の内に存在しており、その真理というのは誰の前にもあるのだけれど、体得した方にはいつも手に取れるものであり、それは雰囲気として、行動として、言葉として同じものではないけれどそこに何らかのものが現れ出るものです。

ときに「雷鳴の如し」ではなく「万雷の如し」とも訳され、その真理の高さの出現により周囲の方が途方もない大きさの雷を落とされたかのように、またはその真理が数えられないほどの多さで自らに落ちてくるものとも言えるかと思います。

この時点で既に同じではなく違うのだけれど言葉としてその真理が譬えられています。私はその雷を落とされたくて、仏教書をあれこれと読んでいると思えることがあり、その雷の途方もない力にしばらくしびれている文章に会えた時、自らの歩みを進めていて良かったと思っています。

その憧れの大きさ故か、私は理解不十分なままその雷を使おうとして、不十分な理解は自らへ解釈の浅さや勘違いを倍加させ、遅れて自らに跳ね返ってきます。重症な時は勘違いどころではなく錯覚や理解ではなく誤解して気づかないままです。

私に真理ではない反対に位置するものが雷鳴の如く・万雷の如く降り注ぐのです。



それでも私にとってそれは憧れてやまないもの、つまりは「何か」です。

自らの井を捨てず、他の井をのぞく

 しばらく前から浄土と中国禅そして永平寺道元について少しゆっくりと学びを進めています。
親鸞・法然・日蓮・道元・栄西、鎌倉時代(あたり)における仏教であり、日本の代表的な仏教と呼ばれることもあります。ただその多くというかほとんどが、天台宗の比叡山から輩出しており、それと並行しながら真言(も他の宗派)も存在しています。
私の井戸は真言ですので、禅や浄土が世界的に有名であっても、真言(弘法大師の教え)を通して他の宗派と世界と現実をみています。

私が他のキリスト教や真言以外の他宗派を学ぶのは、自らと自らの井戸である真言がわからないから、他の理解していないわかっていない宗派や教学を学び、一体わからない二つがどう違うのか、それぞれの善さ、それぞれの(私にとっての)難点、それぞれの私が理解できない点を比べて、私はまた私の井戸と私に帰ってきます。

元々インドからはじまった仏教は北伝ルート、南伝ルート、東南アジアの国々へ、日本へは中国・朝鮮を通じて伝わって、それぞれ時代を貫き、多少形を変え現在日本に仏教が現存していることは事実です。
中国では何度も廃仏があり、最後の廃仏では仏教がほとんど焼失し、真言密教だけでなく天台も華厳も法相も三論も、滅び、易行であった浄土、お経に頼らなかった禅が南宋時代に圧倒的に中国には広がり、当時流行していた禅を求め栄西や道元は中国へ渡り学び、鎌倉時代に禅が広がり、時を同じくして浄土(法然や親鸞)の教えも広がり、それこそが日本の仏教の代表であるかのように現在もそれは名を馳せています。
ただ奈良の大仏で有名な東大寺は華厳であり、高野山は真言であり、比叡山は天台宗で他にも各宗派の本山が現存しています。それぞれ各宗派で諡号をいただいている祖師がおられ、けれど大師をいただかれた方のなかで真言宗の開祖である弘法大師は全国の数々の伝説も圧倒的に多く、「大師は弘法にとられ」などの言葉すら残っています。(隙あらば私は自分の井戸に帰ってきます)

ただ贔屓をなくして他の祖師を調べれば調べるほど、素晴らしいを通り越す素晴らしさがあり、出会う順番さえ違えば、私の井戸は最初に出会った素晴らしいものであっただろうと思わされます。

公案・只管打坐・念仏・題目・三密加持、出会いは本当に重要であること、出会う時期も重要であること、通り過ぎるか何より大切であるかと思える出会う瞬間か、けれど私は愚かであるから私の信ずる井戸は変えようともせず、私なりの突き進み方で貫いていくしかないと学んでいくうちに思い知らされます。

たとえそれがやり方が間違っているとか、おかしいとか、もっと他にあるだろうとか、地獄に落ちるなど言われたとしても、そんなことを微塵も感じさせず、「それでも私は私の信じるところを貫いていくのです」と真摯に伝えれるか

私のその一点にかかっているという話です。きっと他の自らの井戸から広い世界をみる方も同じでしょう。

動かざること尊し

 長男が小学生の頃、よく偉人伝シリーズの本を借りてきて、私へ嬉しそうにその本を見せてくれたことをはっきりとおぼえています。彼が私に初めて偉人伝の本を借りてきて言った言葉が

「お父さん、学校で偉人伝シリーズを新しく購入したんだよ、すると皆がどれを借りるかでとりあいになって、変な侍の人が残った本しか借りれなかったんだよ・・・」

そう言って見せてくれた本は、子供が薪を背負いながら本を読む姿ではなく、その方が大人になった大人の侍の姿が描かれた本でした。


二宮尊徳
二宮尊徳(1787~1856年)は7代目團十郎と同じ時代の人である。彼は道徳と経済とを調和させて農業を実践しかつ指導した。相模の人で六〇五ヵ町村を開発復興したが、その中で小田原藩主大久保氏の分家たる宇津氏の領土―野洲、桜町領―の復旧は難事であった。
 彼は現地に着任後、いくつかの事件が発生した時、一八二九年一月四日、突然「公用のため江戸に行く」といい残したまま姿を消し、それから九十日余日たって四月十日に戻った。問題は人の和を欠く点であった。尊徳はそのあいだ三月に成田に現れ、断食参籠した。時の住職照胤は尊徳に遇い「病人でもなく、金銭に困るのでもなく、営利を求めるのでもなく、災難に遇ったとも見えない貴下が、何を祈願して断食修行するのか」とたずねた。かれは事情を説明し、人民を救うためにはこの身を火中に投じてもよい、と断言した。
 そこで照胤は『聖不動経』を教えたところ、尊徳はこれを受持し書写した。その時の和歌が「心あらば成田の山にこもりなん石の上にも岩の上にも」である。そして三七二十一日の断食をおえると、休むまもなく、その日のうちに成田を立って二十里の道を歩いて桜町に帰った。その翌日から休まずに村の巡回を始め、ついに難事業に成功した。
 のちに自室の床の間に不動尊の軸をかけていた。人から問われて、桜町のことを回顧し、次のように答えた―「あの時は人民離散、土地荒蕪、手のつけようもなかったが、成否のいかんを問わず、生涯ここを動かないことに決心した。たとえ事故ができて背に火が燃えつくようなことがあっても、生命をかけて動くまいと誓った。しかるに、不動尊とは『動かざれば尊し』と読める。その名の意味と、猛火に背を焼いても動かぬ像と信じ、この像を掛けて妻子にも示すのである。自分が今日到るは、不動心の堅固一つにあり、よって今日もなおこの像を掛け、その意を示すのである。」
 戦前には「手本は二宮金次郎」とうたわれ、各小学校の校庭にその立像が置かれ、現在もなお全国には彼の信奉者が多い。その尊徳も危機を脱するにあたって成田に断食祈願し、生涯変わらぬ不動尊信者だったのである。



彼は大人の私が違う本で出会った上記のこととは別に、その二宮尊徳の本を読んで感動して、それからそのシリーズを何冊も借りてきて目をキラキラさせて私にそれぞれの本の素晴らしさを教えてくれました。

「よかったね」

私はそう長男に言いながら、それは私自身へ向けられた言葉でもありました。彼が読んで、彼が寝た後に私が読んで、次の日その本について語り合って、彼は本の魅力にとりつかれていきました。まあ若いころのそれは流行り病みたいなもので、すぐに何かほかの流行り病へになっていきます。

いつか、自分の道が見つかったときにそのことが必ず役に立つから、その時は「動かざること尊し」動いていても動いていない、動いていなくても動いている。そのことが大切になることを身に染みる時がくるでしょう。

(今日も、誰かのコメントへの酔っ払いの返信となります)

盟友

 弥勒の語源であるミトラは盟友・善友をあらわし、シャーキャムニ・ブッダの後、仏として現れることを約束された次のブッダの名前がマイトレーヤ・ブッダであり、修行中を弥勒菩薩と呼びます。

弥勒信仰には修行しておられる兜率天に一緒に行きたいと願う信仰と弥勒がブッダとしてこの現世に現れるときに一緒にと願う信仰があります。その違いは私としては大きな問題にも争う必要もないことです。

我々にとっての盟友・善友であり菩薩のような方、真言宗を信じる方はそこに弘法大師(空海)さまをみるのです。ここでも弥勒さまがお大師様かそれとも弥勒様とお大師様が一緒におられるのか、そこも特に争点にする必要のないことです。信じるということと、信じるありかた、自らの信ずるところはひとそれぞれです。

お互いを理解し認めあうことが一番大切なことです。

また、弥勒様だけに固執せず、観音様、お地蔵様、お不動様、阿弥陀様、特定のお経、また深い叡智・強靭な実践力を感じさせる僧侶など、何をどう信じるかも、人間的完成を目指すのであれば何がというのは問題にもなりません。仏か法か僧か経のどれが一番なのかということを争点にする必要がないということにもなります。

現在に生きる真言宗僧侶はそれぞれ真言宗の師僧がいて、その師もまた師僧がいて、行きつけば弘法大師さまへたどりつき、弘法大師さまの師僧もおなじでもっとたどれば、シャーキャムニ・ブッダまでたどりつきます。

未来に生きる人類のために、ブッダはマイトレーヤがブッダにと授記し、仏教を信じるひとはそこに未来へ希望と確信をみるのです。

親切な人・優しい人・恩人・危険なことを知らせてくれる人・ものくるる友・祖父母・両親・友人・知人、生きてふれあう方全てが私にとっての観音様と呼ぶ方もあり、仏と呼ぶ方もあり、そこにさとりありとみるかたもいます。

善いこと・善い人だけでなくその中間とその反対に位置するものにもまた、ひとつの何かがあります。

「それを何とみるか」

いたらぬ私は恨みや怒りとみて、頼まれてもいないのに自らと世界を汚してしまうような行為をしてしまいます。


(酔っぱらい、おもいつきで記してみました。最近あまり調べていないので同じことばかりを繰り返している私をみます。)

彼岸

彼岸ときけば、子供の頃を思い出します。祖父が七人兄弟の長男であったので、彼岸・お盆・正月には祖父の兄弟親戚、父の従妹がまたその子供さんが一緒に仏壇を拝んで挨拶して帰っていたことを思い出します。
もし用事で家族が留守でも田舎だから玄関は空いていて(というか鍵かかってるおぼえがないけれど)、お仏壇におはぎやお供え物がおいてあれば、誰か親戚の方が仏壇をお参りして、ご先祖様へお供え物を置いて行かれたのだとわかりました。父母はその品物によって「どこどこのおばちゃんがきたんだね」なんてことがわかっていたようです。

最近は兄弟も減り、親戚づきあいも私の子供のころより希薄になっています。そのことが悪いことだとは思いません。昔は情報伝達手段もなく、自らが育つ集落内で助け合って、集落の助けより身近な助けは親族・親戚一同となっていたからでしょう。

「お互い様」とはそんな時にピッタリあてはまっていた言葉なのだと考えます。

ただ最近でも困ったときに、親族・血族でなくても見知らぬ人でも助け合うときには、やはりその「お互い様」がありがとうございますや何故助けてくれたのですかの問いに対し、「お互い様だから」とこたえられます。

彼岸の対の言葉は、此岸です。

「此の岸から、彼の岸へ」

これは仏教の浄土系の言葉で例えれば、極楽と現世とあらわしてもよいかと思います。

「お互い様」と困ったときに言い合える仲やその瞬間は極楽です。

悪いことばかり続け、それを他人に擦り付けたり自らがその言動を受け取らなければ、その方もその周囲も現実世界が地獄に思えます。悪いことの特徴に嘘は必要不可欠で、本当に嘘をつけばその嘘を本当にするためにさらに悪いことをしてさらに嘘をつかねばいけないという現象もあります。

よって現実世界が「火宅」と譬えられることもあり、(悪しき)煩悩が燃え盛る状態と呼ばれ、その(悪しき)煩悩が滅した状態を「涅槃(寂静)・ニルヴァーナ」とよばれ、それは一つの覚りともいわれています。

誰かが彼岸の行事の話で言っていました。

「自らを正しくみつめ、自らの悪いことはできるだけ生じさせないように、しあわせや良いことは沢山でてくるように努めましょう」

簡単なことが一番難しいとさらに言われ、けれど皆様にはその簡単なことをお願いしたいと言われていました。

私にとってのお彼岸の思い出は、おばちゃん(祖父の妹)がいつも作って仏壇にお供えしてくれたのを、美味しいといって食べていた思い出や、お賽銭で100円があったらお小遣いがないときにそれをもって遠くの店に買い物に兄といったこと、良い事悪いことそれぞれいろんな思い出がよみがえってきます。

祖父も91でなくなり、祖父の兄弟も後はおばちゃん一人だけになりました。私も気が付けば40と一つ二つ歳を重ね、移ろい変わりゆくものにさまざまなことをみています。
もっぱら私は愚か者と変わらずよく迷う担当代表であります。お酒をいただきさらに迷うことにしてみます。

お月様

 今日は一日仏教について話をすることばかりでした。右を向いても左を向いてもというような具合でした。久しぶりに外へ出ても、やはりそれ一辺倒で終わりました。

何もないけれど、いろいろある日で、それは終わってみれば何もない日です。

ただ誰かが他人へお世話を焼いて、そのつもりもないのに相手は自らが焼いたパンをもらっている光景を見かけました。私の愚かさを気づかなければいけないのに、目をそらし、意地を張り、損をしながら前に進む日でもありました。

見知らぬ方に仏教のことを聞かれ、また私は自ら(愚かさ)を棚上げして、幾つかの比喩をもって一つの自らが信じる真理を言葉をもって指さすのです。

それは言葉は違うのですが、「あそこの美しい月のようなものです」といったものです。

指月のたとえが何か今後また詳しく調べておきますが、時に人は真理に心奪われ、愚か者が意味も分からず真理を指させば、その指さす方が賢者であるかの如く錯覚をします。

錯覚は錯覚です。

愚か者(の私)は愚か者(の私)です。

真理(法)は真理(法)です。


私は愚か者です。けれどあの美しい月に心奪われてばかり、何かあればそこから力をもらうこともあります。


「みなさん、お月さんが奇麗ですよ(あれこそが真理ですよ)」




それは、私にとっての理想で、遠く及ばない対極に位置するかの如きものの言えることではないのですが、私はそれを言わずに存在できない愚かな存在といえるものです。

再度

 少し前のことです。いつも仲良い私と家内ですが、大抵大きな問題に発展する時は、普段無口な家内が少ない言葉ですが自らの品性を害うことを発言したときに、いさかいが起こります。これは結婚したばかりの若かりし頃や結婚して何年も経って私自身が私自身のことを気づいていない時は、大問題となることばかりでした。 

疾走する車輪を止めるように、まさに起こった怒りを〔制する〕者を、わたしは名づけて馭者という。その他の人びとは手綱を手にする〔にすぎない〕。(法句二二二)
ひとは怒ることなくして怒りに打ち勝ち、善によって不善に打ち勝ち、与えることによって物惜しみに打ち勝ち、真実をもって虚言に打ち勝つがよい。(法句二二三)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著


先生の著作を目にしたとき、怒りにたいする解釈は途方もない衝撃を受けたことをはっきりと覚えています。

 怒れる者に対して怒りを返さないという態度は一応、倫理的なことがらに属する。ところが、まさに起った怒りをみずから制するというときには問題の場面は対人関係から自己自身との関係へと移り変わってくる。そこで説かれたのが法句二二三の詩句である。ここでは、もはや限りない自己との闘いが教えられている。みずからの怒りに打ち勝つことのできない者が、どうして他の者の怒りに耐えることができようか。みずから不善に打ち勝つことができずして、どうして他の者の不善を指弾(しだん)することができようか。みずから与えずして、どうして他の者が与えないのを非難することができようか。みずから真実を語らずに、どうして他の者に真実を語れと要求することができようか。このようにたたみかけてくるブッダのことばは、まことに厳しい。
前同 宮坂宥勝著


衝撃を受け感動したとしても、それが私に実行できるかというのは別のことです。怒りの中にあって怒りに染まり、怨みの中にあって怨みに染まり、悲しみの中にあって悲しみ、愚かさの中にあって愚かさそのものというのが私の基本的な過去からの現状で、皮肉ですが、まことに厳しいものです。

   一五 静安の章
 一九七 われわれは怨みをもつ者たちの間にあって怨みを抱かず、よく心やすらかに生きよう。われわれは怨みある者たちのあいだにあって、怨みを抱かずに生活しよう。 
 二〇六 高貴な人を見るのはよいことである。〔高貴な人と〕共に暮らすのは常に楽しい。愚か者を見なければ常に安楽となろう。
 二〇七 愚か者とともに道を行く者は長時に憂いがある。愚か者とともに暮らすことは、敵とともに〔暮らす〕ように、常に苦悩である。賢者は幸福に一緒に暮らす。たとえば、親族の会合のように。
 二〇八 賢く、智慧あり、広く学び、忍耐強く、礼儀正しく、高貴で、聡(さと)き人に従え。たとえば、月が天体の軌道に従うように。
前同 宮坂宥勝著


過去の私の現状からすれば幾分ましになったとはいえ

「誰が賢者で誰が愚者で、いったい私はどのようなものであるか」

この問いすら出る気配もなく、仮に出たとしても愚者を賢者とみたり、賢者を愚者とみて、愚か者の私を賢者と判断することばかりで、つまりは判断・思考が転倒し(逆さまにみ)ていることばかりです。

物事や誰か、つまりはあたりまえのものをあたりまえにみることができるかということは、私にとって最大の難問であり課題となっています。


次はよく聴くに徹するか、理解できていないことは理解できていないと真摯に告げるか、理解したふりをして賢者のふりをすることはやめなければいけないというだけのことです。

本当にあたりまえのことが私には重くのしかかるのです。

身勝手な認識

  六月十七日 土 (晴)
 本日も晴天なり。ただやはり(梅雨には)雨が降らないと困ったことになりそうです。
今日の仕事も一つずつ無事に進み、つまりは順調に一日を終え、阿呆なことを言って大笑いして、帰って酔っぱらって、家内と次男に散歩へ連れていかれ、それに少し反論をすると

「お父さん一緒に行こうって言ってくれるうちが華だし、子供が小さい頃から『お父さん一緒に』そう言っておかないと、歳をとっておいていかれるよ」

「それも一理あるけど」

ということでしばらく夜の散歩を涼しい風が吹く中を楽しみ、明日の食材を購入して帰ってきました。

また今日は(お寺や神社や仏や神さまへ)お願いとお参りについて、遠くから他者を客観的に納得する日でした。

しばらく前にお地蔵さまをお参りされる小さな子供を連れた母子をみて、お母さんが(特に水子様を守ってくれる)お地蔵様へお参りされ、幼い子がそれをつたない足取りで真似をしているのだけれど、完全に真似できず、ただ去り際に「のんのんさん」(またのうのうさん、まんまいさん)そう言うような感じで手を合わせ駆け足で先に行く母をかけてついていく姿をみて、何かを感じていました。

「お参りする」こと、「お願いする」こと、誰かが誰かのしあわせを願うことは共通していることですが、その誰かが亡くなっていれば、時にそれは祈願と呼ばれたり供養と呼ばれたり、祈願と供養では同じようにお参りしても随分と感じが違って私にはみえます。

誰かが先にいってしまい、その方の供養としてのお参りであればそこがお墓でなくても、その先にいかれた方にあえたような感じに近いお参りもあります。

誰かが生きていてまたはこれから生まれて欲しいその方のための願いであれば、離れていてもその方と共に幸せに生き続けたいという感じに近いお参りもあります。

もの言わぬ仏像(石仏・木造・その他)へ、他人へあまり言わない心からの願いをもの言わぬ仏像が「わかりました」そう言ってくれたと世の中に生きる人が認めなくても、お参りする方がそう少しでも認識できれば、少し肩の荷も軽くなり、少し笑えて、お参りする前よりも楽に生きていくことができるなんて思っていないのに思っているなんて私は感じていました。

「お参り」を「おたのみ申します」そのように雰囲気として感じられることもあれば、「自らの現状のご報告の場」として、「私は今ここにいます(生きていますよ)」として、「誰かのしあわせを願う」こととして、「自らが願い思う何かへどれだけ手を伸ばせるか」、「情けない自らの心情を吐露する場」として、それが何であれふれあう方が「たくましく生き」、「よりよく生きようと願い」、「美しく生きてきたい」とつながっていければ何でもいいです。


(酔っぱらった)私は皮肉なことを書いています。

生きている誰もがいつかは避けられぬことが一瞬ある。美しく生きるとはその反対すら意味しています。

あの花(続き)

 昨日よくわからないまま書き、花について思っていたことを忘れて読みかけの書に目をやり、ふと違う四国の雑誌が近くにあったので見てみれば、詩がかかれた書の写真がのっていました。

  念ずれば花ひらく

  苦しいとき

  母がいつも

  口にしていた

  このことばを

  わたしも

  いつのころからか

  となえるようになった

  そうして

  そのたび

  わたしの花が

  ふしぎと

  ひとつひとつ

  ひらいていった
                (仏教詩人 坂村)真民


「花がひらく」ということ

誰かが「花ひらく」であれば、違う詩になります。「わたしの花が ふしぎと ひとつひとつ ひらいていった」一つだけでなく複数花ひらく。

きっと死ぬまで、花が次から次へひらき続けることがあれば言うことはないでしょう。
素晴らしい言葉です。まだ私は自らではなく他人に「花がひらく」そこしかはっきりと認識できず、周囲に「花ひらく」方がいて、私はそこできっと私であることを確固たるものだと信じることができそうです。
私にとって自らができることを続け周囲を信じて、よくなるように努力し、身近な方達にひとつひとつ「花がひらいて」いけば、私ではなく誰かの花が咲くことを念ずれば花ひらく、タイトルである「念ずれば花ひらく」は誰かのために上から言うのではなく相手を信じて言葉を超えたものとして使うことが相応しいと、思っていました。

私の変な思いはともかく、引用した詩は素晴らしいものです。


あおい青い青い空

 本当は最大の私の武器は「能ある鷹は爪を隠す」を体現するならば、私は仏教関係を出さない私である方が、「能ある鷹」であるのです。

私は「物惜しみ(ケチ)は何によって、滅びるのか」

その答えはお経にあるように

「それはただ、与えることによって滅びる」

私は物惜しみ(ケチ)を隠すために、能ある鷹(賢者)であることを放棄して、愚者である道を選ぶしかないのです。
(昨日の記事の補記も含めここにそれを記すのです)

六 賢者の章

七六  〔自己の〕避くべきことを指摘し叱責する賢者を見れば、このような賢者に会うことは、宝 〔の在りか〕を示す人のようにちがいない。そうした人にしたがう者は利益があって損失がない。

七七  戒めよ、教えよ。そしてなしてはならぬことを避けるがよい。 〔そうすれば〕かれは善き人の愛好するところとなり、不善の人の愛好しないところのものとなる。

真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



八 千の章

一〇九  常に長老を尊敬し、敬意の徳ある者には、年齢・容色・安楽・力の四つの法(もの)が増し加わる。

一一〇  また、たとえ百年生きても、悪戒で放縦であれば、一日生きて戒を有し、静慮(じょうりょ)のあるほうがよい。

一一一  また、たとえ百年生きても、智慧悪しく努力をすてたならば、一日生きて、智慧を有し、静慮(じょうりょ)のあるほうがよい。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



悪の章

一一六  人は、善に急ぐがよい。悪より心を防ぐがよい。善〔をなすこと〕を怠れば、意(こころ)は悪をよろこぶ。

一一七  たとえ悪しきことをなそうとも、再三〔悪を〕なしてはならぬ。それを欲するな。苦悩は悪の集積である。



さて、私の言葉より私の目を覚まし、この世で最大の敬意を払う宮坂先生の言葉をもってあらわすことにします。
(引用の書の冒頭をもって)

法句経のあらまし

 漢訳で『法句経』と訳されている経典に相当するものは、パーリ語の『ダンマパダ』である。「ダンマ」は真理、理法、さらには教えという意味がある。「パダ」は「ことば」。別の解釈によると「ダンマ」はさとりの意味の涅槃(ねはん)、「パダ」は足跡とか道を指す。そこでさとりへの道(涅槃ねはん)と解される。しかし一般には「真理のことば」という意味を採るので本書もまたそれにしたがうことにした。
 全文、韻文より成り、五百、七百、九百の韻文を持つ三種のテキストがあったと伝えられるが、現存するパーリ文は二十六章四二三の韻文からできている。もっとも重複するものがあるので実数は四二二である。



さらにその前文に

仏教の比較的古い伝承によると、この『ダンマ・パダ』は、ブッダ(釈尊・釈迦牟尼・ゴーダマ・ブッダ・バウッダダンマ)がじかに説いた真理のことばをダルマトゥラータ(法救ほっぐ)が撰集した珠玉の詞歌集である。それは仏教の根本教説にもとづいて、日常生活の智慧を教え、人生の究極の在り方を端的に示したものである。十九世紀のなかばに、この経典をラテン語訳して最初にヨーロッパに紹介したデンマークの碩学ファウストベールは、これを「東方の聖書」とよんだ。まことに一々の詩句は簡明な古代的表現のうちに無限の滋味と、はかりしれない智慧をたたえ、一語一句はブッダその人の偉大な宗教的人格を伝える独特の響きを持っている。わたしたちがこの明澄な韻律にとむ『ダンマ・パダ』をひもとくとき、古代インドの深く澄んだ青空のもとで淡々と語るブッダにじかに接する思いがするであろう。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



インドにも突き抜けるような青い空があるように、中国においても同様の青い空があるように、わたしたちの住む日本にも青く青く果てしなく広く高くどこまでも続くような青い空があり、そこに住む人すべてがその青い空をながめ、そこに何かをみるのです。


私はあのどこまでも貫いていく青い空を貫いていく真理に手をただひたすらに手を伸ばし、その真理に手を伸ばし続ける、高貴な子供でありたいです。

黒髪常に黒からず

「若いころから歳をとるまで、素晴らしいことをやっていた(のだから、多少の悪いことはしてもいい)」
そんなことを最近耳にして、こころがいたくなりました。確かに過去に成したことが素晴らしいことは誇れることであり、功績でもあり、名誉なことです。
だからといって「無条件で悪いことをしてもいい」という結論は世の中ではとおることはないです。謙虚さと感謝と自らの分をわきまえることは、どの場においても必要不可欠なことです。
反対に素晴らしいことを沢山なされてきて、今もなお人の役に立つことをされる方がいて、その方は「たいしたことはしてないから、気にしなくていい。好きでしていることだから」そう言ってお世話をされ続ける白髪の方がいます。
善と悪のどちらかにならなければいけないという話ではないです。どちらにできれば近づきたいか、またはその中間でもいいと思います。

白髪をいただくから長老であるのではない。かれの齢(よわい)はふけただけのことで、いたずらに年老いた者といわれる。
(法句二六〇)

真実と理法と、不殺生と、自制と、節度をそなえた者は、汚れを離れた賢い長老であるといわれる。
(法句二六一)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋


続いてその解説に宮坂先生は

常識的にいって、年長のものを尊敬しなければならないことはいうまでもないであろう。しかし、ブッダは無条件に年長者を敬えといっているのではない。白髪をいただく者は、そのゆえに長老と称せられるのではない。人間としての真実の智慧を欠いてただ年老いた者は、まるで牡牛が年とともにいたずらに肉を増すようなものだ、とブッダは説いている。世に長老として尊敬されるためには、清らかな賢者であらねばならない。それには真実と理法と不殺生と自制とを具えていることを不可欠の条件とする。



心の底から年長者として尊敬できる方達が近くにおられます。ただ年長者故に一人ずつ亡くなられていかれます。私はできれば身の程をわきまえ、余計なことを言うのでもなく、感謝やすみませんとさらりと言える年寄になりたいと考えます。
ただこれは若い頃、現在もこれからの私の言動が左右していくものになります。これからもし有り難く長生きできるのであれば私自身の日々のこころのありかた、思考、願い、優しさを見つめ、できればいつでもそこに手を伸ばせばとれるような私でありたいです。

善と悪

 近くに「揚げ足はいくらでもとりようがある」そんなことを教えてくれる方達がいます。仕事を沢山していれば誰にだってミスは出ます。加点方式であれば、仕事を沢山こなして数少ない悪くなることより数多い良いことがあるのであれば、問題にもならずそれは正当な評価につながります。
ただ成された正しいこと、良いことを一つもカウントすることなく、僅かな過失でさえカウントすれば、答えは決まっていて、仕事を人より少なく行い、また間違いにくいことだけ行えば、良いことや職場を支えたり、皆に貢献することさえなくても、していない人のマイナスの揚げ足は、仕事をたいしたことをしていないという追及さえ交わすことができれば、「揚げ足取りの達人」や「後出しジャンケンの達人」その結果、その方にはもれなく「根性(や意地が)が良くない人」という見えないけれどみえる称号が似合うようになります。

他人の過失は見やすいけれども、自分の過失は見難いものである。実に人は他人のもろもろの過失を籾殻(もみがら)のように吹き散らすけれども、自分の過失は覆いかくす。たとえば、ずる賢い博徒が不利なさいの目をかくすように。(法句二五二)
他人の過失を探し出し、常に苦情をいう者に、かれの汚れは増し加わる。かれは汚れの消滅から程遠い(法句二五四)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



先日悪人の輪郭を描写する法句経を近くの人達と再度読み直しながら、善と悪またその捉え方、その判断基準、また自らが善と悪をどのように考えているか、その報いなどの話をしている時

「善の行為に比べれば、悪の行為の数が圧倒的に少ないのに、悪の影響力が強すぎる・・・」

そういつも私に優しい方が自らのこれまでと今の現状をみて教えてくれました。私なりの答えを出したところでその現状や影響力は何一つ変わらないのですが
「善とは、自らと周囲とこれからを助けるものであるから、大切なもので尊重されるもので喜ばれる。けれども悪は悪をなす人もその周囲をも甚大に被害を及ぼすという、生命や財産などの危機的状況をもたらすことが多いから、比率で悪が少なくても一つの悪事が相当な損傷を周囲に与えるから、同回数であればとんでもない現状になり、善10:悪1だとしてもかなりな被害がでるのだと思います。

更に周囲のことを考えてくれれば問題にならないのにといくら願っても、悪を行う人は自らの利益や損得を優先するから他を顧みることができない。馬の耳に念仏になることが多い。」

自らの責任だけで終われることばかりなら、誰もが放っておけば問題ありませんが、悪というのは他人の利益や名誉や持ち場や信頼を傷つけることばかりです。


他人のことでも本当に考えさせられ、自らの上に降りかかればとんでもない事態です。