夏休み

 中学・小学生の子供達三人の夏休みが始まりました。子供が学校に通っていれば学校行事はつきものです。
三者面談・個人懇談が三人いれば三人分、さっそく次男と「けいくん(三男)」の面談・懇談に行ってまいりました。子供達は成長していて学校での違う一面をそれぞれの先生方教えてくれました。家の中での面倒は私と家内がしっかりみて、学校内では担当の先生方にお任せするほかありません。宜しくお願いしますと何度もお願いしてきました。

三人の子供達、それぞれ得意分野が違い、苦手分野も違い、個性も三者三様、本当に違って楽しいことも多いですが、いろいろと親としては考えさせられることも多いです。

私が苦手な相手の素晴らしいことを認めそれを伝え、善いものは善いものだと嘘偽りなく真摯にお伝えすること、この作業が何度も言いますが私は苦手です、ひねくれた表現になっていたり、やっかみが入ったり、およそ私の悪いくだらない要素が混じれば皮肉なものとなり、相手を褒めるどころかけなすようにとられてしまいます。私自身の責任です。

「善いものは善い、普通のものは普通、悪いものは悪い。」

客観的に他に何人もが聞いていて問題のない、あの子達にそんな私の言葉をどれだけ伝えれるか


今日の酔っぱらいは、自分の為にあの子達の為に家内の為に、家族が関わりあう他の方達のためにも、いろいろと試行錯誤しながらやっていくのです。





スポンサーサイト

大切なもの

 いろいろと話しすぎる日に、夜は夜で酔っぱらい、いつもより思ったことを言いすぎてしまいました。

酔っても酔っていなくても、言うことは言う性格ですが、いつも以上に本心を言いすぎて少し胸がいたくなりました。それによって誰かが傷つくのではありませんが、人には全てを言わない方が特に日本人は秘密や言わぬが花があるほうが話としては流れていくのは確かです。

今日流れで、昨日に続き幼虫をどけるクエストが発動してしまい、ただ終わって自慢げに見に行けばまだ何匹もいて、さらなるクエストを起こさねばいけません。

私が毎年育てている蓮も、気を抜くとアブラムシが繁殖しすぎたり、次には何かの幼虫に葉をすべて食べられそうになったり、人が気に入って育てているものは、とにかく目を離すと駄目なように感じます。
それに比べこの時期、庭の雑草の成長速度が速く、先日ぬいたと思っていたら、違うとこからも同じとこからも、まった違う者や同じものが生えてきてびっくりです。

私の怠けも、いろんな何かによって勤勉に変わればなくなっています。

雑草、幼虫、家事、育児、学び、読書、仕事、ただ欲張りな私は大切なことを疎かにしながらでも趣味やお酒を楽しむじかんを大切にして、次の日は後から、「あちゃー」となることがあるのに


「わかっちゃいるけど、やめられないのです」


(今日はかなり酔っぱらています)

何の幼虫

 今日はいつもの如く、仕事終わりに「けいくん」を学童保育の場所へ迎えにいき、雨が降らない暑い日でしたから、水撒きや水遊びが好きな彼に

「帰ったら、植物と畑に水を撒いてくれる」

「うん」

さて花壇に最近、びっくりするほど幼虫が増え、鳥肌が立つほどに黒い幼虫がいっぱいになり、私は近寄れませんでした。田舎で育ったというのに、最近虫はあまり近寄れないのです。家内はまた違う意味で同意見のようで、私に「あの花壇で大切に育てている花と植物を守って」という目でみてきます(自分はどうやらお願いのみに専念するようです)。

ここは一家の大黒柱の力を見せる時です!

とりあえず、帰って洗濯をしたり、お茶碗を洗ったり買い出しに行ったり、晩御飯を作ったり、およそそれって主婦なのではというツッコミは無しにしといてください。

頼りになる長男坊が部活を終えて帰ってきました。

「おかえり、お兄ちゃんさ、簡単な用事を頼みたいんだよ、簡単でそれでいて100円だしますよ」

「するする!」

「ここにゴム手袋と箸と倉庫にバケツがあるから、そのバケツに少し水を張ってだね、あの母さんと君たちの植えた花壇に巣食う、幼虫を残らずバケツに入れてちょうだい。」

「わかった(どうやらお金を出すことがほとんどない私からお金が出るということで作戦に乗っかってくれました)」

「勇者○○!よ、幼虫討伐クエストを達成してまいれ」

即座に勇者は旅立ちました。

どうも彼曰く

「見ていて気持ち悪くなるほど、幼虫がいた。数えるだけで40匹以上は幼虫をとった。けれど小さい幼虫が沢山まだいてとれるだけとったから後はもうとれなかった。」

正直でいいです。彼にはご褒美として100円、途中から参加した次男には50円、遠巻きに恐る恐る見ていた「けいくん」三男には50円、珍しく私は奮発しました。

第一回花壇保護クエストはどうにかこうにかクリアしました。

(この調子だと第二弾大規模クエストが発生すると思います。)

大きな声では言えませんが




「幼虫には要注意ですぞ」

幼虫

 昨日早く寝るという目標は、気が付けば午前三時を回っており、いつもより早く出勤する家内が
「お父さん、早めに出かけるから、子供達とゴミを出すの宜しくね」
寝ぼけながら、子供達を送り出し、多分無事にゴミを出して、そういえばこの辺りカラスが沢山いて、しっかり網などでカバーするか、ケースに入れるかしないと、カラスがゴミを散乱させ大迷惑になります。寝ぼけていましたが、ゴミが回収された後を見ると、一つもゴミが散らばっていないので安心しました。カラスは賢いから近所の方も随分気を付けています。
家内と子供達が植えている花壇の花と草が黒い幼虫がいて、随分食べられて先ほど家内が落ち込んでいました。田舎育ちですが虫が苦手なので、極力虫は他人にお任せすることにしています。

家内が随分前に買っておかれていたオー・ヘンリーの「最後の一葉」を気分転換に読み、子供の頃社会で流行っていたことを思い出しました。短編の名手で世界観へ入り込めれば楽しめるものばかりでした。もっとも私に知識や経験(前提)が足らないものに関して、その世界観へ入ることができず、よそよそしいままその話はすぐ終わり、次の短編へ。

気が付けば七夕が終わって、子供達はそろそろ夏休みが来ると、特に「けいくん」は喜んでいました。大人になって長い長い夏休みなんて無いです。休日は必要です。ありすぎても私にとっては良いことがないので、仕事が大切で有り難いことだと、長期の休暇や連休をいただいた後は身にしみます。

声うるわしき鳥を真に賞(めで)るは、その鳥の飛び去りてのち初めて知る

理解

 物事を理解する。これには「そんなのわかっ(理解し)ている」と簡単に字面というか表面上理解している気になる理解もあり、普通の理解もあり、深い理解もあり、さらにその真理を理解するという、時により人により場所により様々な理解の仕方と表現方法があります。

いつも大変なことがあったときに、大変な時だと気が付かず現れる友人がいて、特にその場で何があったか理解されていなくても(理解していても)話をずっといつも聞いてくれます。

理解してくれても、してくれなくても、困っている人にとって話を聞いてくれれば、それは重荷を分け合い、幾分楽になることができ、ただ最近それは有り難いことだと考えますが、安易に楽に走りたいだけに使うのであれば、成長・進歩・発展は望むことができないということも身に染みてきました。

「楽になった」そう思う時こそ、自らの足場固めとこれからに気をつけねば、私はまた足をすくわれ、痛い目に遭うでしょう。

しっかりと軌道にのり、多少のことでは揺らがない地盤が気づけるまで、気を抜かないで仕事や何かを取り組むことにします。ただ明日は休日をいただいていますから、ちょっとそれから離れ何か違うものをみることにします。

酔っぱらいすぎない程度に酔っぱらう夜にするのです。

やっぱり酔っぱらいは

 七月十六日 (日) 晴れ
 仕事も順調に進んで何より、これも職場の方の理解・協力があってのことです。暑い一日と仕事が終わって、干してあった洗濯物を片付ける前に、庭の植物へたっぷりと水をあげ、庭に飾ったままの七夕飾りをみて、片付けようと思ったのですが、しばらく子供達・家内・私の願い事をみて、もう少し置いておくことにしました。

連休で家内と子供達は家内の実家へ久しぶりに帰省、私一人ですから冷蔵庫整理しながら、あるもので自炊して一杯やっていました。そこで友人があらわれ、それから3時間ほど何かに付き合わされました。これは暑い中仕事をするより、肩がこる作業となって現在の時間にようやくここが更新されることになりました。

本当に私は言い訳と逃げることの天才ですから、何かや誰かや社会などを口実にして逃げ続け努力することからも逃げています。今日は明日の仕事の為に(一杯やりながら)よく寝て、明日こそ逃げない私になるのです!キリッ
(酔っぱらいの誓いは、いつも朝が来ればなかったことになることばかりです)

明日は明日で今日蒔いた種が、さっそく何か変化がある日になると思います。

楽しみに寝て待つことにします。

元気で

 約束していたカブトムシを一緒に森へ戻してきました。
ついでに、川に入って小魚を見つけて喜んで、他にも私達が歩く水しぶきや音で逃げることでメダカやオタマジャクシがいることもわかり、アメンボもいっぱいいて、「けいくん」は大喜びでした。

上の二人はもう中学生でうから、「けいくん」ほどはしゃぐこともなくなり、冷静にみています。むしろ私のほうが、賑やかなくらいです。一緒にいつもいく温泉に入って、綺麗に体を洗い、カブトムシのことを考えたことで植林された山々に改めて気づき、いろいろなことで感心しながら帰りました。

今日は家族と過ごす為に、子供達と休日があうようにお休みをいただいたので、有り難いです。家内が一番嬉しい顔をしています。

「何故誰かはあんなことをしたのか」

そう家内に質問されましたが、それはその誰かでないとわからず、尚且つ私はその誰かがあんなことをしたことの動機や意味を理解したいとも思わないので、

「後でその話は・・・」

子供達がいるからという理由を建前に答える気がない先延ばしをしました。

話好きでいろんなことを言うのが好きな私が、言いたくないことというのは、どうやっても楽しくも・良くも・面白くもならないことだからです。

逃がしたカブトムシがどうなるかなんて、少し心配しましたが、カブトムシのことはカブトムシに任せる他ないと考えをやめました。



明日の仕事の為に早めに寝ることにします。

暑いけれど風が強い日

 暑い日でした。仕事は充実していましたから、暑いけれど有り難いことでした。汗を随分かいた仕事着を持って帰り、洗うように洗濯場へ置いていたら、私が自分で洗おうとしていましたが家内が丁寧に洗ってくれていました。

夫婦というのは(前にも書いたことがありますが)、100組いれば100通りの夫婦の(みえないけれどみえる)カタチがあるから、それは正しい一つというものに限定されないものです。

よって私のところでは普通でしょうということが、他所の夫婦では普通ではなく変であったり異常と思われたり、「絶対ないそれは」なんてことは日常茶飯事です。

それぞれ夫婦(二人)が

「この人といたい(又はいてもいい、又は空気のようなもの、又は腐れ縁だから、他にもいろいろ・・)」

二人がもういたくないというその方達のみえないけれどある限界を超えれば、それは夫婦ではなくなると思います。

私はちょっと(近くにいる人達からすれば大分)変わって見えるらしく、一人楽しくしているか、激しい感情に身と心を委ねているか、何かに没頭しています(本当はそれ以外が多いのですがそれは大人の特権である内緒というものでごまかしておくことにします)。

「けいくん(三男坊)」と一緒に、知人からいただいたカブトムシのオスを逃がす計画を立てました。

「けいくんもさ、お家が大好きじゃない」

「うん」

「きっとカブトムシもお家が大好きだと思うんだ。カブトムシのお家はどこだと思う」

「森の中!」

「正解!!だからさカブトムシにまた会いたかったらカブトムシは生きているうちに、お家に返してあげたらいいとお父さんは思うよ、家の中でカブトムシが死んだらお父さんちょっと嬉しくないんだ」

「わかった。おうちにかえしてあげよう」

彼の提案はこうです。いつも行く温泉は山の中だから、そこはきっとカブトムシが棲む楽園というかお家だと考えています。帰す場所は自然が多ければ私は実はどこでもいいです。彼の考える理想の場所へ明日帰して来ようと思います。ただ彼は街中で育っていますから、本物のカブトムシが家に来たことは本当に喜んでいました。彼の理解に私は感謝しています。



他人の背中

 さて、今日仕事をしていて、今まで話していたことで、気が付いていないことがあったことに気が付きました。

内田樹先生がよく、システムを運営するにあたり「自分の仕事と他人の仕事とそのどちらでもない仕事」を「それだったら私がやってもかまいませんよ」という人が5人に一人、最低でも7人に一人は存在しないと、そのシステムが破綻してしまう。


確か似たような文章が内田先生の著作に幾つかのっています。

この自分の仕事だと決めることが本人に任せられることが多い時、個人差が生じ、その自分の仕事に随分幅が出て、そうなれば当然他人の仕事やそのどちらでもない仕事の幅も変わっていくということをあたりまえなことなのに、はっきりと今日気が付かされました。

Aの人は、私が思うより遥かに少ない仕事だけこなし「後は言われていないから」何もしない。

Bの人は、私の想像を超え、「これも仕事だから」そう言って時間内は真剣に仕事をこなされていく。

どちらも同じパートの給料が出ています。世の中にはこのAB以外の人もいます。狙って雇用するというのはよっぽどの幸運か好条件などでないと、皆がこの人だと求める方は少ないです。

ただ、どちらも人間ですから、人は理解されなければやる気や意義・目的を時に見失う生き物です。どの方にも、その方を理解でき、尚且つ前向きな気持ちを自然に持たせられる方が上司であればなんて

「そんな理解者が存在する確率ってどれくらいでしょうか」

そういつも私に優しい方へたずねていました。

いずれにしても今日は悲しみと不如意と老いにとらわれ、自らが起こし続けるその思い(負の感情)によって、潰されそうになるといったことを話して来られる方がおられました。(そういえばもう一人誰かと何かのせいにして、自らの思いを言い続ける人の話にもつかまりました)

以前のままではいけないと思い、しばらく相手の話を聞いていましたが、そのうち私は雷を落としていました。
「私がいつも貴方の近くにいて、愚痴(負の感情や思い)を延々聞かされれば、貴方の近くにいることも避けたくなるし、お世話も段々とおっくうになると思います。
もっと泣きながらでもいいから笑う時があってもいいと思います。悪いことばかりに目をやるのではなく、今の時期トンボに目を奪われてもいいし、蝉もないてるし、鳥も美しい声で鳴いていますよ。
とらわれてもいいけれど、そのとらわれが邪魔になる時はそれは捨てたらいいです。もっとも捨ててもすぐ抱えていますけどね私は。
『ぽいっ』っと投げ捨ててください。」

なんて割ときついことを言っていました。本当私の背中をよくみることにします。

あらかじめ成しておかなければ

 時間は皆に平等で一日の時間は24時間、それぞれの趣味・学校・仕事・食事・トイレ・雑用・家事・睡眠時間などは必要ですから、何かに時間を確保したいなら、何かを諦め、何かを優先するという作業となることが多いです。

 いつも近くにいる人が

「出来るだけ早く帰ってきます」

そう言って、3時間ほど帰ってきませんでした。本当に予定は未定で、計画は計画通りにならないことが多々あります。ただ随分楽になれたと言っていましたから、それは本当によかったです。後は残務処理に移行するのでしょう。

問題が大ききれば大きいほど、手間暇をかけすぎてもかけすぎることはないです。いつも近くにいる人は問題が解決するまで、面倒くさいとか時間がかかるからとかに逃げずに、最後まで貫いて欲しいと願います。

「あらかじめなされるべき努力まさにそれである」



あらかじめなされるべき努力を怠る人は、その報いを自らが受け取らなければいけないということになるからです。


本当酔っぱらった私は他人事のように、他人には厳しすぎることを言って、私の夜は更けていくのです。

 夕方大粒の雨が少し降りましたが、それ以外は晴れてくれましたから、溜まっていた洗濯物を全部外に干し、ついでに栽培しているミニトマトを見てみると、幼虫が沢山美味しそうに食べて随分やられていました。
小さな緑の珠のような可愛いところへいっぱい穴をあけて、よく見ると緑の小さな幼虫が元気に育っているのが見えて、複雑でした。

「けいくん」が植えた朝顔三つ、一つには花が咲きかけ、そのとなりに黒いとげとげさいた幼虫がいて、緑が育つのも早いですが、幼虫やバッタも育つのが早く、家内や子供達が植えて咲いている草花や野菜も見る間に食べられています。特に農薬などを使う予定もないから、家内達がどのような虫対策するのかを遠くから見守っておくことにします。
何事も経験に勝るものなし、来年はこの経験を家内と子供達はどう生かして、何を植えるのか、かなり楽しみにして、私は違うことを考えながらその問題から逃げています。

夕方家内とウォーキングへ行き、子供達とご飯を食べ、家内は久しぶりに井戸端会議が長くなって随分遅く帰ってきました。どうやら彼女も日本の女性の血を色濃く受け継いでいるようです。

日々移ろい変わりき、その中かなり気になる問題も出てきますが、大したこともせず、私は家の中のことや仕事と家族のことをやって、趣味の時間を作り、一日が終わっていきます。明日仕事をしっかりこなして時間が過ぎることを忘れたいです。

(蒸し)暑い夏

 七月十日 月 (未だ梅雨はあけず) 
 曇りと小雨と晴れが入り混じり、ただ日が好いので人も割と来ていただき、仕事も順調に進みましたが、蒸し暑い日でした。昼過ぎに水分が少なすぎたか、汗をかきすぎたか、慌て過ぎたかで、少し戸惑いました。
これから蒸し暑い日が増えそうですから、体調にも気を付け、夜にでも散歩へ家内と行って、少し運動することにします。最近ウォーキングもさぼっていたので、また日課へすることにします。
随分久しぶりに長崎の実家の母と電話で割と長めに話をしました。子供達の為にプレゼントと野菜の御礼を告げ、家族や親族の近況をしばらく話しこみました。あたりまえですが皆歳をとっていますから、亡くなった方も増え、次に皆が集うとしたら近い親族の訃報があったらになるだろうと、まだ生きている私と母はそんなことを話すような歳になりました。
「今年はお盆が終わって長期休暇をいただけるので、そこで帰省する。詳しい日程は近くなったら連絡する。」
そう言って電話を切りました。

あの子達がどんどん成長して、誕生日を祝う回数が増えるのは、楽しみですが私も両親もどんどん歳を重ね、いろいろなことを考えさせられるようになります。

母はやはり子供である私のことで気にかかることは心配してくれていました。私が子供達へ思うこととそれは変わらないように感じ、本当に私は大人になっ(歳をとっ)たと実感させられる、母の何気ない言葉でした。

他人に大切なことを伝えることも大事です。
私にもっと大切なことはその大切なことを伝えるだけでなく、自らがそれを自然に行えるかどうか。

今日の仕事でも夜の電話でも、話す内容は全く違うものでしたが、同じことを思い起こされる日でした。

できれば次へ

 本日の仕事も慌ただしく過ぎていき、気が付けば終了の時間となり、順調に進んだことは有り難いことです。ただ反省点も幾つかあり、次には見失わず反映させていかなければいけません。

土日の良い点は、家内が仕事が休みなので家の中が安定しています。仕事と家事の両立しなければいけない平日は家内も余裕がなくなってくることがあるので、仕事に振り回されない休日の有難みも最近になって身に沁みます。
本末転倒という言葉を最近よく使っており、それはその言葉を知ったときには、何が「本」で何が「末」なのかを認識も理解も出来ずに使っておりました。
私にとっての「本」や私にとっての「末」、誰かにとっての「本と末」、時が過ぎ場所が変わり関係者が変わるようなことで、正しく「本と末」を理解して、問題をあげ、できるだけ最短最速で無駄なくそれを解決に向けて動けるか、いろいろと私にとっては本当に難しいことになります。

「とりあえず抱えるだけ抱えて、後は(抱えた)本人が好きにするといい」

これも最近の私の中での流行で、またよくわからないことをあれこれと考えます。子供達と晩御飯の時にかなりもりあがって私が中学生の時、中二病にかかっていた痛い過去を自ら暴露して盛り上がってみたり、中学時代に何をして盛り上がっていたかなんて昔話をして、時は流れていました。

本当に重要なことは、言葉として出すことを憚られることがあって、そんな時それを隠すように世間話や過去の思い出を書く私をみて、いろいろと次のステップへ問題なく進むことを願う夜です。

わかっていない

 そろそろ子供達の誕生日が近づき、取り急ぎ準備をします。一日一日から一年一年大きくなっており、その度様々な出費の額が増えて、父の威厳を保つためには苦しいけれど、「くるしゅうない」とか、「それは買ってあげよう」とか、大らかなところを頑張って見せなければということが増えてきています。

長男が歳をとるたび、結婚してすぐできた子ですから、私と家内の結婚してから何年かということがすぐわかるので有難いです。末っ子の「けいくん」も長男と誕生日は一日違い、家内も夏に生まれ、私以外は皆夏の時期に生まれ、私だけ寒い冬に生まれていますが、もう子供の時ほどに誕生日が楽しみなんてことはなくなりました。元気で働くことができれば何よりです。

「辛抱しなければいけない」

他人には簡単に言う私がいて、私自身に置き換えれば、耐え忍ぶこと辛抱なんて考えられないと思えるようなことを他人には平然と言う私がいて、「相手がわかっていない」と身の程を弁えず思うことばかりですが、私こそわかっていないものだと考えさせられました。

今日か明日には大きく何かが動くので、落ち着かないです。

何せ私はいろいろなことが「わかっていない」最たるものだからです。

立腹

 不如意(意の如くならざること)は常に存在しており、歳をとりたくないと思う方であれば、考えているその瞬間も老いは進み、その他さまざまなことで、冷静になれば自らを思い知らされることばかりになります。

善人の反対の方がいて、自らが善くないことを過去から現在も続けることによって、(なした悪事の数だけどなたにも本心から)相手にしてもらえず、そこまできてしまえば善いことをしても既に悪の果実が実ってしまえば、(取り繕っているだけととられ)取り返しがつかず、その時は善いことをするのではなく、今まで自らの発言と行動を真摯に全て謝罪し、その償いをすると誓い行動におこさなければ、知らない方は知らないのだからいけることはあるかもしれませんが、知っている方は誰も許しくれないでしょう。

  五 愚かな者の章
 六六  無知な愚か者たちは自分を敵として振舞い、悪しき行為をなしながら、渋みのある結果をもたらす。

 六七  なしてしまってから自責の念にかられ、その者が顔に涙し、泣きながら報いを受けるような、そのような行為は立派になされたものではない。

真理の花たば 法句経入門 宮坂宥勝



腹を立て椅子にあたる方をみて、いろいろと考えさせられました。それは腹を立てていることがでもなく、関係ない椅子にあたっていることでもなく、これからその方がどうなるか、まだ腹を立て物にあたるなどはこれからのことを考えれば可愛らしいものだなんて、冷たい私は思い、冷静に振る舞っていました。

膝から上にではなく、つま先から上にこれからは感情を上げないように、そうでなければ私は私の感情で焼かれてしまい、収拾どころか、どこにも進めなくなるでしょう。

まずは今抱えていることに対して、相手より私の怒りや感情を先にとめることを優先に努めることにします。