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これから

 偶然なのでしょうが、当事者でない私に公的機関の取り調べが職場へ来る日でした。
私は私にあったままに、どんな目に遭ったかを、誰が合わせたのか、私が見たまま聞いたままを、嘘を言えば問題になるのだから、あったままを言うだけのことです。
これからどのような流れになるのか、事実が広がったところで私は別になんともありません。都合が悪い人もいるかもしれませんが、それは私に関係のないことです。私は私に尋常ならざる目に合わせた方が誰で、何があったかを言うだけのことです。
当事者の方も関係者の方もそれを覚悟したうえでされているのでしょうから、自らの言動が私に帰っていくように、とんでもないことをした人にも帰るだけのことです。
これからのことは未来のことで、私にもこれからどうなるのか何もわからないです。ただ家内には誤解が生じて迷惑をかけたことは事実です。大好きな人に迷惑をかける気はないのに本当にあの人に申し訳のないことです。私はあったことについて嘘がつけないだけです。
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合わせ技

 家内に頼まれた買い物を忘れないようにと済ませ、いつものように掃除や洗濯、買い出しを済ませた後、子供が学校から友達を連れて帰って遊ぶことを眺めながら、晩御飯の用意にとりかかるいつもの休日、特に急ぎの連絡も入らなかったことから、物事は急に悪くも、良くもなっていない日となり、ここのところよくお酒を飲みすぎていますので、今日はお酒は飲まないことにしました。
 明日の仕事のために、早く就寝しようと思います。家内は近くで年賀状を作成していました。私も早めに用意してくれている年賀状を作成して宛名を書かないといけないです。
きっかけは些細なことですが、動機や目的は物騒なもので、物騒なことを実行しようとしたり、手段を択ばずに行うことも、世間体を気にしないなど、一つでも恐ろしいものですが、複合して絡み合っていればその恐ろしさはたとえようもないほどです。
関わらなくてよいものなら触らないし、巻き込まれたくないものです。相手が勝手にこちらを巻き込んでくれば話は変わるものです。普通にみえているかもしれませんが、恐ろしいことに違いはないです。

あったまま、思うがまま

 以前共に働いていた方と話す夜でした。人は楽しい時はその楽しさが何であったかを忘れてしまうことは多いですが、途方もない怨みや怒り苦しみとなると、死ぬまで忘れない、いつまでたっても眼前に瞬時に浮かび上がるもので、忘れようとしても忘れられないことが多いです。

嘘を言うのでもなく、大げさに悪く言うのでもなく、あったままその時その現状を目にして耳にしたまま、それに対して真摯に思うがままであってほしいと、個人的にお願いをしました。

誰かにではなく、わたしがそうありたいと一番に願っていることで、きっとそれが私の生き方なのです。

あるがままに

 自らがその時その時に信じたことを最後まで、優しさと勇気があるのだから、自らにあるそれらを見失わず

今宵に家内と洗濯物を干しながら、星空が美しく、宙は高く、ただこの季節芯まで冷えるので私はすぐ室内へ戻りました。本当に私はきっとこれからも私らしく生きていきます。誰かもいつだって自分らしくと願う夜です。

こんなとき

 いろいろありすぎて、うろうろしてしまうことも増え、やらなければいけないことを見失い、すがるように仕事や仏教書へ、わかるはずもないことばかりのこの世の中で、物事(これから)が悪いことを考えすぎてしまえば、やってられないので、笑ってみたり、現実逃避に関係のないものへ没頭しようとして没頭できず、時が進むことが随分長くかんじられ、考えることをできるだけやめようとして音楽を聞き、いろいろ鑑賞していました。
楽しく前向きにどうなろうとも笑って、その場にてできるだけのことをやっていくしかありません。この歳になっても落ち着きや安定という言葉が果てしなく遠いものだと思えて仕方ないのは、前向きにとらえれば成長できることであるし、悪くとれば情けないともいうけれど、開き直って笑っていくしか道はないです。

最後まで信念を貫くこと

 私は私が尋常ならざる事態にあった時に助けてくれた人のために、事実のまま最後まで信念を貫くと覚悟をもってここに宣言して酔っぱらいは宣言して寝るのです。皆さまよい夢を

 先日からお世話になる方と久しぶりにお会いする方に立派な大根をいただき、大根を美味しくいただくと言えば私の中では「おでん」しか浮かばず、お休みでしたので昼から晩御飯の仕込みに入り、大きな大根二本ととちょっとを使い、有難いことにまだいただいた大根があるので、それは今後の楽しみとして、大根ばかりを一鍋、練り物などを一鍋、学校から帰ってきた子供達、仕事から帰った家内とお風呂が終わった後でゆっくり美味しくお腹一杯いただきました。
温かいものをお腹一杯美味しく食べれるということは、本当に大切です。どこでも常にそうであるかといえばそうではないから、食べれるときにはお腹一杯美味しく食べておかないとなんていつも私は口にしています。

 とりまく流れがわからず、わからないことばかりで動きが止まれば、とりあえず洗濯や掃除と晩御飯の用意、当然私がお休みであれば「けいくん」がお友達を遊びに連れてきますので、今日は珍しく今まで来たことがない友達がたずねてきて、三人楽しそうに遊ぶのを洗い物をしながら眺めて、あの子達のおかげで見ているだけの私は楽しい時間であったことが有難いです。

吹く風に逆らわず、流されすぎず、衝突して激しく痛くならないように明日からも気を付けていこうと思います。

また身勝手な願い

 「及ばずながら」
そんな言葉を時に耳にすることがあります。けれどそんな言葉を発する方はその言葉とは反比例して大切なところへ確かに届いていることばかりです。

誰が自分にとって、助けてくれる方であり、優しい方であり、叱咤激励する方か、何もなければ出現することもなく、判断材料がないために、自分にとってのかけがえのない誰かや大切なことが自分には気づかないことばかりです。

私は常に遅れて気づかされることばかりで、誰かの優しさ・理解・支えられていること、激しく痛い思いをして気づかされる愚か者です。幼いころからもう子供達三人の父親だったとしても、情けないことにそれは変わらないという私の現実です。
せめて子供達には私みたいではなく、それぞれ自分に見合ったこと、自分にとって必要なあらかじめなされるべき努力をもって、私のような愚か者にならず、痛い思いをして厳しいを現実突き詰められないようにと願う夜です。

貫くこと

 自らの信じることを最後まで貫くことは、物事が大切で重要で関わる人数が多ければ多い程、信念をもちそれを現実と未来において貫きづづけることは、その中心の人であればある程、要であり、柱であり、大樹のようなもので、それがあるからこそ「寄らば大樹の陰」となり、日差しが厳しい日であればそこで休息して癒される方や、雨宿りができたり、大樹をみても触っても存在だけでも心満たされるというものです。
肝心かなめの本人が強い意志がなければ、物事はどうにもならないことです。けれど人間は強くないから支えあうことも時には台風になぎ倒され折れてしまうことも、けれど植物は強いから折れたとしても、時間が経てば小さな枝が幾つも生えて生命の尊さを他者に示してくれていることも確かです。
私は負けず嫌いで愚かだから、不用な発言と感情にながされて痛い思いや現実となってばかりです。できるだけ私の近くにいる人には賢く優しく努力して良いことが沢山おとずれてくれればと思います。

慣れない

 慣れることができないことのなかで、麻痺して慣れたように錯覚する日々です。
仕事が忙しいことは何度もかいてきていますし、仕事に慣れたころであれば、適度に忙しいことは本当に有難いです。時が過ぎることも、職場にも貢献出来、仕事となれば職場へ収入も入ってくるということで、「日々適度に忙しければいいね」なんて理想を誰かに言っていました。
変わって欲しいことだけれど、一向に変わらず恐ろしいことを実行を継続する方達もいて、そんな情報が伝わってきて、そんな恐ろしさに慣れたのではなく、単に麻痺しているだけの私をそこに他人事のように私はみていました。
していないことをくっつけようとしても、していないことはくっつきようがないというだけで、ただそんなことをした足跡だけがまた残るだけです。懲りないというか、何というか、たとえる言葉が見当たりません。
事実は変えようがないのに、どこまでもどこまでも落ちていく行為を見聞きするのに、慣れることがないのに続けばそれも麻痺してしまう私がいて、言葉がおもいつきません。

未だ

 怖くないといえば嘘になるということが、いろいろあれば思い浮かび、とんでもないことを次々に手段を択ばずに行う足跡をみて、恐ろしいという言葉を聞く日で、仕事はそれなりに充実していましたが、取り巻く現実はそれほども何も動いてないどころか深い霧か闇に包まれているかのようです。
それでも何かをというより、日々生きていかなければいけないし、あの子達や家内がいるという建前のような、逃避しているようで逃避できない私は、あれこれと何の役に立つかわからないものへ目を向けていました。
 明日もまた有難いことに仕事はそれなりに忙しくなりそうな予定なので、安心するというより時の流れが早く感じることが助かります。一日一日と過ぎていき、きっと気が付けば子供達が楽しみに待つクリスマスやお正月、それまでに何かしら努力を続けることで、良い兆しがあればと願っています。

できるだけとは言いません。気が付いたことで無理なくできることを続けていきたいと願う夜です。

交代

 有難いことの一つですが、家内は私の両親や兄弟達と私の代わりにいろいろと関係を築いてくれているので助かっています。今日も私は仕事でしたので、両親や兄と話をしに他県へ行ってくれていました。仕事でなければ行く予定でしたが、随分前からこの日はどうしても人手がいない日であったし、今日は出勤していてよかったです。
家内が「(貴方の)お兄さんは優しい人ね」ずっとそれは子供達にも「優しいお兄さんに貴方たちもなって欲しい」とお願いしています。「父も兄も優しく理解があるよ」まあ家族でしかも女性というのは私は苦手なところですので、余計にそうなります。きっと私は自分の母に似すぎているから苦手なのかもしれません。姉にもそのように思います。いずれにしても私の代わりに良好な関係を血がつながっていない家内がしてくれていることに再度ですが感謝しています。私はどうも家族から離れて生活する時間が長くなり過ぎていますから、あまり得意ではないのです。
家内を高速バスまで送って仕事へ行き、帰って子供を迎えに行き晩御飯の支度をして子供達に食べさせ、再度家内を迎えに行きさきほど一緒に晩御飯を食べました。本当に家内が主婦であった頃私をそうやって支えてきたように、主婦力が私二もついてきているのではないかと思います。ただ私の口はいらぬことを言いすぎてしまうので、行動と理解だけならば猶更感謝されるのに、減らず口をいつ私は持ってしまったのか、今後の課題に口は慎むことと、さりげない優しさや主婦力アップを課題としておきます。
大変であるときはお互い様ですから、仕事や人間関係で大変なときは余裕がある方が、今は私の番です。

弱い自分

 仕事にしても何にしても、一人であることが自由に振舞えることが楽しくそうありたいと願うときは、私に余裕があって元気で幅がある時であることに、気が付かされました。
言いすぎてしまう性格であるのがよく災いします。自重することと、何もしないことは違うものであることは理解できるのに、その判断と使い分けに私は困りはてることがあります。
無駄なことばかりで肝心なことがといったことばかり、雲をつかむような話であればまだいいです。雲すら見えておらず何かをつかんもうとしているのか、それとも何がしたかったのか、挙句はどこに進んだらよいかわからずその辺りをうろうろする始末、本当に私はいつまでたっても弱いままです。どっしりと構え「動かざること尊し」でありたいのに、それすら忘れていました。
今日もまた、落ち着かず、無駄に時間を過ごしています。今日もお酒を飲まずになんて朝は思っていたのに、仕事と残業が終われば飲む始末、明日はいつもより早めに動かねばいけません。できるだけ早めに就寝することにします。
 

とらわれ

 仕事でしたが、大事にならないようにと、何事もないように過ごすことになかなか慣れないです。
一日無事とは言い難いことですが、仕事が一日終わって、珍しくお酒を飲まないと決めたのはいいけれど、夜が更けるにつれどんどん目が冴え、その辺りでどうでもいい調べ物をしながら時間を潰していましたが、そのどうでもいいことでさらに眠れず、けれど明日も仕事ですので、お酒を飲まなければ早く眠れるかと思っていましたがどうもそんなことはないと考えながら、これから寝れなくても寝れてもおやすみします。何かにとらわれている一日であったように思います。

生暖かい日

 来年で進路の岐路が訪れる次男が通う中学校へお休みをいただき、三者面談へ行き、あの子とも先生と思うまま質問をして、その二人の答えに納得して帰れば、末っ子の「けいくん」がお友達を学校が終わって私の休みの日には招いて遊ぶ日といつの間にかなっていますから、個人懇談までは洗濯や洗い物片付けなどを済ませ、学校行事で早く帰ってくる長男のために昼食を用意して終わらせ、つまりはいつもの仕事の休日より主婦(主夫)度が随分アップせねばいけない日で、遊びに来てから少し急いで足りないものを買い出しへ行き、晩御飯にはトンカツ用のお肉を少し前のお肉が安めの日に買っておいたもので、トンカツをいっぱい作って出して、それから晩御飯を出してあげて、友人にも家庭料理をふるまって、家内の今日職場であった出来事を聞きながら最後に晩御飯をいただき、先ほど洗い物をすべて終えて、ようやくほっとしました。
明日は仕事ですので、朝ご飯やお弁当になるものも用意していますので家内も少しは助かると思います。こうして私の主婦力は日々高められていくのです。甲斐性が(お金があまり稼げ)ない私はこれくらいしか家内や家族にして貢献できない情けない細い大黒柱の遠吠えで今日の何かとします。