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 他人事として言う又は聞くことと、自らのこととして聞く理解し判断するということが、最も私にとって難しいことばかりです。

「怨みは怨みによってやまず、ただ愛することによってのみやむ」


(怨みは怨みによってやまず、ただ忍耐によってのみやむ、のどちらでも)
セイロン(スリランカ)大統領の発言に感動するだけの私と、それを実行する方では雲泥又は天地以上です。

冷静に考える時間があれば、この世に生きる人間にとって「寛容」と「融和」は必要不可欠なもので、時にそれは「愛(慈悲)」と「智慧」と言葉が変わって使われることも往々にしてあります。
ただ冷静であれば理解できること
「自らが怨みの真っただ中にあってその怨みに染まらず、感情に支配された怨みを返し品性を害うではなく、愛することができるか」
この問いに他人事としても、「我その人を愛す」と即断できる方の存在に驚くことが普通ではないかとも考えます。ただ日本人はこれを「罪を憎んで人を憎まず」といった言葉を使う方は多く、悪しき言動をその人の全てと思い込まないようにといった先人達の吐露ではないかと思います。ここにきて「寛容」と「融和」の言葉が浮かび上がることになります。
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気を付けないとついみてしまう

 なかなか本当のことが深刻であればあるほど、余程の事でなければ言えないことはあるのだと今日も思わされることでした。もう社会人になる大人が何人も集まって、誰一人まともなことを進言しないというのも考えさせられます。
「言えば損をする」損得勘定だけを考え、身内親族だけでなく他者を省みない、大人としてはよくあることなのだとそれも考えさせられます。
悪しきことを賛成するのでもなく、助長するのでもなく、必死に止めるのでもなく「それは・・・」言わないことで大事にならないようにいけることもあるのに、自らの利益だけしか賛同しない集い、これもまた考えさせられることです。
昨日夜更けまで起きていたので今日は体調がよくない上にそんな時はいつも通りですが深淵をのぞき込み、暗黒にひきずられるのもいつもの通りです。できるだけ早く寝て、家内や他の方が心配されていますから、規則正しい生活を心掛けなければいけないです。

起こりやまぬ風

 無事にインフルエンザからティッシュが欠かせないほど鼻をかんでいましたが、それもおさまりました。ただ治ると同時に花粉がきているようで、目と鼻が少し反応しているように感じます。
激しい感情に流されて言葉や態度を荒々しくしないように、そう願っています。変わらず誰に頼まれなくても私は思い出し、怒り怨みあったままの現実、それに関わりとんでもないことを続けた人達へ、烈火の如くなり、近くにいる方は災難です。
取り巻く現実とこれからが安泰・安心・平和になっているのであれば、怒らず・怨まず・許し、普通に又は優しく接していこうと思います。ここは善く又は普通でなければそう思えないそのようにできない愚かな私がそこに出現しているだけです。
昨晩いつものように現実逃避しながら趣味へ没頭し、体調が戻ったのをいいことに、ただあまりお酒は飲みませんでしたが、気がつけば朝に近くなっていました。現実逃避スキルと怒りなどのスキルを上げようとしていないのに、上がる一方です。

いつも有難う

 心ひとつで、本当楽しいことや善いことにふれたり、そんな時は身体だけでなく気分も軽く、ただその反対の話は説明するだけでも軽くないです。
来客があって、もう17年の付き合いになるおじさんで、いつもの如く手作りの野菜を持ってきてくれました。本当に有難いことです。お腹一杯ご飯を食べる前に、どうなっているかの現状と原因とそれが誰か、手短に話をしました。本当に善くないことは話しても思い出しても巻き込まれても、気分が良くなることはないです。
平日のお休み、いつものように家内や子供達は仕事・学校です。その間に洗濯物を全て済ませ、家も少し片づけ、晩御飯の買い出しにいき、晩御飯を作って食べさせれば、とりあえず私の最低限の役目はクリアして、まったりするのです。
「とらわれなく」
この言葉を相手に大切なことだと私は言いますが、私自身がとらわれて大切なものを何一つみれなくなることは多く、それだけではなく、言わなくていいことを言ってしまったり、感情的になりすぎれば尖った言動は跳ね返りいつもの如く、跳ね返ってきてから時すでに遅い反省や改善しなければとなってばかりです。
悪いことにとらわれずに、有難いことに感謝して、余計なことは言いすぎないようにしていきたいです。

後日

 インフルエンザになって自分の誕生日にお寿司を皆で食べようと子供達に言っていました。A型ですから隔離されていましたので当然その予定はキャンセル、お寿司を食べたい子供達
「お父さん、誕生日はいつ祝うの(お寿司はいつとるの)?」
もう40も半ばでちっとも誕生日が来ても嬉しくありませんが、子供達はお寿司が食べたいようですから、今日はお寿司をいっぱい頼んで家内が仕事帰りにお寿司屋さんに頼んだものを持って帰ってきてくれました。友人が気を利かせてケーキを持ってきて皆でお寿司をお腹いっぱい食べ、ケーキも食べて、にぎやかに食べるひと時でよかったです。これで約束も果たせたし、後はワインをゆっくり趣味を満喫しながら飲み、今日もよく寝ることにします。
相変わらず何も芳しくない事は変わりませんが、今日は楽しいひと時を過ごしてよく寝ることにします。

はけ口

 雷は高いところへ落ちやすい傾向があり、誰かが怒るときも一番怠けたり自らより弱い人に落とすという傾向があることも確かです。
明日が休みということもあって、気が緩むと饒舌になり、そうなるとつい口が滑って言わなくていいことを言ってしまうことが私はよくあります。そんなことが何度もあるのなら、黙ってればいいのに黙ってられず、余計なことを言ってしまい、自らに跳ね返って痛い思いをする。これが何度繰り返されるとその愚かさが無くなるのか、お酒を飲んで忘れようとしながら気が付けば深夜になっていました。
こんな生活をしていたらまた体調が、ということで明日はゆっくり寝れるだけ寝ることに・・・

うねり

 ここ二日程、書かなければいけないことがあったのでまとめて仕上げ、最終その内容をよく知る方に読み上げながら確認してもらいました。
小学校の頃、本を読むことは好きでしたが、作文は嫌いでした。中学校になってもそれは同じで、高校になっても同じで、大学に入れば勉強から逃げていたので、やはり勉強において書くことは苦手というか真剣にやってなかったというか、逃げ続けてたというか、今回は学問のことではないので、楽しんでまとめ楽しみながら確認してもらい。気がつけば一時間半程話し込んでおり、随分とお手間をかけてしまいましたがお陰で仕上がりました。これが何の役に立つのか、どうなのかわかりませんが、とりあえずお渡しして一区切りです。
変わらず水面は静かにみえても、うねりは激しく荒々しいもので、流されるようにみえながら流されないように、善いものや逆らえないものには共に流れて、気がつけば早く寝るつもりがいつものように遅くなってしまいました。

ふつうに

 病気欠明けの仕事も少しだけ心配していましたが、普通に進み有難いことでした。
「理解」と「話す」ことは、何かあればそれがどれほど必要で大切なものか、誰かを見ても、自分のことならばなおさらそれは痛感させられることです。
動かないことが多いですが、家内は週末珍しく突然実家へ帰省してもいいかとたずねてきました。仕事ばかりで相手ができないですから、止める必要もありませんので「気をつけていってらっしゃい」だけです。
昨晩は寝付けず、今日は早めに思いましたが気がつけば、遅くまで何年も前に見て大好きだった韓国ドラマをつい夜更けまでみていました。
しなければいけない優先を先延ばしにして、現実逃避して睡眠時間が削られ、一杯やりすぎてしまう。これが続くと体調を崩しがちになりますので、明日こそ早めに就寝することにします。

変わらないもの

 謙虚で慎み深く余計なことを言わず、感謝を忘れない。そのようにある物事が終わるまで考えていたことは短い時間だけれど確かなことでした。追いかけ退路を断つ激しさを放ち終わったあと、それを他人事のように思い出しました。
「愚かで変わらない自分をみた」
これも他人事のように短く言葉にすればそれだけです。

行ってしまうところまでいくものに対して言葉は、行ってしまって止まっているもの又は行ってしまってこちらへ戻るものに対しては届くかもしれません。さらなる深みへ行き続けるものの速度を追い越すだけの速度と威力ある言葉を放つことができる方は少ないと考えさせられる日でした。これもまた私が愚かで足らないから、そこに届き効力ある言葉とならない私というだけのことです。

変わらないのは、私の愚かさです。

 ゆったりと過ごすことができ、有難いことでした。申し訳ない程度に洗濯物を二回仕掛け干して、随分前に気に入って観ていたドラマと出会って、ついみはまっている間に時は流れ、子供達が帰ってから晩御飯の足りない食材を買い出しへでかけ、今日は生姜焼定食と呼べるような夕食を家族に初めてだしましたが、意外なことに好評で、まあ普段もそんなに手間かけていませんが手を抜いて作って喜んでくれればそれはそれで満足でした。
相変わらず家内も職場のことで悩んでいます。偉そうなことばかりいう私だって悩むし弱音もはきたいし、嫌なものは辞めたいなんて思う気持ちだってあります。仕事は仕事で大人にとって、特に子供達が三人もいれば余程のことでも皆いろいろあるように思います。
泣いて助けてくれるというわけでもないし、愚痴を言って誰かのせいにして助けてくれるということもあまりないし、いつもの答えに戻り、やはり笑って前向きに行くという答えになります。
そんなご馳走でもないけれど美味しいものを皆で食べる時間や笑える時間、あとは他人事にならず余計なお節介のような拙い親切と理解がなければ、生きていくこともつらい。そんなことを最近は口にしているような気がします。

とらわれ

 休養の為のお休みは理解があり、おかげで体調も随分落ち着いて、ただ鼻水は止まることを知らず、とりすぎて鼻とその下がかなり痛くなるほどです。
少しずつ今日もできることをして、少しいやかなり考えさせられるというか段階というよりもなれの果てを思い知らされる話でもありました。特にいろいろありすぎてからは、そのジャンルに関してかなり驚くことよりも納得できないけれど、あったとしてもおかしくないという意味で納得させられることばかり続いているのは確かです。まあ近い人が言うことも一理あります。
「巻き込まれただけ」
その巻き込まれる程度は、善悪どちらかの根深さ、時間の経過に比例することも多く、一瞬で甚大な被害という事を除けば、継続することは良いことも悪いことも両方へ及ぶというだけです。
ここ二・三年程、良いとは到底おもえないことに巻き込まれて、正直面倒くさいという言葉で済めば、なんてことはないのですが、例えようがないほどのものは巻き込まないで欲しいとしか言いようがないです。
どうもその巻き込んできた当人たちが勘違いをしているようで、私は何もしなければ黙っているのに、仕掛けて巻き込んで、私からしたら本当に迷惑な話としか言えません。
体調以外のことを書くのは通常に戻る証拠なので、あまり良くないことへとらわれるのは今日はこれ以上よしておきます。とらわれて解決するのなら、とらわれたままでいいからです。

 今日までに提出しなければいけない子供の書類を家内に頼まれ、期限ぎりぎりでしたが提出ができました。
返って温かくしながら、洗濯物を全部洗ったり、布団を干して、部屋を片付け、徐々に通常へ戻るよう進めていきました。明日も用事がありますが、配慮によってお休みをいただいております。今日も寒くないように温かくして、できるだけよく寝ようと思います。
ただ昨日にもまして、鼻水がでるので、朝からとりすぎて周りが痛いです。ほっておくと気持ち悪いのでやはり鼻をとると痛いし、けれどまあ他の症状が消えてくれたのは有難いことです。明日も無理せず家の中のできることと用事を済ませつつ、通常へ戻って問題ないように準備しておくことにします。
用事でも外に出て、青い空のもとにいるというのはこれも有難いことでした。

今日

 家庭と職場の配慮で、随分とインフルエンザも落ち着いて、その代わりに今朝からよく鼻水がでるようになってきました。本当に前回のインフルエンザの時は節々が痛むし、喉は取れそうなほど痛い、高熱が出るのが続いたことからすれば、同じ病名とは思えないもので、これも何度も言っていますが有難いことでした。ただずっと隔離され寝ていなければいけないのも元気になるとやはり飽きてきて、そうかといって用もないのにウロウロできませんから、部屋の中でノートパソコンからネットに浸り、いつも使っているものより数段反応も遅く、いろいろ不便でしたが何もないよりましでした。
偶然の三連休の間でしたから、家内がずっとご飯を持ってきてくれたことも感謝です。お三度をずっと、治ってからは元に戻るというか役に立てることをしようと思います。明日からは子供達も家内も日中いませんので、無理のない程度に少しずつできることを増やして通常の生活へ戻ろうと思います。

変わらず

 インフルエンザで寝込み、先ほどようやくお風呂にゆっくり入ることができてさっぱりしました。熱も昨日も今日もありませんけれど、長いこと起きてごそごそしていると、しんどくなってくるのは体力の低下だけでなく、やはり身体の中がまだ普段通りではないから、喉も少し痛くなりそうなので、無理せず温かくして布団にもぐりこみ、明日も油断せずに無理せずに休養することにします。職場の方と出勤日について先日話し合って、理解があることも話が通じるということもこれは本当に有難いことです。
本音を言えるというのは何より有難いことです。うわべだけ・綺麗ごとだけ・上手を言うだけ、嘘を言わないといけないだけ、どれもが大人にとっては時に必要なのかもしれませんが、私にはつらいことです。
何かつらいことをいうよりも、笑っていたいし、会釈だけでもいいかもしれないし、嘘や悪いことを言うくらいなら黙っているほうがましだとおもうこともあります。
いずれにせよ、隔離でいる間は話し相手もいませんし、たった二三日子供たちと話さないのも、不思議な感覚です。今晩も夜更かしせず温かくしてしっかり寝ることにします。

生活

 ネットがあるから寂しくはないと言っても、熱が下がり、悪寒もなくなり、身体が通常に戻ってくると、我儘な私が出てきて、じっと寝つづけていることも苦痛になるし、感染の危険があるから駄目だし行かないけれど、どこか行きたいような気が出てきたり、贅沢というか我儘な私をみて、これも体力の低下や病気によくありがちな私ですが、健康というよりも普段の生活の有難さを再認識する時です。
治って普通に慣れれば、また私はそれを忘れ、こんなことを事故や病気等によっていつも気づかされるというよりも思い知らされます。
一人暮らしであれば、すべてを一人でしなければいけませんが、家内と子供たちと一緒に住んでいますから、気も遣いますがそれ以上に、一日三度の食事や必要なものを家内と子供たちがドアの外に届けて教えてくれます。
「ありがとう」
そう扉越しに、すまない気持ちで伝えるくらいしか、あとは感染時期が早く過ぎてくれれば、それまでに治ってきたからと言って夜更かしや不摂生をしないように、しっかり休養をとるというあたりまえのことを忘れやすいので思い出し、温かくして寝る時間を多くすることにします。連休中は特に感染する時期と重なっているので、不用意な行動でうつさないようにしたいです。
私だけでなく、病気だけでなく現実にもいろいろあるかたも多いですから、みなさんもお大事にです。

現実にもいろいろありすぎる私が人の事を心配なんておこがましいんですが、考えれば笑うしかないし、お互い様であるし、前向きでプラス思考でいくしかないです。