みえない私

お経に器の譬えがあり、それは甘い考えで自らを満たしやすく欲望に流されやすく努力を怠ることの多い私にとって衝撃的な言葉でした。

また流されやすい私は残業が終わって、いろいろなことを忘れようとお酒に流されてここにいます。

「自らの肉体は善い心でみたすためだけの器に過ぎない」


その言葉を説明するよりは、私のことを書けばどなたにも伝わります。

私が私自身を自らの損得勘定に高く自らが利する欲望を最優先に、自分だけが何よりも大切で他人はどうなってもいい、そのような言動が続くような心で私を満たし、その時間が永遠かの如く極悪非道であれば、私の周囲は先ほどのお経の言葉の意味がどれだけのものかを私をもって身に染みることになります。

近くに自らの利益のために、他者はどうなってもいいという手段を選ばない方を何人か何年も見続けています。

本人が(自らの続けてきた極悪な言動から)目を背け、本人が(自らの続けてきた極悪な言動から)逃げ続け、けれど人間ですから出会う人には好かれたい、寄ってきてもらいたい、そのようなことは誰にでもきょうつすうる願いです。

本当のことを言えば多年にわたる極悪非道な自らのふるまい、そのことを告げて寄ってきてくれる方は少ないように誰もが思います。一つの結論へ簡単にたどり着きます。

自らの続けてきた悪いことは言わず、その反対にある善いことをどこかから借りてきて、オオカミが羊の皮をかぶれば見た目は問題なく、初めて出会った方を疑ってかかる方も少ない人間の善さを悪用する行為の乱発がさらに自らを善いものではないもので満たし続け、やがてその甕は満たされ、あふれ出なければわからないこともあふれてくれば隠しようがなくなる時が訪れます。

私にとって、いつも優しくできることを惜しまない方を長年見続ける行為も存在しており、その方にはいつも感謝を述べます。それは感謝ではなく、その方の続けてきたことをありのままに言葉として表現すれば、感謝や善いことになっているというだけのことです。そのような方は共通して同じようなことを私に言われます。

「私はそんな大したことはしてないから」

それぞれ言葉の差はあれ、同じような言葉が返ってきます。「たいそうなことはしてないよ」という言葉もよくありました。

私はそのような方と違って、少しばかり人より良いことをしたら、誰かが言う前に自分で言ってしまうことばかりであるし、自慢したいし、評価してほしいし、理解してもらわなければ挙句には腹を立てています。これを何と呼ぶかはいつもの言葉しか表現できないことです。

誰かにとっての普通は、その方の個性が如実にあらわれ、そのことに本人が気が付いていないことが往々にしてあります。


私はその方の普通を眺めることが大好きです。


私にとっての普通というものは私自身が眼であるがゆえに、眼が眼そのものをみることができないように私は私を客観的にみることができないことばかりです。

開き直って、私は他者の普通を観ていないかのようによく観ることにしています。


(自らのことはどうしようもいのに、他人のことには偉そうに上からものをいう私をよくみます)

   九一
われわれは、ある現象が常に同じように起こるのを見ると、そこから自然的必然性を結論する。たとえば、明日も日があるなどというごときである。しかし、自然はしばしばわれわれの予想を裏切り、自分自身の規則に従わない。

『パンセ』 パスカル著,前田 陽一 (翻訳)由木 康 (翻訳) 和訳

スポンサーサイト

雷鳴

 「真理・縁起・法・覚り・涅槃・空の境地がどのようなものか」



それに対する有名な答えは

「維摩の沈黙、雷鳴の如し」



けれど体得した真理の高さは、その方の内に存在しており、その真理というのは誰の前にもあるのだけれど、体得した方にはいつも手に取れるものであり、それは雰囲気として、行動として、言葉として同じものではないけれどそこに何らかのものが現れ出るものです。

ときに「雷鳴の如し」ではなく「万雷の如し」とも訳され、その真理の高さの出現により周囲の方が途方もない大きさの雷を落とされたかのように、またはその真理が数えられないほどの多さで自らに落ちてくるものとも言えるかと思います。

この時点で既に同じではなく違うのだけれど言葉としてその真理が譬えられています。私はその雷を落とされたくて、仏教書をあれこれと読んでいると思えることがあり、その雷の途方もない力にしばらくしびれている文章に会えた時、自らの歩みを進めていて良かったと思っています。

その憧れの大きさ故か、私は理解不十分なままその雷を使おうとして、不十分な理解は自らへ解釈の浅さや勘違いを倍加させ、遅れて自らに跳ね返ってきます。重症な時は勘違いどころではなく錯覚や理解ではなく誤解して気づかないままです。

私に真理ではない反対に位置するものが雷鳴の如く・万雷の如く降り注ぐのです。



それでも私にとってそれは憧れてやまないもの、つまりは「何か」です。

自らの井を捨てず、他の井をのぞく

 しばらく前から浄土と中国禅そして永平寺道元について少しゆっくりと学びを進めています。
親鸞・法然・日蓮・道元・栄西、鎌倉時代(あたり)における仏教であり、日本の代表的な仏教と呼ばれることもあります。ただその多くというかほとんどが、天台宗の比叡山から輩出しており、それと並行しながら真言(も他の宗派)も存在しています。
私の井戸は真言ですので、禅や浄土が世界的に有名であっても、真言(弘法大師の教え)を通して他の宗派と世界と現実をみています。

私が他のキリスト教や真言以外の他宗派を学ぶのは、自らと自らの井戸である真言がわからないから、他の理解していないわかっていない宗派や教学を学び、一体わからない二つがどう違うのか、それぞれの善さ、それぞれの(私にとっての)難点、それぞれの私が理解できない点を比べて、私はまた私の井戸と私に帰ってきます。

元々インドからはじまった仏教は北伝ルート、南伝ルート、東南アジアの国々へ、日本へは中国・朝鮮を通じて伝わって、それぞれ時代を貫き、多少形を変え現在日本に仏教が現存していることは事実です。
中国では何度も廃仏があり、最後の廃仏では仏教がほとんど焼失し、真言密教だけでなく天台も華厳も法相も三論も、滅び、易行であった浄土、お経に頼らなかった禅が南宋時代に圧倒的に中国には広がり、当時流行していた禅を求め栄西や道元は中国へ渡り学び、鎌倉時代に禅が広がり、時を同じくして浄土(法然や親鸞)の教えも広がり、それこそが日本の仏教の代表であるかのように現在もそれは名を馳せています。
ただ奈良の大仏で有名な東大寺は華厳であり、高野山は真言であり、比叡山は天台宗で他にも各宗派の本山が現存しています。それぞれ各宗派で諡号をいただいている祖師がおられ、けれど大師をいただかれた方のなかで真言宗の開祖である弘法大師は全国の数々の伝説も圧倒的に多く、「大師は弘法にとられ」などの言葉すら残っています。(隙あらば私は自分の井戸に帰ってきます)

ただ贔屓をなくして他の祖師を調べれば調べるほど、素晴らしいを通り越す素晴らしさがあり、出会う順番さえ違えば、私の井戸は最初に出会った素晴らしいものであっただろうと思わされます。

公案・只管打坐・念仏・題目・三密加持、出会いは本当に重要であること、出会う時期も重要であること、通り過ぎるか何より大切であるかと思える出会う瞬間か、けれど私は愚かであるから私の信ずる井戸は変えようともせず、私なりの突き進み方で貫いていくしかないと学んでいくうちに思い知らされます。

たとえそれがやり方が間違っているとか、おかしいとか、もっと他にあるだろうとか、地獄に落ちるなど言われたとしても、そんなことを微塵も感じさせず、「それでも私は私の信じるところを貫いていくのです」と真摯に伝えれるか

私のその一点にかかっているという話です。きっと他の自らの井戸から広い世界をみる方も同じでしょう。

動かざること尊し

 長男が小学生の頃、よく偉人伝シリーズの本を借りてきて、私へ嬉しそうにその本を見せてくれたことをはっきりとおぼえています。彼が私に初めて偉人伝の本を借りてきて言った言葉が

「お父さん、学校で偉人伝シリーズを新しく購入したんだよ、すると皆がどれを借りるかでとりあいになって、変な侍の人が残った本しか借りれなかったんだよ・・・」

そう言って見せてくれた本は、子供が薪を背負いながら本を読む姿ではなく、その方が大人になった大人の侍の姿が描かれた本でした。


二宮尊徳
二宮尊徳(1787~1856年)は7代目團十郎と同じ時代の人である。彼は道徳と経済とを調和させて農業を実践しかつ指導した。相模の人で六〇五ヵ町村を開発復興したが、その中で小田原藩主大久保氏の分家たる宇津氏の領土―野洲、桜町領―の復旧は難事であった。
 彼は現地に着任後、いくつかの事件が発生した時、一八二九年一月四日、突然「公用のため江戸に行く」といい残したまま姿を消し、それから九十日余日たって四月十日に戻った。問題は人の和を欠く点であった。尊徳はそのあいだ三月に成田に現れ、断食参籠した。時の住職照胤は尊徳に遇い「病人でもなく、金銭に困るのでもなく、営利を求めるのでもなく、災難に遇ったとも見えない貴下が、何を祈願して断食修行するのか」とたずねた。かれは事情を説明し、人民を救うためにはこの身を火中に投じてもよい、と断言した。
 そこで照胤は『聖不動経』を教えたところ、尊徳はこれを受持し書写した。その時の和歌が「心あらば成田の山にこもりなん石の上にも岩の上にも」である。そして三七二十一日の断食をおえると、休むまもなく、その日のうちに成田を立って二十里の道を歩いて桜町に帰った。その翌日から休まずに村の巡回を始め、ついに難事業に成功した。
 のちに自室の床の間に不動尊の軸をかけていた。人から問われて、桜町のことを回顧し、次のように答えた―「あの時は人民離散、土地荒蕪、手のつけようもなかったが、成否のいかんを問わず、生涯ここを動かないことに決心した。たとえ事故ができて背に火が燃えつくようなことがあっても、生命をかけて動くまいと誓った。しかるに、不動尊とは『動かざれば尊し』と読める。その名の意味と、猛火に背を焼いても動かぬ像と信じ、この像を掛けて妻子にも示すのである。自分が今日到るは、不動心の堅固一つにあり、よって今日もなおこの像を掛け、その意を示すのである。」
 戦前には「手本は二宮金次郎」とうたわれ、各小学校の校庭にその立像が置かれ、現在もなお全国には彼の信奉者が多い。その尊徳も危機を脱するにあたって成田に断食祈願し、生涯変わらぬ不動尊信者だったのである。



彼は大人の私が違う本で出会った上記のこととは別に、その二宮尊徳の本を読んで感動して、それからそのシリーズを何冊も借りてきて目をキラキラさせて私にそれぞれの本の素晴らしさを教えてくれました。

「よかったね」

私はそう長男に言いながら、それは私自身へ向けられた言葉でもありました。彼が読んで、彼が寝た後に私が読んで、次の日その本について語り合って、彼は本の魅力にとりつかれていきました。まあ若いころのそれは流行り病みたいなもので、すぐに何かほかの流行り病へになっていきます。

いつか、自分の道が見つかったときにそのことが必ず役に立つから、その時は「動かざること尊し」動いていても動いていない、動いていなくても動いている。そのことが大切になることを身に染みる時がくるでしょう。

(今日も、誰かのコメントへの酔っ払いの返信となります)

盟友

 弥勒の語源であるミトラは盟友・善友をあらわし、シャーキャムニ・ブッダの後、仏として現れることを約束された次のブッダの名前がマイトレーヤ・ブッダであり、修行中を弥勒菩薩と呼びます。

弥勒信仰には修行しておられる兜率天に一緒に行きたいと願う信仰と弥勒がブッダとしてこの現世に現れるときに一緒にと願う信仰があります。その違いは私としては大きな問題にも争う必要もないことです。

我々にとっての盟友・善友であり菩薩のような方、真言宗を信じる方はそこに弘法大師(空海)さまをみるのです。ここでも弥勒さまがお大師様かそれとも弥勒様とお大師様が一緒におられるのか、そこも特に争点にする必要のないことです。信じるということと、信じるありかた、自らの信ずるところはひとそれぞれです。

お互いを理解し認めあうことが一番大切なことです。

また、弥勒様だけに固執せず、観音様、お地蔵様、お不動様、阿弥陀様、特定のお経、また深い叡智・強靭な実践力を感じさせる僧侶など、何をどう信じるかも、人間的完成を目指すのであれば何がというのは問題にもなりません。仏か法か僧か経のどれが一番なのかということを争点にする必要がないということにもなります。

現在に生きる真言宗僧侶はそれぞれ真言宗の師僧がいて、その師もまた師僧がいて、行きつけば弘法大師さまへたどりつき、弘法大師さまの師僧もおなじでもっとたどれば、シャーキャムニ・ブッダまでたどりつきます。

未来に生きる人類のために、ブッダはマイトレーヤがブッダにと授記し、仏教を信じるひとはそこに未来へ希望と確信をみるのです。

親切な人・優しい人・恩人・危険なことを知らせてくれる人・ものくるる友・祖父母・両親・友人・知人、生きてふれあう方全てが私にとっての観音様と呼ぶ方もあり、仏と呼ぶ方もあり、そこにさとりありとみるかたもいます。

善いこと・善い人だけでなくその中間とその反対に位置するものにもまた、ひとつの何かがあります。

「それを何とみるか」

いたらぬ私は恨みや怒りとみて、頼まれてもいないのに自らと世界を汚してしまうような行為をしてしまいます。


(酔っぱらい、おもいつきで記してみました。最近あまり調べていないので同じことばかりを繰り返している私をみます。)

彼岸

彼岸ときけば、子供の頃を思い出します。祖父が七人兄弟の長男であったので、彼岸・お盆・正月には祖父の兄弟親戚、父の従妹がまたその子供さんが一緒に仏壇を拝んで挨拶して帰っていたことを思い出します。
もし用事で家族が留守でも田舎だから玄関は空いていて(というか鍵かかってるおぼえがないけれど)、お仏壇におはぎやお供え物がおいてあれば、誰か親戚の方が仏壇をお参りして、ご先祖様へお供え物を置いて行かれたのだとわかりました。父母はその品物によって「どこどこのおばちゃんがきたんだね」なんてことがわかっていたようです。

最近は兄弟も減り、親戚づきあいも私の子供のころより希薄になっています。そのことが悪いことだとは思いません。昔は情報伝達手段もなく、自らが育つ集落内で助け合って、集落の助けより身近な助けは親族・親戚一同となっていたからでしょう。

「お互い様」とはそんな時にピッタリあてはまっていた言葉なのだと考えます。

ただ最近でも困ったときに、親族・血族でなくても見知らぬ人でも助け合うときには、やはりその「お互い様」がありがとうございますや何故助けてくれたのですかの問いに対し、「お互い様だから」とこたえられます。

彼岸の対の言葉は、此岸です。

「此の岸から、彼の岸へ」

これは仏教の浄土系の言葉で例えれば、極楽と現世とあらわしてもよいかと思います。

「お互い様」と困ったときに言い合える仲やその瞬間は極楽です。

悪いことばかり続け、それを他人に擦り付けたり自らがその言動を受け取らなければ、その方もその周囲も現実世界が地獄に思えます。悪いことの特徴に嘘は必要不可欠で、本当に嘘をつけばその嘘を本当にするためにさらに悪いことをしてさらに嘘をつかねばいけないという現象もあります。

よって現実世界が「火宅」と譬えられることもあり、(悪しき)煩悩が燃え盛る状態と呼ばれ、その(悪しき)煩悩が滅した状態を「涅槃(寂静)・ニルヴァーナ」とよばれ、それは一つの覚りともいわれています。

誰かが彼岸の行事の話で言っていました。

「自らを正しくみつめ、自らの悪いことはできるだけ生じさせないように、しあわせや良いことは沢山でてくるように努めましょう」

簡単なことが一番難しいとさらに言われ、けれど皆様にはその簡単なことをお願いしたいと言われていました。

私にとってのお彼岸の思い出は、おばちゃん(祖父の妹)がいつも作って仏壇にお供えしてくれたのを、美味しいといって食べていた思い出や、お賽銭で100円があったらお小遣いがないときにそれをもって遠くの店に買い物に兄といったこと、良い事悪いことそれぞれいろんな思い出がよみがえってきます。

祖父も91でなくなり、祖父の兄弟も後はおばちゃん一人だけになりました。私も気が付けば40と一つ二つ歳を重ね、移ろい変わりゆくものにさまざまなことをみています。
もっぱら私は愚か者と変わらずよく迷う担当代表であります。お酒をいただきさらに迷うことにしてみます。

お月様

 今日は一日仏教について話をすることばかりでした。右を向いても左を向いてもというような具合でした。久しぶりに外へ出ても、やはりそれ一辺倒で終わりました。

何もないけれど、いろいろある日で、それは終わってみれば何もない日です。

ただ誰かが他人へお世話を焼いて、そのつもりもないのに相手は自らが焼いたパンをもらっている光景を見かけました。私の愚かさを気づかなければいけないのに、目をそらし、意地を張り、損をしながら前に進む日でもありました。

見知らぬ方に仏教のことを聞かれ、また私は自ら(愚かさ)を棚上げして、幾つかの比喩をもって一つの自らが信じる真理を言葉をもって指さすのです。

それは言葉は違うのですが、「あそこの美しい月のようなものです」といったものです。

指月のたとえが何か今後また詳しく調べておきますが、時に人は真理に心奪われ、愚か者が意味も分からず真理を指させば、その指さす方が賢者であるかの如く錯覚をします。

錯覚は錯覚です。

愚か者(の私)は愚か者(の私)です。

真理(法)は真理(法)です。


私は愚か者です。けれどあの美しい月に心奪われてばかり、何かあればそこから力をもらうこともあります。


「みなさん、お月さんが奇麗ですよ(あれこそが真理ですよ)」




それは、私にとっての理想で、遠く及ばない対極に位置するかの如きものの言えることではないのですが、私はそれを言わずに存在できない愚かな存在といえるものです。

再度

 少し前のことです。いつも仲良い私と家内ですが、大抵大きな問題に発展する時は、普段無口な家内が少ない言葉ですが自らの品性を害うことを発言したときに、いさかいが起こります。これは結婚したばかりの若かりし頃や結婚して何年も経って私自身が私自身のことを気づいていない時は、大問題となることばかりでした。 

疾走する車輪を止めるように、まさに起こった怒りを〔制する〕者を、わたしは名づけて馭者という。その他の人びとは手綱を手にする〔にすぎない〕。(法句二二二)
ひとは怒ることなくして怒りに打ち勝ち、善によって不善に打ち勝ち、与えることによって物惜しみに打ち勝ち、真実をもって虚言に打ち勝つがよい。(法句二二三)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著


先生の著作を目にしたとき、怒りにたいする解釈は途方もない衝撃を受けたことをはっきりと覚えています。

 怒れる者に対して怒りを返さないという態度は一応、倫理的なことがらに属する。ところが、まさに起った怒りをみずから制するというときには問題の場面は対人関係から自己自身との関係へと移り変わってくる。そこで説かれたのが法句二二三の詩句である。ここでは、もはや限りない自己との闘いが教えられている。みずからの怒りに打ち勝つことのできない者が、どうして他の者の怒りに耐えることができようか。みずから不善に打ち勝つことができずして、どうして他の者の不善を指弾(しだん)することができようか。みずから与えずして、どうして他の者が与えないのを非難することができようか。みずから真実を語らずに、どうして他の者に真実を語れと要求することができようか。このようにたたみかけてくるブッダのことばは、まことに厳しい。
前同 宮坂宥勝著


衝撃を受け感動したとしても、それが私に実行できるかというのは別のことです。怒りの中にあって怒りに染まり、怨みの中にあって怨みに染まり、悲しみの中にあって悲しみ、愚かさの中にあって愚かさそのものというのが私の基本的な過去からの現状で、皮肉ですが、まことに厳しいものです。

   一五 静安の章
 一九七 われわれは怨みをもつ者たちの間にあって怨みを抱かず、よく心やすらかに生きよう。われわれは怨みある者たちのあいだにあって、怨みを抱かずに生活しよう。 
 二〇六 高貴な人を見るのはよいことである。〔高貴な人と〕共に暮らすのは常に楽しい。愚か者を見なければ常に安楽となろう。
 二〇七 愚か者とともに道を行く者は長時に憂いがある。愚か者とともに暮らすことは、敵とともに〔暮らす〕ように、常に苦悩である。賢者は幸福に一緒に暮らす。たとえば、親族の会合のように。
 二〇八 賢く、智慧あり、広く学び、忍耐強く、礼儀正しく、高貴で、聡(さと)き人に従え。たとえば、月が天体の軌道に従うように。
前同 宮坂宥勝著


過去の私の現状からすれば幾分ましになったとはいえ

「誰が賢者で誰が愚者で、いったい私はどのようなものであるか」

この問いすら出る気配もなく、仮に出たとしても愚者を賢者とみたり、賢者を愚者とみて、愚か者の私を賢者と判断することばかりで、つまりは判断・思考が転倒し(逆さまにみ)ていることばかりです。

物事や誰か、つまりはあたりまえのものをあたりまえにみることができるかということは、私にとって最大の難問であり課題となっています。


次はよく聴くに徹するか、理解できていないことは理解できていないと真摯に告げるか、理解したふりをして賢者のふりをすることはやめなければいけないというだけのことです。

本当にあたりまえのことが私には重くのしかかるのです。

身勝手な認識

  六月十七日 土 (晴)
 本日も晴天なり。ただやはり(梅雨には)雨が降らないと困ったことになりそうです。
今日の仕事も一つずつ無事に進み、つまりは順調に一日を終え、阿呆なことを言って大笑いして、帰って酔っぱらって、家内と次男に散歩へ連れていかれ、それに少し反論をすると

「お父さん一緒に行こうって言ってくれるうちが華だし、子供が小さい頃から『お父さん一緒に』そう言っておかないと、歳をとっておいていかれるよ」

「それも一理あるけど」

ということでしばらく夜の散歩を涼しい風が吹く中を楽しみ、明日の食材を購入して帰ってきました。

また今日は(お寺や神社や仏や神さまへ)お願いとお参りについて、遠くから他者を客観的に納得する日でした。

しばらく前にお地蔵さまをお参りされる小さな子供を連れた母子をみて、お母さんが(特に水子様を守ってくれる)お地蔵様へお参りされ、幼い子がそれをつたない足取りで真似をしているのだけれど、完全に真似できず、ただ去り際に「のんのんさん」(またのうのうさん、まんまいさん)そう言うような感じで手を合わせ駆け足で先に行く母をかけてついていく姿をみて、何かを感じていました。

「お参りする」こと、「お願いする」こと、誰かが誰かのしあわせを願うことは共通していることですが、その誰かが亡くなっていれば、時にそれは祈願と呼ばれたり供養と呼ばれたり、祈願と供養では同じようにお参りしても随分と感じが違って私にはみえます。

誰かが先にいってしまい、その方の供養としてのお参りであればそこがお墓でなくても、その先にいかれた方にあえたような感じに近いお参りもあります。

誰かが生きていてまたはこれから生まれて欲しいその方のための願いであれば、離れていてもその方と共に幸せに生き続けたいという感じに近いお参りもあります。

もの言わぬ仏像(石仏・木造・その他)へ、他人へあまり言わない心からの願いをもの言わぬ仏像が「わかりました」そう言ってくれたと世の中に生きる人が認めなくても、お参りする方がそう少しでも認識できれば、少し肩の荷も軽くなり、少し笑えて、お参りする前よりも楽に生きていくことができるなんて思っていないのに思っているなんて私は感じていました。

「お参り」を「おたのみ申します」そのように雰囲気として感じられることもあれば、「自らの現状のご報告の場」として、「私は今ここにいます(生きていますよ)」として、「誰かのしあわせを願う」こととして、「自らが願い思う何かへどれだけ手を伸ばせるか」、「情けない自らの心情を吐露する場」として、それが何であれふれあう方が「たくましく生き」、「よりよく生きようと願い」、「美しく生きてきたい」とつながっていければ何でもいいです。


(酔っぱらった)私は皮肉なことを書いています。

生きている誰もがいつかは避けられぬことが一瞬ある。美しく生きるとはその反対すら意味しています。

あの花(続き)

 昨日よくわからないまま書き、花について思っていたことを忘れて読みかけの書に目をやり、ふと違う四国の雑誌が近くにあったので見てみれば、詩がかかれた書の写真がのっていました。

  念ずれば花ひらく

  苦しいとき

  母がいつも

  口にしていた

  このことばを

  わたしも

  いつのころからか

  となえるようになった

  そうして

  そのたび

  わたしの花が

  ふしぎと

  ひとつひとつ

  ひらいていった
                (仏教詩人 坂村)真民


「花がひらく」ということ

誰かが「花ひらく」であれば、違う詩になります。「わたしの花が ふしぎと ひとつひとつ ひらいていった」一つだけでなく複数花ひらく。

きっと死ぬまで、花が次から次へひらき続けることがあれば言うことはないでしょう。
素晴らしい言葉です。まだ私は自らではなく他人に「花がひらく」そこしかはっきりと認識できず、周囲に「花ひらく」方がいて、私はそこできっと私であることを確固たるものだと信じることができそうです。
私にとって自らができることを続け周囲を信じて、よくなるように努力し、身近な方達にひとつひとつ「花がひらいて」いけば、私ではなく誰かの花が咲くことを念ずれば花ひらく、タイトルである「念ずれば花ひらく」は誰かのために上から言うのではなく相手を信じて言葉を超えたものとして使うことが相応しいと、思っていました。

私の変な思いはともかく、引用した詩は素晴らしいものです。


あおい青い青い空

 本当は最大の私の武器は「能ある鷹は爪を隠す」を体現するならば、私は仏教関係を出さない私である方が、「能ある鷹」であるのです。

私は「物惜しみ(ケチ)は何によって、滅びるのか」

その答えはお経にあるように

「それはただ、与えることによって滅びる」

私は物惜しみ(ケチ)を隠すために、能ある鷹(賢者)であることを放棄して、愚者である道を選ぶしかないのです。
(昨日の記事の補記も含めここにそれを記すのです)

六 賢者の章

七六  〔自己の〕避くべきことを指摘し叱責する賢者を見れば、このような賢者に会うことは、宝 〔の在りか〕を示す人のようにちがいない。そうした人にしたがう者は利益があって損失がない。

七七  戒めよ、教えよ。そしてなしてはならぬことを避けるがよい。 〔そうすれば〕かれは善き人の愛好するところとなり、不善の人の愛好しないところのものとなる。

真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



八 千の章

一〇九  常に長老を尊敬し、敬意の徳ある者には、年齢・容色・安楽・力の四つの法(もの)が増し加わる。

一一〇  また、たとえ百年生きても、悪戒で放縦であれば、一日生きて戒を有し、静慮(じょうりょ)のあるほうがよい。

一一一  また、たとえ百年生きても、智慧悪しく努力をすてたならば、一日生きて、智慧を有し、静慮(じょうりょ)のあるほうがよい。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



悪の章

一一六  人は、善に急ぐがよい。悪より心を防ぐがよい。善〔をなすこと〕を怠れば、意(こころ)は悪をよろこぶ。

一一七  たとえ悪しきことをなそうとも、再三〔悪を〕なしてはならぬ。それを欲するな。苦悩は悪の集積である。



さて、私の言葉より私の目を覚まし、この世で最大の敬意を払う宮坂先生の言葉をもってあらわすことにします。
(引用の書の冒頭をもって)

法句経のあらまし

 漢訳で『法句経』と訳されている経典に相当するものは、パーリ語の『ダンマパダ』である。「ダンマ」は真理、理法、さらには教えという意味がある。「パダ」は「ことば」。別の解釈によると「ダンマ」はさとりの意味の涅槃(ねはん)、「パダ」は足跡とか道を指す。そこでさとりへの道(涅槃ねはん)と解される。しかし一般には「真理のことば」という意味を採るので本書もまたそれにしたがうことにした。
 全文、韻文より成り、五百、七百、九百の韻文を持つ三種のテキストがあったと伝えられるが、現存するパーリ文は二十六章四二三の韻文からできている。もっとも重複するものがあるので実数は四二二である。



さらにその前文に

仏教の比較的古い伝承によると、この『ダンマ・パダ』は、ブッダ(釈尊・釈迦牟尼・ゴーダマ・ブッダ・バウッダダンマ)がじかに説いた真理のことばをダルマトゥラータ(法救ほっぐ)が撰集した珠玉の詞歌集である。それは仏教の根本教説にもとづいて、日常生活の智慧を教え、人生の究極の在り方を端的に示したものである。十九世紀のなかばに、この経典をラテン語訳して最初にヨーロッパに紹介したデンマークの碩学ファウストベールは、これを「東方の聖書」とよんだ。まことに一々の詩句は簡明な古代的表現のうちに無限の滋味と、はかりしれない智慧をたたえ、一語一句はブッダその人の偉大な宗教的人格を伝える独特の響きを持っている。わたしたちがこの明澄な韻律にとむ『ダンマ・パダ』をひもとくとき、古代インドの深く澄んだ青空のもとで淡々と語るブッダにじかに接する思いがするであろう。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



インドにも突き抜けるような青い空があるように、中国においても同様の青い空があるように、わたしたちの住む日本にも青く青く果てしなく広く高くどこまでも続くような青い空があり、そこに住む人すべてがその青い空をながめ、そこに何かをみるのです。


私はあのどこまでも貫いていく青い空を貫いていく真理に手をただひたすらに手を伸ばし、その真理に手を伸ばし続ける、高貴な子供でありたいです。

黒髪常に黒からず

「若いころから歳をとるまで、素晴らしいことをやっていた(のだから、多少の悪いことはしてもいい)」
そんなことを最近耳にして、こころがいたくなりました。確かに過去に成したことが素晴らしいことは誇れることであり、功績でもあり、名誉なことです。
だからといって「無条件で悪いことをしてもいい」という結論は世の中ではとおることはないです。謙虚さと感謝と自らの分をわきまえることは、どの場においても必要不可欠なことです。
反対に素晴らしいことを沢山なされてきて、今もなお人の役に立つことをされる方がいて、その方は「たいしたことはしてないから、気にしなくていい。好きでしていることだから」そう言ってお世話をされ続ける白髪の方がいます。
善と悪のどちらかにならなければいけないという話ではないです。どちらにできれば近づきたいか、またはその中間でもいいと思います。

白髪をいただくから長老であるのではない。かれの齢(よわい)はふけただけのことで、いたずらに年老いた者といわれる。
(法句二六〇)

真実と理法と、不殺生と、自制と、節度をそなえた者は、汚れを離れた賢い長老であるといわれる。
(法句二六一)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋


続いてその解説に宮坂先生は

常識的にいって、年長のものを尊敬しなければならないことはいうまでもないであろう。しかし、ブッダは無条件に年長者を敬えといっているのではない。白髪をいただく者は、そのゆえに長老と称せられるのではない。人間としての真実の智慧を欠いてただ年老いた者は、まるで牡牛が年とともにいたずらに肉を増すようなものだ、とブッダは説いている。世に長老として尊敬されるためには、清らかな賢者であらねばならない。それには真実と理法と不殺生と自制とを具えていることを不可欠の条件とする。



心の底から年長者として尊敬できる方達が近くにおられます。ただ年長者故に一人ずつ亡くなられていかれます。私はできれば身の程をわきまえ、余計なことを言うのでもなく、感謝やすみませんとさらりと言える年寄になりたいと考えます。
ただこれは若い頃、現在もこれからの私の言動が左右していくものになります。これからもし有り難く長生きできるのであれば私自身の日々のこころのありかた、思考、願い、優しさを見つめ、できればいつでもそこに手を伸ばせばとれるような私でありたいです。

善と悪

 近くに「揚げ足はいくらでもとりようがある」そんなことを教えてくれる方達がいます。仕事を沢山していれば誰にだってミスは出ます。加点方式であれば、仕事を沢山こなして数少ない悪くなることより数多い良いことがあるのであれば、問題にもならずそれは正当な評価につながります。
ただ成された正しいこと、良いことを一つもカウントすることなく、僅かな過失でさえカウントすれば、答えは決まっていて、仕事を人より少なく行い、また間違いにくいことだけ行えば、良いことや職場を支えたり、皆に貢献することさえなくても、していない人のマイナスの揚げ足は、仕事をたいしたことをしていないという追及さえ交わすことができれば、「揚げ足取りの達人」や「後出しジャンケンの達人」その結果、その方にはもれなく「根性(や意地が)が良くない人」という見えないけれどみえる称号が似合うようになります。

他人の過失は見やすいけれども、自分の過失は見難いものである。実に人は他人のもろもろの過失を籾殻(もみがら)のように吹き散らすけれども、自分の過失は覆いかくす。たとえば、ずる賢い博徒が不利なさいの目をかくすように。(法句二五二)
他人の過失を探し出し、常に苦情をいう者に、かれの汚れは増し加わる。かれは汚れの消滅から程遠い(法句二五四)
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



先日悪人の輪郭を描写する法句経を近くの人達と再度読み直しながら、善と悪またその捉え方、その判断基準、また自らが善と悪をどのように考えているか、その報いなどの話をしている時

「善の行為に比べれば、悪の行為の数が圧倒的に少ないのに、悪の影響力が強すぎる・・・」

そういつも私に優しい方が自らのこれまでと今の現状をみて教えてくれました。私なりの答えを出したところでその現状や影響力は何一つ変わらないのですが
「善とは、自らと周囲とこれからを助けるものであるから、大切なもので尊重されるもので喜ばれる。けれども悪は悪をなす人もその周囲をも甚大に被害を及ぼすという、生命や財産などの危機的状況をもたらすことが多いから、比率で悪が少なくても一つの悪事が相当な損傷を周囲に与えるから、同回数であればとんでもない現状になり、善10:悪1だとしてもかなりな被害がでるのだと思います。

更に周囲のことを考えてくれれば問題にならないのにといくら願っても、悪を行う人は自らの利益や損得を優先するから他を顧みることができない。馬の耳に念仏になることが多い。」

自らの責任だけで終われることばかりなら、誰もが放っておけば問題ありませんが、悪というのは他人の利益や名誉や持ち場や信頼を傷つけることばかりです。


他人のことでも本当に考えさせられ、自らの上に降りかかればとんでもない事態です。

尊敬を受けるに値するとは

 どの職業でも一流であれば、その方はどなたでも尊敬や供養を受けるに値する方として世に生きる方は認識し、時に財や身体的努力や惜しみない信頼を与えてやまない方もおられます。

今日のジャンルは仏教関係ですから、他の職業の方は(失礼を承知で)ひとまず横に置き、仏教における言葉を現実において縦横無尽に法を説くことができる仏教者つまりは僧侶(お坊さんと呼ばれる方)のことになります。

三八七 日は昼間輝き、月は夜照らし、戦士は甲冑を身に着けて輝き、聖職者は瞑想して輝く。目覚めた者は威光によって昼夜いつでも輝く。

三八一 たとえ年若くても、目ざめた者(=ブッダ)の教えに励む托鉢者は、この世の中を照す。あたかも雲から出た月のように。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



一般の方が自らの財施(金銭による施し)を惜しまないことの代償として、仏教者(宗教者)は自らの獲得した真理(智慧)を隠すことなく余すことなく(聖者に握拳なし)、眼前にいる方が「たくましく生きるために」また「よりよく生きるために」さらには「美しくいきるために」そのための真理を財施の対価として出すことが決まっています。

これによって財施=法施が両立することとなり、双方が美しい関係として生きていくというあたりまえのことですが成されていくのです。

世の中において、あたりまえのことをどれだけ深く広く高く、どこまでも貫いていけるか、善い意味での底無しであれば、その底の深さだけ真理の高さが出現することになります。


私は夜空に浮かぶ女性の美しい細い眉のような月を見て、手を伸ばすのです。


あの高みに手を伸ばし続けるのです。

輪郭

「何が善悪の判断基準なのか」
ずっと以前にそんなことを問われたことがあります。それに対して曖昧な返事、いや不正確な返事をして後悔した思い出があります。
有名な過去の仏教者ならば「十善戒にかなえば善となり、そむけば悪となる」のような短い答えを出されています。

不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない。
不偸盗(ふちゅうとう) 与えられていないものを自分のものとしない。
不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない。
不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。
不綺語(ふきご) 中身の無い言葉を話さない。
不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない。
不両舌(ふりょうぜつ) 他人を仲違いさせるようなことを言わない。
不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない。
不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをいだかない。
不邪見(ふじゃけん) 誤った見解を持たない。



「自らと他者を害することが悪」だと、そう最近であれば考えます。ただ細かいことや小さい問題であれば判断は善悪のどちらかに属さなければいけないなんて極端にとらわれる必要もないことです。

一  もろもろの物事(法)は意(こころ)が先に立ち、意が最上なものであり、意より成る。人はもし汚れた意で語り、あるいは汚れた意で行うならば、それより、かれに苦悩のしたがい来ること、あたかも車輪が索獣の足にしたがうようなものである。

二  もろもろの物事(法)は意(こころ)が先に立ち、意が最上なものであり、意より成る。人はもしも清らかな意で語り、あるいは行うならば、それより、かれに楽しさのしたがい来ること、あたかも影が形に絶えずつきしたがうようなものである。

一一 真実ならざることを真実と認め、真実を真実ならざることと認める者たちは、真実を知らず、虚妄の思惟に住する。

一二 真実を真実と認め、真実ならざることを真実ならざることと認める者たちは、真実を知って、正しい思惟に住する。

六二 愚か者は、「わたくしに子供たちがある。わたくしに財産がある」と悩まされる。自分すら自分のものでない。どうして子供が自分のものであり、どうして財産が自分のものであるか?

六三 誰でも自分が愚かであると考える愚か者は、その限りではまた賢いものである。しかるに自分が賢い者であると考える愚か者はまさしく愚か者だといわれる。

六四 愚か者は、たとえ一生の間賢い者に仕えても、かれは真理をしらない。あたかもスプーンがスープの味をしらないように。

六六 無知な愚か者たちは自分を敵として振舞い、悪しき行為をなしながら、渋みのある結果をもたらす。

六七 なしてしまってから自責の念にかられ、その者が顔に涙し、泣きながら報いをうけるような、そのような行為は立派になされたものではない。

六九 悪が成熟しない間は、愚か者は悪を善のようなものであると考えている。しかるに悪が成熟している場合、その時、愚かな者は不幸な目にめぐりあう。

七一 なされた悪は、あたかも牛乳が突如として固まることがないように、灰に覆われた火のように燻りながら愚か者にしたがう。

七二 愚か者の思慮が他人の不利益のために生ずる限り、愚か者はその輝かしい自己の運命を損ない、かれの頭(こうべ)をうち砕く。

一一九 悪が熟さないかぎり、たとえ悪者といえども楽しみを経験する。しかるに、悪が熟するや、そのとき悪しき者は、もろもろの悪を経験する。

一二一 「わたしについにそれ(悪の結末)はやって来ないだろう」と、悪を軽く見てはならない。水滴が落ちて水がめを満たすように愚か者は少しずつ悪を積みながら、悪でいっぱいになる。

一二五 人は、正しい者、清らかにして汚れなき者を損なえば、悪の報いはほかならぬ愚者に返る。あたかも向い風に投げた細かい塵のように。

一二七 空でも、海のまんなかでも山々の洞穴に入っても、この世界の場所で人が悪の行いから逃れるところは何処にも存していない。

一六一 己によってなされた悪は己より生じ、己より生じたものである。それはあたかも金剛石が宝石を砕くように愚か者を粉砕する。

一六三 もろもろの好ましからず、また自身のためにならぬことどもは行い易いものである。自身の利益になり、しかも好ましいことは行い難い。

二四〇 鉄よりのみ生じた錆が、鉄より生じて鉄を損なうように、罪をなす者たちは自身の成した行為のために地獄に導かれる。
真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝著作より抜粋



幾つか引用するつもりが、引用しすぎましたが、私自身痛い言葉ばかりです。特に愚か者の章は私にとって激しく痛い言葉です。
輪郭を作るお経の言葉を幾つか引用するつもりが違う方向の輪郭をえがいてしまいましたが、それはそれで今日はよしとします。

不染

 うまくいかないことや、予測できないこと、自らがどのようであるかわからないこと、迷い・恨み・泣き・わめき・愚か者の代表である私は、身の程を弁えていないが故に、自由な発言をする日でした。
もっとも自由すぎて、身の程を弁えないが故に遅れていろいろなことが更に押し寄せ、その押し寄せる波にもみくちゃにされる日々です。

久しぶりに外で自由な発言をする日で、その場を与えてくれた方々に感謝しています。自由な発言ができることを受け止める場や人でないと、人は自由に楽しく発言することなどできず、まして時に笑いあうことができる場であったことはしあわせなことです。

招いてくれたお二方に、思い立った瞬間をわすれないものを作り上げていただければと願う日でもありました。成功しても失敗しても、私の愚かな考えであれば、皆で「あれは楽しかったな」となればよいのではないかと子供のような考えしか浮かびません。

先に一つの答えを書かねばいけません。
きっと苦しみに迷い悩みもがくとき、泥にまみれる汚れる。ただそれが泥だと認識し、その泥から美しい蓮を咲かせていく。ど根性をもってまみれて咲く花は、きっと白い華というより、何らかの色がつく、それが染められてもないのに、この世に美しく咲く色とりどりのつまりは百花繚乱の華々となり、そのどれも(何色でもよく)があるからこの世は美しい。なんて増谷先生(の著作)を思い出させられました。

さすれば、結果は文中の眼目となり「法を見るものが、私を見る」その法と私は誰でもなにでもいいですね。

そんなことを最後に言いたい日でもありました。

花飾り

 よくよく考えなくても、好みがあり、苦手なものがあり、どちらかと言えば好ましい方を好みます。(何をあたりまえのことを書いているなんて思うでしょう)。

人でも物でも景色でも、あまり他所へ行かない私にとって、たまたま手に取った書物が気に入らなければ真剣に考えることもなくとりあえず一通り読んでみたというくらいになります。何冊も何冊も書物に目を通すと私の好む傾向が出現していて、これもまた好めない傾向も同時に同じ幅や高さだけ出現しています。
好む世界の広さ・幅・高さ・永遠のように思えれば、その反対のものも極端に嫌がるほどとなっています。だから知り合いから、その本はどうだったんですかと聞かれれば、好ましい本は感動やきらめきと共に饒舌に語ります。

最近読み始めた華厳の本の「はしがき」にその疑問が氷解することが書かれていました。

このシリーズの企画に参加するまでは、アビダルマ・中観・唯識・華厳のいずれにも強い関心をいだきながら、まともに取り組む機会にはめぐまれなかったのだが、このシリーズに執筆された専門家の方がたの論文と、その論文をふまえた執筆者との対談によって大まかな検討をつけておいて文献の検討にとりかかるという段取りで、はじめに華厳からてをつけることにした。
 そこでまず華厳に関する最近の研究書を入手しうるかぎり集めて読んでみたのだが、中国古代に確立された伝統教学に乗っかった煩瑣(はんさ)な議論が多くて、華厳思想の底深い迫力に接したいと願う私の期待は必ずしもかなえられなかった。
 しかし、考えてみれば、これはあたりまえのことなのかもしれない。研究書というものは、宗教にかんする研究書であっても、それ自体が宗教書ではないのだから、それに迫力などを期待する方が見当ちがいなのであろう。空海(くうかい)や道元(どうげん)の書いたものに一種の迫力が感じられるのは、それが抜群の研究書であると同時に宗教書でもあるからであろう。
仏教の思想6 『無限の世界観〈華厳〉』 鎌田茂雄 上山春平著


上山春平氏は「迫力」と書かれておられますが、私はそれを「(智慧の)光」や「まぶしさ・きらめき・雷(魂がゆさぶられるような衝撃)・(段階に応じた)目覚め」などその時に応じ譬え方や呼び方話し方が変わり、いずれにせよ衝撃が全身を駆け巡ることは確かです。以前に引用した文章ですが

初期の大乗仏教徒はいまだ整った教団の組織を確定していなかったし、細密な哲学的論究を好まなかった。むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現をもって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。大乗経典は、それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、戯曲的構想をとりながら、その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である。
 『龍樹』 中村元 著 (講談社学術文庫より抜粋)


今になって『大乗経典』を中村先生も「宗教的文芸作品」と同様の言葉で表現されています。

気が付けば、書物に迫力のある書でないと満足できなくなっていたり、そこに(智慧の)光を求め、私が現実世界で狭い行動範囲や束縛の多い場所にいるということから、瞬時にその迫力のある世界や光の世界へ自由に行くのです。こうであれば、現実に私がどこで何をしていようと、求めればそれは手が届くというよりその中にいます。

あの広く高く果てのない青い空をみて、そこに何か貫いていくものをみるのです。

花と雨

 四月八日 (土曜) 晴れのち曇りのち雨

桜と桃の花が綺麗で、ブッダの誕生日です。花まつり・降誕会・龍華会・灌仏会などとも呼ばれています。日本においてお寺のない地域はほとんどないに等しいでしょうから。きっとクリスマスより盛大に皆が祝っているでしょう、なんてことはなく一部の仏教を信奉する方において営まれ祝われています。

お経の描写にルンビニーでブッダ(お釈迦様)が生まれられた時は甘露の雨が降り注いだり、生まれてすぐに七歩あるいて天と地を指さし
「天上天下唯我独尊」
師はこれをこの世に生まれた全てのいのちは何よりも尊いものであるの様に訳されていました。自らのいのちも尊く他者のいのちも尊く生きとし生けるもの全てが尊い。

ただ生まれてすぐの子供がこんなことを言うはずはありません。これはやがてこの世で初めて偉大なる覚り(智慧)によって仏教をこの世に広めることになった方を称えるために、通常の人間ではありえないことが付加されています。
およそお経には比喩が頻繁に使われ事実でないようなことが書かれています。それは私達が心からお世話になって大好きな方が輝いてみえたり、幼子の笑顔に光を感じる、この上なき正しい覚りを制約のある言葉であらわそうとしたとき、現実的な制約を超えた比喩をもって何人もの方が書かれたことが後世に残って伝えられています。
お経から伝説と事実の切り離して、純粋に仏教を伝えることは難しいというのが最近の仏教学の間でも通例になっています。
簡単な例えだと、大人になり偉大になられた方が、子供の頃は神童と呼ばれていた。その上位表現方法です。

ブッダは生まれて間もなく母を亡くし、養母に育てられることになります。思索にふけることの多い少年であったと伝えられています。何不自由のない王家の家を出て沙門(シュラーマナ)となり、あばらや血管が透けて見えるほどの苦行を乗り越え、ブッダガヤ菩提樹下の金剛座の上で無上正等覚(正しい目覚め「覚り」)を開き、その金剛座の上から仏教は始まりました。

仏教教団が誕生することになったのは、苦行を共にした五人の比丘(修行者)に説法し、五人が羅漢になってから教団となりゆるやかにインドに広まっていくことになったのです。

インドから南に伝わるルート(セイロンやスリランカなど)、インドから北から西域を通り中国へ伝わるルートなど、長い時間をかけ仏教はその土地に根を生やし、寛容融和に土着の思想や宗教儀礼を取り込み、一神教のように他の宗教を滅亡させることもなく、中国から韓国そして日本へ、現在は情報化社会ですからそれよりもさまざまな伝わり方で多種多様な形態の宗派を持ち、ただどもれが仏教という名前を持っているのは確かなことです。

私の実家は禅宗の檀家ですが、私は真言宗を信奉し現在に至ります。そのルーツを行きつくところまで辿ればやはりブッダ(釈尊・お釈迦様)へたどり着きます。

ですので今日は、家族一同でお祝いしケーキを買って食べることにしています。

私「皆今日は花まつりだよ、仏教の開祖であるお釈迦様の誕生日だから、世間では仏教を開かれた人と言えばブッダで知られているから、ブッダに属したつまりはだよ、バウッダ、まあその智慧や真理、つまりはバウッダダルシャナ バウッダダンマ、仏法と訳されるかな今日という日も属されていることを世に生きる人は知っているだろうから皆でケーキを食べて祝おう」

長男「いやバウッダとか今まで聞いたことないし、バウッダダルシャナとか言われてもきっとこれからもあんまり聞かないと思うよ」

私「本屋とかで目にすることもあると思うけどな」

長男「本屋かあ」

他の家族は無口で美味しくケーキを食べていました。

酔っぱらいのような私のたわごとはともかく四月八日の今日、桃も桜も咲き、田畑にレンゲソウが一面咲いており花まつりにふさわしい日でした。



他人事ではなく

 弘法大師(空海)著の一つ、『般若心経秘鍵』その原文ではないですが栂尾祥雲先生の解釈に次のようにあります。

仏法の大綱
かの仏の教法(みおしえ)は遥(はる)けきところにあるのではなく、わが心の中にありて、きわめて近いのである。
真如(さとり)は自らの外にあるのではない。わが身を捨てて、どこにそれを求めることができようぞ。迷いといい悟りといっても、わが心のいかんによることであるから、発心(おもいたち)する一念のうちに直ちに悟りの境地に到達することができるのである。
悟りの光明(みひかり)というも、迷いの暗黒(くらやみ)というも、自らの他にあるのでないからその教法(みおしえ)を信じ、それを修すれば忽ちにして証(さと)ることができるのである。
それにもかかわらず、哀れなるかな、哀れなるかな、いつまでも長い迷いの暗夜(やみよ)に眠れる子(もの)よ、苦しいかな、痛ましいかな、あくまでも無明(おろかさ)の酒に狂酔(よいし)れる人(もの)よ、痛く狂酔(よいし)れるものは、かえって他人(ひと)の酔わざるを笑い、酷(はなは)だしく睡れるものは、さかさまに目覚めたものを嘲(あざ)けるのである。


一般に読誦されることの多いお経である般若心経の弘法大師による解釈をさらにわかりやすく解説されています。

ここは有名な箇所でもありますから、何度も何度も見ているのに、いつだって他人事として見ており、自らが普段の状態で愚かで酔っていることにも気づかず、正しいことをしている方をおかしいと言ったり決めつけたり、さらには自らをみつめることもせず努力している方の足を引っ張るようなことや優しく助けている方の言葉にも耳を貸さず、やるべきことや自らを知ることから逃げ続ける私を現在は思い知らされます。

その続きに答えが書かれてあり

曽て医王の薬を訪(とぶら)わずんば、何(いず)れの時にか大日の光を見ん。



病に応ずるに従って薬を服せば恢復するように、教法(おしえ)を身に修せば、ただちにこの身このままにして覚りうることができる。

そこから般若心経の解釈を進められています。

時折、自らの悪い言動を一つも省みることなく、嘘偽りを多用して、自らの言動から目を背け認めることのない自らの過去から続けてきた行為を関係のない近くの方へ擦り付け、「私は悪くない。悪いのはあの人だ」そのように振る舞い続ける方がおられることを聞きます。人は良くも悪くも信用することから始まる場合が多いため、初めから嘘ばかり言い続けているとは思わない人もいます。
相手が近くにいるのなら、両者の話を聞くことができれば問題も少なくなります。

人を信用する人の美しい部分をあろうことか悪用することを多用する方の話は聞くに堪えないものです。


もっとも私にだってそんな悪いところが大小の違いだけで存在することは確かです。他人事にしてしまえば私も同じようにとんでもない悪人だと思われるだけのことです。


いろいろあって、最近嘘にはこりごりしています。



続きを読む »

稀に書きたくなること

 あれほど感情的になってはいけないというのに、感情的になってしまい近くの方達へ謝罪しました。いつも愚かな私のことを理解しようとしてくれる方は、怒ることはありません。むしろそれは仕方ないことだと言われます。いっそのこと責めてくれれば言い訳もできます。さらに「その現実であったならばそうなってしまう」と私のことを責めません。

先日、以前敬愛する先生が書かれていた言葉の一つ、「妙好人」について調べていました。

浄土系とくに浄土真宗の僧侶ではなく在俗の傑出した一人の人間(信者)のことで、地位・肩書・名誉がないけれど困難悲嘆過酷な現実の中で、自らの中に確固たる宗教観や「仏とは何か」、「真摯に生きるためとは何か」が言葉ではなく、その方の生き方にあらわれた人を他人が見て称える言葉です。あたりまえですが自称では話にならない言葉です。

「妙」とはと天台の思想や教学を調べていれば必ず遭遇します。根本経典である「妙法蓮華」の「妙」とは何であるかということであるからです。

妙法蓮華経という今日の名前はインドの言葉を鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)が訳した言葉で、それ以前には竺法護は同じ経の名前であるのに「正法華」と訳しています。

何故に名訳で名高い鳩摩羅什は「正法華」というなまえをわざわざ長い名前に訳したのか、田村先生がそれについて書かれていたことを思い出していました。

正しいという「正」は、善悪における善を指す言葉にとられる要素が存在している。正しいの反対に位置する誤りや不正という反対を意味する相対の言葉を超越していく絶対をひょうげんするために、時代やこの広い世界を縦横無尽に貫いていく真理を「妙なるもの」を意味するために、正しいを避け「妙」をわざわざつけて訳されたといったことが書かれていたことを。

妙好人の「妙」もそのようなことから来ているのだろうかなんて考えていました。だから「妙なる好かれる人」か「妙なる好い人」なんじゃないかなんて勝手な自己解釈をしていました。本当のところは浄土系のあふれでる慈悲と豊かな智慧と強靭な実践力をもった僧侶におたずねすれば簡単にわかるのだろうなんて更に考えていました。

蓮華の如き妙なる真理が書かれたお経、ここでは真言宗である私の蓮華と違う色の蓮華が似合います。何物にも染まらぬ白の蓮華でしょう。

真言宗では燃えるような生命を象徴する赤、真っ赤というわけではなく、美しき(上品な桃色の)赤が似合います。



私は白の蓮も赤の蓮も青も紫も緑もどれもが大好きです。よくわからないけれど、どれもが美しいからそれでいいです。