ふむふむ

 口を開けば嫌味なことばかり・(自分は何者なのか・できているのかは置いといて)全ての代表であるといった不平不満の成り変わり発言、根性悪いことしか言うことがない。

「(いないと思っていたんですけれど)おられますよそんな方も」

「そんな方いるんですか」

私は全く望んでいないことなのですが、よくお会いするんです。

するとそれを隣で聞いていた方が

「私はそんな方がそのような悪い振る舞いばかりされていれば、上からのような発言で申し訳ないですが

『生まれつきだから』そう思うようにしています。

生まれつきでもないんですけどね。」

「『生まれつき』なら仕方ないと少し思えますね(実際は違うでしょうけれど)」

恥ずかしい私の専売特許の一つ、自の背中どころか言動をみることなく、ただ相手の短所・失敗を言ってしまう。さらにはすぐに腹を立てて口調がきつくなるとか、人の話をあまり聞かないとかあります。(家内に聞けばこれはもっともっと出てくるでしょう)。

家内からしても私がおかしい言動をしている瞬間には「この人は『生まれつき』だから、今もこれからも治らないだろう。」そう思って距離をおかれそうです。

悪いところがどうか『生まれつき』とならないよう、過去の愚かな言動を無くしてしまう消しゴムはなく、今とこれからの言動によって判断して下さいと都合のよいお願いをするのです。

書のどこかに確か生まれつきの話を思い出します。

「和尚、私は生まれついての短気でして、随分とそれによって困っております。」

「それなら今その短気を出してみなさい。」


私の短気は不用意な発言をせず、少し落ち着いて行動すればよいだけで短気は幾分無くなっていくのです。



(けどやっぱり怒ったり、不用意な発言するんだけどね)
スポンサーサイト

華(はな)

 とかくこの世で疲れることの一つに人間関係というものがあります。

それさえ上手くいけば楽しく笑えて順調に、それがうまくいかなければ夜も眠れず体調もすぐれず、仕事や学校なども行く気がおきぬ、なんて言うもんです。

そんなことで困った人がおりまして、年の頃は40少し手前、20年ひと昔まえであれば、もうおばさんに属するくらいですが、今のご時世
40前ならまだ綺麗な女性で通りますから、時は待ってはくれないし、さまざまなことが移ろい変わりゆくもんです。

「貴方そんなに何に困ってるの」

なんて聞かなくても困った人というのは、困った顔をして何か言いたい雰囲気をだしてるもんです。だからここは

「どうしたの」

と聞くのが人情です。

「それがね、困っておりまして」

「見たままそれはわかってるよ」なんて冷たいことを言おうもんなら、本題に入らず藪から棒か蛇でもでてきてもこまるので、そこはぐっとこらえ

「何にお困りなんだい」

「実は人間関係で困っていて」

「それが一番厄介だね、金や世の中ならあきらめもつきやすいけれど、避けれない人との関係が良好に保てないってのが一番困る。」

「そうなんです」

「じゃあ、(あっしに)最善の方法があるから、それをやったら大丈夫」

「それはどんな(ものですか)」

「とにかくだよ、だまされたと思って、礼を失わないこと・できることを行うこと・優しくふるまうこと・笑顔でいること・目前のやらなければいけないことを一つずつ行うことだよ」

「そんな簡単なことなら誰でもできるじゃない」なんていう人なら問題ないのですが、困った人なら

「それが誰にでもできないから困ってるんです。」

「それは困ったねえ、他に方法がないから、それしか手がないんだけど」

あの手この手で説明をして、結局結論はやはり先ほどいったとおりなんだと、何遍言っても困ったことがおさまらない始末。ただ夜も更け、こんなことでは睡眠不足の上に疲れてさらに困ったことが増えると。

そんなことが何日も続いて、やれ今日もかなと思っていれば、何やら困っていないと、これはあれだね

「いやあ(お互い特に話す私)の苦労が報われたね」

「華を買ってきたの」

「なぜ華を」

「華を見てたらね、心が休まるし、元気をもらえる。笑顔になれる。」

「するってえと何かな、私のハナシはハナにもかからず、ハナシにならないってこと・・・

あれだね

困った人には、やっぱり華をもたせろってことだな。


長い話なんて、華の美しさの前では色褪せて見えるもんだし




言わぬがハナってもんだ。」



(で、その華はどんな華だったんで、裏はふかふか表はあったか花柄もめんでさあ)

おあとがよろしいようで

看板と役割

 守っていない人に、お節介を出して注意する。それがあたりまえのことであればあるほど、あたりまえのことを言われたので腹が立つ、挙句には何か言い返さなければこちらは腹が立つ(気が済まない)と思う人がいる。
(その代表として、ここを書いている私とかがそれで、たまにそんな私に似た感じの人もいたりするけど、気を付けようね)

静かにしなければいけない場所でうるさくしていれば

「静かにして下さい」

と、言われることもあり、言われなくても静かにしたい人たちであれば、

「静かにしてほしい・・」

と願われたりして


誰かが、わたしの近くで皆(年間を通し多数の方)が有難くお参りする場所、神聖な場所(浄域)をお参りする作法のことを話されていた。

禅定に入られている場所(浄域)にての作法がいくつかあることを嘆いていた。

「看板などで書かれているのに、読まない」

「団体で連れて行く代表者ならばすべて学べとは言わない。最低限のマナーくらいは調べて来てほしい」

その方たちの結論としては、看板があっても読まない方が多いことと、下調べを少しくらいはと思うのであれば看板は読むし、最低限は調べてくる。

「あのいつもどなたにでもうるさく注意するおじさんがいるけれど、あんな人がいないとだめだ。」

気を付けている方からすれば、めんどいおじさんに映るかもしれないけれど、あたりまえのことを声を大にして誰彼構わず言う人に元気でいつもいてもらわないとだめだと


あたりまえのことを見ず知らずの方へ誰彼構わず注意しなければならない役目、それをあなたがして下さいなんて言われても
わたしなら

「それはそのまま前任者が続けてくれれば問題ないと思いますよ。はい」

言わなくて、つい誰彼かまわずきつく言うことを貫けないわたしならすぐそんなこと言って断りそうです。


 よくここに偉そうなことをわたしも書いています。あたりまえのことで出来ていないこと、知らないこと、自分で気がつかないから注意されてはじめて気がつくこと、気がつくのに身勝手に目をそこからそむけていること、自らや知人のために知っていて目を背けていること、本当よく考えればそんなこと盛りだくさんです。

そんなことを思い知れば思い知るほど、誰彼かまわずきつく注意してまわることが難しくなるという情けない言い訳みたいな弱いわたしがいます。

気がついていることは、これまでより気を付けていこうと思います。

声明(しょうみょう)

 いつも講演のご依頼をいただく方から、突然お声がかかりました。何の用事かと思えば、「声明をお願いしたい」そんな短い簡潔な一言でした。

「声明って何?」

そんな問いがあるものです。一般の方用といえばそれは御詠歌(和讃)となり、僧侶であれば声明(真言宗のわたしは)です。

それでもわかりにくい説明なのでもっと具体的・簡潔に、お経は棒読み(長短高下なく、一定のリズム・音階で)読むものです。

声明は長短高下あり、低く変化の少ない呂曲(ろきょく)、低きから高きまで変化の多い律曲(りつきょく)、これを呂律(ろりつ)と言い、

呂と律の変化がうまくできないことを「呂律のまわらないやつ」なんて比喩されるとの言葉を声明伝授のときにお聞きしたことがあります。

無駄な説明はともかく、「節のついたお経(真言・陀羅尼も含む)」と短く説明でもきます。

インド・中国・日本へ仏教とともにつたわった、声明(音楽)です。梵唄とも表現されます。

詳しいことを聞かずに、当日の集会所へ、どうも八世市川團蔵五十回忌追善法要に向けて、本日(六月四日)が命日の為、追善法要前に会場である四国霊場第一番霊山寺で行われるはこびとなったということが、行ってみて初めて気がついたというね・・・

つまりは声明というよりも、法要のための職集として、出仕するということ、五十回忌追善法要・奉納歌舞伎の無事成功と八世市川團蔵様のご供養を厳修してまいりました。

■日時
2015年8月22日(土)・23日(日)
11:00/15:30開演


■場所
霊山寺 大師堂
徳島県鳴門市大麻町板東塚鼻126


■入場料(税込)
A席:8,800円(霊山寺のみのお取扱い)
B席:6,000円(チケットWeb松竹、阿波交通のみのお取扱い)

2015年6月6日(土)10:00~



質素な暮らし(結婚してからお小遣いなどもらったことのない)のわたしには正直高い金額のチケットです。

現実的なことはともかく、新しい出会い・与えられた場でできること、あらかじめなされるべき努力、深く自分をみつめていくこと、どれもを深く求めていきたいと何故か思いました。

下げる

 人生の先輩方と話になれば、事実は小説よりも奇なりと思える嘘のようで実際の話しは多いです。

驚くことも多いです。ただ私が気づかない色々なことを教えてくれるものです。


長い期間汗水垂らして、ノルマも課せられそれを達したとしても何もない。働いているのにそれはないだろうなんて思う人も沢山いる。しんどくても給料が増えたりそれなりに出ているならば納得いくことは多い。ただ出ていない場合はそれに見かねて代弁する人も出てくる。代弁する人がいなければ辛抱・苦労・実績・信用を伴った本人が言うしか無い。私はできればお金の話はしたくない。私のような人もいるだろうし、お金の話し合いが得意な人もいるだろう。

発言によって給料が以前より増える。

「(あまり出したくないけれど、仕方ない出してやるか)はい、給料です。」

「有難う御座います」

ただ言われすぎたり問題になるのが嫌だから皆に言われるまま(ふてぶてしい態度で)出すだけなら、時には誰かが更に進言することだってある。

「(あなたは大切なことがわかっていない。給料をもらってお礼を言っているのは)貴方にあの方たちは頭を下げているのではない。

お金に頭を下げているだけだ。」

事実が一番きつい。

ただ現実を生きていくためには、相手が理解していようが理解していまいが給料がしっかりでてくれば感謝しかない。本当はその人に給料をいただいているから、礼を失わずその人に感謝を伝えたい。ただ納得・理解もしておらず、評価ではなく世間体のために渋々出すのなら、その人にではなくしょうがなくお金に頭を下げているということがある。

理想を追い求めすぎれば、生きていくことも難しいことが増えるかもしれない。どこかで折り合いをつけなければいけないと悩む。

一人ではなく、二人以上で働くとなれば相手のことを理解しようという姿勢がなければ、理解し合えることも話し合いにも評価してもらえることもない。

よく近くの人が私へ教えてくれる。

「地位名誉肩書、つまりは部下や従業員を持つひとであれば、人の痛みがわかる人でなければいけない。」


人の痛みがわかるにはどうしたらなれるか


「くだらないものはすぐ捨てなさい(捨てないことによりものごとが円滑にすすめない。捨てなければ大切なことを理解できない。相手を正しく見れない聞けない・・・)」


私は部下や従業員を持つような人ではないから、少し他人事にして聞いていることがある。


実際には人と人の関係のあり方だから、何回聞いても気をつけなければいけないと思う。


その人に頭を下げている(感謝している)。

お金に頭を下げている(感謝している)。



これは別の使い方もあることを教えてくれた。

よくあの人を見てなさい。一生懸命普段から支えてくれていても関係ない。よく見ていれば、あの人はお金をくれそうな人にだけ頭を下げている。お金をくれそうにない人は頭を下げるどころか相手にしない。


その人はお金に頭を下げている。





私は何に頭を下げているのだろう





また大切なことを教えてもらいたい。


とある話

 割りと前に話を聞かせてくれたことをふと思い出しました。

「とある夫婦がいてね、そのお嫁さん根性が悪くて」

「本当ですか、もしそうだったらそれはいけませんねえ」

「そうでしょう」

「困ったことに旦那の前ではボロを出さない。でもそれ以外の人の前では割りとめちゃくちゃなんです。」

「やっぱりそれは旦那さんやほかの方も絶対気づいているでしょう。」

「それが気づいていないんですよ」

「いやいやそんなにいやらしく他の方にしているなら気づいてますって」

「私はそんな女じゃありませんと旦那の前で、なりきっているから旦那もずっとだまされつづけているんですよ」

「それが本当なら困りましたね」

「だから何も知らない旦那さんを人が集うときには横に必ず連れてきて自分を守ってもらうようにしているんです。旦那さんがいるからその時は八方美人でね、旦那さんがいたら皆も気を使うでしょう。いない時ときたらどうにもならない態度しか取らない・・・。」

「それは絶対旦那さんも気づいていますよ、気づいた上であれじゃないですか、自分が決めた嫁だからとしょうがない。責任とってるんじゃないですか」

「いや、絶対旦那さんはお嫁さんが騙していることを気づいてないです。旦那の前では健気な(甘く都合のいい)言葉や(周囲にはしない)態度に徹しているから、根性悪いことを隠し通しているから、そんな自分のいいなりになる気の優しい旦那を選んで結婚しているんですから、全てが確信犯としか思えないんです。」

「いやー、そこまでだったら気づいていると思いますけどねえ」

「その時もですけれども今でも悪いとはその人思っていないんですよ、それで困ったことにその人旦那は(ある意味)好きなんですよ」

「よく意味がわからないですけど」

「旦那が自分の言うことを聞いてかばってくれる(ある意味優しい)から、ずっとこれからも一緒にいたいんでしょう。だから(自分にとって都合がいい旦那が)好きなんですよ」

「本当全くわからなくなってきました・・・」


その時はもっと色々ドロドロとしたことを聞いたのですがそれ以上は忘れました。ただ答えなんてわからないことが多いのが現実です。どのような答えをしたらいいのか、私はわからないことばかりです。聞いた話も意味も答えもわからないことは多いです。(そんなことで困っている私に貴方がわからなくても向こうはわかってしているのだから、なんて教えてくれる人もいました。)


言葉だけ綺麗で優しく心配するようなことを発言していても、普段の行動によって自分ではなく伴侶を助けることをすることが普通でしょう。言葉と反対に何かあれば自分を損ない、それだけでなく伴侶にも迷惑をかける言動が多いとなれば、世間の人がどう思うかよくわからないですが、考えさせられます。

過去の私は上記の様な人と少し違うように思っていますが、迷惑を掛け続けた家内からすれば同じようなものでしょう。「自分のことがわからず」「自分のことが見えず」「自分の行動が見えず」「自分の発言が見えておらず」現在でもわからないことは多いのですが以前の私は本当に家内へ迷惑をかけました。ただあの人はそんな私を見捨てず、黙って出来る事を行い、いつも耐えて支えてくれていました。

今でも時折言葉ではなく雰囲気(態度)で釘を差されます。(私が悪い人をとやかく言っていたら、そんなことを言える身分ではないでしょうなんて、雰囲気を出してきます。)

綺麗な言葉は誰にでも言えます。それに伴う行動をしているかとなると考えさせられます。


貴方のことを心配している。だから迷惑をかけず品性を保つよう普段から心がけている。それは(自己申告の)言葉ではなく周囲が安心できる態度(笑顔)でわかることだなんて思います。



人のことをあれこれ思えば、結局いつも私は自分のこととくらべて考えることになります。


家内やいつもお世話になる優しい方達へ感謝しています。(ごめんなさい)



天気

 いつものように朝起きてご飯を食べ職場へ出勤する。
空は青く、しかし気づくか気がつないかくらいに少し雨のようなものが降っている気がする。
車を降りて、雨らしきものが微妙だけれどもやっぱり降っています。

見あげれば、空はほとんど青く本当にまばらだけど雲があるくらい。
近くにいた知り合いの女性(年配の方)へ尋ねました。
「雨が本当に少しだけ降っている気がするけど、何処から降っているんでしょう?」
二人で青空だけどまばらにある雲を指さし
「あっちの雲が雨を降らしてるのかな?いやこっちの雲か?いやほとんど青空なんだけどな?」
「何処の雲か教えて下さい。」
「あれ違うかな?(わからないけど)」笑いながらそう気さくに答えてくれました。
なにやら天気予報では今日か明日には雪が降るといっていた。その前兆かな。

午後からは、どんより雨も割りと降ったりやんだり、そのうち雪らしきものがほんの少し空を舞っていました。
雪が積もれば子供達は大喜びだろうけど、交通や足元は乱れてしまう。
まだ暖かいし雪なんてほとんど積もらない徳島、「降ってもつもらないなこれは」

 そういえば先日、天気の話をしておられた人がいた。
「私が四国へ来たときはいつも晴ればかり。他の人はそんなことないんだけど私は結構来てるが雨なんてあったことない。」

「へーそうなんですか」

そう答えたのはいいけど、不思議でならない。雨もそれなりに降る徳島、雨にずっと合わないなんて、別にその人を疑っているわけではない。
世に言う「晴れ男(女)」というものかな、しばらく考えこんでしまいましたが答えは出ず。

ただ天気がどのような状態でも心が「晴れ」の時はある。
雨でもいいものだ。大嵐でもそういう時もいい。時にはずぶ濡れも悪くない。真夏の猛暑が続くなどすると、曇の日が有難いこともある。水不足の時は雨が何より有難い。調子が良ければ天気はなんでも問題ないこともある。

 いずれにしても、やっぱり「晴れ男」ってのは私にはどんなに考えても意味がわからない。

世の中にはわかる人も沢山いるのかな。

婚活で教えてもらった、有難い「さ・し・す・せ・そ」

 何度かお会いした添乗員さんに、これからの人生でためになる言葉を無料で教えていただきました。

30後半の年齢になったそうですが、独り身だったため会社の同僚が、婚活パーティーに本人に内緒で勝手に申し込んでいたそうです。
参加費5千円、それは皆が出さずに本人が自腹だと言っておられました。

参加された後にお会いしたので、すぐに婚活パーティーなるものはどうでしたか?

「行って来ましたよ」

「おー、女性とは知り合えました?」

「いや、それはダメでした」

「えー、必ず誰か紹介してくれるんじゃないんですか?」

「いや、第一希望同士であれば紹介してもらえるシステムでしたから、第一希望が合わなかった場合は誰も紹介してもらえません・・・」

「えー?別に第二希望の人でもいいですよね、とりあえず紹介してもらえたら」

「それがねーシステム上ダメみたいで」

「えらくケチですね、その婚活パーティー」

「めちゃくちゃそれが腹たったんですよ」

「何でですか?」

「女性を紹介してくれる前に講義があるんですよ」

「講義、どんな講義だったんですか?」

「もう聞いてくださいよ(ずっと聞いてますけど)、それがですよ、まず駄目出しですよ、貴方達が何故ここにいるかわかりますか?ずーっとダメ出しされてですね(つまりはイケてないとか、やり方が悪いとか他にも色々)・・・」

「参加費5千円払って、駄目出しずーっとされるって・・・」

「腹立つでしょ!それで貴方達に女性と簡単に会話が続きますし、上手に付き合うことが出来る素晴らしい言葉を教えてあげます。」

「おー、すごいですね、どんなのだったんですか?お金払わないけど教えてくれるんですか?」

「いいですよ、それは さ・し・す・せ・そ、これさえマスターすれば」

「ふむふむ」

「まずは さ!何か女性が言われたら、さすがですね~」

「次は?」

「し、なにか教えてもらったりしたら、知らなかったな~」

「次は?」

「す、すごいですね~」

「次は?・・・」

「せ、センスあるよね~」

「次は?・・・・・・・」

「そ、そうなんだ~、これで完璧だそうです。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、さ行の一つにつき、千円と思えば安かったですね、女性と話すとき使って彼女ができたら教えて下さい。」

いやあきっと添乗員さん今度あったら、彼女できてるだろう。
次会うのをきっと楽しみにしとこう。